2004/03/05(金)「マスター・アンド・コマンダー」

 恐らく、ピーター・ウィアー監督は海の男の誇りとか心意気などを描くことに興味はないのだろう。パトリック・オブライアンのジャック・オーブリーシリーズ第10作「南太平洋、波瀾の追撃戦」を映画化したこの作品、嵐や砲撃、帆船内部の描写などビジュアルな部分は素晴らしいのにあまり話が盛り上がってこない。エモーションの高まりがないのである。これは主に主人公のキャラクターから来ており、ジャック・オーブリー、立派な軍人ではあっても海洋冒険小説の主人公としては魅力に欠ける。アカデミー10部門にノミネートされながら、2部門のみの受賞(音響編集賞と撮影賞)に終わったのはそんなところに要因があるように思う。

 時代は1805年。英国海軍のフリゲート艦サプライズ号は霧の中から現れたフランスの船アケロン号から奇襲を受け、霧の中に逃げ込む。アケロン号は民間の私掠船で捕鯨船を襲っているらしい。船長のジャック・オーブリー(ラッセル・クロウ)は反撃のため、港に引き返すのをやめ、海上で船を修理してアケロン号を追う。サプライズ号よりも速く、大砲の数も多いアケロン号をどう倒すかがメインの話で、これに乗組員と士官の対立など過酷な船内の様子が絡む。

 出てくるのは男ばかりなのに男臭さは意外に希薄だ。ウィアーに興味があるのは船長のジャック・オーブリーよりも医師で博物学者のスティーブン(ポール・ベタニー)なのだろう。だから本筋とは関係ないガラパゴス諸島に上陸するエピソードが必要以上に面白くなってしまう。

 中盤、嵐の海に落ちた乗組員をオーブリーが泣く泣く見殺しにする場面がある。折れたマストがブレーキとなり、そのままでは船が転覆する恐れがあったためだが、このエピソードがその後の主人公の考えに影響を及ぼさないのは疑問。このほかのエピソードも本筋の物語と深くかかわってこない弱さがあり、原作がどうかは知らないが、脚本にはもう少し情緒的な工夫が必要だった。オーブリーの行動は軍人としては正しいのだろうが、共感できない部分が残るのだ。