2004/01/21(水)「ミスティック・リバー」

 ネタバレになるので、詳しく書けないが、ラスト、パレードのシーンの演出は奥が深い。殺人事件を経た登場人物たちのそれぞれの表情が次々に描写される。夫の姿を探し求める妻、父親がいなくなってうつむいたままパレードに参加する少年、やっと帰ってきた妻と一緒にパレードを見つめる夫、その視線は恐らく友人を殺したであろう男に注がれており、手で銃の形を作り、男に向ける。事件はすべてが解決するわけではなく、登場人物たちの苦悩は残されたままになる。実質的な主人公であるケヴィン・ベーコンとショーン・ペン、ティム・ロビンスの好演に加えて、ロビンスの妻役マーシャ・ゲイ・ハーデン、ペンの妻役ローラ・リニー、ベーコンとコンビを組む刑事ローレンス・フィッシュバーンとスキのないキャスティングが映画を重厚なものにした。

 デニス・ルヘインの原作をクリント・イーストウッドが監督したこの作品、撮影や編集などの技術も高い水準にあり、感心させられる。ただし、話の悲痛さが意外に伝わってこない。バランスの良さと役者たちの演技の充実は最初から最後まで維持されるにしても、何かが足りないのだ。それは何か。最も釈然としないのは殺人事件の真相だった。これまたネタバレになるので詳細は避けるが、こういうことであるならば、犯人は関係者ではなく、まったく別の人間であっても良かったのだ。犯行の裏にどんな動機があるのか期待して見ていると、肩すかしを食うことになる。

 もちろん、この犯人像に人生の皮肉はある。犯人の凶器の出所や元々の凶器の持ち主と被害者とその父親との関係は、因果関係があってなるほどと思わせる(当事者たちはまったくそれを知らない)。一つの殺人事件が過去を掘り起こし、現在の苦悩を浮き彫りにするというのは特にハードボイルド・ミステリではよくある話であり、映画の狙いもそこにあったのかもしれない。しかし、この映画の場合、登場人物たちの苦悩に有機的な結びつきがないのである。これを束ねるのが殺人事件の真相であれば、映画は一つの大きな根幹を持つことになっただろう。これがないので、それぞれの苦悩がバラバラなままで深みに欠けてくる。具体的に書けないので、どうも書いていてもどかしいが、要するに、この映画の話の組み立て方には欠陥があると思うのである。付け加えれば、犯行当日の夜に偶然が2つも3つも重なることも興を削ぐ。

 脚本のブライアン・ヘルゲランドは「L.A.コンフィデンシャル」では良い仕事をしていたが、あれはもしかすると、カーティス・ハンソンの力量なのかもしれず、今回もまた、脚本が良いと思うのは大きな間違いでイーストウッドが力業でねじ伏せたのかもしれない。

 暗鬱な曇り空の下、25年前の忌まわしい事件で幕を開けた映画はクライマックス、誤解から生じた悲劇を引き起こすことになる。これが一番のポイントなので、映画はここをさらに効果的に見せる話の組み立て方をした方が良かった。

 アカデミー有力とも言われているが、イーストウッドはもう監督賞は取っているし、無理だろう。今年の本命は、いや今年こそ「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」なのだと思う。

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