2003/06/03(火)「8 Mile」

 「ゆりかごを揺らす手」「L.A.コンフィデンシャル」のカーティス・ハンソン監督の新作。というよりもヒップホップのエミネムの初主演映画といった方が通りがいいのか。今年のアカデミー賞ではラストに流れる「Lose Yourself」が主題歌賞を得た。

 映画はそのエミネムの半自伝的な作品といわれる。1995年のデトロイトを舞台にラップで成功して、みじめな生活を抜け出したいと願う主人公ラビットの姿を描く。デトロイトはかつては工業都市として栄えたが、日本車の輸入攻勢で打撃を受け、街の中心部には黒人が8割を占めるようになったそうだ。街は荒廃し、ラビットの生活も貧しい。ピザ屋を解雇され、プレス工場で働く日々。トレーラーに住む母親(キム・ベイシンガー)は同居している若い男の機嫌を取るのに汲々とし、幼い妹の面倒もろくに見ない。家賃を滞納して立ち退きを迫られる始末。ラビットはガールフレンドとも別れ、ラップだけが支えになっている。ラップといえば、黒人の音楽なのでラビットは仲間の黒人に励まされながらもなかなか芽は出ない。

 ラビットの作る歌はだから、世の中への恨みに満ちたものになる。八方ふさがりの現状への怒りと批判と復讐。それが分かるぐらいの描写をカーティス・ハンソンは十分に見せていく。過激なラップの歌詞とは対照的に演出は極めてオーソドックスなのである。ガールフレンドと別れたラビットが出会うアレックス(ブリタニー・マーフィー=リース・ウィザースプーンに似ている)も上昇志向のある女で、モデルになりニューヨークへ行くことを夢見ている。アレックスはラビットをプロモーターに紹介すると調子のいいことを言うウインクに抱かれてしまうのだが、ハンソンの演出はアレックスを悪い女には描いていない。

 冒頭にラップ・バトルのシーンがあり、歌おうとして言葉が出てこないラビットが描かれる。当然、クライマックスはこれに呼応したシーンが用意される。ここで描かれるラップは昔のプロテスト・ソングのような存在で、他のものにも容易に置き換えられる。ハンソンはラップを描きつつ、普遍性のある“怒る若者”の映画に仕上げたかったのだろう。全体として好感の持てる映画だが、主人公の歌の才能をもっと描くと良かったかもしれない。登場人物たちが皆、主人公の才能を認めているのが観客にも納得できるような描写が欲しいところなのである。