2005/01/31(月) Spamの割合

 きのう書いたマクロで@yahoo.co.jpからどれぐらいSpamが来ているか調べてみた。Spam Mail Killerの削除ログから、まずFromを抽出すると、172通。このうちyahoo.co.jpのアドレスは67通あった。続いて新着ログで同様の処理をすると、170通中13通あった。ただ13通のうち3通は明らかにSpam。なのでyahoo.co.jpのアドレスを利用したSpamは70通となる。

 つまり僕に届くSpamの4割はyahoo.co.jpのアドレスを利用していることになる。届く以前に@niftyの迷惑メールフォルダでブロックされるものもあって、こちらは海外からのSpamがほとんどなので、一般的にはもっと割合は少なくなるのだろうが、こんなに多いと、yahooに限らず、フリーメールのサービスをしているサイトは何らかの対策が欲しいところだ。

 面白いので今月1カ月間の統計も取ってみた。届いたSpamは1312通。yahoo.co.jpのアドレスのSpamは345通だった。上の結果より割合は少ないが、これはSpam Mail Killerが見逃したSpamがあることも要因。Spamの中にはyahoo.comのアドレスもあり、これを含めると、Yahooメール関係のSpamは415通となった。やはり、これは多すぎるのではないか。

listup.mac改良

 きのうのマクロを少し改良して、処理を速くしてみた。ついでに出力したファイルからタグジャンプできるようにした。1行に同じ文字列が2つあると、2回カウントしてしまうバグがあったので、それも修正。

 いちおう、詳しい使い方を書いておくと、マクロを起動すると、クリップボードにある文字列を読んで、「リストアップしますか」と聞いてくる(リストアップの対象ファイル上で文字列を選択してマクロを起動すると、選択している文字列をコピーしてクリップボードに送る)。そこで「はい」を選ぶと、指定した文字列を含む行を新規ファイル(無題の秀丸)にリストアップする。「いいえ」を選ぶと、文字列を記入するダイアログを出し、記入した文字列を含む行をリストアップする。

 リストアップしたファイル上で再度実行することも可能。なので、例えば、秀丸のgrep結果のファイルからこのマクロを使うと、絞り込みに利用できる。grep関係のマクロは多いので、あまり価値はありませんが。

 スクリプトはhttp://cinema1987.org/doc/listup.mac.txtにあります。listup.macにリネームして使ってください。

2005/01/27(木)「ニュースの天才」

 ニュースの天才」パンフレット大統領専用機エアフォースワンにも置いてあるというアメリカの雑誌「ニュー・リパブリック」で、捏造記事を書いた実在の記者スティーブン・グラスを描く。監督のビリー・レイはブルース・ウィリス、コリン・ファレル主演の「ジャスティス」の脚本家で、これが監督デビュー作。この映画の脚本も書いている。「ジャスティス」の脚本は前半と後半が分裂していてあまり感心しなかったが、この映画も同じような弱点を抱えている。なぜグラスが記事を捏造したのかという肝心の部分がはっきり分からないのだ。これは監督自身が「分からない」と言っているのだから、観客に分かるわけがない。捏造記事であることを否定して嘘を重ねていくグラスという男は非常に興味深く、面白く見たけれど、グラスがどの程度活躍した記者だったのかという描写もあいまいで、特に前半部分は脚本の整理がついていない印象を受けた。こういう題材を扱うには脚本家自身にジャーナリスティックな資質が必要だ。レイはグラスの周囲の人間には取材したそうだが、グラス本人には会えなかった(向こうが会うのを拒否した)という。それが弱さにつながっているのかもしれない。

 原題は“Shattered Glass”で、ヴァニティ・フェアに掲載されたバズ・ビッシンジャーの同名記事が原作としてクレジットされている。1998年、「ニュー・リパブリック」の記者として一番若かったグラス(ヘイデン・クリステンセン)は政治や大事件ではなく、身近なゴシップ記事を書く記者として次第に頭角を現す。グラスは共和党陣営の集会に潜入したスキャンダラスな記事を発表するが、記事に重大な誤りがあると指摘される。編集長のマイケル・ケリー(ハンク・アザリア)は問題部分の誤りを素直に認めたグラスを擁護する。しかしケリーは経営者とそりが合わず、首になる。後任は記者としての能力にも疑問があるチャールズ・レーン(ピーター・サースガード)だった。ある日、グラスは天才ハッカーの少年とソフトウェア企業を取り上げた「ハッカー天国」という記事を発表。これにネット・マガジン「フォーブス・デジタル・ツール」が目を付ける。少年は実在しないし、企業の名前も聞いたことがないものだったからだ。フォーブスの記者はグラスがハッカーに騙されたのではないかとして、「ニュー・リパブリック」を追及。グラスの説明は歯切れが悪く、レーンは記事の信憑性に疑いを抱くようになる。

 映画の後半は記事を巡って揺れ動くグラスとレーンを中心に展開する。ネガティブな役柄ながら、クリステンセンは弱い男をうまく演じているが、それ以上にピーター・サースガードが嘘を許さない編集長を好演。最初はダメな編集者かと思わせながら、次第に優秀さを感じさせる男に変わっていく。ケリーとレーンはどちらも優れた編集者として描かれる(ケリーはイラク戦争で死んだ最初のジャーナリストとなったそうだ)。映画に「なぜ」の部分はないのだけれど、少なくともどのように事態が進行したのかはよく分かり、それだけでも見る価値はあるだろう。物足りないのは1人の特殊な男の話に終わっているからで、報道の在り方の本質まで突き詰めていないところか。

 グラスが発表した41本の記事のうち、27本が捏造だったという。何重ものチェック体制がありながら、嘘で固めた記事がそんなに掲載されることに驚かざるを得ない。ニュースの天才ならぬ作り話の天才だったグラスはジャーナリストではなく、作家になるべき人だったのだろう。

2005/01/26(水) 1000万ドルの夜景

 きのうと今日の2日間、長崎に出張。長崎は12、3年ぶりか。福岡まで飛行機、それから約2時間かけてJRで行く。長崎直行便は出発時間が早すぎて時間をもてあますのだ。長崎駅から路面電車でホテルベルビュー長崎へ。チェックインした後、マイクロバスで会議の場所の矢太樓へ行く。

 ここは創業50年だそうだ。経営者が戦後いち早く長崎の夜景に目を付け、山の上にホテルを建てたのだという。先見の明があったというべきか。以前は100万ドルの夜景と言われたが、今は1000万ドルになった。6時までみっちり会議の後、懇親会。夜景をじっくり見る暇はなかった。ま、僕はもともと風景の美しさに感動するたちではないんですけどね。

 昼間の長崎の街は山の上までびっしり家があって、地震でもあったら大丈夫かなと思うが、夜は夜景の美しさに貢献することになる。ただ、1000万ドルと言えば、ハリウッド映画ではローバジェットの作品に相当する。1億ドルぐらいに値上げしないと、価値が低いと思われるかも。

2005/01/19(水)「ネバーランド」

 「ネバーランド」パンフレット女性の日のためか、劇場は女性客が9割以上(というか、男は2、3人だった)。ジョニー・デップのファンも多いのだろう。

 「チョコレート」のマーク・フォースター監督作品で、「ピーター・パン」の物語がどのように生まれたのかを描くヒューマンなドラマ。作家のジェームズ・M・バリと4人の息子を持つ未亡人シルヴィアの交流を描きつつ、「信じる力」と「想像力」の大事さを訴えている。フォースターの演出は的確で力まないところが好ましい。バリとシルヴィアの緩やかな関係を繊細に綴った脚本(これがデビューのデヴィッド・マギー。オリジナルは舞台劇「ピーター・パンだった男」で、マギーはそれを脚色した)も良い出来である。

 ただ、信じる力を訴えるなら、現実には起こりえないような奇跡も欲しいところなのだが、実話を基にしているためか限界がある。スピルバーグあたりの映画なら、もっとファンタジー寄りの内容になっていただろう。そこが少し物足りない点ではある。その物足りなさを救っているのがジョニー・デップとケイト・ウィンスレットの演技で、デップがうまいのには驚かないが、薄幸な身の上の未亡人を毅然と演じるウィンスレットは母親役にも違和感がなく、随分うまくなったなと思う。

 1903年のロンドンが舞台。バリ(ジョニー・デップ)の新作「リトル・メアリー」はさんざんな出来で、翌日の新聞でも酷評される。失意のバリは愛犬のポーソスを連れて公園に出かける。そこでバリはデイヴィズ家の4人の兄弟と母親のシルヴィア(ケイト・ウィンスレット)に出会う。4人の兄弟のうち、三男のピーター(フレディ・ハイモア)だけは1人、兄弟の遊びの輪から外れていた。ピーターは父親の死のショックから、空想の世界に入ることを拒否していた。バリの妻メアリー(ラダ・ミッチェル)はシルヴィアが社交界の名士デュ・モーリエ夫人(ジュリー・クリスティ)の娘と知り、夕食に招待する。夕食会は愉快なものにはならなかったが、バリはデイヴィズ家に頻繁に足を運ぶようになる。子供たちと一緒に遊びに興じているうちにバリにはある物語の着想が固まり始める。幼い頃に兄を亡くしたバリは決して大人にならなネバーランドという場所を心に思い描いていた。

 映画は病に倒れるシルヴィアとバリの抑えた愛の描写を挟みつつ、舞台「ピーター・パン」の創作過程を描いていく。バリ自身のキャラクターとピーターのキャラクターが交差していくところが、脚本のうまいところ。「ピーターは早く大人になろうとしてる。大人になれば傷つかずにすむと思って」というバリのセリフはそのままバリ自身にも言えることなのだろう。実際にはバリと妻の離婚などドロドロしたものがあっただろうが、映画はそれをさらりと描いている。映画の本質はそういう部分にはないので、これは賢明な判断。なぜ信じる力が必要なのか、なぜ人は物語を必要とするのかまでもっと踏み込んで描けば、さらに深い映画になったと思う。「チョコレート」でも感じたことだが、フォースターの演出は画面構成のメリハリに欠ける部分がある。淡泊な人なのではないかと思う。

 劇場の興行主を演じるのがスピルバーグの「フック」でフック船長を演じたダスティン・ホフマン。別にホフマンでなくても良い役柄なので、これは監督の遊び心なのかもしれない。

2005/01/19(水)「ヒューマン・キャッチャー」

 「ジーパーズ・クリーパーズ」の続編。前作はホラーだったが、今回は魔物(クリーパー)との戦いが中心。息子を殺され、クリーパーに復讐しようとする父親と、クリーパーに狙われたスクールバスの高校生たちの恐怖を描く。有名俳優は出ていないし、予算はかけていないようだが、クリーパーのVFXは悪くない。話にも破綻はない。

 これで、クリーパーの正体を明らかにしてくれれば、もっと面白くなったのではないか。B級の範囲を出ないのはそのあたりの脚本の作り込みが弱いからだろう。23年ごとに蘇り、23日間、人間をむさぼり食う魔物という設定だけでは物足りない。クリーパーと父親の戦いは「ジョーズ」みたいだった。

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