2005/04/16(土)「オアシス」

 キネ旬ベストテン4位。東京では昨年2月に公開された。軽度の知的障害のある男ジョンドゥ(ソル・ギョング)と脳性マヒで体が不自由なコンジュ(ムン・ソリ)のラブストーリー。まず、ムン・ソリのリアルな演技に驚き、こうした2人を主人公にして映画を成立させてしまうイ・チャンドン監督の力量に驚く。2人はそれぞれ周囲から理解されていない。だからこそお互いがお互いを切実に必要としている。それが周囲にまったく通じない。いや障害を持つ2人は自分たちの真実を周囲に伝える術を持たないのだ。圧倒的に孤立した絶望的状況の中で、映画は悲劇的展開に走りそうになるけれど、そうはならず、2人の純粋さを強烈に浮かび上がらせる。希望を持たせるラストが素晴らしい。

 一方で、ぎりぎりのところで成立している映画だとも思う。ムン・ソリの演技は一歩間違えれば、障害者差別と受け取られる恐れもある。脳性マヒの患者はこういう姿形をしていると表現すること自体が差別を含むものだからだ。物まねと演技は紙一重なのだ。そうならなかったのはイ・チャンドンの確かな視点と真摯な演出があるからだろう。安易な泣かせにすることなど、イ・チャンドンの頭には最初からなかったに違いない。

2005/04/15(金)「エイプリルの七面鳥」

 「エイプリルの七面鳥」パンフレット「ギルバート・グレイプ」「アバウト・ア・ボーイ」の脚本家ピーター・ヘッジスの監督デビュー作。癌の母親のために七面鳥を焼こうとするエイプリルの奮闘を描く。アパートの住人たちの協力を得ながら感謝祭の七面鳥を焼くエイプリルと、エイプリルのいるニューヨークに向かう家族の様子を交互に描きながら、ヘッジスは徐々にドラマのシチュエーションを明らかにしていく。エイプリルが親にとってまったくよい子ではなかったこと、母親が癌で余命幾ばくもないこと(母親がかつらであることが途中分かるが、あれは抗ガン剤のためなのだろう)。終盤、家族はエイプリルのアパートの前まで行きながら、結局、立ち寄らずにレストランへ向かう。そこのトイレで母親はある少女とその母親の諍いを見て、気持ちを翻す。そして幸福感あふれるラストシーンへとつながる。ナレーションが多かった「アバウト・ア・ボーイ」とは違って、淡々とした描写の積み重ねで内面描写は一切ない。エイプリルが七面鳥を焼こうと思った気持ちも説明されないが、行動を通して登場人物たちの思いを描き出そうとするヘッジスの狙いはうまくいっていると思う。だめ押し的な演出をしないことに好感が持てる。

 「アバウト・ア・ボーイ」同様、クスクス笑える作りである。エイプリル(ケイティ・ホームズ)は黒人のボビー(デレク・ルーク)とニューヨークの小汚いアパートに住んでいる。七面鳥を焼こうと準備していたら、オーブンが故障しているのが分かる。ボビーは既にどこかへ出かけ、修理もできず大家もいない。仕方なくエイプリルはアパートの住人たちの部屋を訪ね、オーブンを貸してくれるよう頼む。その頃、エイプリルに招待された家族4人は祖母を拾ってニューヨークに向かう途中。祖母は半分ぼけかかっている。車の中での家族の会話からエイプリルが家族に迷惑ばかりかけた存在だったことが分かる。招待されたけれども、いやいや向かっているというのがありあり。しかし、父親だけは違う。いい思い出がないという妻が車を降りたのを追って、「だからいい思い出を作りに行くんだ」と話す。癌が進行している妻と娘が理解し合えるのはこれが最後のチャンスなのである。

 エイプリルが苦労しながら七面鳥を焼く姿は壊れた家族の絆を取り戻したいという気持ちと容易に重ねることができるけれども、それを映画は力を込めて言っているわけではない。そこがスマートだ。ことさらドラマティックな演出をしないことが洗練につながっている。

 アパートに住む優しい黒人夫婦やピンチの時に助けてくれた親切な中国人家族の描写に対して、高級オーブンを持っている独身の白人男は嫌なやつに描かれる。そこにヘッジスのスタンスが感じ取れる。絶賛はしないが、いい作品だと思う。母親を演じたパトリシア・クラークソンは昨年のアカデミー賞で助演女優賞にノミネートされた。

2005/04/13(水) 中島美嘉「MUSIC」

 楽天のポイントがたまっていたので何かCDを買おうと思い、これにした。別にファンではないのだが、先日、CD借りたら良かったので何となく。先月出たCDで13曲入っている。「朧月夜~祈り」とか「LEGEND」とかCMソングが多いんですね。ホームページへ行ったら、CDジャケットと同じ壁紙があったのでダウンロード。

メモリー使用量

 で、SonicStageで「MUSIC」を聞きながら、うさぴょんと対戦。ふとメモリー使用量を見たら、残りが200MB程度しかない。これはSonicStageがメモリー食いなのかと思ったが、うさぴょんの方だった。対戦終わって、うさぴょんを閉じたら、残りメモリーが750MBにアップ。ふだんは500MB前後なので、相当メモリーを使うらしい。まあ、思考のゲームですからね。

Turbolinux 10 Desktop Series Update Kit 3

 出た。Turboは古いパソコンにしか入っていないので、最近、起動することはあまりないんだが、一応ダウンロードしておいた方がいいか。

2005/04/11(月)「きみに読む物語」

 「きみに読む物語」パンフレット富豪の青年ロンと木材置き場で時給40セントで働くノアの間で揺れ動くアリーの選択の基準がよく分からない。こういう物語の場合、金持ち同士の結婚では観客の支持はまず得られないから、アリーがノアを選ぶのは自明のことなのだが、ロンを演じるジェームズ・マーズデン(「X-メン」のサイクロップス!)が悪い面もない普通の好青年に見えるのに対して、ノアの方はなんだかよく分からない男なのである。過去の熱烈な愛があったにしても、よく見れば、どちらを選ぶべきかは明らかだろう。映画はそういう意図ではないはずで、要するにノア役のライアン・ゴズリングに魅力が足りないのである。このキャスティングは逆だった方が良かったのではないかと思う。

 都会から来た男と田舎の少女のひと夏の恋を描いたピアス・ハガード監督の名作「サマーストーリー」の裏返しのシチュエーションながら、そういうわけで過去の部分の恋愛描写にはそれほど感心しなかった。映画はこれに現在のアリーとノアの描写を入れることでオリジナリティーを得ている。アルツハイマーの問題を含めて描かれるこの現在のパートを演じるのは監督ニック・カサベテスの母親ジーナ・ローランズとジェームズ・ガーナー。邦題もこの部分から取られている。ただし、個人的にはこの枠組みを考慮したにしても映画は水準作のレベルと思う。

 1940年のノースカロライナ州シーブロック。カーニバルの夜、ノアは都会から来た女アリー(レイチェル・マクアダムス)に一目惚れして、強引にデートに誘う。すぐに熱烈な愛に燃え上がるが、アリーの母親(ジョアン・アレン)はノアがアリーにふさわしくないと考え、交際に反対する。夏の終わり、予定より早くアリーは母親とともに都会に帰っていく。自分のことをクズ(トラッシュ)と非難した母親の言葉を聞いて、ノアはアリーと喧嘩別れしたままになってしまう。ノアは毎日、アリーに手紙を書くが、母親の妨害でアリーには届かなかった。アリーは大学に行き、ノアは軍隊に行くことになる。そして7年後、2人は再会する。

 映画はひと夏の恋(あるいは若いころの恋)を燃え上がらせた相手が一生連れ添うに値するかというテーマをはらみつつ進行する。それを補強するのはアリーの母親がやはり若い頃に愛した男がいたと打ち明けるシーンだ。ジョアン・アレンの演技によって、このシーンは説得力があるけれども、それなら今は夫と形式的な夫婦であることへの思いを描く必要があったように思う。確かにセリフでは語られるのだけれども、かつて愛した男と結婚した方が良かったのか、今の方が幸せなのか、釈然としない。涙を流しながら、そういう経験を話す母親にはアリーの気持ちが分かったはず。それならば、貧乏な男との交際に反対する理由に説得力が足りない。

 ニック・カサベテスは「ジョンQ」でも思ったが、父親に比べて演出力が不十分だ。細部にこだわった演出が必要なのだと思う。原作はニコラス・スパークス。2時間で読めるラブストーリーを目指したという。原作がどうかは関係ないにしても、脚本化する段階で、もう少し工夫が必要だった。

2005/04/10(日) 千日手

 きょうも、うさぴょんと対戦。勝てるようにはなったが、まだまだ。だいたい僕は矢倉一辺倒の将棋で、戦法のバリエーションがない。飛車とか角を交換されると、すぐに負けます。感心したのはうさぴょん、同じ手順を3回やったら、ちゃんと「千日手です」とダイアログが出ること。普通ならここで再試合ということになるのだが、少し戻して手を変えて続行。そういうことができるのがゲームの良さか。

 棋譜の再生ができるので、どこが良かったか、悪かったか分かるのが便利。東大将棋も持っているのだが、新しいパソコンにはインストールしていない。新バージョンが出たら、今度は買おうか。

 久しぶりに将棋ソフトをやって面白かったので、磯部将棋というのもダウンロードしてみる。これはちょっと駒が見にくい上に駒音もしないので、どちらが手順か分かりにくいですね。でも強いみたいだ。

リンク元非表示の効果

 ようやくアクセスが減ってきた。10日ほどかかった計算。Yahoo!のインデックス更新にはこれぐらいの時間がかかるのだろう。

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