2017/02/12(日)「虎狼」

 モー・ヘイダーのジャック・キャフェリー警部シリーズ第7作。原題はWOLF。トラは登場しないから、この邦題には難がある。「喪失」「人形」(ひとがた)と2文字の邦題が続いているので、こうなったのだろう。4年前に読んだ「喪失」はそれほど面白いとは思わなかった。今回は疑いようのない傑作で、中盤のツイストが見事に決まっている。

 MWA賞最優秀長編賞(エドガー賞)をスティーブン・キング「ミスター・メルセデス」と争って敗れたが、こちらが取っても不思議ではなかった。というか、個人的にはこちらの方が面白かった。ヘイダーは「喪失」で既に受賞していることもあって、巨匠キングの初受賞ということになったのだろう。

 裏表紙からあらすじを引いておく。村から離れて住む一家の邸宅にとつぜん二人の男が侵入し、両親とその娘を邸宅内に拘禁する。男たちはその目的を明らかにしないまま、自由を奪った家族をじわじわといたぶってゆく。恐怖と絶望に支配される一家に救いの手はないのか? だが逃げ出した一家の飼い犬が、偶然にもキャフェリー警部のもとへ行き着いた。ウォーキングマンの示唆を受けたキャフェリーは手がかりもないまま飼い主を探しはじめる。

 ウォーキングマンとはシリーズに登場するホームレスで、行方不明となった(そして恐らく死んだ)キャフェリーの兄の手がかりを持っている男。キャフェリーは兄の情報をもらう交換条件として犬の飼い主を探すことになる。

 一家がいたぶられる場面はサスペンスフルだが、それ以上にミステリとしての骨格がしっかりしているのが評価された点か。昨年11月発売なので「このミステリーがすごい!2017年版」の対象にはならなかった。本来ならベストテン上位に入っておかしくない作品だ。

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2016/09/08(木)「文庫X」とは何か

 岩手県盛岡市の書店がタイトルや著者名、出版元などを隠し、「文庫X」として販売した文庫本が売れているそうだ。この書店では既に1000冊を販売した。日経の記事(配信は共同通信)によると、「試みは全国12都道府県に拡散し、さらに広がる勢いをみせている」という。

 とても気になるので何の本か調べてみた。中身をバラしたサイトは見つけられなかったが、手がかりは「文庫で価格は810円」「発売は5月」「小説ではない」「500ページを超える」「単行本の発売は3年前」など十分にある。

 amazonで「文庫 810円」で検索すると、いきなり清水潔「殺人犯はそこにいる」が出てくる。いや、こんな有名な本をタイトル隠して売るわけがないと思ったが、単行本が出たのは2013年だし、ページ数は509ページ、発売は5月28日と条件に一致している。何よりも「心が動かされない人はいない、と固く信じています」と書店員さんが言うだけの内容を持つ本であることは確かだ。

 念のためにHonya Clubで検索してみた。ここの詳細検索は発売時期の指定ができる。「5~7月に出た文庫で価格は810円」を指定して検索した。出てきたのは36冊。「殺人犯はそこにいる」以外のノンフィクションは「日本軍の知られざる秘密兵器」「読書脳」「それでも、日本人は戦争を選んだ」の3冊。「殺人犯…」以外で該当しそうなのは「それでも、日本人は…」だが、この本、単行本が出たのは2009年なのだ。やはり、文庫Xは「殺人犯はそこにいる」で間違いないらしい。

 「隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件」というサブタイトルがついた「殺人犯はそこにいる」はノンフィクション書評サイトのHONZが単行本発売当時に猛プッシュしたので読んだ。あまりに面白かったので同じ清水潔の「桶川ストーカー殺人事件」も読んだ。これがもう、「殺人犯…」よりも面白い。いや、面白いという表現は適切ではない。怒りで頭がクラクラしてくるような強烈な本である。感想をどこかに書いたよなと思って探したら、ブクログに書いていた。

 「今ごろ読んだなんて書くのが恥ずかしくなるような名著。いや、名著という冷静な形容はこの本にはふさわしくない。読みながら驚き、怒り、哀しみ、恐怖、賛嘆などさまざまな感情がわき起こり、胸を揺さぶられ続ける圧倒的なノンフィクションだ…(中略)とにかくこんな読書体験はめったにない。必読中の必読」。

 文庫Xを読んで感動した人はこの本も読んでほしい。

 さて、日経の記事で気になったのは版元の担当者の言葉として「本への思い入れが強い書店員さんがいて、それに耳を傾ける読者がいることがうれしい。この信頼関係に感動し、ありがたく思います」と書いてあること。文庫Xは信頼関係で売れているのだろうか。

 文庫Xと同じ推薦の言葉を表紙をさらして書いていたら、売れなかったのだろうか。比較できないので分からないが、もし書店と客の間に本当に信頼関係があるのなら、表紙をさらしていても売れるのではないか。では書店員が中身を隠して売ろうとしたのはなぜなのか。表紙が悪いのか、タイトルが悪いのか。記事には「タイトルを見て手に取らない人がいるかもしれないと考えた」とある。しかしそれ以上にノンフィクションが売れない現実があるからかもしれない。

 元時事通信記者で作家の相場英雄は東日本大震災をテーマにした小説「共震」のあとがきで「ノンフィクションでは売れないから小説にした」という趣旨のことを書いていた。僕には意外だったが、ノンフィクションは小説以上に売れないらしい。

 文庫Xが売れたのは信頼関係があるからではなく、売り方がこれまでになかったものだからだろう。イベント的な売り方が功を奏したと言うべきか。同じ売り方が全国に広がり、ニュースでも取り上げられている以上、今度は話題性が加わって売れていくことになると思う。出版不況の中、どんな形であれ、本が売れるのは良いことなのかもしれないが、少し複雑な気分も残ってしまう。

2016/08/16(火)「アイアムアヒーロー」20巻まで

 借りてきて読んだ。amazonのレビューで「1巻をまるまる導入部に費やしている」と評価している人がいるが、そうじゃなくて単に進行が遅いだけ。映画化されたのは8巻までのストーリーだが、この原作でよくぞあそこまでスピード感のある映画にしたなと感心してしまう。1冊596円だから8冊で5000円近く。物語の進行に比べてこの価格、コストパフォーマンスが著しく悪い。小説なら2冊は優に読める。細部に違いはあるにしても、大筋は同じだから映画を見たなら原作を読む必要はない。第一、映画の方が数倍面白い。

 9巻以降はゾンビ物の側面が小さくなってSFの要素が大きくなる。絵柄を見ると、「AKIRA」を思わせるが、「デビルマン」あたりも入っている感じ。これ、最初から構想にあったのかどうか。なんせゆっくり進む物語なので途中での方針転換はいくらでもできるだろう。

 というわけで買ってまで追いかける必要はないと思う。TSUTAYAあたりで借りて読むなら問題ない。借りてきた家内によると、他の漫画も含めて20冊以上借りたら1冊あたり54円だったそうだ。これだと、すごくコストパフォーマンスが良くなる。

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2016/04/16(土)「キネマ旬報ベスト・テン個人賞60年史1955-2014」

 キネマ旬報社から2冊のムックが送られてきた。「表紙でふりかえるキネマ旬報」と「キネマ旬報ベスト・テン個人賞60年史1955-2014」。忘れていたが、去年の10月に「映画雑誌『キネマ旬報』に関するアンケート」に答えたのだった。そのプレゼントに当たったとのこと。当選者は30人。

 ありがたかったのは「個人賞60年史」(2015年3月7日発行)。僕は60年のうち、36年分のキネ旬決算号は持っているし、「キネマ旬報ベスト・テン全史」なども持っているが、一冊にまとめてあると、やはり便利だ。映画評論家の佐藤忠男さんが「キネマ旬報ベスト・テン その歴史に思う」という文章を寄せている。これはキネ旬ベストテンの意味と立ち位置を的確に指摘したもので、戦後の変遷の中でどんな風にベストテンが選ばれてきたのかがよく分かる。

 中身をパラパラめくってみると、三田佳子が「Wの悲劇」で助演女優賞を受賞していたり、松坂慶子が「蒲田行進曲」で主演女優賞を受賞しているのを見て懐かしかった。

 1971年度に「緋牡丹博徒 お命頂きます」と「女渡世人 おたの申します」で女優賞を受賞した藤純子の授賞式でのスピーチがとても良いので授賞式レポート(伊藤勝男)から引用しておく。藤純子はこの時、結婚のため引退を表明していた。

「女優賞本当にありがとうございます。やくざ映画で育った私が、ある時はたかがやくざ女優といわれた私が、このような栄えある賞を頂けるとは夢にも思っていませんでした。私はやくざ映画に育った事を誇りに思っています。(ここで大きな拍手が湧く)やくざ映画を観て下さる大勢のファンの皆様の支援が私の支えとなって、一生懸命頑張ってこられました。本当に未熟な私をこれまで皆様が御支援下さいました事は、一生忘れません。ありがとうございました。この栄えある賞を誇りに新しい人生を歩いて行きます」と語り終えた時の場内の大歓声は、かつてない物凄いものであった。この時の彼女の言葉は、活字では表現する事が不可能なものであり、語る方とその言葉を受け取る立場の者との間に流れる熱い交流があり、これぞ花田秀次郎との別れのシーンを彷彿させるに充分な感動的なシーンであったのだ。

 「表紙でふりかえるキネマ旬報」の方は創刊95周年記念として2014年11月に発行されたもの。キネ旬は1919年に創刊した後、1950年に休刊。同年10月に復刊して現在に至っている。ムックには創刊号のほか、1950年10月下旬号以降の表紙の全データを収録してある。最初のころは海外の女優の写真ばかりだ。雑誌の売れ行きというのは表紙に左右される要素も大きいそうなので、それを意識したのかもしれない。

 キネ旬読者以外には意味が薄いかもしれないが、僕は楽しく見た。表紙は和田誠さんが描いている。

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表紙でふりかえるキネマ旬報 (キネマ旬報ムック)

2016/04/06(水)「金がないなら頭を使え 頭がないなら手を動かせ」

 サブタイトルは「永江一石のITマーケティング日記2013-2015ビジネス編」。IT関連のコンサルタント永江一石さんのブログ「More Access! More Fun!」の2013-2015年分をまとめた電子書籍(Kindle)。通常378円だが、99円のセールの時に買った。ブログ読めば無料じゃないかと言う人もいるでしょうが、電子書籍としてまとまっているとやはり読みやすい。ページめくりで読めるのはクリックとは大違いの便利さですよ。後記とイラストも追加してある。

 内容はタイトル通り、楽して儲けることはできないという真っ当なことが書いてある。著者は日曜日以外の毎日2時間かけてブログを書いていて、今や月間100万ページビューだそうだ。僕もよく読ませてもらっている。それぐらいの時間をかけ、中身のあるコンテンツを増やしてないと、アフィリエイトで成果を挙げるのは無理なのだ。

 だからハウツーものとして読んでもよいが、実践するのは簡単ではない。初心者は文章の書き方から勉強しなくちゃいけない。量も質もないのにGoogle AdSenseやamazonのリンク貼ってもダメなんです。

 そこら辺の新書より内容があり、99円なら即買うべき本。378円でも新書の半分ぐらいの価格だから高くはない。

【amazon】金がないなら頭を使え 頭がないなら手を動かせ: 永江一石のITマーケティング日記2013-2015 ビジネス編