2016/11/29(火)「ミステリが読みたい!」のベストテン

 ミステリマガジン1月号は恒例の「ミステリが読みたい!」の特集号。国内篇1位は米澤穂信「真実の10メートル手前」、海外篇はアンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ「熊と踊れ」だった。2位以下は次の通り。

【国内篇】
2.「涙香迷宮」竹本健治
3.「リボルバー・リリー」長浦京
4.「彼女がエスパーだったころ」宮内悠介
5.「静かな炎天」若竹七海
6.「鍵の掛かった男」有栖川有栖
7.「許されようとは思いません」芦沢央
8.「挑戦者たち」法月倫太郎
9.「聖女の毒杯 その可能性は既に考えた」井上真偽
10.「アメリカ最後の実験」宮内悠介

【海外篇】
2.「ミスター・メルセデス」スティーブン・キング
3.「拾った女」チャールズ・ウィルフォード
4.「ザ・カルテル」ドン・ウィンズロウ
5.「悲しみのイレーヌ」ピエール・ルメートル
6.「スキン・コレクター」ジェフリー・ディーヴァー
7.「背信の都」ジェイムズ・エルロイ
8.「終わりなき道」ジョン・ハート
9.「ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女」ダヴィド・ラーゲルクランツ
10.「プラハの墓地」ウンベルト・エーコ

 ベストテンの対象は昨年10月1日から今年9月30日までに発売された作品。「このミス」や週刊文春とは1カ月ずれているので、本来なら昨年の作品である「悲しみのイレーヌ」が入っていたりする。他のベストテンには10月発売のルメートル「傷だらけのカミーユ」が入りそうだ。

 国内篇はSFの宮内悠介が2冊入っているのが意外。個人的にはこの2冊よりも「スペース金融道」の方に興味があったんですけどね。海外篇はデニス・ルヘイン「過ぎ去りし世界」が10位以内に入らず17位。「運命の日」「夜に生きる」に続く3部作の完結編だが、「夜に生きる」よりは少し落ちたので仕方ない。20位にキング「ジョイランド」が入っているのがうれしい。

2016/11/27(日)個人型確定拠出年金加入の分岐点

 SBI証券から個人型確定拠出年金(iDeCo)の資料(申込書)を送ってもらった。6月に「個人型DCを利用しない手はない」に書いたように節税効果が大きいと言われるので加入する気満々だったのだが、資料をよく読むと、メリットが感じられなくなってきた。40代までの人は無条件で加入した方が良いと思うが、50代は微妙なのだ。加入したことでかえって損する場合がある。その分岐点を左右するのは積立期間と毎月かかる口座管理手数料だ。

 以下は企業型の確定拠出年金や確定給付年金がある企業に勤める会社員と公務員の場合(積み立て月額最大12000円)にあてはまること。積立額がこれより多い自営業者などの場合は異なってくる。

 SBI証券の場合、加入時の手数料は3857円。毎月かかる手数料は残高が50万円以上と50万円未満で大きく異なる。残高50万円以上の場合、国民年金基金連合会に103円、事務委託先金融機関に64円、SBI証券の手数料は無料なので年額2004円。これは掛け金から差し引かれる。コストは1.3%だ。

 残高50万円未満の場合はSBI証券の手数料が月額324円となるので年額5892円に跳ね上がる。12000円から手数料を引くと、毎月の積立額は11509円となり、残高が50万円を超えるには44カ月かかる(投資信託の基準価額の変動は考慮していない)。この間のコストは4.1%にもなる。節税効果がなかったら、投資信託のコストとしては考慮に値しない高さだ。

 さらに50代の場合、加入期間が10年未満になるため、受給開始が遅くなる。加入期間8年以上で61歳、6年以上で62歳、4年以上で63歳、2年以上で64歳、2年未満で65歳から受給開始となる。掛け金が積み立てできるのは60歳まで。60歳以降、受給開始年齢までは運用指図者となり、この間も口座管理手数料はかかってくる。残高50万円以上の場合、年額768円(月額64円)と少ないが、50万円未満の場合は年額4656円(月額388円)なのだ。積立残高が少ない人にとって、これはコスト的にかなり不利だ。

 60歳までに残高が50万円を超える50代の人は加入しても良いかもしれない。ただし、特に株式の投資信託に積み立てる場合、リスク(変動率)は30パーセントと言われるので、元本が3割減っても50万円をキープできる残高があった方が安心だ。つまり必要残高は72万円。これを実質積立額11509円で割ると、60歳までの積立期間63カ月が加入の分岐点と考えて良いだろう。

 あと、自分の所得税・住民税率との兼ね合いもある。住民税は一律10%なので年間節税額14400円。所得税の節税額は税率5%の場合、年額7200円、10%で14400円、15%で21600円、20%で28800円となる。加入期間の合計節税額からコスト(加入料3857円+毎月の口座管理手数料の合計)を引いて、どれぐらいプラスになるかで加入を判断しなくてはいけない。節税額の簡易的な計算は税控除を確認する|個人型確定拠出年金ナビ「iDeCoナビ(イデコナビ)」でできる。

 手数料が安いとされるSBI証券でこの結果だから、54歳を超えたら年々、個人型確定拠出年金のメリットは少なくなる、というのが結論になる。50代は受給開始年齢が遅れることがコストアップの要因になっている。やはり遅くとも40代までには加入しておきたいところだ。

 年収別にどれぐらいの節税になるのか、iDeCoナビのページを利用して表にまとめてみた。

50代の年収別の節税額

 手数料の一覧はiDeCoナビにある。その中でSBI証券と最も高い群馬銀行の手数料を書いた。積立額は12000円からSBI証券の残高50万円未満の手数料を引いた11509円にしてある。残高が50万円を超えると、これより多くなる。群馬銀行は手数料が高いのでこれより少なくなる。

 年収600万円から1000万円のゾーンに入る人は5年間積み立てた場合、21万6000円の節税となる。ただ、63歳まで受給できないので、3年間は基準価額が上がっても下がっても何もできない。NISA口座だったら、節税効果はない代わりに高い時に売却できる。そのあたりをどう判断するかがポイントだ。

 iDeCoナビによると、手数料が最も安いのは楽天証券、SBI証券、スルガ銀行の3つ。中でも楽天証券は手数料の違いが残高10万円と低いので、50代向けの証券会社と言える。で、楽天証券で積み立てた場合にどうなるかを比較したのが下の画像。上の画像を修正して、積立額は12000円にしてある。この積立額から手数料を引いたのが実際の積立額になり、楽天証券と群馬銀行では10年間で5万円ぐらいの差になる。

個人型確定拠出年金の手数料:楽天証券、SBI証券、群馬銀行の比較


2016/11/23(水)松山ケンイチがすごい「聖の青春」

 村山聖が初めて羽織袴で対局に臨んだのは谷川浩司との王将戦のはずで、4連敗して汗と涙でボロボロになった村山の姿をテレビ中継で見たのを覚えている。映画では羽生善治との対局に変えてある。同世代のライバルだった村山と羽生を中心に据えて話を構成するために映画にはいくらかのフィクションが交えてあって、エンドクレジットにもそう断り書きが出る。

「聖の青春」パンフレット

 中盤、対局後に村山が羽生を誘って大衆食堂に飲みに行くシーンもフィクションだ。クライマックスの対局につながる重要な場面だが、困ったことにここでの2人のセリフに説得力がない。趣味での共通点がない2人は将棋の勝負に関しては共通の思いを持っており、心を通わせることになるのだが、「羽生さんは僕らとは違った海を見ている」「一度でいいから女の人を抱いてみたい」というセリフなど、いかにも作り物なのだ。向井康介の脚本は健闘しているのだけれど、映画が松山ケンイチの大変な好演をもってしても、胸を張って傑作と言えるまでになっていないのは脚本に説得力を欠く部分があるからだ。

 「体調悪いんか?」と荒崎学(柄本時生)に聞かれた村山は「体調いい時なんかないんですよ」と答える。村山は幼い頃から腎ネフローゼと闘ってきた。念願のプロ棋士になっても、フラフラになりながら将棋会館に向かい、将棋を指すことになる。役のために体重を20キロ増やした松山ケンイチはそんな村山をリアルに演じきっている。風貌を似せるだけでなく、たたずまいだけで村山そのものになっているのは精神的なアプローチが成功しているからだろう。憑依型、なりきり型の演技であり、村山の将棋への思いと「僕には時間がないんや」という切実な生き方まで取り込んで、キャラクターに厚みを持たせている。羽生を演じる東出昌大が羽生の外見と仕草をいくら似せても、表面だけの薄っぺらな感じにしかならず、生きたキャラクターになっていないのとは対照的だ。松山ケンイチ、凄すぎる。

 この2人の演技を見ていると、モデルの人物に外見を似せることが演技の決定的な要素ではないことがよく分かる。観客にモデルとなった人物との違和感を持たせないために、そして役者自身がモデルの人物にアプローチするために外見を似せることはある程度必要ではあるのだろうが、本当に求められるのはそこから先の部分だ。東出昌大を擁護しておくと、この映画の羽生の役柄には演技のしどころがない。名人を含めて7冠を達成し、女優の奥さんと結婚までしている羽生は何も持たない村山にとって完璧な人物だ。普通の映画であれば、こうした完璧な人物の性格的な欠点であるとか、主人公に対するなんらかの負の部分を設定するところだが、実在の人物なのでそれができない。だからここでの羽生は完璧という記号の存在でしかない。

 師匠の森信雄(リリー・フランキー)との強い絆を中心に据えた大崎善生の原作とは変えて、村山と羽生の2人を中心に描く構成が成功しているとは言えないのだが、それでも村山聖の描き方に不満はない。「終盤は村山に聞け」と言われた村山を象徴するエピソードがある。控え室で対局の検討をしている棋士たちが村山に「どうやったら詰むの?」と聞いたのに対して村山は「どうやったら詰まないの」と返すのだ(原作にあったのかどうか忘れたが、村山の答えは「どうやったら詰まないんですかっ」だったと思う)。

 病気がなかったら、村山は「名人になりたい」という願いを達成したかもしれない。しかし病気がなければ、入院中に将棋に出合うこともなかった。こうしたジレンマよくあるし、深刻なものでなくても人は何らかのハンディやコンプレックスを抱えているものだ。志半ばで29歳で亡くなった村山に強い共感の念を覚えるのは村山がそうした弱さを抱えているからであり、「敗れざる者たち」というフレーズを思い浮かべずにはいられない。

 WOWOWの「映画工房」にゲスト出演した森義隆監督によると、クライマックスの対局で村山が締めているネクタイと羽生が掛けている眼鏡はどちらも本物だそうだ。この場面、2人に全部の棋譜を覚えてもらい、2時間半かけて実際に指して対局を再現したのだという。

 原作の感想は1999年にReading Diary, Maybeに書いた。

2016/11/20(日)「白鯨との闘い」の本筋

 なぜ今ごろ、「白鯨」のような話を映画化するのか疑問で、劇場公開時には見逃した。Netflixで見て後半の展開に驚いた。なるほど、こちらが本筋なのか。

 ナサニエル・フィルブリックのノンフィクション「復讐する海 捕鯨船エセックス号の悲劇」をロン・ハワード監督が映画化。2003年に邦訳された原作は映画公開に合わせて昨年、「白鯨との闘い」のタイトルで集英社文庫に入った。映画はハーマン・メルヴィルが新作を書くためにかつての捕鯨船乗組員に話を聞くという設定で始まる。新作とはもちろん「白鯨」のことだが、フィルブリックの原作はマッコウクジラによって船を壊された乗組員の漂流がメインのようで、白いクジラを出したのは映画の脚色らしい。原題はIn the Heart of The Sea。

 前半は邦題通りに、“海の悪魔”と言われる白鯨との闘いが描かれるが、後半は一転、乗組員たちの過酷な漂流の話になる。「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」が比喩的に描いたカニバリズムの話も出てくる。飢えと渇きと疲労で衰弱しきった乗組員たちがくじ引きで誰を食料にするかを決める場面があるのだ。しかし、さすがロン・ハワード、キワモノにはしていない。ハワードは古き良きハリウッド映画の伝統を守り抜いている監督なので、感動的な決着を用意している。夫の悲惨な漂流の実際を初めて知った妻が「それを知っていても私はあなたのそばにいたわ」と話す場面など、ハワードらしい在り方だ。

 僕はハワードの直球ど真ん中という演出が好きなのだが、この映画、アメリカでは評価が高くない。ロッテン・トマトで肯定的評価は43%、IMDbの採点は6.9。後半のダークな部分が受けなかったのかもしれない。主演はハワードの前作「ラッシュ プライドと友情」に続いてクリス・ヘムズワース。

2016/11/13(日)「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」 主張備えたエンタテインメント

 ダルトン・トランボの名前を知ったのは監督作の「ジョニーは戦場へ行った」(1971年)が公開された時。当時はドルトン・トランボという表記だった。赤狩りによって投獄された“ハリウッド・テン”の一人であり、「ローマの休日」を匿名で書いた脚本家であることはその頃、既に知られていた。終戦後、脚本家として活躍していたトランボ(ブライアン・クランストン)は非米活動委員会に召還され、証言を拒否したために投獄される。映画はそこから復権までの道のりを仲間や家族の描写を織り込みながら描いていく。監督のジェイ・ローチはこれまでコメディの多かった人。それが功を奏したのか、ガチガチの社会派映画にはせず、きっちりと主張を備えたエンタテインメントに仕上げた。

「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」パンフレット

 刑務所から出たものの、トランボに以前のような仕事はない。「ローマの休日」は友人のイアン・マクラレン・ハンター(アラン・テュディック)の名義で映画会社に売り込み、アカデミー原案賞を受賞するが、当然のことながら仕事の依頼が来るわけではなかった。トランボはB級映画を量産しているフランク・キング(ジョン・グッドマン)の会社から安いギャラで仕事を請け負う。偽名で脚本を書いたほか、請け負った仕事は脚本家仲間に回し、それをキングが気に入らなかった場合はトランボが書き直す契約。トランボが優れた脚本を書けた理由は映画からは分からないのだが、仕事に追いまくられてバスタブにタイプライターを持ち込み、3日で1本の脚本を仕上げる姿からは一流の職人のような人だったのだなとうかがえる。そうやって書いたロバート・リッチ名義の「黒い牡牛」(1956年)もアカデミー原案賞を得た。

 映画が唾棄すべき人物として描いているのは元女優でコラムニストのヘッダ・ホッパー(ヘレン・ミレン)。ホッパーは非米活動委員会の手先のような言動と振る舞いをしてトランボたちを苦しめる。一方でトランボの実力を認めて「スパルタカス」の仕事を依頼するカーク・ダグラス(ディーン・オゴーマン)や「栄光への脱出」監督のオットー・プレミンジャー(クリスチャン・ベルケル)がいるし、ラジオからは非米活動委員会の活動に疑問を呈するグレゴリー・ペックやルシル・ボールの声も聞こえてくる。「アメリカの理想を守るための映画同盟」に所属していたジョン・ウェイン(デヴィッド・ジェームズ・エリオット)もホッパーに比べれば悪い男としては描かれていない。

 トランボたちを支援していた俳優のエドワード・G・ロビンソン(マイケル・スタールバーグ)は仕事を干され、非米活動委員会で証言してしまう。かつて支援してもらった金を返しに来たトランボとロビンソンが対峙する場面が印象的だ。匿名でも仕事ができる脚本家と違って、俳優は顔を隠して仕事はできない。ロビンソンは苦渋に満ちた表情でそう話すのだ。

 見ていて思うのは寛容と非寛容ということだ。自分とは異なる他人の思想・信条を全面否定し、平気で踏みにじる。赤狩りで行われたのはそういうことだった。一方的な攻撃・弾圧がまかり通る社会は間違っている。トランボは確かに共産党に所属していたが、重視したのは言論の自由を守ることであり、合衆国憲法修正第一条に明記されている言論の自由が封殺される状況に強く反発していた。映画が描いたことはハリウッドの異常な一時期、過去の話に終わるものではなく、今に通じる。

 トランボを支える妻クレオ役をダイアン・レイン、長女のニコラをエル・ファニングが好演している。ニコラが公民権運動に参加する描写などはしっかり父親の血を受け継いでいるのだなと思わずにはいられない。庭に池がある大きな家を売って、小さな家に引っ越す一家のホームドラマとしての側面が映画の幅を広げている。

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