2002/04/07(日)「モンスターズ・インク」

 面白くないわけではないのだが、このアイデアなら1時間程度、せいぜい70分が限度ではないか。展開が読めるし、中盤がダレる。アカデミーの長編アニメーション賞で「シュレック」に負けたのも納得。同じピクサーのCGアニメでも、「トイ・ストーリー」シリーズの監督ジョン・ラセターと、この映画のピーター・ドクター、デヴィッド・シルバーマンでは演出の力に大きな差がある。これは同じスタジオ・ジブリの作品であっても、宮崎駿とそのほかの監督作品では出来が違うのと同じことです。

 それにしてもこの作品、明らかにドラえもんの「どこでもドア」のアイデアを頂いてますね。ピクサーのスタッフは日本のアニメもよく見ているのだろう。

 ちなみに本編が始まる前に上映された短編「フォー・ザ・バーズ」はアカデミーの短編アニメーションを受賞した。鳥たちのちょっとしたスケッチだが、ギャグが冴えていました。

2002/04/06(土)「ビューティフル・マインド」

 2時間16分、無駄な部分はほとんどない。途中にある脚本の仕掛けは分かってしまったが、それが分かった後に来る夫婦愛の場面がとてもよろしい。ロン・ハワードは1940年代、50年代、おまけして60年代中盤ぐらいまでのハリウッド映画が持っていた美点をとても大切にしているようだ。あの、大学の食堂で他の学者たちが主人公のジョン・ナッシュにペンを差し出す場面は泣けた。ドラマトゥルギーの基本として、最初の方の場面に呼応する、こういう場面はあってしかるべきなのだが、それでも泣けた。自分の精神分裂症に引け目を感じて、控えめに生きる主人公の姿とそれがついに報われる、とても素敵なラストシーン。描写の端々に過去のハリウッド映画の良い部分が散見され、豊かで力強い映画になっている。

 ジョン・ナッシュは実在の人物だが、その人生の大筋だけを借りて自由に脚本化したアキバ・ゴールズマンの手腕にまず拍手。映画には現実と違う描写が多いらしいけれど、少なくともその本質はつかんで放さず、ジョン・ナッシュの苦悩と栄光が見事に映画として語り直されている。エッセンスだけを凝縮して、エンタテインメントに仕立て上げたゴールズマンは優れた脚本家である。

 そして、精神分裂病のジョン・ナッシュを演じるラッセル・クロウの演技は賞賛に値する。どこかダスティン・ホフマンの演技を思わせるが、ラッセル・クロウがこんなに微妙な演技が出来る俳優とは思わなかった。主人公を支え続ける妻を演じるジェニファー・コネリーも大いに魅力的だ。コネリーはホントに報われたなという感じがする。「レクイエム・フォー・ドリーム」も良かったけれど、こういう正統的な映画での好演はこれからのキャリアにもプラスになるだろう。

 ロン・ハワードのフィルモグラフィーを見ると、1本も明確な失敗作がないのに驚く。ただし、すべてが水準以上であるにもかかわらず、決定的な1本というのがない監督だった。「スプラッシュ」「コクーン」「バック・ドラフト」「アポロ13」とジャンルは多岐に渡っているけれど、共通しているのはエンタテインメントとしてどれも良くできていること。「ビューティフル・マインド」が退屈で感動の押し売りをするような伝記映画にならなかったのはハワードのこのエンタテインメント志向があったからなのだろう。

2002/03/20(水)「アメリカン・スウィートハート」

 ビリー・クリスタル脚本・製作のシチュエーション・コメディ。美人でスターの姉とは対照的なマネージャーの妹(ジュリア・ロバーツ)が、姉と別居中の夫(ジョン・キューザック)に恋をして、という話かと思ったら、新作映画のマスコミ試写をめぐる話がトップに来る。それを企画するのが宣伝マンのビリー・クリスタル。というわけで映画は2つの話を交差させつつというか、あまり噛み合わずに進行していく。素直にロマンティック・コメディに仕上げれば良かったのに、クリスタルが出しゃばりすぎ。製作を兼ねるなら、もう少し謙虚な姿勢が欲しいところだ。

 共演映画がヒットして実生活でも結婚し、アメリカの理想のカップルといわれるグウェン(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)とエディ(ジョン・キューザック)。しかし、グウェンの浮気を知ったエディは逆上して浮気の現場を襲い、2人は別居。共演しなくなってグウェンの人気にも陰りが見え始めた。そんな時、1年前に撮影した2人の共演映画が完成。しかし、伝説的な監督で変人のハル・ワイドマン(クリストファー・ウォーケン)はプロデューサーにも見せず、マスコミ試写で公開すると譲らない。本当に完成したのかどうかも分からない。やり手宣伝マンのリー(ビリー・クリスタル)はグウェンとエディを試写会に連れだし、話題作りで映画のヒットを狙う。というのが長い前ふり。ここからグウェンの妹でマネージャーのキキ(ジュリア・ロバーツ)の話が始まるのだが、どうも要領が良くない。

 クリスタルの下ネタを入れた脚本はあまり上等とは言えず、ジョー・ロスの演出もタイトさを欠く。ほとんどテレビドラマのレベルなのだが、ゼタ=ジョーンズとロバーツが出ているので眺めている分には退屈はしないといったところ。実際には2歳年上のロバーツが妹役というのはちょっと無理がある。だいたい役の上で33歳(実際には今年35歳)になって、けなげで純粋な役というのはどうか。ゼタ=ジョーンズは明らかにロバーツよりは美人だが、役柄の意地の悪さは現実を反映したものか。でも好きですけどね。ウォーケンはすごいメーキャップでパンフを見るまで分からなかった。

2002/03/13(水)「エネミー・ライン」

 ボスニアを舞台に繰り広げる戦争アクション。撃墜された偵察機のパイロットが敵のセルビア人勢力の支配地域(Behind Enemy Line)を必死に逃げ回る。それを上官(ジーン・ハックマン)が救出しようとする―という設定はまるで「スパイ・ゲーム」のよう。映画デューでCM、MTV出身の31歳ジョン・ムーア監督は的確な絵づくりができる。特に撃墜場面の圧倒的なカット割りとSFXはMTVで培った手腕なのだろう(樋口真嗣が「206秒に176カット 脅威のモンタージュ」とパンフレットで分析している)。このほか、アクション場面はどれも見応えがある。

 単なるアクション映画としてみれば、(一部にデビュー作としての傷はあるが)よくできた映画である。ただ、ボスニアが舞台というのがどうも気にかかる。和平交渉の裏でセルビア人は民間人の虐殺を繰り返しているという設定が事実に基づくものかどうか知らないが、セルビア人を残虐な敵という風に単純化してとらえる視点は安易である。きっとハリウッドはアフガンを舞台にした映画もそのうち撮るだろう(「ランボー3 怒りのアフガン」は既にありますが)。

 「プレデター」「プレデター2」「エグゼクティブ・デシジョン」のジェームズ・トーマス&ジョン・トーマスの原案をデヴィッド・ペローズ(ナチュラル・ボーンキラーズ」)とザック・ペン(「ラスト・アクション・ヒーロー」)が脚本化。冒険小説的ストーリーだが、決定的に違うのはクライマックスに騎兵隊よろしく援軍が駆けつけてくるところ。好みから言えば、ここは主人公が独力で敵を撃退して脱出する展開にしたかった。で、自分を見殺しにしようとした米海軍上層部に一撃を加えるとか、軍批判の視点まで入れてくれるとさらに良かった。

 しかしその展開にすると、主人公を演じるオーウェン・ウィルソン(「ホーンティング」「シャンハイ・ヌーン」)では役不足。どうも甘さが残る顔立ちなので有能な兵士には見えない。もう一人のパイロットを簡単に処刑し、執拗に主人公を追撃するセルビア人ウラジミール・マシュコフの方が顔に凄みがあるので、ウィルソンがマシュコフに勝てるとはとても思えないのである。

2002/03/05(火)「ロード・オブ・ザ・リング」

 2時間58分の長編だが、その長さが必要なぐらいの分量が詰まっている。いや、長い原作からすると、これでも駆け足なのだが、脚本は要所を押さえている。中盤からは見せ場の連続で、怒濤のアクションが最後まで持続する。同時に主人公フロド(イライジャ・ウッド)と旅の仲間たちの友情と団結が描かれ、見事なくらいに正攻法の映画である。

 SFオンラインの映画評によると、ジョン・ブアマン「エクスカリバー」とロン・ハワード「ウィロー」はともに「指輪物語」の映画化を目指して果たせず、その代わりに撮った映画なのだという。「ウィロー」の主人公が「指輪物語」のホビットのように小さな種族であったのはそういう事情があったわけだ。「エクスカリバー」の剣と魔法の物語もまた、「ロード・オブ・ザ・リング」の雰囲気とよく似ている。

 冒頭、暗くくすんだ映像で3000年前の人間と暗黒の怪物軍団との戦いが描かれる。暗黒の国モルドールの冥王サウロンは世界を支配するため強力な力を持つ指輪を作る。しかし、戦闘中に指を切り落とされて敗れ、指輪も持ち主を転々とする。という発端は「ハムナプトラ2 黄金のピラミッド」のアビヌス軍団と人間の戦いのようにスケールの大きなSFXである。指輪は人間より小さな種族ホビットのビルボ・バギンズ(イアン・ホルム)の手によって、中つ国のホビット庄(シャイア)に持ち帰られる。バギンズは111歳の誕生日に再び旅に出ることを決意。魔法使いのガンダルフ(イアン・マッケラン)に命じられ、指輪を養子のフロドに託す。ガンダルフはサウロンが再び勢力を盛り返し、指輪を手に入れようと画策していることを知る。指輪がサウロンの手に渡ったら、世界は暗黒。フロドは指輪を破壊するため、モルドールの火の山まで行くことになる。

 原作は「旅の仲間」(文庫で4巻)「二つの塔」(3巻)「王の帰還」(2巻)の3部作。美しく色彩鮮やかなタッチで綴られるホビット庄の描写は原作のゆったりとしたペースを踏襲しているが(それでもかなり端折ってある)、その後はハイテンポでフロドらホビット族とエルフ族、ドワーフ族、人間の9人の旅の仲間の行程が描かれていく。ビジュアルな描写は申し分なく、「スリーピー・ホロウ」の首なし騎士を思わせる黒の乗手(ブラック・ライダー)の姿は原作を超えるイメージ。「ハリー・ポッターと賢者の石」にも登場した北欧の怪物トロルが出てくるが、ずっと凶暴である。これが象徴するように「ハリー・ポッター」が子ども向けのファンタジーであるなら、こちらは大人向け、男性向けの力強い話なのである。

 特にブラック・ライダーとの戦い→エルフの王女アルウェンの疾走→無数のオーク(ゴブリン)が攻めてくる洞窟→終盤の戦いへと至る描写はどれも完成度が高い。普通の映画のクライマックスが何個も入っている感じ。トロルのほかに大きな触手を持つ怪物や火の鞭を操るバルログなども登場するが、SFXだけが全面で出るのではなく、物語の補強としての使い方に好感を持つ。撮影の舞台となったニュージーランドの風景も魅力的である。

 スプラッターに笑いを散りばめた「ブレインデッド」のタッチを僕は嫌いではないが、あの映画の監督ピーター・ジャクソンがこういう立派な映画を撮るとは思わなかった。1961年生まれのジャクソンは「指輪物語」の熱烈なファンという。原作を知り尽くしたファンでなければ作れない映画なのだなと思う。

 フロドとサム(ショーン・アスティン)がモルドールにたどり着くところで終わるラストを見て、一刻も早く続きを見たい気持ちになった。