2011/08/01(月)「コクリコ坂から」

 劇中のテレビから流れる「上を向いて歩こう」を聞いて、「坂本九って、こんなに澄んだ歌声だったっけ」と思った。テレビ、ラジオで何度も何度も聞いた曲だが、自分の記憶より澄んだ歌声に聞こえたのは、たぶん、わが家のスピーカーがチープだったためもあるのだろう。映画はそんな坂本九の歌声と同じように澄んだ心を持つ登場人物たちによって語られる。

 1963年の横浜が舞台。高校生の海(長澤まさみ)は坂の上にある下宿屋コクリコ荘を切り盛りしながら、毎朝、沖合を航行する船に向かって旗を揚げる。それは朝鮮戦争で亡くなった船乗りの父親の思い出とつながっている。ある日、船からその旗に返礼があった。海と同じ高校に通う俊(岡田准一)が揚げた旗だった。海と俊にはお互いに恋心が芽生えるが、2人は兄妹ではないのかという疑いが出てくる。

 東京の風景が大きく変わったのは1964年の東京オリンピックからと言われる。映画の1963年という時代は古いものが消え去りつつある時代を表している。後半に出てくる東京の風景は戦後の匂いが残り、まだ人の多い田舎という感じである。部活動の部室が多数入った建物カルチェラタンを取り壊すという学校の方針に対して、反対集会で俊は叫ぶ。「古いものを壊すことは過去の記憶を捨てるのと同じじゃないのか。人が生きて死んでいった記憶をないがしろにするということじゃないのか」。この言葉は時代の空気と密接につながっている。時代と人物が絶妙にマッチし、郷愁と情感のこもった佳作に仕上がっている。

 パンフレットに収録された宮崎駿の「企画のための覚書」にはこの映画の重要なエッセンスが詰まっている。「『コクリコ坂から』は人を恋(こ)うる心を初々しく描くものである。少女も少年達も純潔にまっすぐでなければならない。異性への憧れと尊敬を失ってはならない。出生の秘密にもたじろがず自分達の力で切り抜けねばならない。それをてらわずに描きたい」。映画はこの通りの印象だ。この覚書に沿って、宮崎吾朗は映画化を進めたのだろう。

 しかし、それだけではない。パンフレットの言葉によれば、宮崎吾朗はこの映画で生まれて初めて「必死になった」のだという。宮崎吾朗は登場人物と同じように作品にまっすぐに取り組んだ。その必死さが作品を想像以上のものにしたのだろう。観客の胸を揺さぶる作品を作るにはそうした姿勢が必要なのだと思う。

 アニメーションの原初的な魅力にあふれた昨年の米林宏昌「借りぐらしのアリエッティ」とは違ったアプローチで宮崎吾朗は映画を完成させ、「ゲド戦記」の汚名を返上した。

2011/07/25(月)「『踊る大捜査線』あの名台詞が書けたわけ」

 「踊る」の名前があった方が売れるのだろうし、出版社が考えたタイトルなのだろうが、これほど中身を表していないタイトルも珍しい。脚本家・君塚良一がこれまでに出会った人々の言葉を収録した本。登場するのは大学卒業後に師事した萩本欽一をはじめ明石家さんま、いかりや長介、亀山千広などなど。中でも大将こと萩本欽一の言葉が多く、どのエピソードにも君塚良一の大将への敬愛が感じられる。

 収録された言葉はどれも含蓄に富んでいる。一つ挙げれば、「本当のチャンスは小さな仕事としてやって来る」。これも大将の言った言葉である。

 「どうしてチャンスを見逃してしまうんですか?」

 大将は子どもに教えるように、柔らかい言葉を選んでくれた。

 「……わかりやすく大きな仕事としてチャンスはやって来ないんだよ。だから、ややこしいんだ。小さな仕事の小さな成果を見た人が、次にチャンスをもたらしてくれることがあるわけね」

 著者はこの言葉を裏付けるものとして出世作となったテレビドラマ「ずっとあなたが好きだった」の脚本を依頼された時のエピソードを披露する。当時、著者は単発ものや深夜ドラマの脚本を書いていた。後に「ずっとあなたが好きだった」のプロデューサーを務めるスタッフがある夜、酒に酔って帰宅し、深夜ドラマを見ていたら、台詞が突飛で面白いドラマが放送されていた。プロデューサーはエンドロールに目をこらし、君塚良一の名前を見つけて、「この人に賭けてみよう」と思い、依頼したのだそうだ。

 著者はドラマの脚本を書くのが夢で小さな仕事にも精いっぱいの力を尽くしていた。それがなかったら、目を留められることもなかっただろう。「チャンスは直接的には来ない。違う顔をして目の前に現れる」。日々のルーティンワークや小さな仕事について「自分にはもっと大きな仕事ができるのに」などと不平不満を言い続けていると、大きな仕事が来ることなど望み薄なのだ。

 200ページほどの新書なのでスラッと読めて、しかも面白い本。「踊る」や君塚良一のファンでない人にもお勧めしたい。

2011/07/25(月)「マチェーテ」

 「グラインドハウス」にあった偽予告編を本編化するというアイデアに遊び心があって楽しい。決してハンサムとは言えないダニー・トレホにとって初の主演作。主人公のマチェーテがマチェーテ(山刀)を振り回し、首や腕が飛ぶ血みどろのアクションはいかにもB級映画の雰囲気をむんむんと漂わせている。

 映画の魅力に大いに貢献しているのはジェシカ・アルバとミシェル・ロドリゲスの女優2人で、健康的で完璧な美貌のアルバと男勝りながらセクシーなロドリゲスが対照的な魅力を発散している。ロバート・ロドリゲスは女優の趣味が良い。ロバート・デ・ニーロ、スティーブン・セガール、リンジー・ローハン共演。ついでに特殊メイクアップアーチストで監督でもあるトム・サヴィーニも出ている。

2011/07/25(月)「アンストッパブル」

 暴走した貨物列車をどう止めるかというサスペンス。黒澤明原案「暴走機関車」と同じアイデアであるにしても、相変わらず冴えたトニー・スコットの映像感覚が見応えのある映画になった理由だろう。アンドレイ・コンチャロフスキー「暴走機関車」(1985年)よりずっと面白い。しかし、この最後の解決策、最初からやっていれば良かったのではないか。