2011/10/03(月)「刑事コロンボ」ベスト3

 ミステリマガジン11月号は刑事コロンボの大特集「刑事コロンボに別れの挨拶を」。評論家や作家などミステリ関係者42人が選んだベスト3が掲載されている。1位はドナルド・プレザンスが犯人を演じた名作「別れのワイン」(1973年、第19話)かと思ったら、「二枚のドガの絵」(1971年、第6話)。「別れのワイン」は2位だった。3位は「祝砲の挽歌」(1974年、第28話)。確かに「二枚のドガの絵」は終幕がミステリファンにアピールする要素を兼ね備えている。コロンボが犯人に仕掛けるトリックが鮮やかすぎるのだ。僕が見たのは中学生のころだが、今でもはっきり覚えているほどだ。

 それにしても皆さんよく見てますね。この稀代の倒叙ミステリドラマの影響力がいかに大きかったかよく分かる。それぞれ400字の感想が添えられているが、挙げられた傑作の中ではっきり覚えていないのはチェスを題材にした「断たれた音」(1973年、第16話)のみ。これ、あまり印象がないな。

 コロンボは12月にコンプリート・ブルーレイ・ボックスが出る。全69話を収録し、35枚組で71,400円。ミステリマガジンの特集を読んだら、無性に再見したくなってきた。買ってしまおうかと密かに考えている。

2011/10/02(日)「僕たちは世界を変えることができない。」

 実際にカンボジアに学校を作った人に話を聞いたことがある。その学校は無料ではなく、有料。少額といえども、なぜ有料なのかと尋ねたら、「すべて無料で手に入ると、人はダメになるから」という答えだった。なるほど。働かなくても援助で生きていけるなら、人は働かなくなる。無料の学校だったら、行かなくなる子供も多いのかもしれない。金を払っているからこそ、無駄にしてはいけないという思いが起きるのだろう。

 映画は郵便局にあったポスターとリーフレットを見て、カンボジアに学校を作ろうと立ち上がった大学生の実話に基づく。満たされない日常を送り、何か打ち込みたいものを探していた大学生にとって、カンボジアはそれを打破してくれる存在だった。最初は軽い気持ちだったが、実際にカンボジアを訪れて大学生たちは衝撃を受ける。

 中盤のこのシーンが映画の白眉だ。ポル・ポト政権時代の虐殺の様子をドキュメントタッチで見せるこのシーンでは物語がフィクションからノンフィクションへと逸脱していく。子供の頭を打ち付けて殺した木、雨が降ると土が流れて姿を現す骨や衣服、収容者がはめられていた足かせ、大量の頭蓋骨、今も犠牲者を出している大量の地雷。観光ガイドのコー・ブティさんの両親は収容所で強制労働をさせられた。涙を流しながら、当時の父親の様子を日本語でたどたどしく語るブティさんには胸を締め付けられる思いがする。主人公の田中甲太(向井理)はそんなブティさんを抱きしめる。ブティさんは「ムカイ…」とつぶやく。このシーンには演技を超えた役者の真の感情が焼き付けられている。

 映画にはタイトルのほかに英語のサブタイトルがある。というよりも、ここまでがタイトルだ。But, We wanna build a school in Cambodia.世界を変えることはできないけれど、カンボジアに学校を建てたい。学校を一つ作ったところで、世界が変わるわけはない。その議論は映画の中にもこれまたドキュメントタッチで出てくる。しかし、その気持ちがなければ、世界は変えようがないのも事実だ。

 「バトル・ロワイアルII 鎮魂歌」で最低のデビューを果たし、「XX(エクスクロス) 魔境伝説」で実力を発揮した深作健太監督はこの作品で大きくジャンプアップした。深作健太はキネ旬9月下旬号のインタビューをこう締めくくっている。

 「つらい現実に直面した時に、ありたい自分とそうでない自分とのギャップに悩んだり、無力感に苛まれて自信を持てなくなってしまっている若い人たちがこの映画を観てくれて、ちょっとだけでもいいから、前を向いてくれたら、それは素晴らしいことだと思います」。

 深作欣二の「バトル・ロワイアル」が若者への応援歌であったのと同じ意味合いをこの映画も持っているのだ。

2011/10/02(日)「アンダー・ザ・ドーム」

 スティーブン・キングの上下二巻、二段組みの大作。7月に買って寝る前にだらだら読み、ようやく読み終えた。ドームと呼ばれる謎の物体に閉じ込められたチェスターズミルという小さな町のドラマを描く。

 ドームの中の空気が一気に悪くなる終盤の状況を読むと、これは地球全体の比喩なのかと思えてくる。空気が悪くなった原因は町を牛耳る悪の勢力との戦いの結果、起こった大爆発だ。チェスターズミルのドームはなくなれば、きれいな空気が取り戻せるが、地球の場合はそうはいかない。

 キングは閉じ込められたことを利用した悪の勢力の台頭と、それに抵抗する人々のドラマを微に入り細にわたって描き出す。長さも内容も感染症によってほとんどの人間が死滅した世界を舞台にした「ザ・スタンド」と共通するシチュエーションだが、今回の超常現象はドームの存在だけであり、SF的な展開は少ない。悪の勢力も小粒な印象だ。大量の登場人物を多彩に描き分け、起こってくるさまざまなドラマを楽しむべき作品だろう。

2011/10/01(土)「アジョシ」

 もちろん「レオン」、そして「ランボー」を組み合わせたような話。虚無的な雰囲気を漂わせ、キアヌ・リーブスを思わせるウォンビンのアクションは体の動きが素早くて良いのだが、軍の特殊部隊出身という役柄を考えれば、ここはジャン・レノやスタローン、ドウェイン・ジョンソンのようなごつい男の方がリアリティーがあったかもしれない。

 ウォンビン目当ての女性客が多いけれど、臓器売買の組織の話なので目玉をくりぬいたり、ナイフで刺したりの残虐シーンがけっこう多い。韓国では昨年、630万人が見たそうだが、この数字、同じくウォンビンが出演している「ブラザーフッド」(2004年)の1200万人に比べれば、なんということはない。

2011/09/28(水)「スーパーマン4 最強の敵」

 旧スーパーマンシリーズでこれだけ見ていなかった。評判が悪かったためだが、なるほどと思う。ダブルデートでスーパーマンとクラーク・ケントが行ったり来たりするシーンなど何をやっているのか。キャスト、特にロイス・レーン役のマーゴット・キダーの容色の衰えが目立ち、マリエル・ヘミングウェイもごつい感じを受ける。終わるべくして終わったシリーズなのだろう。もっとも3作目もスケールダウンがひどかったのだった。旧シリーズはリチャード・レスターが同時に撮った1、2作目だけで良かったのだと思う。