2011/09/19(月)「世界侵略:ロサンゼルス決戦」

 リドリー・スコット「ブラックホーク・ダウン」を思わせるような描写、展開である。と思ったら、監督のジョナサン・リーベスマンが目指したのは「『ブラックホーク・ダウン』と『エイリアン2』を合わせたようなSF戦争映画だった」のだそうだ。なるほど。道理で似ているわけだ。海兵隊の一部隊を軸にして描かれる異星人との戦い。これを中心にしすぎたために、侵略の全体像の描写が少なくなってしまい、SFというよりは戦争映画の感触に近い作品になった。これならば、敵はエイリアンでなくてもいいのである。リーベスマンにはスコットほどの映像感覚はないので、途中で飽きてしまった。ドラマの作り込みも弱い。

2011/09/19(月)「スプライス」

 ヴィンチェンゾ・ナタリは異能とか異才という言葉がぴったりの監督に思える。「CUBE」も「カンパニー・マン」も通常の発想では作れない作品だと思う。この映画の場合は通常の発想で作れるのだけれど、遺伝子操作で誕生した新しい生命体の気味の悪さが尋常ではない。人間のようで人間とは非なるもの。生まれた時は羽根をむしった鳥のような形態で、毒針のあるしっぽを持つ。成長するにしたがって人間の姿に近づくが、言葉はしゃべれず、足は鳥の足のような形のまま。それが人間に恋をするから始末に負えない。

 NERD(オタクだ)という研究機関に勤め、生命体を誕生させる研究者夫婦はマッド・サイエンティストなのだが、そうは見えないエイドリアン・ブロディとサラ・ポーリーが演じているのがポイントか。気味の悪い生命体にドレン(DREN=NERDの逆)と名付け、かわいがるのが尋常ではない精神構造を表している。

2011/09/10(土)「ミッドナイト・ミート・トレイン」

 クライヴ・バーカー原作で血の本シリーズの第1作「ミッドナイト・ミートトレイン」を読んだのはもう20年以上前。電車の中のスプラッターという記憶しか残っていない。映画は北村龍平監督のアメリカ映画デビュー作であり、不遇な公開のされ方をしたらしいが、作品自体はよくできたホラーになっている。屠殺場に勤め、地下鉄で殺戮を続けるマホガニーを演じるヴィニー・ジョーンズが怖い無表情をしていて秀逸。主演は「ハングオーバー!消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」のブラッドリー・クーパー。ブルック・シールズも久しぶりに出ている。

2011/09/09(金)「未来を生きる君たちへ」

 アカデミー外国語映画賞を受賞したデンマーク映画。内容を伝えない邦題だが、原題は「報復」「復讐」を意味しているそうだ。英語のタイトルは「In a Better World」。「憎しみの連鎖を断ちきる」という今はやりとも言えるテーマを描きながら、監督のスサンネ・ビアは緊張感あふれるドラマを展開させ、見応えのある作品に仕上げた。

 アフリカの難民キャンプとデンマーク郊外の学校でドラマが繰り広げられる。特にデンマークの描写が良く、いじめられる少年クリスチャンを演じるヴィリアム・ユンク・ニールセンは「オーメン」のダミアン役にも似合う冷たさを漂わせている。

2011/09/04(日)「ゴッドファーザー」

 午前10時の映画祭。テレビやビデオでは見ているが、劇場で見たのは初めて。記憶ではシシリー島の場面はもっと黄色っぽく明るかった印象がある。劇中で「愛のテーマ」が初めて流れるこのシーン、暗いニューヨークの色調(音楽も)と鮮烈な対比をなしている、と思っていたが、今回はそうでもなかった。一部、褪色と思われるシーンもある。リストアされているのだけれど、完全ではないのだろう。

 見たのは20数年ぶりぐらいだったが、記憶と違うところはその1点のみ。それほど初見の印象が強かったのだ。高校生の時でしたからね。だいたい、僕は同じ映画を繰り返し見る習慣はない。再見しても「あれ、こんな映画だったのか」と思うことがほとんどないのだ。だから、この映画祭も今までスルーしていた。

 シシリー島で愛する妻を爆殺されたマイケル(アル・パチーノ)の場面から、映画は1年後に飛ぶ。堅気だったマイケルはすっかりマフィアの世界の人間になっている。映画では省略してあるが、その契機が妻を殺されたことにあるのは明確だ。マフィアのドンに成長していくマイケルを描く後半は再び暗い色調に戻るが、だからこそシシリー島での明るさは必要だった。幸福を象徴する明るさなのである。

 裏切りとバイオレンスが渦巻くマフィアの世界は翌年から始まる「仁義なき戦い」シリーズにも影響を与えたのかなと今回、再見して思った。