2016/07/18(月)「孤狼の血」と「仁義なき戦い」と「日本で一番悪い奴ら」

 柚月裕子「孤狼の血」をようやく読んだ。昨年の「このミス」3位。広島を舞台にした刑事とヤクザをめぐる話である。作者は「仁義なき戦い」の大ファンだそうでセリフのほとんどは広島弁。なので読み始めてしばらくは「これは『仁義なき戦い』のパスティーシュか」と思えた。

 「のう、大上さん。わしらァ、売られた喧嘩は避けて通れん稼業です。筋が通った喧嘩なら、なおさらじゃ」「じゃけえ言うて、守孝を的に晒すわけには、いかんでしょ。ありゃァいずれ、広島の極道を束ねる男です」なんてセリフが連続するのだ。

 柚月裕子はこう語っている。

「映画の『仁義なき戦い』シリーズの大ファンなんです。こう言うと意外な顔をされるんですが、女性の8割はあの映画のファンだと真剣に思っています(笑)。菅原文太さんらが演じるヤクザの生きざまは、女性の心にも訴えかけるものがあるんです」(ダ・ヴィンチニュース)

「『麻雀放浪記』にも夢中になりましたし、作家デビューした前後に『仁義なき戦い』を観て、またこれもはまりました。『県警対組織暴力』や『北陸代理戦争』などもそうですが、女が入ろうとしても入れない世界だからこそ格好いいというか、逆に憧れたんですね」(本の話WEB)

 「仁義なき戦い」の魅力は裏切り裏切られ、敵と味方が入り乱れ、誰が敵か味方か分からなくなる展開にあった。その中で脚本の笠原和夫の言う「ずっこけ人間喜劇」が炸裂する。1作目と2作目「広島死闘篇」はそうでもないのだが、これを踏まえた3作目「代理戦争」と4作目「頂上作戦」の弾け方が凄すぎるのだ。目を白黒するほど面白い映画であり、その強烈なパワーはそれまで東映が作り続けてきた任侠路線を葬り去った。

 それほどまでに面白いシリーズだから、柚月裕子のように女性の大ファンがいてもおかしくはない。でも、たいていの女性はヤクザ映画、実録路線というパッケージングで忌避するだろう。

 「孤狼の血」は広島弁、ヤクザ、抗争、悪徳刑事というパッケージングを借りてはいるが、ミステリーの基本は外れていない。というか、終盤にミステリーの顔を現す。それまでの展開はとても「仁義なき戦い」には及ばないのだが、これはこれで納得できる作品ではある。「仁義なき戦い」が描いた世界にオマージュを捧げたミステリーと言える。

 これを読んでいる途中で白石和彌監督「日本で一番悪い奴ら」を見た。北海道警が舞台だが、ヤクザと悪徳刑事が絡む話として「孤狼の血」によく似ている。これまた「仁義なき戦い」や「県警対組織暴力」などの影響下にあるのは明らかだ。矢吹春奈や瀧内公美など女優の使い方は深作欣二よりもうまいのだけれど、先行作品を超えるまでには至っていない。

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2016/02/05(金)「誇れないロシア」を描く映画「ドゥラク」

 日経電子版の「救われないロシアの映画 社会を覆う冷笑主義と帝国症候群」で取り上げられたロシア映画が興味深かった。映画「ドゥラク」(愚か者)。各地の映画祭で高評価を受けたそうだ。どんな映画なのか日経の記事を引用する。

 築40年の団地が今にも崩壊しかかっていることを知った配管工が、貧しい住民の救済のために奔走する。市幹部に直訴し、市長も事の重大さに気づくが、真冬に800人もの住民を収容する場所はない。災害時の備えや老朽住宅の修復に回すはずの市の予算は、市幹部や闇組織の懐に消えてしまっている。市長は自らを守るため腐敗した側近の中から2人に罪を着せ、配管工ともども口を封じようとする。

 日経の記事はこの映画に絡めて「社会主義の現状を誇れない」ロシアの現状を紹介している。

 「愚か者」というタイトル、あるいはこのストーリーには覚えがある。キネ旬あたりで映画祭関係の記事を読んだのかもしれない。監督は日経の表記ではユーリ・ブコフ。もっと詳しい情報を知りたいと思い、検索してみた。この監督名では出てこない。いろいろ調べて監督はYuriy Bykov(英語表記。ロシア語表記はЮ́рий Анато́льевич Бы́ков)であることが分かった。日本語表記はユーリー・ブィコフとしているページがいくつかあった。

 IMDbによると、映画「Durak」の評価は8.0、メタクリティックのMETAスコアは83。確かに高い評価だ。ロカルノ映画祭やフランスのアラス映画祭で男優賞や観客賞などを受賞している。

 見てみたいものだが、最近はロシアの映画が公開されることは少ないので無理だろう。と思ったら、YouTubeにアップされていた。

 当然のことながら日本語字幕はないので意味が分からない。DVD発売は望み薄だろうから、WOWOWかNHKあたりで放映してくれないものか。

2016/01/15(金)アカデミー賞候補作の中で気になる1本

 アカデミー賞のノミネート作品が昨日、発表された。作品賞の候補は昨年より1本少ない8本。Metacriticのメタスコアを上から並べると、以下のようになる。

「スポットライト 世紀のスクープ」93点
「マッドマックス 怒りのデス・ロード」89点
「ブルックリン」87点
「ルーム」86点
「マネー・ショート 華麗なる大逆転」81点
「ブリッジ・オブ・スパイ」81点
「オデッセイ」80点
「レヴェナント:蘇りし者」77点

 この点数で普通に考えれば、「スポットライト」が有力だが、一番低い「レヴェナント」がゴールデン・グローブ賞では映画のドラマ部門で作品賞だったので、どうなることか分からない。

 個人的に気になっているのは「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(原題The Big Short)。コメディみたいな邦題が酷すぎるが、マイケル・ルイス「世紀の空売り―世界経済の破綻に賭けた男たち (文春文庫)」(amazon)の映画化なのである。この傑作ノンフィクションについては3年前、読書日記の方に感想を書いた。サブプライムローンで浮かれている世間とは反対の立場に賭けたトレーダーたちの物語。アスペルガー症候群の天才的な投資家マイケル・バーリの孤独な姿に胸を打たれた。マイケル・ルイスは「マネー・ボール〔完全版〕 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)」(amazon)も良かったが、これも好きな作品だ。

 映画ではマイケル・バーリをクリスチャン・ベールが演じ、助演男優賞にノミネートされている。このほか、監督賞(アダム・マッケイ)、脚色賞(チャールズ・ランドルフ、アダム・マッケイ)、編集賞(ハンク・コーウィン)の計5部門で候補となった。

 出演者はベールのほかにスティーブ・カレル、ライアン・ゴズリング、ブラッド・ピットなど。監督のアダム・マッケイはこれまでの監督作ではコメディが多いが、今回もコメディタッチを取り入れているのだろうか。日本では3月公開とのこと。