2023/09/03(日)「Gメン」ほか(9月第1週のレビュー)

 「Gメン」は小沢としおのコミックを瑠東東一郎監督が映画化。瑠東監督作品としては昨年の橋本環奈主演「バイオレンスアクション」よりずっと良い出来で、これまでの監督作の中でもベストの仕上がりだと思います。

 私立武華男子高校に転校してきた1年生の門松勝太(岸優太)は問題児ばかりの1年G組に入れられる。G組は他の校舎から離れ、荒れ果てた場所。勝太は彼女が欲しい一心で、G組をひとつにまとめ上げようとする。女子生徒からモテモテのイケメン・瀬名拓美(竜星涼)と出会い、勝太を目の敵にするレディース集団ブラックエンジェルの上城レイナ(恒松祐里)とのロマンスも生まれるが、壊滅したはずの凶悪組織・天王会の魔の手が忍び寄っていた。

 「ビー・バップ・ハイスクール」(1985年、那須博之監督)シリーズなどに連なる高校生のアクションコメディーです。3年生役の田中圭や高良健吾、G組のEXITりんたろー。など出演者たちが全員、高校生には見えないのはともかく、格闘アクションがどれも良いです。元King & Princeの岸優太は体のキレが良く、アクションに向いてます。レディースのリーダーながら純情なレイナを演じる恒松祐里と、生徒が言うことを聞かずにキレる先生役・吉岡里帆もおかしくて魅力的。楽しくまとまってますし、ヒットもしているようなのでシリーズ化もありかなと思います。

 ドラマ「ナンバMG5」の間宮祥太朗が難波剛役で、あの特攻服姿でカメオ出演してました。同じ小沢としお原作だからですかね。EXITの兼近大樹もゲスト出演してます。2時間。
▼観客30人ぐらい(公開6日目の午後)

「断捨離パラダイス」

 福岡を舞台にゴミ屋敷をめぐる6つのエピソードで構成したユーモラスなドラマ。白高律稀(篠田諒)は手の震えでピアニストの道を断たれ、ゴミ屋敷専門の清掃会社「断捨離パラダイス」に入社する。学校の教師やシングルマザー、出稼ぎのフィリピン人など家にゴミをため込む人たちはさまざまだった。

 沖田×華(おきた・ばっか)のコミック「不浄を拭う人」を時々読んでるので、ゴミ屋敷がどんな状態かは多少知っていて、映画の最初に出てくる家にゴキブリがざわざわいたり、ペットボトルに尿が入っていたりするのはおなじみの光景ではあります。清楚できれいな教師(武藤十夢)のアパートがゴミだらけというのは幻滅ですが、YouTubeの「エガちゃんねる」では「美人声優の家がゴミ屋敷だったから、江頭が大掃除しに行った結果…」というエピソードもありましたから、人は見かけに絶対によらないわけです。



 武藤十夢とシングルマザー役の中村祐美子に意外性があって良く、泉谷しげる演じる老人はゴミ屋敷の主としては常識的かなと思いました。いずれのエピソードでもゴミをため込む理由に踏み込んでいないのが映画としては少し弱いところ。萱野孝之監督は大分出身で福岡在住の32歳。既に4作目なのは、演出力が一定の評価を受けているからなのでしょう。1時間41分。
▼観客12人(公開5日目の午後)

「こんにちは、母さん」

 92歳の山田洋次監督90本目の作品、かつ78歳の吉永小百合123本目の出演作品。原作は永井愛の同名舞台劇で、山田監督と「釣りバカ日誌」シリーズなどの朝原雄三監督が脚色しています。

 大企業の人事部長を務める神崎昭夫(大泉洋)は大学時代からの親友で同期入社の木部富幸(宮藤官九郎)から相談を受ける。隅田川近辺の地元で、屋形船を借りて同窓会をしようというのだ。その木部は会社のリストラ候補に挙がっていた。昭夫は妻と別居し、大学生の娘・舞(永野芽衣)との不和にも頭を悩ませている。下町で足袋屋を営む母・福江(吉永小百合)の家を訪れると、母親はホームレス支援のボランティアを通じて知り合った教会の牧師(寺尾聰)に恋心を抱いていた。

 基本は山田監督得意の下町を舞台にした人情コメディーなんですが、リストラやホームレスなど現代的なテーマを絡めていますし、描写の仕方もやはりうまいです。ここ数年の山田監督作品では一番良い出来だと思います。できれば、大泉洋主演で何本か撮ってほしいところです。ヘソ出しルックの永野芽郁の細さとスタイルの良さにはびっくり。1時間50分。
▼観客多数(公開初日の午前)

「アステロイド・シティ」

 1950年代の砂漠の町アステロイド・シティを舞台にしたウェス・アンダーソン監督作品。映画の構成は前作「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」(2021年)に似ていますが、出来は及びませんでした。

 アステロイド・シティで繰り広げられる物語は舞台劇であり、それを演じる俳優たちの姿があり、さらに舞台劇のメイキングのテレビ番組の中の出来事である、という入れ子構造は面白いですし、オフビートで微妙な笑いも嫌いではないんですが、ドラマの盛り上がりには欠け、平板な印象になっています。

 極彩色の町が舞台という共通点から比較すると、グレタ・ガーウィグ監督「バービー」の方がテーマの明快さと直感的なユーモアの点で数段上回っていると思いました。1時間44分。
IMDb6.7、メタスコア74点、ロッテントマト75%。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午後)

2023/08/27(日)「春に散る」ほか(8月第4週のレビュー)

 「春に散る」は沢木耕太郎原作の小説を瀬々敬久監督が映画化。文庫で上下2巻900ページを超える原作の序章を読んだところで映画を見て、その後で原作を読み進めました。300ページ読んでも横浜流星が演じた翔吾は出てきません。400ページ読んでも出てきません。出てきたのは上巻の最後。第10章「いつかどこかで」の終わりの方で450ページを過ぎたあたりでした。

 それまでに描かれるのは40年ぶりに日本に帰ってきた主人公・広岡仁一(映画では佐藤浩市)がかつてボクシングジムの合宿所で寝起きを共にしてジムの四天王と呼ばれた仲間と再び共同生活を送るようになる過程です(映画では四天王ではなく、佐藤浩市のほか、片岡鶴太郎、哀川翔の3人になってます)。全員が60代後半なので、これは「老人小説か」と思ったのですが、読み進めると、どうやらこれは再生の物語であることが分かってきます。アメリカでボクシングではチャンピオンになれなかったものの、不動産の仕事でそれなりの成功を収めた広岡が帰国して他の3人を訪ねると、いずれも不遇の生活を送っていて、広岡が大きな家を借りての共同生活を提案することになります。

 訪ねてきた広岡に対して佐瀬(映画では片岡鶴太郎)はこう言います。

 「俺にとっては、あのジムでの日々がすべてなんだ。夢は世界チャンピオンになること。その目標に向かって、おまえたちと一緒にトレーニングしをしていた。どんなに苦しいトレーニングでもつらいと思ったことは一度もなかった。夢に向かって一歩一歩進んでいるように思えたからだ」
 四人の中で、佐瀬ほどトレーニングをした者はいない。耐えていたというより、むしろ好きだったのではないかと思えるほど熱中していた。
 「夢は叶わなくても、そんな日々が一度でもあったんだから、それでいいと思うんだが……」
 広岡には、佐瀬のその言葉の持つどこかもの悲しい響きが痛ましく感じられた。

 かつての共同生活を再び送るようになった4人は自分たちが果たせなかった世界チャンピオンへの夢を翔吾に託すことになるわけです。不遇な生活から再生し、再び心に灯をともす男たちを描いた小説だと思います。同様に沢木耕太郎にとっても、プロボクサーのカシアス内藤を描いた「クレイになれなかった男」「一瞬の夏」に違う形での決着を付けたい気持ちがあったのではないかと思えてきます。

 映画は原作の後半部分を中心に映像化しています。橋本環奈の役柄は大分に住む広岡の姪となっていますが、原作では広岡に家を紹介する不動産会社で働く社員です。長い原作のすべてを描けるわけではありませんから前半部分を簡略化したこの脚色は間違っていないと思いますが、描写不足で気になったところはありました。

 翔吾が母親に暴力を振るった男を暴行して警察沙汰になり、試合中止の危機だったのに、いつの間にか解決していること。それと、佳菜子(橋本環奈)がなぜか大分から東京に出てきて、広岡の家に同居し、いつの間にか翔吾と仲良くなっていること。どちらも描写の省略なのでしょうが、重要な部分なので省かず描いた方が良かったと思います。

 これを除けば、近年の瀬々敬久監督作品の中では上位に位置する出来だと思います。佐藤浩市と横浜流星はどちらも演技賞候補でしょう。広岡の必殺技がクロスカウンターであったり、翔吾の所属するジムでは子供たちが練習していたり、どこか「あしたのジョー」を思わせる設定があります。瀬々監督は沢木作品とともに「あしたのジョー」の愛読者でもあったのだそうです。2時間13分。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)

「遠いところ」

 沖縄のコザで暮らす17歳の母親の苦境を描く物語。工藤将亮(まさあき)監督が沖縄で取材して実際の出来事を基にしているそうです。

 2歳の息子・健吾を持つアオイ(花瀬琴音)は夫のマサヤ(佐久間祥朗)との3人暮らし。健吾をおばあ(吉田妙子)に預け、キャバクラで朝まで働く。マサヤは建築現場を解雇された後は仕事もせず、アオイの収入に頼る。ある日、未成年者を働かせているキャバクラを警察が摘発。アオイは仕事を失う。サヤはアオイに暴力を振るった上、アオイの貯金を持って家を出る。アオイは昼の仕事を探すが、時給795円で月に8万円にしかならない。おまけにマサヤは暴力事件で逮捕され、示談金が必要になる。父親(宇野祥平)に助けを求めるが、わずかなお金を渡しただけで追い返される。

 マサヤがクズなら父親もクズ。アオイの不幸の原因は周囲にクズな男しかいないからです。警察の摘発はアオイたちの生活手段を奪うことにしかならず、その後の行政の支援が一切ない(あったにしてもアオイには届いていない)のが絶望的です。未成年保護を目的とした摘発が未成年者をより苦しめることになる現実。この現状をどうすればいいのか、映画は描いていません。パンフレットによると、沖縄の母子世帯の貧困率は50%を超え、男性の働く場所は少ないそうです。貧困の連鎖が止まらず、男がクズなのはそうした背景も一因でしょう。

 大半の観客はアオイの苦境の原因を映画のほかに求めることはしないでしょうから、そうしたことまで映画の中で描いた方が良かったと思います。現状を伝えることはもちろん重要ですが、わずかな希望と問題解決への手がかりが少しでも示されれば、より広範な観客の支持を得られるでしょうし、映画の意義はもっと高まるはずです。2時間8分。
▼観客12人(公開2日目の午後)

「裸足になって」

 アルジェリアでバレエダンサーになることを夢見るフーリアはある夜、男に階段から突き落とされて大怪我を負い、踊ることも声を出すこともできなくなってしまう。失意の中、リハビリ施設で出会ったのはそれぞれ心に傷を抱えたろう者の女性たちだった。「ダンスを教えて」と頼まれたフーリアは生きる情熱を取り戻していく。

 ムニア・メドゥール監督は「パピチャ 未来へのランウェイ」(2019年)に続いて、リナ・クードリを主演に迎えて女性の再起を描いていますがやや物足りなさが残りました。1時間39分。
IMDb6.4(アメリカでは映画祭での公開のみ)
▼観客4人(公開5日目の午後)

「リボルバー・リリー」

 長浦京の同名小説を行定勲監督が映画化。綾瀬はるかと長谷川博己の「はい、泳げません」(2022年)のコンビで描くハードボイルドアクションです。

 綾瀬はるかが“幣原機関の最高傑作”にはとても見えないのが致命的にダメです。アクション監督のクレジットはないようですが、スタントコーディネーターは「シン・仮面ライダー」でアクション監督を務めた田渕景也。

 アクションができなくてもハードボイルドな雰囲気の醸成でなんとか様になることもあるんですが、行定監督はそうした部分も得意ではないようです。こういう題材なら原田眞人監督が適任ではないかと思います。2時間18分。
▼観客30人ぐらい(公開11日目の午後)

2023/08/13(日)「CLOSE クロース」ほか(8月第2週のレビュー)

 「CLOSE クロース」は親密な(クロース)人間関係の崩壊と苦悩の物語。同じ年頃の同性愛的な少年2人を主人公にしていることで是枝裕和監督の「怪物」とつい比較してしまいますが、題材へのアプローチと描き方はまるで異なります。話の構成に凝り、見せ方にこだわった「怪物」に対して「CLOSE クロース」はとてもシンプル。作品としては観客サービスの固まりのような坂元裕二脚本の方が僕は好きですが、ストレートに訴えるこっちの方が良いとする人もいるでしょう。

 レオ(エデン・ダンブリン)とレミ(グスタフ・ドゥ・ワエル)は中学に入学したばかりの12歳。親密な様子を見たクラスメートの少女が「2人は付き合ってるの?」と素朴な疑問を投げかけたことがレオとレミの関係崩壊の始まりでした。それまでは花畑を一緒に走り回り、夜は寄り添って寝ていた2人の親密な距離が徐々に開いていくことになります。それを主導したのは主にレオの方。毎日一緒に自転車で登校していたのに、ある日、レオが1人で登校したためレミと殴り合いの喧嘩になります。そして、大きな悲劇が訪れることに。

 その悲劇までが前半の1時間弱で、後半はレオの大きな後悔と苦悩のドラマになります。この悲劇はレオが世間の目・他人の目を意識したために起きたこと。軽い知的障害を持つ女性(小野花梨)とのラブストーリー「初恋、ざらり」(テレ東)の風間俊介が「世界で2人だけだったら良いのに」と話すのと同じように、レオは世間の目を気にしてしまったわけです。2人の周囲だけでなく、レオ自身にもスタンダードと異なることを恐れる気持ちがあったのでしょう。

 できれば、レミの気持ちも深く知りたいところではありますが、冗長になるのかもしれません。監督はバレリーナを夢みるトランスジェンダー少女を描いた「Girl ガール」(2018年)に続いて2作目のルーカス・ドン。主演の2人はいずれもオーディションで選ばれて映画デビューを果たしたそうです。カンヌ国際映画祭グランプリ。1時間44分。
IMDb7.8、メタスコア81点、ロッテントマト91%。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午後)

「イノセンツ」

 大友克洋のコミック「童夢」(1981年)にインスピレーションを得たエスキル・フォクト監督のサイキック・スリラー。「クライマックスはほとんど『童夢』のパクリで『大友克洋原案』とクレジットに入れた方が良かった」との感想もあったので、どれぐらい似ているのかと思ったら、クライマックスのブランコのシーンのみ似てました。あ、もちろん、団地に住む子供の超能力を扱った点はそのままですが、原案クレジットまではいらないかなと思います。

 ノルウェーの郊外にある団地が舞台。父親の仕事の都合で団地に引っ越してきた9歳のイーダ(ラーケル・レノーラ・フレットゥム)は自閉症の姉アナ(アルヴァ・ブリンスモ・ラームスタ)と2人姉妹。同じ団地に住むベン(サム・アシュラフ)とアイシャ(ミナ・ヤスミン・ブレムセット・アシェイム)と親しくなるが、ベンには念力能力が、アイシャにはテレパシー能力があった。アナはアイシャとテレパシーで交流でき、ベンは次第に念力能力を高める。しかし、念力が強まるに連れてベンは人を操るようになり、邪悪に染まっていく。

 アメリカ映画に比べると、VFXが小粒なのが残念な点で、「童夢」で印象的だった場面、サイコキネシスで壁に押しつけられて壁が球状に凹むシーンなど、ぜひ実写で見たいところですが、ありません。好意的に見れば、スケールが小さい分、リアルに見えないこともありません。超能力が次第に強くなっていく過程を見せる前半はもう少し簡潔に描いた方が良かったと思いました。1時間57分。
IMDb7.0、メタスコア79点、ロッテントマト96%。
▼観客11人(公開3日目の午後)

「サントメール ある被告」

 フランス北部の町サントメールで実際に起こった生後15カ月の乳幼児死亡事件を巡るドラマ。殺人罪に問われた母親ロランス(ガスラジー・ラマンダ)の裁判を通して移民差別や貧困、女性の社会進出の問題などを浮き彫りにしています。

 映画の基になったのは2015年、セネガル人の母親が満潮の海岸に乳児を置き去りにして死なせてしまった事件です。母親は博士課程の学生で、IQ150。にもかかわらず、自分がやったことはセネガルの叔母にかけられた呪いのためだと供述したとのこと。

 アリス・ディオップ監督はセネガル系フランス人。被告が自分と同い年であったこともあって事件に興味を持ち、裁判を傍聴して映画化を決めました。ドキュメンタリー出身なので、実際の裁判記録をセリフに使っています。ストーリーは妊娠中に裁判を傍聴した女性作家ラマ(カイジ・カガメ)の視点で語られますが、やや単調になりがちなのはこのドキュメンタリー手法のためでしょう。もっと明確にドラマの強弱を付けた方が共感を得られやすかったのではないかと思います。2時間3分。
IMDb6.9、メタスコア91点、ロッテントマト94%。
▼観客5人(公開4日目の午後)

 ディオップ監督の前作でドキュメンタリーの「私たち」(2021年)はU-NEXT、amazonプライムビデオが配信しています。こちらはIMDb6.1、メタスコア78点、ロッテントマト80%。

2023/08/06(日)「キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩」ほか(8月第1週のレビュー)

「キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩」は同じアパートに住んでいたウクライナ人、ユダヤ人、ポーランド人の3家族が支配者に翻弄される姿を描いた物語。ソ連→ドイツ→ソ連と支配者は変わりますが、その時々に民衆は苦しめられます。他国に蹂躙されてきたウクライナのこれまでを3家族の苦難に象徴させた映画だと思います。

 1939年1月、ウクライナのイバノフランコフスク(当時はポーランド領スタニスワヴフ)でウクライナ、ユダヤ、ポーランドの3家族が同じ屋根の下で暮らすことになる。ウクライナ人の娘ヤロスラワ(ポリナ・グロモヴァ)が歌うウクライナの民謡「シェドリック」=「キャロル・オブ・ザ・ベル」を通して互いに交流が始まるが、第2次大戦が勃発。ナチス・ドイツやソ連によって占領され、ポーランド人とユダヤ人の両親たちは連行される。ウクライナ人で歌の先生でもあるソフィア(ヤナ・コロリョーヴァ)の夫ミハイロ(アンドリー・モストレーンコ)はウクライナ民族主義者組織のメンバーであったことからドイツ軍に処刑される。ソフィアはポーランド人の娘テレサ、ユダヤ人の娘ディナを、自分の娘ヤロスラワと分け隔てなく守り、生き抜くことを誓う。

 物語は実話そのままではないようですが、脚本を書いたクセニア・ザスタフスカの祖母が体験したことをベースに実際の出来事を多く盛り込んだそうです。オレシア・モルグレッツ=イサイェンコ監督はキーウ在住。撮影はロシアが侵攻する前の2019年から2020年にかけて行われたそうで、侵攻後の状況を反映したものではありませんが、監督を含めて多くの人たちはロシアの侵攻を予想していたとのこと。2時間2分。
IMDb8.1(アメリカでは映画祭での上映のみ)。
▼観客6人(公開7日目の午前)

「告白、あるいは完璧な弁護」

 意外な展開をする密室殺人ミステリー。もっとも、登場事物が少ないので意外性はそれほど高くなく、そこそこの出来に終わっています。

 IT企業社長ユ・ミンホ(ソ・ジソブ)の不倫相手キム・セヒが密室のホテルで殺された。容疑者となったミンホは潔白を主張し、敏腕弁護士ヤン・シネ(キム・ユンジン)に頼んで事件の真相を追う。ミンホは事件以前に起きたある交通事故がセヒの殺人に関係しているかもしれないと告白。事件の再検証が始まるが、目撃者の存在により、思わぬ方向へと進む。

 キム・セヒ役の女優がすごい美人だなと思ったら、ガールズグループAFTERSCHOOLのメンバー、ナナとのこと。K-POPにうといので知りませんでした。ユン・ジョンソク監督、1時間45分。
IMDb6.6(アメリカでは未公開)。
▼観客5人(公開5日目の午後)

「トランスフォーマー ビースト覚醒」

 シリーズ7作目。監督がマイケル・ベイからスティーブン・ケイブル・Jrに替わっても出来は大して変わらず。いや、序盤は期待させたんですが、その後失速します。子供向けを意識しているのかもしれませんが、話が簡単すぎてつまらないです。

 子供向けにするなら、子供を登場させた方が良いでしょう。シリーズ番外編の「バンブルビー」(2019年、トラヴィス・ナイト監督)が作品内容でも成功したのはティーンエイジャーを主人公(ヘイリー・スタインフェルド)にした青春ものに徹したからでしょう。もちろん、監督の手腕が高かったためでもありますが。2時間7分。
IMDb6.1、メタスコア42点、ロッテントマト52%。
▼観客多数(公開初日の午前)

「逃げきれた夢」

 北九州を舞台に定年間近の男が人間関係を見つめ直し、新たな一歩を踏み出す姿を描いたドラマ。俳優でもある二ノ宮隆太郎監督の商業映画デビュー作で、北九州出身の光石研が主演しています。

 北九州で定時制高校の教頭を務める末永周平(光石研)。元教え子の平賀南(吉本実憂)が働く定食屋で、周平は支払いを忘れてしまう。記憶が薄れていく症状に見舞われ、これまでのように生きられなくなってしまった。妻の彰子(坂井真紀)との仲は冷え切り、一人娘の由真(工藤遥)とも会話が進まない。周平はこれまでの人間関係を見つめ直そうとする。

 音楽もなく、ホン・サンス監督作品のような会話劇で話が進行します。そのためか未完成感は残るんですが、二ノ宮監督の話の作りと演出は悪くありません。同じく北九州出身という吉本実憂は憂いを含んだ表情が良いです。1時間36分。
▼観客7人(公開2日目の午後)

2023/07/30(日)「愛のこむらがえり」ほか(7月第5週のレビュー)

 「愛のこむらがえり」は「渇水」の高橋正弥監督作品。宮崎キネマ館で舞台あいさつ付きの回を観賞しました。観客は上映開始1時間前の段階で予約状況を見たら50人。それから少し増えたでしょうから60~70人だったと思います。ゲストは高橋監督と主演の磯山さやか、吉橋航也の3人。上映終了後、20分ほどのトークがありました。

 この中で磯山さやかは共演している大先輩の柄本明にあいさつに行った際のエピソードを紹介。「志村さんのコントでご一緒させていただいたことがある磯山さやかです。よろしくお願いします」とあいさつしたのに対して柄本明は「知ってる知ってる、覚えてるから」と応えたそうです。こういう謙虚なあいさつをする人なので、磯山さやかは座長としてスタッフ受けも良かったらしいです。18年ぶり主演というこの映画での好演がさらに多くの出演機会につながれば、と思います。高橋監督は年齢(1967年生まれなので56歳ぐらい)より若々しく見えました。

 映画は調布市を舞台に助監督(吉橋航也)と、8年前からその才能に惚れ込んで同棲している恋人(磯山さやか)が自力で映画製作を目指すハートフルコメディー。助監督18年目とか25年目とかのリアルな設定やセリフもあり、映画ファンおよび映画に詳しい人にはなかなか興味深い内容になっています。

 ネットの評価があまり高くなかったので僕は期待せずに見たんですが、途中からちょっと感心しながら見てました。唯一、ホヤ好きの殺し屋(篠井英介)が絡むエンタメを狙った展開はうまく行ってるとは思えませんでしたが、あとはOKです。「渇水」とはまったく異なるタイプの作品ながら高橋監督はうまくまとめています。

 映画の中で白鳥あかねという名前のスクリプターが出てきます(演じているのは吉行和子)。往年の日本映画ファンならこの名前を知っているはずで、僕はにっかつロマンポルノ関連のデータでよく目にして記憶しました。

 監督インタビューによると、「撮影シーンの様子や内容を記録・管理する仕事の人として白鳥あかねさんというキャラクターが出てくるのですが、これは実際にスクリプターとして日本映画界を支えてきた白鳥あかねさんをそのままモデルにした人物で、僕はこのあかねさんと映画監督の白鳥信一さんの夫婦の話でもあるかと思います」(雑誌LEEのサイトより)とのことです。監督ではなく、3人の脚本家(加藤正人、安倍照雄、三嶋龍朗)の誰かに縁があったのかもしれません。

 李相日や是枝(裕和)の名前も出てくるなど、日本映画のファンならニヤリとする場面もあり、見て損はない内容だと思いました。1時間48分。
▼観客多数(公開2日目の午後)

「キングダム 運命の炎」

 原泰久の原作コミックを映画化したシリーズ3作目。今回も面白い仕上がりです。

 秦の隣国・趙の大軍勢が秦の首都を目指して侵攻を始める。えい政(吉沢亮)は趙軍に対抗するため、王騎(大沢たかお)を総大将に任命する。決戦の地・馬陽は王騎にとって因縁のある場所だった。出撃を前に、王騎はえい政に王としての覚悟を聴く。えい政は趙の人質となっていた頃に自分に光をもたらした恩人・紫夏(しか=杏)との話を明かす。一方、信(山崎賢人)は100人の兵士を率いる隊長になる。王騎は飛信(ひしん)隊と名付け、敵将を討つ特殊任務を命じる。

 前半は吉沢亮、後半は山崎賢人をメインにした内容。後半のアクションの方が見応えがありますが、前半の吉沢亮も王としてふさわしい風格を感じさせ、悪くありません。オールスターキャストの大作という言い方がしっくり来る作品で、脚本を今回も原泰久自身と映画・ドラマで実績を積み上げる黒岩勉が書いているので、内容的にも充実しています。

 最後の10分ぐらいは次作へつながる話。王騎と因縁の好敵手で圧倒的な強さを誇るほう煖(ほうけん=吉川晃司)と1作目でファンを魅了した楊端和(ようたんわ=長澤まさみ)が登場し、4作目への期待が高まります。佐藤信介監督、2時間10分。
▼観客多数(公開初日の午前)

「To Leslie トゥ・レスリー」

 主演のアンドレア・ライズボローがアカデミー主演女優賞にノミネートされたインディペンデント作品。ノミネートを得るために知り合いの女優たちに働きかけたやり方が一部で批判されました。僕もいくらか色眼鏡で見ていましたが、実際に作品を見ると、中年女性の再起を描く内容は感動的ですし、ライズボローの演技もノミネートに値するものだと思いました。

 シングルマザーのレスリー(アンドレア・ライズボロー)は宝くじで19万ドル(約2700万円)を当てるが、酒に溺れて6年後には使い果たす。モーテルの家賃を払えないレスリーは行き場を失い、死んだ夫の母親で旧友のナンシー(アリソン・ジャネイ)とダッチ(スティーヴン・ルート)の元へ向かう。やはり酒をやめられず、家を追い出されるが、孤独なモーテル従業員スウィーニー(マーク・マロン)との出会いをきっかけに、レスリーは再起への道を踏み出す。

 マーク・マロンが温かい好演をしています。再起を決めるのは結局、自分の意志なんですが、それを助ける人の存在は大事だなと思います。監督のマイケル・モリスは「ベター・コール・ソウル」「プリーチャー」「13の理由」などのテレビシリーズの監督を務め、これが長編映画初監督作。1時間59分。
IMDb7.1、メタスコア84点、ロッテントマト93%。
▼観客11人(公開4日目の午後)

「小説家の映画」

 ベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員大賞)を受賞した韓国のホン・サンス監督作品。銀熊賞受賞は「逃げた女」(監督賞)「イントロダクション」(脚本賞)に続いて3年連続4度目というのがすごいです。

 最近、新作を発表していない作家のジュニ(イ・ヘヨン)は引退同然の女優ギルス(キム・ミニ)と偶然出会い、意気投合する。ジュニは一緒に短編映画を撮ろうと提案する、というストーリー。

 いつものように固定カメラのワンシーン・ワンカット撮影、ズームもなしという作りの会話劇。カット数は20カットぐらいしかないんじゃないでしょうかね。前作「あなたの顔の前に」(2021年)は脚本が面白かったんですが、今回はあまりピンと来ませんでした。1時間32分。
IMDb6.8、メタスコア82点、ロッテントマト100%。
▼観客5人(公開6日目の午後)