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2002年09月12日の記事

2002/09/12(木)「チョコレート」

 脚本も演出も際だってうまいわけではないが、とにかくハル・ベリーが有無を言わさない。もともと好きな女優だが、この人、こんなに凄かったか。化粧っけなしにも関わらず、見事に美しく、しかも生活感のあるハル・ベリーを見るだけで十分という感じ。女優の演技が映画を一級品に押し上げた。アカデミー主演女優賞も当然である。

 といっても主演はハル・ベリーではない。ジョージア州の刑務所の看守ハンク(ビリー・ボブ・ソーントン)。父親バック(ピーター・ボイル)も看守だったし、息子ソニー(ヒース・レジャー)も看守を務めるという親子3代で同じ道を歩いている家族だ。バックは偏狭な人種差別主義者で、隣の家の黒人の子どもが庭に入ってくることも許さない。ハンクは父親の命令に服従しているが、息子のソニーは黒人とも交流を持つ。このあたりで家族の不協和音が微妙に映し出されるのだが、ソニーは死刑執行時にミスをしたことから、ハンクに叱責され、罵声を浴びせられて祖父と父の目の前で発作的に自殺してしまう。

 ハル・ベリー演じるレティシアは死刑囚の夫ローレンス(ショーン・コムズ)と過食症の息子タイレル(コロンジ・カルフーン)を持つウエイトレス。ボロボロの車に乗り、借家も家賃の滞納で追い出されようとしている。11年間、夫の面会に来続けたが、もうすっかり生活に疲れ果てている。夫が死刑になって間もなく、レティシアは仕事から家に帰る途中、一緒に歩いていた息子を交通事故で亡くす。息子を病院まで運んだのがハンクで、生活に疲れ、孤独に苛まれる2人は急速に接近し、愛が燃え上がる。ハンクが夫の死刑に立ち会ったことはお互いに知らないまま。

 ハンクは息子を亡くして初めて父親の言ってきたことが間違いだと知る。いや、間違いであることは知っていたが、踏ん切りを付けるきっかけになったのだろう。看守をやめ、ガソリンスタンドを購入し、忌み嫌っていた黒人の隣人と交流し、レティシアを愛すようになる。だから本来ならば、これは親の呪縛を断ち切って人生をリスタートする男の話なのである。しかしハル・ベリーが凄すぎた。中年男女の奥の深いラブストーリーという感じになった。

 夫も息子も亡くして失意のどん底にあるレティシアは家まで送ってくれたハンクに「何か出来ることはないか」と問われて、「私を気持ちよくさせて。私を感じさせて」と言う。切なく激しいラブシーンは最終的にハンクの人生を変えることになる。父親から人種差別意識を植え付けられたハンクは女性への蔑視も持っていたに違いなく、妻が逃げ出したのはそのためだろう。映画の中盤で描かれる娼婦相手のセックスが後背位であるのに対して、レティシアとのセックスでは後背位→正常位→女性上位と変化する。これはハンクの意識の変化のメタファーでもあると思う。

 脚本に対する疑問はレティシアが貧しく、ハンクがそれを援助する形で愛が募っていく構成と、偶然が起きすぎるところにある。ハル・ベリーが美しすぎることも欠点といえ、あんなに美人なら生活に困っても手助けする男がたくさんいるだろうなと思える。だが、それを差し引いても、細かい感情の揺れを的確に表現したベリーの演技は一見に値する。演技派のソーントンを完全に食っている。寂寥感を演じきったという点で、ジェーン・フォンダが主演女優賞を受賞した「コールガール」(1971年、アラン・J・パクラ監督)と同じタイプの作品と思う。