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2002年12月24日の記事

2002/12/24(火)「ギャング・オブ・ニューヨーク」

 19世紀のニューヨークを舞台にアメリカで生まれ育ったネイティブズの一団とアイルランド系移民の抗争が描かれる。米同時テロによって公開が1年延びたマーティン・スコセッシの超大作(撮影270日、製作費150億円)。

 スコセッシは主人公の復讐劇に合わせて当時のニューヨークの風俗を詳細に描いており、アナーキーで暴力が横行していた当時の様子を町並みも含めて再現している。そうした描写自体は悪くないのだが、物語にひねりがなく、2時間48分を引っ張るほどの魅力に欠けた。ダニエル・デイ=ルイスの悪役のみ深みがあり、主演のレオナルド・ディカプリオとキャメロン・ディアスがやや精彩を欠いている。というか、もともとディカプリオにはこういうタフな男の役は似合わないのだろう。デイ=ルイスも決してタフなタイプではないが、この人の場合、演技力がもの凄いから有無を言わせない残酷さと非情さ、加えて人間の複雑さまでをも表現できている。仇役が主人公より圧倒的に強そうで、ディカプリオでは役不足なのである。

 冒頭に描かれるのは1846年のニューヨーク。アイルランド系移民のデッド・ラビッツとネイティブズの縄張り争いが激化し、両者は雪の広場で対決する。デッド・ラビッツを率いるヴァロン神父(リーアム・ニーソン)は戦いの中で、ビル・ザ・ブッチャー(ダニエル・デイ=ルイス)に殺され、神父の息子アムステルダムは少年院に入れられる。

 16年後、少年院を出たアムステルダム(レオナルド・ディカプリオ)は復讐を胸にニューヨークに帰ってくる。ここからすぐに復讐が始まるのかと思いきや、アムステルダムは正体を隠してビルの組織に接近し、ビルに気に入られるようになる。かつてのデッド・ラビッツの仲間もビルに取り入っている。そうした描写が長々と続く。父親の命日についにアムステルダムはビルを殺そうとするが、逆に重傷を負わされる。と、ここまでが1時間半余り。その後はけがの癒えたアムステルダムがデッド・ラビッツを再結集し、一大勢力を築き上げていくくだりが描かれる。

 普通の復讐劇であるなら、終盤の1時間がメインになるはずである。しかし、スコセッシに興味があったのは復讐劇などではないのだろう。ニューヨークに生まれ育ったスコセッシはこれまでにもさまざまなニューヨークを描いてきたが、これはその原風景とも呼ぶべき世界。だからギャング同士の抗争は「グッドフェローズ」の原点なのだろうし、政治家や警官とギャングの癒着や背景となる南北戦争にも細かい目配りがうかがえる(消防士がまるでギャングのように描かれる場面もあり、これも公開延期の一因かもしれない)。ただ、こうした要素が物語と密接な連携をしているとは言い難い。こうしたことを描くのであれば、復讐劇ではない方が良かったのではないか。大作にふさわしいうねりがないのは致命的だ。復讐劇がいつもそうであるように要は単純な話なのである。

 クライマックス、南北戦争の徴兵制度に反発する市民が起こした暴動の中で、ネイティブズとデッド・ラビッツの抗争が始まる。そこに海上から軍の砲弾が浴びせられ、兵士の銃撃によって両者ともに多大な死者が出る。粉塵が漂う中でのディカプリオとデイ=ルイスの対決をスコセッシは黒沢明のように演出したそうだ(見れば分かる)。しかし黒沢のダイナミズムには到底及ばない。エキセントリックな小さな話を演出させると、スコセッシは才能を発揮する監督だが、モブシーンはあまり得意ではないのだろう。大作を締め括れるクライマックスになっていない。

 ラストに貿易センタービルを捉えたロングショットをあえて用意したスコセッシにはニューヨークに対する特別な思いがあったのにちがいない。思いは分かるが、作品として十分に結実はしなかったのが残念だ。

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