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2005年09月17日の記事

2005/09/17(土)「タッチ」

 「タッチ」パンフレットより夏の甲子園西東京予選決勝のラジオ中継を聞いていた浅倉南(長澤まさみ)は、上杉達也(斉藤祥太)が肩を痛めたのを知り、球場へ向かって必死に走り始める。そこへ絶妙のタイミングであのアニメ版「タッチ」の主題歌がかぶさってくる(歌うのは岩崎良美ではなくユンナ)。あだち充の原作もアニメも有名なので映画はそれに敬意を表したのか。映画は原作、アニメのイメージを大切にしつつ、見事に青春映画、野球映画として、長い原作を1時間56分にまとめ上げた。物語の骨格だけを取り出すのではなく、原作の重要なエピソードを盛り込んで、ダイジェストに感じさせないこの脚本(山室有紀子)は立派。監督の犬童一心は今回、長澤まさみ主演のアイドル映画に徹したという。そのためか、長澤まさみ、いつも以上に大変さわやかに美しく撮られている。それだけでなく、実際に双子で野球経験もあるという斉藤祥太・慶太の好演が相まって、きちんとしたテーマを持った物語として収斂していくのがいい。聖なる三角関係にある主演3人の繊細な心の動きを丹念に積み重ねた気持ちの良い映画だと思う。

 明星高校野球部のエースで成績優秀の弟和也に対して、兄の達也はいろんなことに手を出しても長続きしない。2人の幼なじみで隣に住む南は野球部のマネジャーをしているが、実は達也の方により好意を持っている。達也は野球の才能はあるのに、和也に遠慮して野球部には入らなかった。その2人の真意を和也も分かっているという設定がこの物語の基本。南を甲子園に連れて行った方が南を取るという約束を兄弟は交わしていたが、そこで和也が交通事故死してしまう。残された2人は和也の思いと和也への思いを背負うことになる。骨格を取り出せば、これは監督の言うように「重い話」である。原作はこの基本設定を根底に置きつつ、ユーモアを入れた展開だった。あだち充は男だからもちろん、達也の心情により詳しいのだが、心情を吐露するような野暮な場面はなく、描写で心情を語っていたと思う(軟弱な物語を僕は嫌いだが、「タッチ」に惹かれたのはこうした手法がハードボイルドに通じるものがあるからだ)。映画もそれを継承しており、少なくとも達也が自分の心情をぶちまけるようなシーンはない。原作を大事にしているというのはこういう部分にある。監督はアイドル映画と言いつつ、しっかり演出しているのである。だからこそ「タッチ」は記憶にとどめるべき映画になったと僕は思う。

 長澤まさみは「ロボコン」「世界の中心で、愛をさけぶ」と年に1本ずつ映画に主演しているが、今回がもっとも充実感があった。演技的にステップアップし、原作の南以上にキャラクターに陰影を持たせているのだ。達也と和也が高架下でキャッチボールしながら南への思いを話すシーンで、2人の会話に気づいた南が隠れて複雑な表情を見せるところとか、ただのきれいなだけの女優ではないことを証明している。ものすごい褒め言葉を書いておけば、米ピープル誌の「世界で最も美しい50人」に長澤まさみが選ばれないのは単にピープルの編集者が長澤まさみを知らないからにすぎないだろう。

 達也の友人原田役のRIKIYA、キャッチャーの孝太郎役の平塚真介、ライバル須見工の新田役福士誠治、脇を固める小日向文世、風吹ジュン、宅間伸、本田博太郎たちが総じて良い。特にRIKIYAは原作通りのイメージだと思う。