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2007年07月19日の記事

2007/07/19(木)「涙そうそう」

 古いパターン。これは昭和30年代の映画かと思えるような古いパターンにもかかわらず、土井裕泰監督はしっかりした演出で最後まで見せる。

 絵に描いたような好青年と血のつながっていない妹の話。兄は妹を大学に行かせるために働きづめに働く。昼間は市場で、夜は居酒屋で。ようやく自分の店を持てたかと思ったら、詐欺に遭っていたことが分かる。舞台が東京だったらパロディにしかならないような古いパターンの話を成立させるために土井監督は沖縄を舞台に選んだのだろう。終盤にある設定もこれまた普通に描かれたら怒るところだが、映画の流れから言えば、こうするしかないだろう。

 映画を支えているのが妻夫木聡と長澤まさみの好演であることは言うまでもない。ひたすら明るく人がよい妻夫木もいいのだが、長澤まさみはそれ以上によく、麻生久美子と並ぶ場面では麻生久美子がかわいそうになってくるほどの魅力。だいたい比較するのが間違いで、これは女優とスターの違いと言っていい。

 小林信彦は週刊文春のコラムをまとめた「昭和が遠くなって」の「天成のスターは映画の枠を超える」という文章の中でこの映画の長澤まさみについてこう書いている。

 「ヒロインとしての長澤まさみも、船の舳先で手をふる陽気な登場シーンから、兄に向かって『本当に好きだよ』と言って去ってゆくシーンまで、みごとである。アップになった時の視線の微妙な動き、抜群の表情に、演技の進歩(というのは失礼だが)が見て取れる。スター映画を観る喜びはそういうものであり、観客は一瞬たりとも気を緩めることができない」

 長澤まさみはそういう存在であり、もっともっと映画に出るべきだと僕は思う。

 ところで、上の文章に続けて、小林信彦は「そういうスター、少なくともスター候補は、もう一人いる」と書いている。

 「昨年、『ALWAYS 三丁目の夕日』の中で、昭和三十年代にはあり得ない広い幅の道を車で通り抜け、戦前の松竹映画のようなゴミゴミした町に入っていった集団就職の少女である」。

 つまり、堀北真希のことを小林信彦は長澤まさみに匹敵すると言っているのだ。大淀川さんは反論するでしょうが、これは僕も同感。

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