2016/02/15(月)「チャッピー」

 デビュー作の「第9地区」で高く評価されたニール・ブロムカンプ監督の3作目。ブロムカンプは2作目の「エリジウム」が今一つの出来だったし、「チャッピー」日本公開版は残酷シーンをカットしたものという情報が流れたので劇場公開時には見る気をすっかりなくしてしまっていた。というわけでWOWOWで見た。

 中盤までは普通の出来で見逃しても全然かまわなかったなと思いながら迎えた終盤の展開がとても興味深かった。「第9地区」のラストに通じるものがあるのだ。というか、あれを発展させたのが「チャッピー」の終盤ということになる。

 「ロボコップ」の引用みたいなこの映画の設定(ED-209によく似たロボットも登場する)を見ると、ブロムカンプはSF好きということがよく分かるが、それ以上に人種差別というテーマと深くかかわる映画を作り続けている監督なのだと思う。南アフリカを舞台にエビという蔑称でバカにされ、スラムに押し込められたエイリアンと人間の関係を描いた「第9地区」、富裕層と貧困層に明確に分かれた世界を描く「エリジウム」にもそのテーマは明確にあった。

 「チャッピー」ではどうか。これはA.I.を与えられた警官ロボットが徐々に自我に目覚めるという物語だ。チャッピーと名づけられたロボットはギャングの手に落ち、悪に染まっていくが、バッテリーが残りわずかになって死に行く自分を助けるためにある手段を活用する。終盤に至って外見よりも意識が重要というテーマがはっきりと浮かび上がってくる。

 映画全体に東洋趣味(日本趣味?)がある。ギャングの男はニンジャという名前で(この俳優、芸名もNinjaだ)、そのズボンには「テンション」と片仮名で書かれていたりする。そのためもあって終盤の展開は仏教の輪廻転生も思い起こさせた。僕はこの終盤だけでも買いだと思う。

 ところが、各メディアのレビューから算出したMetacriticのMETAスコアは41点と著しく低い。あまりに低すぎるので、IMDbのユーザーレビューに「Shame on Metacritic and others(メタクリティックその他は恥を知れ)」と怒りのレビューを投稿している人がいた。

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2016/02/05(金)「ガールズ&パンツァー劇場版」

「ガールズ&パンツァー劇場版」チラシ

 「ガルパン」と略称される元のテレビアニメはamazonプライムビデオで見られる。途中まで見て劇場版を見た。テレビシリーズを見ていなくても、映画の冒頭に説明があるので十分理解できる。というか、話はとても簡単だ。茶道や華道と同じく戦車道が女子のたしなみとされる世界で、大洗女子学園の廃校を免れるために奮闘する女子高生たちを描く。

 前半はエキシビションマッチ、後半は大学選抜との試合で、全編の3分の2強は戦車同士の戦いを細かく描いている。試合には実弾を使用するが、戦車の装甲が補強してあるので、けがはしないという設定。負けると白旗を揚げてゲームから撤退する。

 市街地も含めて工夫を凝らした戦いが展開され、戦車の動きにはCGを使っている。この描写の評判が極めて良いが、個人的にはそれほどとは思わなかった。「とにかく音が凄い」という感想が多いけれど、爆音などの音響効果は劇場設備にも左右されるのだろう。実在した戦車の戦いなので軍事オタク、戦車マニアには嬉しいのかもしれない。それにしても、まるでゲームのようなアニメだ。と思ったら、ゲームがあるのか。なるほど。劇場に詰めかけた観客にはゲームファンも多いのだろう。

 戦闘シーンに興味が持てないと、ストーリーがあまりにも簡単なので映画は評価のしようがなくなる。もう少しドラマティックな設定を入れた方が面白くなるのにと思う。

 水島努監督は「クレヨンしんちゃん」劇場版11本(1995年から2004年まで。短編も含む)に監督その他で関わっている。「クレしん」の監督というイメージが強かったが、この映画のヒットで今後は「ガルパン」の監督が代名詞になるのだろう。

2016/01/30(土)「女子ーズ」

 戦隊もののパロディで2014年の作品。女子5人の戦隊「女子ーズ」に扮するのは桐谷美玲(レッド)、藤井美菜(ブルー)、高畑充希(イエロー)、有村架純(グリーン)、山本美月(ネイビー)。よくこういうコメディに出たなという面々だ。

 女子ーズに指令を出すのが佐藤二朗で、相変わらずあたふたしたセリフ回しが微妙におかしい。監督・脚本は「HK 変態仮面」「アオイホノオ」「勇者ヨシヒコと悪霊の鍵」の福田雄一。怪人退治と仕事(建設会社)の板挟みになる桐谷を中心に描き、脱力感あふれる描写が良いです。

 女子ーズのコスチュームデザインはなんと「アオイホノオ」、「逆境ナイン」(2005年)原作の島本和彦。福田監督は「逆境ナイン」の脚本も書いていたのだった。島本和彦とはその頃からの付き合いなのだろう。ゲラゲラ笑いながら毎週見ていた傑作「アオイホノオ」の原点は「逆境ナイン」にあったのか。

2016/01/24(日)「恋人たち」

「恋人たち」パンフレット

 昨年12月に橋口亮輔監督が担当した日経の「こころの玉手箱」を読んで、心にしみる文章を書く人だなと思った。一節を引いておく。

 「最後にこの人ならわかってくれると思い『助けてほしい』と電話した。『おれ、橋口さんのこと大好きだよ。橋口さんのためなら何でもするよ』と彼。1カ月後、彼には何もする気がないことがわかった。ずーっと風呂に入っていて、湯に浮かんだアヒルのおもちゃを見ていた。斜めになったままで、沈みかけているのに沈まない。『頑張れよ、お前。沈むなよ』。そう語りかけていた」

 アヒルのおもちゃは映画の中心となるアツシ(篠原篤)のアパートの風呂にも浮かんでおり、「沈むなよ」というセリフも出てくる。「恋人たち」に登場するのは普通の人たちだ。いや、アツシだけは妻を通り魔に殺されたという特殊な境遇にあるが、勤め先(橋梁検査の会社)も生活も普通だ。このアツシと主婦の瞳子(成嶋瞳子)と弁護士でゲイの四ノ宮(池田良)に共通するのは周囲に理解者がいず、孤独であること。橋口監督はアツシたちの鬱屈した孤独を描くことで、今の日本の現状と重ねている。

 アツシの妻など3人を殺した被告は心神耗弱で無罪になりそうだ。3年たっても妻の突然の死のショックから立ち直れないアツシは損害賠償訴訟を起こそうとしているが、手続きはなかなか進まない。病院に通っているが、金がないので国民健康保険料も払えない。瞳子は雅子さまの結婚のビデオを繰り返し見ている。そこには若い頃の自分の姿も映っている。ふとしたことから、パート先で納入業者の男(光石研)と知り合い、心をときめかす。四ノ宮は高校の同級生だった男に思いを寄せているが、あらぬ疑いをかけられてしまう。3人はそれぞれに今にも沈みそうなアヒルのような存在なのである。

 しかし、3人とも沈みそうで沈まない。リアルなシチュエーションと描写に笑いを交えて、3人の日常のドラマが語られた後、映画はささやかな希望を用意している。アツシの職場の先輩黒田(黒田大輔)が言う。「笑うのはいいんだよ。腹いっぱい食べて笑ってたら、人間なんとかなるからさ」。大げさな再生ではなく、人が少しずつ立ち直っていくのに必要なのは人とのつながりだ。映画は静かにそう語りかけているように思える。

 映画は元々、時代を映す鏡のような側面を持っているが、最近はそういう作品が少なくなった。今を真摯に見つめ、今を生きる人のドラマを作ることでこの映画はそれを兼ね備えた。無名の俳優たちを起用したことも時代に密着できた理由の一つだろう。登場人物たちの姿に深く共感し、愛おしくなってくる傑作だ。

2016/01/18(月)「ブリッジ・オブ・スパイ」

 終盤、東ベルリンで再会を果たした弁護士ジェームズ・ドノバン(トム・ハンクス)にソ連のスパイ、ルドルフ・アベル(マーク・ライランス)が言う。「君への贈り物を預けておいた。あとで受け取ってくれ」。「僕には贈れるものが何もない」と答えるドノバンに対してアベルは「This is Your Gift(これが君の贈り物だ)」と繰り返す。ここから物語が終わった後のだめ押しの電車のシーンまで感動に打ち震えながら、感心しまくっていた。スティーブン・スピルバーグ、うますぎる。サスペンスとユーモアと、何よりもヒューマニズムの太い幹に貫かれた作劇と演出は見事と言うほかない。中盤にあるスパイ機U2撃墜のスペクタクルな描写も含めて、もう自由自在にスピルバーグは物語を語っていくのだ。

 ドノバンがスパイの弁護を引き受ける序盤、本人ばかりか家族まで「ソ連の味方をする裏切り者」として民衆から非難を受ける描写は「アラバマ物語」のコピーかと思って眺めていたのだが、ソ連とアメリカが拘束した互いのスパイ交換の話になってぐいぐい面白くなってくる。アメリカ政府からの依頼で交渉役を引き受けたドノバンは東ベルリンへと向かう。そこで東ドイツに拘束された大学生フレデリック・プライヤー(ウィル・ロジャース)の存在を知り、予定の1対1から1対2に変えて捕虜交換を実現するために奔走する。アメリカが東ドイツを国として認めていないためドノバンは国の代表ではなく、民間の立場で交渉に当たる。国境を越えて東ベルリンに入るのも独力で行わなければならない。そうした困難を乗り越えて、人道的見地からドノバンは交渉を進めていくことになる。

 脚本を書いたのはコーエン兄弟だが、この物語展開はスピルバーグがかなり関わったのではないかと思う。コーエン兄弟が監督していたら、まったく違ったタッチの映画になっていただろう。スピルバーグのヒューマニズムがとても好ましい。ドノバンは確かに政府の依頼で交渉に当たるが、政府の意向に反してプライヤーを助けようとする。ドノバンの行動規範は国と国の関係や国家の利益のためではなく、人としてどうあるべきかに依っている。欲を言えば、ドノバンがなぜこうした考え方を持つに至ったかを描いておけば、交渉役をすぐに引き受ける場面の説得力も増しただろうが、無い物ねだりと言うべきか。

 ベルリンの壁が建設される風景や壁を乗り越えようとして射殺される人たち、冷戦下の厳しい現実を織り交ぜていながら、映画の印象はとても温かい。それは誠実さを備えた人間が苦労の末に勝利する物語だからだ。体型は少し違うけれども、トム・ハンクスはフランク・キャプラ映画のジェームズ・スチュアートを思わせる理想的なキャラクターを演じきっている。

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