2011/07/21(木)「BOX 袴田事件 命とは」

 1966年に静岡県で起きた袴田事件を描く高橋伴明監督作品。長時間の過酷な取り調べによって自白を強要し、証拠をでっち上げる警察の捜査もデタラメなら、無罪を訴える裁判官の意見を封じ、多数決で判決を決める裁判所もデタラメ。信じられないほどのこのデタラメさが袴田巌死刑囚を40年以上も拘置所に閉じ込め続ける結果になった。最高裁が再審請求を認めないのは自分たちの過去の間違いを認めたくないためか。袴田死刑囚は死刑確定後、拘禁反応によって精神状態に変調を来しているという。そういう状態に至らしめた司法の責任はとてつもなく重い。見ていて怒りが沸々とわき上がってくる映画である。

 映画は2007年に「無罪であるとの確証を持ちながら、死刑判決を書いた」と告白した当時の主任裁判官・熊本典道を中心に描く。熊本を演じるのは萩原聖人、袴田死刑囚を演じるのは新井浩文。熊本は判決後、裁判官を退職し、袴田の支援に回る。映画としてはそうした熊本の苦悩の部分を余計に感じる。もっと硬質のドキュメントタッチに徹した方が良かっただろう。そうしたことが影響したのか、キネ旬ベストテンでは33位に終わっている。

 しかし、こうした映画は作ることに意味がある。高橋伴明は明確にえん罪事件であるとの主張を前面に出し、現在もまだ拘置所に閉じ込められたままの袴田死刑囚の不当な扱いを浮き彫りにしている。主張にぶれがないのが良い。進行中の事件なのだから、この映画の意義はとても大きい。

 BOXとは袴田死刑囚が元プロボクサーであることと、閉じ込めるという意味をかけてあるそうだ。それに加えて、エンドタイトルではBOXのOXを○(無罪)か×(有罪)かの意味で表現している。それにしても、まだどうなるか分からないが、東電OL殺害事件の急展開を見ると、こうした司法のあり方、今もあまり変わっていないのかと思える。

2011/07/10(日)「二十四の瞳」

 1954年の木下恵介監督作品。同年のキネ旬ベストテン1位。なんとこの年は黒澤明「七人の侍」が公開された年だが、「七人の侍」は3位に終わっている。それだけ黒澤作品に対する反発があったのだろう。「七人の侍」が再軍備映画などという見当外れの批判を受けたのに対して、「二十四の瞳」は静かに反戦を訴える。昭和29年という時代にはそこが評価されたのか。

 小豆島の小学校の分教場に赴任してきた大石先生(高峰秀子)と12人の子供たちとの交流を描く。前半のほのぼのとした描写が後半、戦争と貧困によって悲しい運命をたどる子供たちの姿に涙涙の展開となる。残念ながら市民プラザでの上映はセリフが聞き取りにくかった。

2011/07/07(木)ゲキ×シネ「薔薇とサムライ」

 DLPのためか発色が今ひとつ。それを除けば、劇団新感線の舞台をうまく撮影・編集していると思う。カット割りも悪くない。ただし、どうも見ていてフラストレーションがたまるのは舞台と観客の一体感みたいなものがこの作品の観賞体験からは抜け落ちてしまうことだ。やっぱり生の舞台を見たいという気持ちがむくむくとわき起こってくる。だからこれは舞台を見られない人のためのものというだけでなく、長いPRフィルムとしての側面を持っている(3時間16分で、途中休憩が15分入る)。

 17世紀のイベリア半島が舞台。女海賊のアンヌ・ザ・トルネード(天海祐希)は他の海賊しか狙わない。その用心棒が石川五右衛門(古田新太)。ある日、アンヌは小国の王位継承者であることが分かる。宰相による腐敗政治をただすため、アンヌは女王になることを承諾するが、それは仲間の海賊との戦いの始まりを意味していた。

 これは天海祐希を見るための作品で、天海祐希が出てくると、画面が一気に華やかになる。すらりとした長身の天海祐希はさすがに宝塚出身だけに舞台でひときわ映えるのだ。後半にはベルばらのオスカルを思わせる衣装があったりする。天海祐希は未だに映画での代表作がない人で、彼女のこの作品のような魅力を引き出す映画の企画をしてほしいものだ。

2011/07/07(木)「お引越し」

 1993年の相米慎二監督作品。@宮崎映画祭。田畑智子が今と同じ顔なのに驚く。桜田淳子が出ているのにも驚く。桜田淳子はこの前年に合同結婚式に参加しており、これが芸能活動最後の作品らしい。という感慨はあるにしても、映画としては田畑智子のうまさと、桜田淳子、惜しいという印象しか残らない。桜田淳子は20歳過ぎてからの方が良くなって、僕は女優として密かに期待していたのだが、惜しい。

 両親の離婚を11歳の少女の目から見た作品。終盤にある田畑智子がさまよう場面は普通の映画なら不要としか思えず、もっとテーマを突き詰めた方が良いのにと思うところだが、これはこれで魅力がある。作家の刻印みたいなものか。キネ旬ベストテン2位。

 とはいっても、この年のキネ旬ベストテン(http://cinema1987.org/kinejun/kinejun1993.html)はたいした作品はありませんね。この作品が去年の16位だった「春との旅」より素晴らしいかと言えば、全然そんなことはなく、むしろ「春との旅」の方が映画の出来は上だろう。年単位のベストテンは相対的な評価でしかないものなのだ。

2011/07/07(木)「奇跡」

 九州新幹線開業に合わせたお仕着せ企画をここまでの映画にするのは立派。あと30分ほど短かったら、文句なしの傑作になっていたのではあるまいか。九州新幹線の一番列車がすれ違う時に願いを言うと奇跡が起きる。それを信じた鹿児島と福岡に離れて暮らす小学生の兄弟を巡る話。

 奇跡を縦糸とするなら横糸は自分が住む地域への愛着だ。桜島の降灰に「意味分からん」とうんざりしていた兄の航一(前田航基)は桜島が大爆発して住めなくなり、また家族4人で暮らせたらと思っているが、ラストでは風向きを見て、「今日は灰は降らへんな」と考えを変える。是枝裕和は安易な奇跡を描くことよりも子供たちの成長にスポットを当てている。まいるのは描写の隅々がいちいちうまいこと。凝ったストーリーでなくても、生き生きとした細部の描写で映画はここまで素敵になれるのだ。