2012/08/26(日)「るろうに剣心」

 相楽左之助(青木崇高)と戌亥番神(須藤元気)が台所で延々と殴り合うシーンで、途中、相楽がそばにあった肉を食い、酒を飲む。「菜食主義だから」と肉を断った戌亥は酒だけ飲んだ後に再び殴り合う。アクションの途中に一休み入るこの流れは香港映画を思わせる。アクション監督の谷垣健治はドニー・イェンに師事したそうだから、その影響なのだろう。

 「るろうに剣心」は戦前から綿々と作られ、近年は少なくなった時代劇の中でエポックメイキングな作品と言って差し支えないと思う。三池崇史「十三人の刺客」の中で一瞬きらめき、目を見張らざるを得なかった松方弘樹の殺陣の凄まじいスピードがこの作品の殺陣にはあふれている。実は予告編を見たときには「亀梨に殺陣ができるのかよー」と思ったのだが、主演は亀梨和也ではなく、佐藤健であり、佐藤健は撮影開始前に3カ月、撮影中の4カ月にも殺陣の練習に打ち込んだのだそうだ。殺陣の練習で軽いけがをした時に「けがをしたのは練習が足りないから」と言って練習量を増やしたという。だからこそ、時代劇アクションの可能性を新たに切り開く作品が生まれたのだろう。大友啓史監督らスタッフには惜しみない拍手を送りたい。

 もちろん、ドラマ的にはもっと盛り上げるべき部分があるし、描写が足りないと思える部分もあるのだけれど、それが些末なことに思えるほどアクションが素晴らしい。加えて、佐藤健、武井咲のコンビに蒼井優、青木崇高らの若い俳優たちがどれもこれも良い。特に武井咲は声が良く、たたずまいが良く、必死さが良い。剣心と鵜堂刃衛(吉川晃司)が闘うクライマックス、鵜堂の術にかけられて身動きできない場面の演技など見ると、武井咲、将来の日本映画を支える女優の一人になるのではないかとさえ思わせる。若い俳優たちの可能性を感じさせる映画としてこれは、園子温「ヒミズ」と双璧ではないか。さらに吉川晃司のドスのきいた役柄と香川照之のずるがしこい悪人ぶりが映画に幅を与えている。佐藤直紀のドラマティックな音楽も素晴らしいの一言だ。

 ジャッキー・チェンが「プロジェクトA」に始まる作品群で志向したのはサイレント時代のハロルド・ロイドやバスター・キートンであったのは周知のことだが、大友啓史が目指したのはサイレント時代の時代劇のアクションだったという。キネ旬9月上旬号(1619号)で大友啓史はこう言っている。「ぼくは『るろうに剣心』最終日前日に大河内(伝次郎)の作品を見たの。なんとなく『るろうに剣心』では大河内に勝ったと思ってた。でも、まだ負けてると思って。だから、やっぱり続篇をやらなきゃいけないなと」。歓迎すべきことだ。この映画、ぜひシリーズ化してほしい。そして、時代劇アクションを極めてほしいと思う。

2012/08/12(日)「狂った果実」

 WOWOWが「日活100周年!日活ロマンポルノ特集」と題してロマンポルノ6作品を放映中だ。その1本目が根岸吉太郎の「狂った果実」(1981年)。劇場公開時にも見ているが、今回の放映版(R指定版)を録画してあのラストシーンだけを見て感激を新たにした。

 スナックでの主人公の怒りの爆発と暴力の場面から、傷だらけになりながら部屋に帰って母親に電話をするシーン、そして翌朝ジョギングをする姿。アリスの「狂った果実」が流れるこのラストシークェンス(ストップモーションで終わる)は何度見ても傑作だと思う。主演の本間優二は前作「19歳の地図」(柳町光男監督)を引きずった20歳の青年役を演じて確かな実在感がある。鬱屈した青春を描いた鋭い傑作。蜷川有紀の代表作でもあるだろう。根岸吉太郎はこの頃、絶好調だったなとあらためて思う。

 WOWOWの特集は東陽一「ラブレター」、相米慎二「ラブホテル」、浦山桐郎「暗室」、高林陽一「赤いスキャンダル 情事」のメジャーな監督作品に加えて上垣保朗「ピンクのカーテン」が入っている。ま、これは美保純が出ているからだろう。美保純はあの外見からはちょっと想像がつかない文学少女っぽい側面があって好きだった。

2012/07/29(日)「ダークナイト ライジング」

 ヒース・レジャーのジョーカーがいたから「ダークナイト」は傑作になった。誰もがそう思っただろう。レジャーのいない今、「ダークナイト」を超える映画を作ることは相当に難しい。ところがところが、クリストファー・ノーランは脚本を徹底的に練り、重厚なタッチの映像と描写を駆使し、役者の好演を引き出すことで不可能を可能にしてしまった。結果としてノーラン最良の作品になったと思う。

 ロッテン・トマトでは「ダークナイト」の方が評価は少し高いが、個人的にはジョーカーの話にトゥーフェイスの話まで入れるのは詰め込みすぎな上、エモーションにも欠けると思えた「ダークナイト」よりも、「ダークナイト ライジング」の方が完成度は高いと思う。この印象には終盤のサプライズが大きく影響している。加えて1作目の「バットマン ビギンズ」から続く人間関係と今回の新キャラクター、ちりばめられた伏線を一気に回収していくエンディングは見事と言うほかない。サマーシーズン屈指の傑作(まだ「アベンジャーズ」を見てないけど)であり、今年を代表するエンタテインメントであり、絶対に見逃すべきではない作品と、太鼓判を押しまくっておく。1作目よりも2作目、2作目よりも3作目の方が面白いシリーズなんて、初めてだ。

 「ダークナイト」から8年後のゴッサム・シティが舞台。悪人たちは死んだ検事ハービー・デントに基づくデント法によって刑務所に入れられ、ゴッサムには平和が戻っていた。ゴッサムの希望を消さないために、実はトゥーフェイスだったデント殺害の罪をかぶることで姿を消したバットマンことブルース・ウェイン(クリスチャン・ベール)は隠遁生活にある。そんな中、巨大な悪が密かに動き始めていた。その巨悪のベイン(トム・ハーディ)が登場する序盤の飛行機上のアクションにまず、見応えがある。ここから映画はバットマンとして復活するウェインと、ウェインの邸宅に侵入したセリーナ・カイル(アン・ハサウェイ)、警官のジョン・ブレイク(ジョゼフ=ゴードン・レヴィット)の話が並行して綴られていく。多角的多重的なクライマックスは「インセプション」でも取られた手法だが、今回もそれがうまくいっている。

 パンフレットの監督インタビューによれば、ノーランは当初からヒース・レジャーとは異なるタイプの悪役を起用するつもりだったという。何をやってもレジャーの縮小コピーにしか見えない悪役では映画の出来に限界があるからだ。それは賢明な判断で、タイプがまるで異なる悪役(頭脳派のジョーカーから肉体派のベインへ)を設定したことがこの映画の成功の要因にもなっている。

 ジョゼフ=ゴードン・レヴィットの役柄は出てきた時から、「これはあれだろう、あれ」と思ったら、最後でやっぱりあれであることが明らかになった。その明らかにするやり方がうまい。アン・ハサウェイのキャットウーマンは歴代キャットの中でもっとも魅力的だ。ゲイリー・オールドマンの相変わらずの渋さとマイケル・ケイン、モーガン・フリーマンのベテランの演技が映画をしっかりと引き締める。

 こうした魅力的なキャラクター、今回が最後になるのだろうか。映画がヒットすれば、映画会社の常としてさらに続編を作る計画も浮上するだろう。しかし、とてもとても残念だが、監督を代えてまでシリーズを続けても意味はない。

2012/07/16(月)「ピラニア」

 WOWOWで放映したので、「ピラニア」(1978年)と「ピラニア」(2011年)を続けて見た。後者は本当は「ピラニア3D」だが、3D放送ではなかった。78年版はジョー・ダンテが監督。「ジョーズ」の影響がありありで、まあ、こんなものでしょうね、というレベル。後者は昨年、ちょっと話題になった。エログロ度をアップし、ピラニアをしっかり見せるのが、この間の技術の進歩を感じさせる。グロ度はコメディチックでなかなか。監督はアレクサンドル・アジャ。IMDBの評価はどちらも5.8。僕は新作の方の評価をほんの少し高くしたい。

 78年版の続編は「殺人魚 フライングキラー」(1981年、原題Piranha II: The Spawning)で、これはジェームズ・キャメロンのデビュー作として有名。2011年版の方も「ピラニア リターンズ」(原題Piranha 3DD)という続編ができた。IMDBの評価を見ると、4.2。「フライングキラー」(評価3.8)よりはましだが、やっぱりC級映画になっているようだ。

2012/04/22(日)「アーティスト」

 アカデミー賞5部門受賞に何の文句もない傑作。楽しくてホロッとさせて元気になる映画だ。エンタテインメントの要素をてんこ盛りにした作風が良い。昨今のバカCG映画((C)小林信彦)とは一線を画す仕上がりで、アカデミーノミネート作品でもこれがダントツの出来だろう。

 白黒スタンダードでほぼサイレントという作りなので最初はどうかなと思ったのだけれど、ルドルフ・ヴァレンティノ+ダグラス・フェアバンクスというよりもむしろクラーク・ゲーブルを思わせる主人公ジョージ・バレンティン(ジャン・デュジャルダン)の風格と、タップダンスが魅力的なペピー・ミラー(ベレニス・ベジョ)の組み合わせに引き込まれた。「スタア誕生」のプロットを大まかになぞりながら、サイレント映画のパロディに陥るわけではなく、立派にオリジナリティーがある。

 キム・ノヴァクはクライマックスで「めまい」の音楽が使われたことに異議をとなえたそうだが、バーナード・ハーマンのロマンティックで美しいスコアは少しも汚されてはいない。ハリウッド映画への愛情があふれた映画だが、それだけに終わらず、シンプルなラブストーリーとして好ましい出来だ。主人公を支えるベレニス・ベジョの役柄は男にとっては理想的な女性だ。

 欲を言えば、映画の中で言われるほどベレニス・ベジョがチャーミングに見えないのが難。タップを踊れて演技のできる女優は限られているのだだろう。