2014/10/12(日)「その女アレックス」

 30歳の美しい女性アレックスが正体不明の男から拉致され、身動きできない檻の中に閉じ込められるというのが発端。この監禁描写はリアルで緊迫感にあふれるが、物語はここから想像もつかないところに着地していく。

 一種の叙述トリック。どこから語るか、どう語るかで物語の様相は大きく変わる。それを計算し尽くした構成が秀逸だ。トリックだけで成立したミステリーは読み終わっても驚きしか残らないが、この作品には重い読後感がある。

 訳者あとがきにミステリマガジン2013年12月号のオットー・ペンズラーのコラムが引用されている。引用されていない部分を引用しておく。

 警官たちは有能かつ勤勉で、事件は解決したかと思われるが、何もかもが予想通りには進まない。もし、最初の百ページですべてわかったという読者がいたとしても、私は信じない。

 酷すぎるほどの暴力描写があり、フランス語から英語への翻訳も完璧ではないが、Alexは英国推理作家協会賞のCWAインターナショナル・ダガー賞を受賞するにふさわしい作品だ。

 事件を捜査する主人公カミーユ・ヴェルーヴェンをはじめパリ警視庁犯罪捜査部の面々が魅力的だ。このシリーズ、もっと翻訳してほしい。

2014/10/07(火)ブクログに移行

 T-SITEのマイページが今月末で終了するので、記録していた本をブクログに移行した。T-SITEに記録していたのは2012年6月から2年余りの間に読んだ本約200冊。本を検索してカテゴリーに分ける作業は数日かかった。

 ブクログは随分前にアカウントだけを作ってあまり利用していなかったが、本格的に使ってみると、カテゴリー分けの効果を痛感する。自分がどんな本を読んでいるのかよく分かるのだ。カテゴリーの中で最も読んでいるのは「経済・金融・投資」関係で56冊だった。一昨年5月から投資を始めたので、勉強のために集中して読んだ。30~40冊は読んだかなと思っていたが、それを上回っていた。

 次がSFで35冊、ミステリー27冊、ノンフィクション27冊、エッセイ15冊と続く。SFがミステリーより多いのが意外だが、これは月村了衛の機龍警察シリーズと飴村行の粘膜シリーズをSFに分類したため。月村了衛の本質は冒険小説だし、飴村行は推理作家協会賞を受賞しているのでミステリーに分類してもおかしくはない。そうすると、ミステリーの方が多くなる。

 「経済・金融・関係」で面白かったものを選んでみた(リンク先はすべてamazon)。

  1. ファスト&スロー」ダニエル・カーネマン
  2. ウォール街のランダム・ウォーカー」バートン・マルキール
  3. 敗者のゲーム」チャールズ・エリス
  4. 予想どおりに不合理」ダン・アリエリー
  5. 新しい株式投資論」山崎元
  6. 家計を蝕む「金融詐術」の恐怖 大ウソカネもうけにダマされるな!」吉本佳生

 有名な本ばかりだが、「新しい株式投資論」は新刊が手に入らなくなっているようだ。山崎元さんの本はどれも論旨が明確で文章も明快なので大変読みやすく、分かりやすい。たくさん読んでいるが、個人的に何度も読み返したのはこの本だ。どの銘柄が上がるか下がるかを説明した本ではなく、株式投資の本質を知りたい人向け。ケインズが株式投資を「美人投票」にたとえたのに対して、山崎さんは「不美人投票」とする。目立たないけれども、磨けば光る銘柄を探した方がいいのだ。

 「ファスト&スロー」は行動経済学の定番と言える本。著者のカーネマンはノーベル経済学賞を受賞したが、この本は一般読者向けで分かりやすく、極めて面白い。カーネマンは元々、心理学者なので経済学に興味がある人だけでなく心理学に興味のある人が読んでも面白いだろう。「予想通りに不合理」は行動経済学に基づく多くの実験を行い、分析した本で、随所に漂うユーモアが僕は好きだ。文庫になったばかりの「ずる」も面白い。

2014/10/05(日)9月に読んだ本

2014/10/04(土)「ビューティフル・ダイ」

 サイコな殺人鬼が刑務所を脱走して元恋人に会いに来ようとする。ああ、そういうサイコなサスペンスだなと油断していると、終盤に背負い投げが待っていた。しかし、そこに至るまでの描き方は決してうまいとは言えず、グラグラ揺れるカメラ(を効果的と思っているであろう勘違い)を含めて習作の域を出ない。

 サイモン・バレットの脚本の志は悪くない。こういう仕掛けは観客サービスの一環だと思う。

2014/10/04(土)「なぜ時代劇は滅びるのか」

 日経夕刊のレビューで文芸評論家の縄田一男さんが五つ星を付けて絶賛していた。「この書評コーナーの最高点は星5つだが、この一巻に限り、私は10でも20でも差しあげたい。……(中略)本書を読んでいる間、私の心は泣き濡(ぬ)れていた。いや、時に号泣していた。春日よ、死ぬ時は一緒だぞ――。」。著者のあとがきに縄田さんの批評が引用されているのを読んで、このレビューの真意が分かった。著者が2011年に出した「時代劇の作り方」の縄田さんの批評に対する返歌がこの本であり、それに対して縄田さんが再び、日経のレビューで答えたということになる。

 映画・テレビで盛んだった時代劇はなぜ衰退したのか。著者はかつて視聴率30%以上を誇った「水戸黄門」終了の理由から説き起こして、さまざまな要因を挙げていく。製作費がかかる割に時代劇は視聴率が取れなくなった。その理由は内容のマンネリ化だ。テレビのレギュラー番組は徐々になくなり、次第に時代劇が分かる役者も監督も脚本家もプロデューサーもいなくなった。レギュラーがないから時代劇のスタッフは時代劇だけでは食べていけない。人材を育てる場もなくなる。こうした負のスパイラルが進み、今や時代劇は風前の灯火なのだそうだ。

 今年2014年は映画「るろうに剣心」2部作や「柘榴坂の仇討」「蜩ノ記」という良質な時代劇が公開されたのでそんなに衰退している感じは受けないのだけれど、時代劇を巡る状況は相当に深刻らしい。時代劇の分からないプロデューサーが作ったNHK大河ドラマ「江」や時代劇の演技を拒否した岸谷五朗主演の仕事人シリーズを著者は強く批判する。時代劇を愛する著者の危機感は大きいのだ。

 ただ、時代劇衰退の理由と現状はよく分かるが、ではどうすればいいのか、という提言がこの本にはない。テレビでレギュラー枠を復活させるのがいいのだろうが、視聴率が取れない以上、いきなりは難しいだろう。単発で質の高い面白い時代劇を作り、視聴率の実績を挙げ、レギュラー化を勝ち取っていくしかないと思う。これは相当に困難な道だ。