2021/05/30(日)出来のいいプリクエル「クルエラ」

 見る前に「101匹わんちゃん大行進」(1961年、再公開時からタイトルの「大行進」がなくなった)を10数年ぶりにディズニープラスで見直した。「クルエラ・デ・ビル、クルエラ・デ・ビル…」と音楽家でダルメシアンの飼い主ロジャーが口ずさむのを聞いて「そうそう、この歌があったんだった」と思い出した。この歌のメロディライン、耳に残るのだ。

 映画「クルエラ」は少女エステラがどうやってクルエラ・ド・ヴィル(デ・ビル)になったのかを描く。出来の悪かった実写版の「101」(1996年)および続編の「102」(2000年)ではなく、オリジナルのアニメのプリクエル(前日談)になっている。だから「クルエラ・デ・ビル」の歌も最後に流れる。「101匹わんちゃん」を見ていなくても十分に面白い作りだが、見ていれば、もっと面白い。そしてオリジナルを超えた作品になっている。
「クルエラ」パンフレット

 ディズニー映画としては「マレフィセント」(2014年、続編は2019年)に続くヴィラン(悪役)の映画化。監督のクレイグ・ギレスピーの前作は「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」(2017年)だったから、ヴィランの映画化には最適な人選と言えるだろう。少女時代のクルエラのエピソードをポンポンポンとスピーディーに描いていく語り口は「アイ、トーニャ」と同じタッチだ。

 左右に分かれて白と黒の髪の毛を持つエステラは母親と2人暮らし。名門の私立学校に通うが、たびたび問題を起こし、校長先生から母親とともに叱られる。あまりに問題行動が多くて退学させれらそうになったため、エステラは学校をやめ、母親とロンドンに向かう。途中、ある屋敷に立ち寄り、パーティーで騒動を起こしたエステラは3匹のダルメシアンに追いかけられる。庭へ逃げて身をかがめると、ダルメシアンはエステラを跳び越えて屋敷の女主人と話していた母親に飛びかかる。母親は崖から落ちて死亡。エステラは自分のせいで母親を死なせてしまったことにショックを受け、1人でロンドンに行く。そこで2人の孤児、ジャスパーとホーレスに出会い、一緒に盗みを働いて暮らす。

 成人したエステラ(エマ・ストーン)は髪を染め、高級デパートのリバティで清掃員として働くようになる。ショーウィンドウのディスプレイを勝手に変えたエステラはその才能を一流デザイナーのバロネス(エマ・トンプソン)に認められ、バロネスの下でファッションデザイナーとして働く。エステラはある日、バロネスの首に母親が持っていた赤い宝石付きのネックレスを見つける。母の死は事故ではなく、バロネスの仕業だったのだ。エステラは復讐を誓い、母のネックレスを取り戻すため、髪を白と黒に戻してクルエラと名乗り、仮面をしてバロネスのパーティーに乗り込む。

 ニーナ・シモン「フィーリング・グッド」など70年代の音楽を散りばめて、クレイグ・ギレスピーはテンポ良く、物語を語っていく。エモーションをやや置き去りにした感はあるが、エマ・ストーンの魅力がそれを補っている。この映画の段階でのクルエラはヴィランではないので、続編もあるかもしれない。ファッション業界が舞台で、さまざまに魅力的な衣装が登場し、アカデミー衣装デザイン賞へのノミネートは確実ではないか。

2021/05/06(木)「アメリカン・マーダー」と嘘発見器

 Netflixで「アメリカン・マーダー: 一家殺害事件の実録」(原題American Murder: The Family Next Door)を見た。昨年9月から配信されているドキュメンタリー。2018年に米コロラド州で起こった殺人事件を題材にしている。特徴的なのはほとんどの映像に警察が撮影したビデオや家族が撮影した動画など既存のものを使っていること。被害者や加害者のSMSおよびSNSのやり取りや動画、警察の取り調べ中の映像も使って事件を再構成している。新たに撮影したのは空撮映像など一部と思われる。既存の映像で映画が作れてしまうのがあらためてすごいと思う。どんな動画でも残る時代なのだ。



 「一家殺害」というと、全員殺されたのかと思ってしまうが、被害者は妊娠中の母親と2人の幼い娘だ。そもそも事件の発端は失踪であり、3人が殺されたのかどうかも分かっていなかった。通報を受けた警察官が被害者の自宅に入る場面から撮影されている。アメリカの警官は常にボディカメラを身につけているから、こういう映像が撮れる。応対した夫はどこかおどおどしている。この夫がすぐに容疑者として浮上する。

 夫は結婚した時は110キロほどの体重があったが、今は減量して80キロ台の筋肉質の体型(逆に妻の方は結婚当初よりかなり太ったように見える)。「減量した男は浮気している可能性が高い」と、映画の中でナレーションがあるが、その通り、夫には不倫相手がいた。その不倫相手の女性まで実名、顔出しで登場するのだから恐れ入る。当然、本人の了承を得ているのだろう。

 圧巻なのは取り調べの映像。夫は当初、犯行を否定するが、嘘発見器にかけられて窮地に陥る。追及に耐えられず、父親との面会を要望。取調室に入った父親に対して妻殺害を話すのだ。死体が発見されていない以上、状況証拠しかない段階で嘘発見器の使用は自供を引き出すのに大きな効果があった。しかし、嘘発見器の結果自体が裁判所に証拠採用されることは少ないそうだ。犯人しか知り得ない事実を引き出すことが目的で、この事件の場合、3人の死体がある場所を自供したこと、つまり誰も知り得ない事実を知っていたことが決定的な証拠になった。

 たいていの容疑者は嘘発見器の結果が証拠採用されないなんて知らないだろうから、嘘を見抜かれたら、そこで観念してしまうだろう。動機と状況証拠しかない段階であれば、嘘発見器でどんな結果が出ようが、徹底的に否認を貫けば、罪を逃れることも可能かもしれない。かなり激しく追及されることは覚悟しなくちゃいけませんけどね。それでもアメリカのように取り調べ中の様子がきちんと撮影されているのであれば、暴力を使ったひどい追及の仕方はないのではないか。日本では取り調べの可視化はまだまだの段階らしいので、否認を貫くのは容易ではないと思う。

 この事件をまったく知らなかった僕は面白く見たが、IMDbの評価は7.2、メタスコア67点、ロッテントマト85%。ほとんどを既存の映像で構成するという作りは面白いが、事件を再構成しただけだから、際立った高評価にはなっていない。監督は女性のジェニー・ポップルウェル。