2021/07/18(日)「美女と野獣」の先にあるテーマ「竜とそばかすの姫」

 キネマ旬報2021年8月上旬号の細田守監督インタビューによれば、「竜とそばかすの姫」のコンセプトとして監督が考えていたのは「インターネットの世界を舞台に、現代の『美女と野獣』を描きたい」ということだった。細田監督はディズニーの名作アニメ「美女と野獣」(1991年)に大きな影響を受けている。だから「おおかみこどもの雨と雪」(2012年)の母親とオオカミの関係は美女と野獣だし、「バケモノの子」(2015年)の英題は「The Boy and The Beast」なのだそうだ。今回初めて「美女と野獣」によく似たシーンが登場するが、ただのオマージュに留まっていないのは竜=野獣の正体がハンサムな王子様などではなく、そこから本当のテーマが立ち上がってくるからだ。
「竜とそばかすの姫」パンフレット
 「デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!」(2000年)とそれを深化・拡大した「サマーウォーズ」(2009年)と同様の舞台である仮想世界で、傷ついた竜の正体を知った主人公は現実世界で苦しむその正体の人間を助けるために奔走する。仮想世界でも現実世界でも世界を変革するにはちょっとした勇気が必要だ。映画はそんなことを語りかけてくる。

 主人公は高知県の田舎町に住む女子高校生のすず(中村佳穂)。すずの母親はすずが幼い頃、増水した川の中州に取り残された少女を助けようとして亡くなった。その事故以来、父親と2人暮らしで、成長したすずは父親とまともに会話していない。好きだった歌も歌えなくなった。ある日、すずはパソコンに詳しい親友のヒロちゃん(幾田りら)に誘われ、50億人以上が集うネットの仮想世界<U>に参加する。<U>は現実の人間のキャラクターを元にした分身As(アズ)で別のキャラクターを生きることができる。すずのAsはベルという名の歌がうまい、そばかす美人だった。ベルは歌と美貌で人気を得てコンサートを開くが、そこに竜と呼ばれる謎の存在が現れ、コンサートを無茶苦茶にしてしまう。正義を名乗るAsの集団は執拗に竜を追い詰めていく。

 近年の細田監督作品は家族をテーマにしている。この作品も終盤、「美女と野獣」を離れて家族の問題を描いていくことになる。すずの母親が少女を助けようとして死ぬ設定はなぜ必要だったのか。クライマックス、すずは自分の行動の過程であの時の母親の姿を思い出す。母親は危険を冒してでも少女を見殺しにすることなどできなかった。母親は自分を見捨てて少女を助けようとして、結果的に自分に寂しい思いをさせることになったと、すずは思ってきたのだが、自分が同じような立場になって初めて母親の決断を肯定することができたに違いない。それは母親を深く理解することであり、父親との和解にもつながっていく。そうしたすずの変化が胸を打つ。

 3DCGを取り入れた<U>の造型は素晴らしく、アニメーションの表現は細部まで美しく丁寧だ。「美女と野獣」のアラン・メンケンほどではないにせよ、音楽も世界を豊かに彩っている。アニメの表現を突き詰め、テーマを十分に描いて間然とするところがない傑作だと思う。

2021/07/01(木)6月に見た映画

 観賞本数31本。内訳は映画館14本、WOWOW、Netflix、amazon各4本、Hulu2本、ディズニープラス、レンタルDVD、その他各1本。

「映画 賭ケグルイ 絶体絶命ロシアンルーレット」

 脚本の弱さが致命的。前作もそうだったが、30分のテレビドラマでは成立したものが、2時間の映画では持たない。前半の退屈さに比べれば、後半のロシアンルーレットの場面は悪くないが、いかさまのトリックが穴だらけ。もっと脚本を練ってほしい。

 浜辺美波、池田エライザ、森川葵などのファンの方はどうぞ。

「明日の食卓」

 WOWOWオンデマンドで見た。石橋ユウという同じ名前(ユウの漢字は違う)で同じ小学3年の男子児童を育てる3人の母親の話。裕福な家庭(尾野真千子)、共働きの家庭(菅野美穂)、シングルマザーの家庭(高畑充希)と3つの家庭は異なる環境だが、それぞれに男児を巡る問題が起きてくる。子育てを巡る切実な問題が描かれ、瀬々敬久監督が力作に仕上げている。

 一つ疑問なのはこれ、原作由来の問題なのだが、児童が同じ名前である必要がないこと。3人の母親に接点がまるでなく、冒頭に描かれる事件との関連を示唆してるにも関わらず、なんだこれはというラストになる。つまり、3つの話を一つの作品にまとめたいがために同じ名前にし、余計な事件を加えたという構成なのだ。

 しかも、そっちの事件の方が深刻なので、そっちを詳しく描かないとダメでしょう。ネタバレになりかかってるのでやめるが、子育ての母親の苦悩を描く部分はとても良いので、もったいない構成と思う。

「AWAKE アウェイク」

 Netflixオリジナル。SFだったので見たが、激しく後悔した。

 世界的な大停電の後、人類は眠れなくなってしまい、昏睡状態の患者たちも目を覚ます(だから「アウェイク」というタイトル。目覚めというより不眠症だ)。主人公の娘はなぜか眠れる。その娘を政府機関が狙ってくるという展開で、アイデアの発展が少しもないC級SFだった。

 IMDb4.8、メタスコア35点、ロッテントマト31%と酷評されている。

「Mr.ノーバディ」

 アメリカではそんなに評価が高くない(IMDb7.4、メタスコア63点、ロッテントマト83%)ので、スルーしようかと思ったが、日本ではなかなか好評のようだ。

 ヘンリー・フォンダが出た映画で同じタイトルがあったよなと思い、調べたら「ミスター・ノーボディ」(1973年)だった。さらに「ミスター・ノーバディ」(2011)という映画もあった。

 ひと言で言うと、「なめてた相手が実は殺人マシンだった」という映画だ。最近ではデンゼル・ワシントン主演の「イコライザー」がこのタイプだった。主人公のハッチ(ボブ・オデンカーク)は自宅と工場を往復するだけの毎日を送っているが、ある夜、自宅に2人組の強盗が押し入り、間一髪のところで撃退する。実はハッチ、過去に国の機関で凄腕の殺し屋として働いていた。強盗との格闘でかつての自分に火が付き、ハッチは強盗が手首にしていた刺青を手がかりに居所をつきとめ、盗まれたものを取り返す。

 これで終われば良かったのに、帰りのバスにロシア系のギャングが数人乗り込んできて、ハッチは戦う羽目になる。全員を病院送りにするが、そのうちの1人はロシアンマフィアのボスの弟だった、という展開。序盤の刺されたり、殴られたり、自分も傷を負いながら戦う主人公にリアリティーがあり、これは傑作かと思ったが、クライマックスのアクションがリアリティーを欠き、大きく減点した印象。メタスコアの低い点数はこのあたりが影響したのだろう。

 ただ、B級アクションを好きな人なら、見て損はない映画だと思う。主演のボブ・オデンカークは大傑作ドラマ「ブレイキング・バッド」の悪徳弁護士役でブレイクした俳優。アクションをやるタイプには見えないが、だからこそのキャスティングだろう。ちょい役でマイケル・アイアンサイドが出ている。すっかり太ってて、最初は誰だか分からなかった。強烈な印象があった「スキャナーズ」から既に40年だからなあ。

「キャラクター」

「キャラクター」パンフレット
 小栗旬は2016年の「ミュージアム」でやはりサイコパスを追う刑事役をやっているから、この映画でも同じような主役級の役回りなのだろうと思っていた。中盤でまさかああなるとは予想していなかった。脚本は永井聡監督と長崎尚志、川原杏奈の3人で書いているが、オリジナルでここまで面白い話にできるのは大したものだと思う。

 ただ、サイコパスの犯人像というのはヒッチコックの「サイコ」(1960年)のモデルになったエド・ゲインにずーっと、どんな作品でも影響されている。模倣してると言っても良い。「レッド・ドラゴン」や「羊たちの沈黙」などもそうで、サイコパスはこうしたキャラクターが一般的になっている。

 まあ、今回もそのパターンを抜けられなかったのは少し残念ではある。犯人のアパートの部屋なんて、一目で異常者と分かってしまう。現実にはあんな風にはならないだろう。アメリカの田舎の方の人口の少ない地域ではエド・ゲインのように死体の皮を剥いだりすることもできたのだろうが、日本のアパートでは近所の人に怪しまれてしまうだろう。

「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」

 3年ぶりの続編で、音に反応して人間を襲うモンスターが大量に出現し、荒廃した世界を舞台にしたSFホラー。冒頭に1日目の描写があるが、話は前作の終了直後から進む。今回もサスペンスたっぷりに進行し、前作を上回る評価を得ている。

 ジョン・クラシンスキー監督と主演のエミリー・ブラントは夫婦で良い仕事をしているなと思う。ただ、モンスターの弱点は前作で分かったため、展開の目新しさはなかった。

「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」

 腹立たしいことに入場料が1900円均一だった。招待券も使えず。これでつまらなかったら怒るところだが、予想より面白かった。

 中盤にある市街地上空でのモビルスーツの戦いで下の建物や人たちが被害に遭うという「ガメラ3」みたいなシーンに迫力があったし、徐々に分かってくる人間関係も楽しめた。加えてヒロインのギギ・アンダルシア(10代なのに80歳超の富豪の愛人)にセクシーな魅力があり、中高生男子はイチコロだろう。

 「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」(1988年)の12年後の話といわれても、33年も前の「逆襲のシャア」の細部は忘れているが、原作はその翌年1989年から1990年にかけて発表されたそうだ。3部作と言われていて、話はまだまだ導入部。続きを見たい気持ちになった。

「アメリカン・ユートピア」

「アメリカン・ユートピア」パンフレット
 デイヴィッド・バーンによるブロードウェイのショーをスパイク・リー監督で映画化した作品。ブラック・ライブズ・マター(BLM)などアメリカのさまざまな問題を取り上げ、「僕らはあてどない旅の途中」と歌い上げるクライマックスは感動的で、評価の高さも納得できる。

 ただし、スパイク・リーがやったことは舞台を真上から撮影したり、犠牲になった黒人の名前を連呼する歌に合わせて犠牲者の写真を出すなど元のショーを効果的に見せるための補足的な演出にとどまる。

 映画にすることでブロードウェイに行けない世界中の観客がこの優れたショーを見ることができるというメリットはあるが、これを映画と言うなら、「キンキーブーツ」はもちろん、堂本光一主演の「Endless Shock」も同列に扱う必要があるだろう。そのあたり、釈然としない気持ちも残った。

「ブータン 山の教室」

 アカデミー国際長編映画賞のブータン代表作品。標高4800メートルにあるブータン北部の村ルナナを舞台に、都会から赴任した男性教師と子どもたちや村人との交流を描く。

 ルナナは人口56人。電気は太陽光発電で不安定、水道もガスもない不便なところで、8日かけてたどり着いた若い教師はすぐに帰りたくなるが、次第に素朴な村人たちに惹かれていくという話。といっても、教師はオーストラリアに行きたいという夢を持っていて、数カ月で村を後にすることになる。

 「ブータンは世界一幸福な国と言われるのに、若者は幸せを求めて外国へ行く」という村長の指摘には考えさせられる。

「夏への扉 キミのいる未来へ」

「夏への扉 キミのいる未来へ」パンフレット
 ロバート・A・ハインラインの名作SFの初映画化。山崎賢人、清原果耶の好演に加えて、邦画SFとして脚本も頑張った印象で、水準には達していると思った。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のドクを思わせる田口トモロヲの役も面白い。

 夏菜は意外なことに悪女役が実にぴったりな感じ。この路線で菜々緒に負けない存在になれるのでは、と思えた。

「Arc アーク」

「アーク」パンフレット
 石川慶監督作品だが、前半30点、後半75点ぐらいの出来だと思った。ケン・リュウの短編「円弧(アーク)」は6年前にポケットブック判の短編集「紙の動物園」で読んでいたが、内容は完全に忘れていた。この短編集の中で特に優れているわけでもないのになぜ映画化したのだろう。

 不老不死を巡る話だが、前半に描かれるのは死体の防腐処置(プラスティネーション)。これが無用に長いのが敗因で、単純に脚色(石川慶、澤井香織)の失敗だと思う。

 後半の展開を考えれば、前半にはプラスティネーションではなく、主人公(芳根京子)が十代で子どもを産み、捨てた経緯をもう少し詳しく描いた方が良かっただろう。後半はエモーショナルな映画らしくなるだけに前半の無機質な描き方が悔やまれる。

 役柄の予想はつくが、小林薫が情感を込めたさすがの演技を見せて良かった。