2022/11/13(日)「すずめの戸締まり」ほか(11月第2週のレビュー)

 「すずめの戸締まり」の冒頭の草の揺れ方はすごくリアル。随所に作画レベルの高さを感じさせる場面が多く、2次元アニメにおいて新海誠作品の作画は恐らく最高峰のレベルにあると思います。絵のきれいさだけでなく、映像のダイナミズムも併せ持っています。

 「君の名は。」(2016年)、「天気の子」(2019年)に続く本作まで3作に共通するのは災害が大きなテーマになっていること。特に「君の名は。」とこの映画は大きな災害の発生を止めるために主人公が奔走するプロットが共通しています。というか、「君の名は。」の災害は東日本大震災のメタファーと言われました。

 今回は地震を引き起こす巨大な化け物・ミミズが出てくる「後ろ戸」を巡る物語。宮崎県南部で漁協に勤める叔母と暮らす岩戸鈴芽はある日、「閉じ師」を名乗る青年・宗像草太に出会う。草太は日本中の廃墟にある「後ろ戸」を探し、開いた扉を閉める仕事を代々受け継いできた。廃墟の後ろ戸に気づいた鈴芽がそばにあった石を手に取ると、石は白い猫に姿を変えて逃げていく。そして後ろ戸からミミズが出現しそうになる。草太とともに戸を閉めることに成功するが、逃げた猫が鈴芽の家に現れ、草太を椅子に閉じ込めてしまう。猫は後ろ戸を閉めておく要石(かなめいし)ダイジンだった。鈴芽は椅子になった草太とともに猫を追う旅に出る。

 宮崎から愛媛、神戸、東京を経て、鈴芽の故郷である東日本大震災の被災地に至る旅。普通の人には見えないミミズが鈴芽に見えるのは震災を4歳の頃に経験し、後ろ戸の中に入ったことがあるからです。そこで描かれる人々の「行ってきます」の連打はその後に起きた震災のことを思えば、痛切に響きます。

 中盤にややダレる場面はあるものの、よくまとまった映画だと思いました。新海監督のインタビューによると、ミミズは「日本列島の地下にある構造線のようなもの、そこに溜まるエネルギー」を意味します。ミミズによる地震は直下型地震の説明はつきますが、東日本大震災のような海溝型地震の説明にはならないのではないでしょうかね。声優初挑戦の原菜乃華は感情をこめた演技で十分に合格点、叔母役の深津絵里の宮崎弁は鹿児島弁と混ざった感じでした。2時間1分。IMDb8.3。
 ▼観客4割程度(399席中。公開日の午前)

「ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー」

 アメリカでの評価がイマイチなのは亡くなったチャドウィック・ボーズマンに対して感傷過多になっているからではないかと想像しました。冒頭にボーズマンが演じたワカンダ国王ティ・チャラの病死が描かれるものの、必要以上にセンチメンタルなタッチではありません。ならば2時間41分という長すぎる上映時間に問題があるのでしょう。このプロットなら1時間短くしないとダメです。

 映画のポスターの中心にいるのはティ・チャラの妹で科学者のシュリ(レティーシャ・ライト)であり、ワカンダの守護者であるブラックパンサーを受け継いできたのは代々王族なのですから、シュリがそうなるのは明らか。シュリがブラックパンサーになるまで2時間ぐらいかかるこの映画の構成は何をグズグズしているのかと思わざるを得ません。

 筋肉質でがっちりしたボーズマンと違ってスリムなシュリの新ブラックパンサーは「バットマン」のキャットウーマンを思わせます。アイアンマンのようなアーマースーツを作るリリ・ウィリアムズ(ドミニク・ソーン)を主人公にしたドラマ「アイアンハート」は来年、ディズニープラスで配信されるそうです。

 IMDb7.4、メタスコア67点、ロッテントマト84%。
 ▼観客60人ぐらい(公開2日目の午前)

「土を喰らう十二ヵ月」

 水上勉のエッセイ「土を喰う日々 わが精進十二ヵ月」を原案に中江裕司監督が映画化。長野の山荘で暮らす作家のツトム(沢田研二)の1年間の食を描いています。9歳から4年間、禅寺に住んだツトムが作るのは精進料理ですが、材料は自分で育てた野菜や山菜であり、スローフードでもあるのでしょう。

 沢田研二は実際に料理をするそうで、手つきに不自然なところがありません。一昨年の「キネマの神様」よりずっと似合った役柄でした。大きなドラマはありませんが、信州の四季を収めるために1年以上をかけた撮影が魅力的な場面を作っています。

 ハイライトは義母の通夜を自宅で行う場面。想定以上の人が詰めかけた通夜の料理を編集者で恋人の真知子(松たか子)と2人だけで作るのは大変です。田舎の葬儀はかつてはこの映画で描かれたように自宅で行われていましたが、葬祭場以外で営まれることは僕の周囲ではほとんどなくなりました。

 水上勉の著書に出てくる料理を再現したのは料理研究家の土井善晴。どれも食欲をそそる料理で、偏った食生活を見直したくなるような映画でした。1時間51分。
 ▼観客20人弱(公開日の午後)

「ダウントン・アビー 新たなる時代へ」

 2010年から6シーズン続いたテレビシリーズ(全52話)の劇場版第2弾。テレビ版は英国ヨークシャーにある架空のカントリーハウス、ダウントン・アビーを舞台に貴族と使用人のさまざまなエピソードを描いたドラマですが、僕は1話も見ていませんでした。劇場版の前作「ダウントン・アビー」(2019年、マイケル・エングラー監督)は先日、配信で見ましたが、前作も本作もテレビシリーズの続きで、ストーリー自体は楽しめるものの、登場人物の細部までは当然のことながら分かりません。ダウントン初心者にすべて理解できる作りではありませんし、そうした作品にする必要もないのでしょう。つまり、ファンのための作品です。

 本作は「屋敷で映画を撮影したいというオファーと、予期せぬ相続話に沸き立つクローリー邸。だが、南仏の別荘には一族の存続を揺るがす秘密があった」というストーリー。映画の撮影はちょうどサイレントからトーキーに移り変わる時代で、女優のしゃべりに難があるという「雨に唄えば」を思わせるエピソードがありました。監督はサイモン・カーティス、脚本はテレビシリーズから原案・脚本・製作総指揮を担当しているジュリアン・フェローズ。

 テレビシリーズの時代設定は1912年から1925年まで。劇場版前作は1927年、本作は1928年の設定になっています。映画を見た後にテレビの第1話を見たら、キャストが劇場版よりみんな若かったです(12年前なので当たり前)。

 2時間5分。IMDb7.4、メタスコア63点、ロッテントマト86%。
 ▼観客4人(公開4日目の午前)

「渇きと偽り」

 オーストラリアの干ばつの町を舞台にしたミステリーで、メルボルン在住の作家ジェイン・ハーパーの原作をロバート・コノリー監督が映画化。妻子を殺して自殺したとされる親友ルークの葬儀のため20年ぶりに故郷の町に帰ってきた連邦警察官のアーロン・フォーク(エリック・バナ)が事件の真相を探る。アーロンは20年前、ガールフレンドのエリーの死に関わった疑いを掛けられ、父親とともに町を出た。そのことを知る住民の反発を受けながら、町の警官レイコー(キーア・オドネル)とともに捜査を進める。

 原作は英国推理作家協会賞を受賞したそうですが、プロット自体は大きな意外性もなく(普通の意外性はあります)平均的な出来。定石に沿った話ではありますが、地味さは否めません。

 同じ主人公の続編「潤みと翳り」も映画化が進んでいるそうです。

 1時間57分。IMDb6.8、メタスコア69点、ロッテントマト91%。
 ▼観客4人(公開5日目の午後)

「バーバリアン」

 20世紀スタジオ配給のホラー。ディズニープラスで見ました。就職の面接のためデトロイトを訪れたテス(ジョージア・キャンベル)が民泊の予約をしたバーバリー通りの家に行くと、先客の男キース(ビル・スカルスガルド)がいた。予約サイトがダブルブッキングしたらしい。他のホテルは満室だったため仕方なく、この家に泊まることにしたが、家には恐ろしい秘密があった、という出だし。

 この後は想像の上を行く展開で、これはストーリーテリングの勝利でしょう。以前なら南部の寂れた田舎町を舞台にしたような話ですが、デトロイトは人口が最盛期の3分の1ぐらいに減って空き家が多いそうで、こうしたホラーの舞台にぴったりな寂れ方になってます。

 北米では9月に劇場公開され、450万ドルの製作費で4000万ドル以上の興行収入を上げるクリーンヒットになりました。監督・脚本は俳優でもあるザック・クレッガー。日本では配信スルーでamazonプライムビデオなどでも9日からレンタルが始まっています。

 1時間42分。IMDb7.1、メタスコア78点、ロッテントマト92%。