2023/10/15(日)「月」ほか(10月第2週のレビュー)

 「月」は19人を刺殺、26人に重軽傷を負わせた相模原障害者施設殺傷事件(2016年)をモデルにした辺見庸の同名小説を石井裕也監督が映画化。といっても、原作を大幅に脚色しています。原作は重度障害者で意思疎通ができない寝たきりの「きーちゃん」という女性の視点で描かれているそうです。映画は心臓に障害を持って生まれた子供を3歳で亡くした夫婦を中心に据えています。原作には登場しないこの夫婦の存在が「障害者の命」という映画のテーマを深化させ、深い感銘をもたらす要因になっていて見事な脚色と言えるでしょう。森達也監督「福田村事件」とともに今年の一、二を争う傑作だと思います。

 この夫婦の子供は3歳になっても寝たきりで意思の疎通もできませんでした。子供を亡くした2人は打ちひしがれ、未だに引きずっています。妻の堂島洋子(宮沢りえ)は作家で、東日本大震災を題材にした第1作が注目を集めましたが、その後は小説が書けない状態。生活のために障害者施設に非正規社員として勤め、監禁や暴行など施設のひどい実態を見ることになります。

 夫の昌平(オダギリジョー)は趣味で人形アニメーション映画を作りながら、アルバイトしています。昌平は穏やかな性格ですが、それにつけ込んでのことなのか、バイト先の年下の先輩は昌平をお前呼ばわりし、アニメーションの題材をバカにします。洋子は入所者への虐待とも思える仕打ちを施設の上司に伝えますが、上司は職員をかばい、洋子に解雇をちらつかせます。洋子は妊娠していることが分かり、また障害を持つ子供だったらと思い、生むかどうか悩んでいます。

 障害者施設で働く青年さとくん(磯村勇斗)が「役に立たない障害者、周囲に迷惑をかける障害者は社会のために殺した方がいい」という極端な考えに至ったことと、弱い立場にいる人を見下し、悪意と侮蔑を向ける人の距離は遠くありません。さとくんは入所者のために「花咲かじいさん」の紙芝居を手作りして演じる善意の人物でしたが、同僚から紙芝居を迷惑がられ、バカにされたこともあって、次第に考え方を変えていきます。いじわるじいさんが腐ったゴミを掘り当てた犬のシロを「役に立たない」と怒って殺したように障害者の殺害を計画するわけです。

 凡庸な監督なら、原作通りに「きーちゃん」を主人公にして映画を作るでしょう。その場合でも「ジョニーは戦場に行った」(1971年、ダルトン・トランボ監督)のような傑作になる可能性はあります。しかし、映画の終盤、夫婦に訪れたささやかな希望と喜びの場面のような熱い感動をもたらす場面を作ることは難しいでしょう。世間的にはささやかかもしれませんが、夫婦にとってはとても大きな喜び。その歓喜の場面と並行して、映画はさとくんが返り血を浴びながら計画を実行に移す姿を描いています。

 石井裕也監督は多くの障害者施設を訪ね、話を聞いてエピソードを書いたそうです。実際の障害者に役を演じてもらうことができたのは、そうした取材の過程で信頼を得たからなのでしょう。石井監督は元々、うまい人ですが、今回はさらに腕を上げた感があり、加えてこうした取材を重ねたのですから映画に厚みが出てくるのは当然です。

 宮沢りえとオダギリジョーはともに奥行きのあるリアルな演技。きーちゃんの母親を演じた高畑淳子の慟哭も胸を打ちました。必見。
▼観客10人(公開初日の午前)

「イコライザー THE FINAL」

 元CIAのエージェントでシチリアに滞在していたロバート・マッコール(デンゼル・ワシントン)が町の人たちを苦しめるマフィアを一掃するシリーズ3作目。アメリカでの評価が芳しくないのであまり期待していませんでしたが、まずまず真っ当な作りでした。監督はアントワーン・フークア。

 基本は「シェーン」(1953年)や高倉健主演の任侠映画を思わせるプロットで悪くありません。問題は描写がスラッシャー映画のように残虐過ぎることで、アメリカで評価が伸びないのはそのためでしょう。クライマックスはマフィアの屋敷にジェイソン(もちろん「13日の金曜日」の)が殴り込んだような描写の連続となります。

 マッコールがなぜシチリアにいたのか、CIAの担当者エマ・コリンズ(ダコタ・ファニング)になぜ直接連絡したのかは終盤に分かります(後者は1、2作目を見ていれば)。ワシントンとファニングが共演するのはファニングが10歳だった頃に出演した「マイ・ボディガード」(2004年、トニー・スコット監督)以来とのこと。
IMDb7.0、メタスコア58点、ロッテントマト75%。
▼観客多数(公開5日目の午後)1時間49分。

「アナログ」

 ビートたけしの原作をタカハタ秀太監督(「鳩の撃退法」)が映画化。脚本は港岳彦。主人公(二宮和也)は自分が設計した喫茶店で携帯電話を持っていない女性(波瑠)に出会い、毎週木曜日に喫茶店で会って愛を深めていきます。しかし、女性はなぜか来なくなった、という予告編をさんざん見せられたので、こちらの興味はなぜ来なくなったのかにしかなく、2人が愛を深める前半の描写がまどろっこしく感じました。

 結婚を決意するぐらいの交際ならば、相手の素性ぐらい分かっているのが普通。スマホを持っていなくても、1人暮らしではないのですから家に電話ぐらいあるでしょうし、会社に勤めている以上、連絡手段がないのは不自然です。携帯電話を持たなくなった理由もあいまい。このあたりの不備は原作起因のものでしょうが、前半と後半の比重も少し考えた方が良かったと思います。特に後半は説得力を欠く描写が多かったです。

 波瑠はいつものことながら情感が不足していますし、演技の面でもまったく進歩がありません。終盤ののっぺりした工夫のない演技などは監督の指示も不十分なのでしょうけど、もっと自分で勉強した方が良いです。二宮和也はそれなりの好演。友人役の桐谷健太と浜野謙太がおかしくて良かったです。
▼観客多数(公開7日目の午後)2時間。

「アンダーカレント」

 豊田徹也の同名コミックを今泉力哉が映画化。水にたゆたうようなゆったりしたテンポなので上映時間が2時間23分もあり、個人的にはセリフ回しをもっと早くしてはどうかと思うんですが、このゆったりさが良いという人もいるでしょう。「アナログ」に比べると、演出・演技のうまさが際立ちますが、上映時間の長さに対して話の分量が足りていない感じです。

 家業の銭湯を継いだかなえ(真木よう子)の夫・悟(永山瑛太)が失踪する。かなえは働き手がなかったこともあって銭湯を一時休業していたが、叔母(中村久美)とともに再開。そんな時、銭湯組合から紹介された男・堀(井浦新)が「就職したい」とやってくる。

 主演の真木よう子、井浦新は悪くありません。探偵役のリリー・フランキーも演じどころがなかった「アナログ」の喫茶店主役とは違って個性を発揮しています。
▼観客10人(公開6日目の午後)2時間23分。

2023/10/09(月)「福田村事件」ほか(10月第1週のレビュー)

 「福田村事件」は関東大震災の5日後、1923年9月6日に千葉県東葛飾郡福田村で起きた虐殺事件を描く森達也監督作品。「A」(1998年)「FAKE」(2016年)「i 新聞記者ドキュメント」(2019年)などのドキュメンタリーを撮ってきた森監督初の長編劇映画です(短編は2003年公開のオムニバス「もっとも危険な刑事まつり」の1編「アングラ刑事」を撮っています)。元々、学生時代には劇映画を撮っていたそうですが、テーマの描き方、構成、物語の語り方などベテランが撮ったような風格を備える見事な完成度だと思いました。

 日本統治下の朝鮮で教師をしていた澤田智一(井浦新)は妻の静子(田中麗奈)とともに故郷の千葉県福田村に帰ってくる。その頃、香川県の薬売りの行商をする子供を含んだ男女15人の一行が関東へ出発する。9月1日、関東大地震で大規模火災が発生し、多くの命が失われた。治安の悪化で2日、東京に戒厳令が施行され、4日には千葉にも拡大する。「朝鮮人が集団で襲ってくる」「井戸に毒を入れた」という流言飛語が広まり、政府の指示で村の人々は自警団を結成。不安や恐怖心が膨れ上がっていく中、言葉の違いから行商団は朝鮮人の疑いをかけられ、虐殺が始まってしまう。

 映画は前半に井浦新、田中麗奈の夫婦を中心に東出昌大、コムアイ、柄本明、向里祐香、水道橋博士ら村の人々の生活と人間関係を詳細に描いています。脚本の荒井晴彦(井上淳一、佐伯俊道と共同)らしい性を絡めた男女関係の描き方には一部で批判もあるようですが、僕はそこも含めてとても面白く見ました。

 終盤、利根川を渡って帰ろうとしていた行商団を自警団が捕まえます。一触即発の緊張の中、思いがけないことから虐殺が始まり、止めようがなくなります。こうした絶望的な展開は過去の映画にも先例がありますが、重大事件の発端はこういうものなのだと思います。

 村の人たちは知らなかったでしょうが、朝鮮人に間違われた行商の人たちは被差別部落の出身でした。行商のリーダー、永山瑛太の「鮮人なら殺してええんか。……朝鮮人なら殺してええんか」という悲痛な叫びは差別される者の痛みと恨みを含み、胸を抉ります。

 政府の指示に従って記事を修正する新聞社部長のピエール瀧と、それに反発して事実を伝えようとする記者・木竜麻生の姿は今の日本のジャーナリズムが抱える問題となんら変わりません。100年前の不幸な事件ではなく、今に通じる作品に仕上げたスタッフ・キャストに大きな拍手を送りたいと思います。
▼観客多数(公開初日の午後)2時間17分。

「国葬の日」

 2022年9月27日、安倍晋三元首相の国葬の1日を追ったドキュメンタリー。東京、山口、沖縄、京都、福島など全国10都市でカメラを回し、賛成、反対、どちらでもない人たちの行動と意見を記録しています。「なぜ君は総理大臣になれないのか」「香川1区」の大島新監督作品。

 映画の最後に字幕が出ますが、国葬の献花をした人は2万5889人、反対デモに参加したのは計1万6600人でした。日本の人口は1億2497万1000人ですから、明確な意思を持って国葬に対峙したのはごくごく少数の人たちと言えるでしょう。

 つまり、ほとんどの国民にとって国葬なんてどうでも良かったということで、これは僕らの感覚と合致しています。映画はナレーションなし、説明もほとんどなし。安倍晋三銃撃事件の実行犯を描いた映画「REVOLUTION+1」の監督・足立正生や国葬反対デモに参加した落合恵子についても説明は一切ありません。数年後、数十年後に見る人には意味が分かりにくくなるのではないかと心配しますが、それで良いのでしょう。

 映画の中で心惹かれるのは反対・賛成の人たちの姿ではなく、静岡の水害の復旧ボランティアに参加したサッカー部員の高校生たちの姿。活動に感謝したおばさんから「帰りにラーメンでも食べて」と1万円を渡されますが、生徒の1人は「これ受け取ったら、高いバイトになってしまう。被災者がカップラーメン食べてるのに僕たちがホントのラーメンなんて食べられません。どこかに募金します」とカメラに向かって話します。生徒たちはサッカー部顧問の先生からの指示でボランティアに参加したのかもしれませんが、気持ちが温かくなる描写でした。
▼観客13人(公開6日目の午後)1時間28分。

「もっとしなやかにもっとしたたかに」

 1979年のにっかつ映画。AmazonでDVDが2000円を切っていたので買いました。これ、配信にないんです。見たのは44年ぶり。キネ旬ベストテン11位、読者のベストテンで6位にランクされ、「80年代を予見する作品」と高い評価を得ました。時代の空気と密接なので、今見るとピンとこない人も多いようです。ただ、森下愛子が良いという評価は当時も今も変わりません。「堀北真希に似ている」とネットのレビューに書いている人がいて、「言われてみれば」と思いました。

 すっかり忘れていましたが、公開時は「桃尻娘 ラブアタック」と2本立てだったとのこと。こっちは1作目に比べると、つまらなかった記憶があります。

2023/10/01(日)「BAD LANDS バッド・ランズ」ほか(9月第5週のレビュー)

 「BAD LANDS バッド・ランズ」は黒川博行原作のクライムノベル「勁草(けいそう)」を原田眞人監督が映画化。いつものように短いカットを積み重ねてテンポ良く語っていく序盤から快調ですが、中盤のある事件をきっかけにラストに向かって緊張感が増幅し、紛うことのない傑作になっています。原作の主人公は男ですが、原田監督はヒロインに変更して安藤サクラに演じさせ、これが成功の要因になったと思います。

 大阪のドヤ街で暮らす橋岡煉梨(ネリ=安藤サクラ)は血のつながらない弟の矢代穣(ジョー=山田涼介)とともに特殊詐欺グループに加担していた。グループの名簿屋・高城(生瀬勝久)はNPO法人理事長の肩書きを持つが、ドヤ街のホームレスを詐欺の受け子に使い、グループを取り仕切って金を貯め込んでいる。賭場で多額の借金を作ったジョーは仲間とともに殺しの仕事を請け負う。仕事には失敗するが、使った拳銃である事件を起こし大金を手にする。大阪府警の刑事・佐竹(吉原光夫)ら特捜班は詐欺グループの摘発に全力を挙げ、ネリたちは警察とヤクザの双方から追われることになる。

 ネリと母親を苦しめた実の父親との関係や、ネリが支配されていた男(淵上泰史)の執拗な追跡など、ヒロインに変更したことで生まれた設定がキャラクターに深みを与えています。ドヤ街に住む元ヤクザ曼荼羅(宇崎竜童)や詐欺グループの道具屋・天童よしみ、賭場を仕切るサリngROCKら個性が強く、強面の面々がワキをしっかり固めており、ダークな雰囲気は満点。サリngROCKは大阪の劇団「突劇金魚」で脚本・演出を手掛けていて、映像作品に出るのはこれが初めてだそうです。これから出演依頼が増えそうな存在感がありました。

 自分でサイコパスと名乗る山田涼介の役柄は原田監督の前作「ヘルドッグス」(2022年)の坂口健太郎を思わせ、淵上泰史の役柄も同じく「ヘルドッグス」のMIYAVIを思わせます。原田監督には「関ヶ原」(2017年)「燃えよ剣」(2020年)の時代劇もありましたが、こうしたクライムサスペンスが真骨頂なのでしょう。「BAD LANDS」とはネリたちが集うビリヤード場の名前。原作の「勁草」は強風でも倒れない強い草のことで、劇中、ネリの「わたしら勁草にならなあかん」というセリフがあります。
▼観客5人(公開初日の午前)2時間23分。

「コンフィデンシャル 国際共助捜査」

 韓国と北朝鮮の刑事が共同捜査を行うアクション「コンフィデンシャル 共助」(2017年)の続編。今回はアメリカのFBI捜査官も加わって、テロを画策する国際犯罪組織を捜査します。韓国の刑事を演じるユ・ヘジンのユーモアと北朝鮮刑事ヒョンビンのハードなアクションを織り交ぜ、イ・ソクフン監督は手堅くまとめていますが、事件の中身にあまりオリジナリティーを感じられない(よくある話で終わってる)のが難。アクション自体はアメリカ映画に迫る水準なのに惜しいです。

 前作を見た時にヒョンビンのアクションに感心しました。ヒョンビンは「愛の不時着」(2019年)で一躍有名になりましたが、アクション俳優として売った方が良いと思います。ファン・ジョンミンと共演の「極限境界線 救出までの18日間 」が10月20日公開予定です。

 ユ・ヘジンの娘役のパク・ミンハが大きくなっていてびっくり。撮影時、前作は9歳、今回は15歳なので、まあそうなるでしょう。アイドルグループ「少女時代」のユナ(イム・ユナ)も全作に続いてユ・ヘジンの義妹役で出演しています。
IMDb6.6、ロッテントマト(ユーザー)83%(アメリカでは未公開)。
▼観客6人(公開5日目の午後)2時間9分。

 前作の監督はキム・ソンフン。紛らわしいんですが、日本語では「最後まで行く」(2014年)の監督もキム・ソンフンと表記されます。前者はKim Sung-hoon、後者はKim Seong-hunなので、区別を付けた方が良いんじゃないでしょうかね。

「ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック!」

 ミュータントのカメ4兄弟(レオナルド、ラファエロ、ミケランジェロ、ドナテロ)が活躍するCGアニメ。1984年のアメコミ出版以来、実写映画やアニメが多数作られてきた人気シリーズですが、今回はタートルズたちの誕生の経緯から描かれるので、初心者でもまったく問題ありません。質的にも今回が一番良い出来のようです。

 特徴はアメコミの絵をそのままCG化したような作画で、「スパイダーマン スパイダーバース」シリーズと同レベルとまでは言いませんが、作画技術は高いです。悪いミュータントたちと闘う筋立てはきっちりまとまっていますが、大人が見ると少し物足りない部分もありますね。ジェフ・ロウ、カイラー・スピアーズ監督。
IMDb7.3、メタスコア74点、ロッテントマト96%。
▼観客1人(公開7日目の午前)1時間40分。

「星くずの片隅で」

 2020年、コロナ禍の香港を描くドラマ。「少年たちの時代革命」(2021年)で共同監督を務めたラム・サムの単独監督デビュー作です。

 清掃会社ピーターパンクリーニングを1人で経営するザク(ルイス・チョン)はコロナの消毒作業に追われる日々。リウマチを患う母(パトラ・アウ)は結婚しないザクのことを心配している。ある日、若いシングルマザーのキャンディ(アンジェラ・ユン)が職を求めてくる。娘のジュー(トン・オンナー)のために働こうとする彼女をザクは雇うが、親子がコンビニで万引するのを目撃する。さらにキャンディがマスクを客の家から盗んだことが発覚し、ザクは顧客を失ってしまう。心を入れ替え仕事に打ち込むキャンディにザクは惹かれてゆくが、ザクの不在時に、一人で仕事をしていたキャンディはジューが洗剤をこぼしたことから、洗剤を薄めて使用。そのことが会社を窮地に陥らせる。

 コロナ禍のシングルマザーを描いた映画としては日本でも石井裕也監督「茜色に焼かれる」(2021年)がありましたが、あそこまで特殊な展開ではなく、いたって普通のエピソードと描写なのでリアリティがあって良いです。問題はラスト。一般的な観客としてはキャンディとザクの関係が愛情に発展することを期待しますが、映画はそこまでは描いていません。年が少し離れているとはいってもこの2人、結ばれておかしくはない関係なんですけどね。

 いずれにしてもこの映画の魅力の大きな部分はアンジェラ・ユンが占めています。アイドル的に売れるには29歳という年齢では10年遅いと思いますが、29歳でなければ、シングルマザーの役は難しかったでしょう。もっと作品を見たいと思わせる魅力を放っていました。
IMDb7.1(アメリカでは限定公開)
▼観客1人(公開6日目の午後)1時間55分。

「沈黙の艦隊」

 かわぐちかいじの原作コミックは1988年から1996年まで連載。僕も当時読みましたが、内容はほとんど忘れてました。なんせ、30年ぐらい前ですからね。なぜこの原作を今ごろ映画化するのか疑問で、主人公海江田四郎の言っていることが時代にそぐわないように思えました。現在の国際情勢を入れてアップデートしたかったところです。

 見どころが少ない前半に比べると、後半のアメリカ海軍との戦いは良いですが、話の入り口で終わった観があります。続編を作るにはヒットしないと難しそうです。さてどうなるのでしょう。監督は「ハケンアニメ!」(2022年)の吉野耕平。
▼観客多数(公開2日目の午前)1時間53分。

2023/09/24(日)「ジョン・ウィック コンセクエンス」ほか(9月第4週のレビュー)

 「ジョン・ウィック コンセクエンス」はキアヌ・リーブス主演、チャド・スタエルスキ監督によるアクション映画のシリーズ第4作で、たぶん最終作。「コンセクエンス」(Consequence)は劇中何度かセリフに出てきて、字幕は「報い」と訳していますが、原題はシンプルに「JOHN WICK:CHAPTER4」です。

 裏社会を牛耳る主席連合から狙われるジョン・ウィック。主席連合の配下で権力を得たグラモン(ビル・スカルスガルド)は聖域としてジョンを守ってきたニューヨークのコンチネンタルホテルを爆破する。さらにジョンの旧友で盲目のケイン(ドニー・イェン)に娘の命と引き換えにジョン・ウィックの殺害を命じる。ジョンは大阪のコンチネンタルホテルを訪れ、旧友で支配人のシマヅ(真田広之)に協力を求めるが、そこにも組織の殺し屋たちがやって来る。

 シンプルな物語に壮絶なアクションを絡めた構成はこれまで通りですが、アクションの質の高さが今回はワンランク上がった印象です。パリの凱旋門のロータリーでジョンと多数の殺し屋が次々に車にはねられながら闘ったり、クライマックス、200段以上ある階段を何度も何度も転げ落ちながら闘ったり、いやこれはどうやって撮影したんだと思うシーンが続出します。ドニー・イェンと真田広之というアクション映画界のベテラン2人を出したのは大正解で、動きに風格があり、画面の重みがまるで違います。

 「ベイビーわるきゅーれ」(2021年)の伊澤彩織は真田広之の娘アキラ役を演じるリナ・サワヤマのスタントダブルにクレジットされていますが(和田崎愛と共同)、キネ旬のインタビューによると、当初はアキラ役の候補でもあったのだそうです。スタエルスキ監督に「ベイビーわるきゅーれ」を見せたら、「Oh,female John Wick!」と喜んだのだとか。伊澤彩織は謎の芸者役で本編にも一場面登場しているそうですが、気づきませんでした。

 3時間近い映画の8割ぐらいはアクションが占め、お腹いっぱいになります。ストーリーにもう少し凝った展開があると、満足感がさらに高まり、文句なしの一級品になるんじゃないかと思います。
IMDb7.8、メタスコア78点、ロッテントマト94%。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間49分。

「夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく」

 汐見夏衛の原作を酒井麻衣監督が映画化。高校生のラブストーリーには興味がないので敬遠していましたが、最近、ドラマで見かけることが多い久間田琳加が主演していることと、一部で評判が良いので見ました。マスクを手放せない主人公の設定はコロナ禍の影響かと早合点しますが、原作はコロナ以前の2017年に出版されているので関係ありません。といっても、コロナ禍以来マスクしたままの人も多いのでタイムリーな設定と言えますし、映画もそれを意識しているでしょう。

 高校で学級委員長を務める茜(久間田琳加)は人前でマスクを外さない。銀髪のクラスメイト青磁(白岩瑠姫)が苦手だったが、ある日、マスクを忘れて過呼吸になったところを青磁に助けられる。茜は徐々に青磁が描く絵や彼のまっすぐな性格に惹かれていく。茜の母親(鶴田真由)は離婚した後に再婚し、茜には年の離れた義妹がいる。茜は義父(吉田ウーロン太)を「お父さん」と呼べず、家では疎外感を感じている。

 というのが物語の設定。原作には引きこもり状態の兄がいますが、映画はその設定を外したことで茜の疎外感がより強まっています。この序盤の描き方がとても良いのですが、青磁との関係に重心が移っていくと、やや普通のラブストーリーになってしまった観があります。

 茜がマスクを手放さないのは小学生の頃のある出来事が原因で、それ以来、率直な性格から控えめで慎重な性格に変わりました。マスクを外さない=本心を見せないことのきっかけになった重要な出来事ですが、それにかかわる人物のことを茜は忘れていて、これは不自然に思えました。物語の根幹の部分なのでここは工夫したかったところ。

 久間田琳加、白岩瑠姫は無難に役をこなしています。酒井監督の演出もまずまず。汐見夏衛のデビュー作「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。 」は福原遥主演で映画化され、12月に公開予定です。
▼観客5人(公開21日目の午後)1時間40分。

「シモーヌ フランスに最も愛された政治家」

 フランスで違法だった妊娠中絶の合法化に尽力したほか、移民やエイズ患者、刑務所の囚人などの待遇改善に努めた政治家シモーヌ・ヴェイユの生涯を描いた作品。シモーヌの政治姿勢は人道主義が根本にあり、苦しんでいる人がいたら、イデオロギーを超えてまず助ける方を選びます。そこが素晴らしく感動的なところです。

 ユダヤ人であるシモーヌは家族とともにアウシュヴィッツに収容されましたが、幸い収容期間が約6カ月と短かったこともあって助かりました(母親は死亡)。このアウシュヴィッツ体験が人道主義の形成に影響を与えたことは確かなのでしょうが、アウシュヴィッツ体験者のすべてがシモーヌのようになったわけではないので、元々の資質も大きいのでしょう。

 映画は前半がややダイジェスト的になっているものの、シモーヌの考え方は十分に伝えています。僕は寡聞にしてシモーヌのことを知りませんでした。一見の価値は大いにある映画だと思います。脚本・監督は「エディット・ピアフ 愛の讃歌」(2007年)「グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札」(2014年)のオリヴィエ・ダアン。
IMDb6.8、ロッテントマト70%(アメリカでは限定公開)。
▼観客5人(公開2日目の午後)2時間20分。

「名探偵ポアロ ベネチアの亡霊」

 アガサ・クリスティの「ハロウィーン・パーティ」をケネス・ブラナー監督が映画化。ブラナー監督・主演版のクリスティ映画は「オリエント急行殺人事件」(2017年)「ナイル殺人事件」(2020年)に続いて3作目になりますが、今回は前2作ほど有名な原作ではありません。

 1969年、クリスティが79歳の時に書いた作品で、新訳版の文庫本にある若竹七海さんの解説によると、「犯人の設定はクリスティがさんざん使い込んできたおなじみのパターン。物語は本作の13年前に発表された『死者のあやまち』そっくり」なのだそうです。

 原作の舞台となっているのはロンドンから50-60キロのところにあるウッドリー・コモンという村ですが、映画ではベネチアに変えてあります。このシリーズには観光映画的な側面があるからでしょうか。ホラー風味の演出も取り入れた作りは悪くありませんが、ポアロがあまりに簡単に事件を解決するのが物足りないです。
IMDb6.8、メタスコア63点、ロッテントマト77%。
▼観客13人(公開5日目の午後)1時間43分。

2023/09/17(日)「ミステリと言う勿れ」ほか(9月第3週のレビュー)

 「ミステリと言う勿れ」は田村由美原作のテレビドラマで取り上げられなかった「広島編」の映画化で、天然パーマの大学生・久能整(菅田将暉)が旧家の遺産相続争いに巻き込まれるミステリー。原作が面白いこともあるのでしょうが、最近の日本のミステリー映画ではよくできた部類の作品になっていると思いました。

 美術展のために広島を訪れた久能整は犬堂我路(永山瑛太)の知り合いという女子高生・狩集汐路(原菜乃華)からアルバイトを持ちかけられる。狩集家の莫大な遺産相続を巡るものだった。狩集家の遺産相続では毎回死人が出ており、汐路の父・弥(わたる=滝藤賢一)も8年前に他のきょうだい3人とともに自動車事故で死亡していた。 そして今回も相続候補の赤峰ゆら(柴咲コウ)が蔵に閉じ込められ、汐路を狙って植木鉢が落ちてくる。階段に油が塗られ、波々壁新音(ははかべねお=萩原利久)が滑り落ちるなど事件が頻発する。

 普段の舞台である東京を離れ、独立した作品なので犬堂我路の存在以外はドラマを見ていなくても分かる作りになっています。その我路を少しでも説明するため相沢友子の脚本は原作にはない我路と汐路の場面を冒頭に持ってきています。ほぼ原作に忠実な脚色で、演出もそれに沿ったものです。

 久能整は相変わらず“絶口調”。
「子供はバカじゃないです。自分が子供の頃バカでしたか?」
「証拠を出してみろとか言うのは、大抵犯人って僕は常々思っています」
「半分こして大きいほうをくれる人が優しいとは限らないです。そんなことどうでもいい人もいるし、罪悪感からする人も目的がある人もいる」
「“女の幸せ”とかにもだまされちゃダメです。それを言い出したのは多分おじさんだと思うから。女の人から出た言葉じゃきっとない。だから真に受けちゃダメです。女性をある型にはめるために編み出された呪文です」
などなど、どれも原作にあるセリフですが、共感する人は多いでしょう。こういうところがこのキャラクターとドラマ、原作の支持が大きい所以なのだと思います。

 原菜乃華は子役時代を含めてキャリアは長いですが、映画の中心にいて少しも不思議ではない演技力と魅力を見せています。原作の広島編には登場しない大隣署の伊藤沙莉、尾上松也、筒井道隆が最後に顔を見せるのはドラマファンへのサービスですね。相変わらず尾上松也がおかしかったです。このスタッフ、キャストで続編を(映画でもドラマでも)見たいです。松山博昭監督。2時間9分。

「グランツーリスモ」

 大ヒットしたドライビングシミュレーションゲーム「グランツーリスモ」のトッププレイヤーを本物のレースドライバーに育成するGTアカデミーの実話を映画化。ゲームプレイヤーを本物のレーサーにしようという発想が出てくるぐらい「グランツーリスモ」はよく出来たシミュレーションなのでしょうが、入り口はどうあれ、アカデミーに入った後は本物のレーサーになるための訓練を重ねることになり、これは本格的レース映画になってきます。

 ヤン(アーチー・マデクウィ)はグランツーリスモに夢中になり、父親(ジャイモン・フンスー)から「レーサーにでもなるつもりか」と呆れられ、サッカー選手を目指す弟からもバカにされていた。GTアカデミーを設立したダニー(オーランド・ブルーム)はグランツーリスモでトップの得点をたたき出したヤンに目を付け、アカデミーに誘う。指導するのは元レーサーのジャック・ソルター(デヴィッド・ハーバー)。ジャックはル・マン24時間レースでの事故でレーサーをやめた過去があった。ヤンは10人のアカデミー生の中でもトップに立ち、実際のレースに参加する。

 日産GT-Rニスモが何台も登場して競い合うアカデミーの描写はカーマニアにはたまらない描写。難コースで知られるドイツのニュルブルクリンクでヤンが観客席に飛び込む重大事故を起こし、失意からル・マンでの入賞を目指すというストーリーと、主人公たちが負け犬的立場にあることもスポ根ものの王道を行く展開となっています。

 「第9地区」(2009年)のニール・ブロムカンプ監督はスピーディーな演出とレース場面の迫力で手腕を発揮しています。ドラマにややコクが足りないと思える面はありますが、十分に楽しめる出来と思いました。アメリカの評論家の評価が高くないのは日産とプレイステーションのPR的側面があるからでしょうかね。2時間14分。
IMDb7.4、メタスコア48点、ロッテントマト64%。
▼観客3人(公開初日の午前)

「コンサート・フォー・ジョージ」

 ジョージ・ハリスン死去の1年後、2002年11月29日にロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで開かれた追悼コンサートの模様を伝える映画。コンサートの企画はジョージの妻オリヴィアと息子のダニー。40年来の盟友だったエリック・クラプトンが主催し、音楽監督を務めたほか、出演して多くの曲を歌っています。ポール・マッカートニーとリンゴ・スターも登場するほか、ジョージゆかりのさまざまなアーティストが歌い、演奏してジョージを偲んでいます。

 僕はハリスンのファンではありませんでしたが、それでも「ギブ・ミー・ラブ」や「想い出のフォトグラフ」「ヒア・カムズ・ザ・サン」など耳になじんだ曲が多く、ファンならさらに楽しめるでしょう。デヴィッド・リーランド監督、1時間42分。
IMDb8.6、メタスコア82点、ロッテントマト75%(ユーザー)
▼観客3人(公開5日目の午後)

 今回公開されたのは高画質リマスター版。YouTubeには高画質版ではありませんが、フルサイズの映画がアップされています。
CONCERT FOR GEORGE Royal Albert Hall 2002

「赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。」

 青柳碧人の原作を「銀魂」シリーズなどの福田雄一監督が橋本環奈主演で映画化したNetflixオリジナル作品。原作は赤ずきんを探偵役にしたミステリーのようで、第2作「赤ずきん、ピノキオ拾って死体と出会う。」も出ています。

 赤ずきんが森の中でシンデレラと出会う。2人は魔法使いの力を借りて美しいドレスを身にまとい、カボチャの馬車でお城の舞踏会に向かうが、その途中、男をはねてしまう。男は国一番の美容師ハンス(加治将樹)。頭に傷があり、馬車にはねられる前に死んでいたことが分かる。午前0時、舞踏会から急いで帰る途中、シンデレラのガラスの靴は城の階段で脱げてしまい、翌日、王子様がシンデレラの元を訪れる。赤ずきんは推理を働かせ、ハンスを殺した犯人を突き止める。

 福田監督なので緩いユーモアがあるのは当然で佐藤二朗、ムロツヨシらおなじみの面々も出ています。橋本環奈をはじめ新木優子、山本美月、桐谷美玲、夏菜、若月佑美ら美人女優をそろえたのも監督の趣味なのでしょう。映画com2.8、Filmarks3.0、IMDb5.2と評価はさんざんですが、テレビで気楽に見る分には良いと思います。英語タイトルは“Once Upon a Crime”。

「火の鳥 エデンの宙」

 手塚治虫「火の鳥 望郷編」のアニメ化でディズニープラスが13日から全4話を一挙配信しています。ラストを変えた「火の鳥 エデンの花」が11月3日から劇場公開されます。昨年の「四畳半タイムマシンブルース」も同じ方式でしたが、あの時は毎週1話の更新でした。一挙配信ならば、4話に分ける必要はなかったんじゃないでしょうかね。

 それはともかく、話は原作と少し変えてあります。宇宙船で地球から逃げたロミ(宮沢りえ)と恋人のジョージ(窪塚洋介)は辺境の惑星エデン17に降り立つ。この星は水が乏しく、井戸を掘っていたジョージは地震による事故で死亡。1人残されたロミは妊娠しており、やがて息子のカインが生まれる。ロミは将来、カインを1人にしてしまうことを避けるため、13年間のコールドスリープを決意。しかし、装置の故障で1300年も眠り続けてしまう。目覚めると、エデン17は地球人とは異なる者たちが巨大な町を築いていた。

 原作でのコールドスリープは20年で、目的はカインとの間に子供を作り、人を増やしていくためでした。ところが、生まれたのは男の子ばかり。ロミは再度、コールドスリープし、目覚めた後は自分の孫との間に子供を作ろうとする、という展開。近親婚を繰り返すわけで、そういう描写を避けるための変更なのでしょう。

 後半、ロミが望郷の念に駆られて地球に帰還するのは原作と同じ展開ですが、地球の状況などはアニメの方が詳しく描いています。破綻はありませんが、全体としては平凡な出来。変更したラストを見るためだけに劇場に行くかどうかは微妙なところです。監督は「ムタフカズ」(2018年)などの西見祥示郎。STUDIO4℃制作。
IMDb7.7。英語タイトルは“Phoenix: Eden17”。