2020/06/22(月)「ウエスタン」と「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト」

 NHK-BSプレミアムが19日に「ウエスタン」を放映した。ところが、これ上映時間は2時間45分あった。ご存じのようにセルジオ・レオーネ監督の「ウエスタン」は1969年の日本公開時に2時間21分の短縮版が上映された。興行上の理由だろう。そして昨年9月、2時間45分のオリジナル版が「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト」のタイトルで「日本初公開」と銘打って劇場公開された。

 だから「ウエスタン」というタイトルならば、短縮版だろうと思い込んでいたのだ。考えてみれば、劇場公開時の短縮版にすぎないわけだから、テレビ放映やソフト化の際に短縮版を使う必要はないのだ。ちなみにアメリカの劇場公開版は日本版より4分長いそうだ。こういう時、配給会社が勝手にフィルムを切って良いのだろうか。それとも監督やプロデシューサーに短くするよう依頼するのだろうか。気になるところだ。

 映画はベルナルド・ベルトリッチとダリオ・アルジェントがストーリーの原案を書いていることと、ヘンリー・フォンダが珍しく悪役を演じているという注目点がある。ハーモニカを吹く謎のガンマン(チャールズ・ブロンソン)がフォンダ演じる極悪ガンマンのフランクを倒すのが本筋。これに鉄道工事を巡り、フランクに家族を殺されたジル(クラウディア・カルディナーレ)と、その冤罪を着せられたガンマンのシャイアン(ジェーソン・ロバーズ)が絡んでくる。はっきり言って、2時間ぐらいに収まりそうなストーリーなのだが、悠揚迫らぬタッチというのもレオーネ映画の魅力ではあるのだろう。

 映画を見始めて、タイトルが出ないことに気づいた。これはもしかして、と思ったら、やはり最後にタイトルが出た。クエンティン・タランティーノ監督は「この映画を見て映画監督になろうと思った」そうだから、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のタイトルがこの映画の影響を受けているように、タイトルの出し方も影響されたのだろう。もっとも、タランティーノの映画でタイトルが最後に出たのはとても効果的だった。シャロン・テート事件をまるでおとぎ話のような結末にした後に見せるこのタイトルは絶妙なのである。

 amazonでは「ウエスタン」のブルーレイが980円で販売されている。上映時間は166分で1分長いが、誤差の範囲内でしょう。


 それにしても、去年の劇場公開時の「日本初公開」はいかがなものか。あくまで「日本の劇場で初公開」でしょう。DVDやブルーレイ、動画配信サービスでは何年も前から完全版を見ることができていたのだから。

2020/06/08(月)「陽のあたる坂道」再見

 30年ほど前、NHK-BSで放送された石原裕次郎主演の「陽のあたる坂道」(1958年、田坂具隆監督)を見てとても感動した思い出がある。同じ原作の連続テレビドラマ(1965年、TBS)を断片的に見たことはあったが、ちゃんとした内容は知らず、映画で初めてどういう話か知ったのだった。近年、この映画のDVDは手に入りにくくなっていて、もう一度見るのは難しいかと思っていたら、Huluで配信されていた。ネットの評価を見ると、酷評している人もいる。僕の当時の見方が甘かったのかと思って再見してみた。個人的にはやはり胸を打たれる内容だった。

 二部構成で3時間29分の大作。女子大生の倉本たか子(北原三枝)が、坂道にある裕福な田代家の末っ子くみ子(芦川いずみ)の家庭教師になるところから始まる。田代家はくみ子と、優秀な長男で医大生の雄吉(小高雄二)、自由奔放な次男の信次(石原裕次郎)、出版社社長の父親(千田是也)、母親(轟夕起子)の5人家族だ。このうち信次だけ母親が違うことが分かってくる。雄吉もくみ子もそれを知っているが、表面上は皆、このことを話さない。たか子は青森出身で、アパートに一人暮らし。同じアパートに住む高木トミ子(山根寿子)、民夫(川地民夫)親子と家族のような付き合いだ。そしてトミ子が実は信次の母親であることが分かる。

 石坂洋次郎の原作は青春小説に分類されるらしいが、映画は家族の問題を中心に据えたホームドラマの側面が強い。監督の田坂具隆はそういう題材を得意にした人だから、これは当然の結果だろう。

 くみ子は足に障害があるが、それは子どもの頃にはしごから落ちた事故のためだった。その事故は雄吉の不注意に原因があったのだが、信次は兄をかばい、事故を自分のせいにしている。これに呼応する形で信次は、ファッションモデルの女を2度堕胎させたことをヤクザに脅されている雄吉の身代わりになる。信次は自分のこととして母親に告げるが、母親はそれが雄吉のしたことであることを見抜いている。長いが、2人の対話を引用する。

「私は頭の中で雄吉とお前をちゃんと入れ替えにして聞いてたのよ。あたしがどんなにみじめな気持ちで聞いてたか、お前には想像がつくと思うけど。お前がこんな割りの悪い役を引き受けたのは、また私たち親子に対する優越感に浸りたいためからだったんじゃないの?」
「ひどいよ、ママ。第一、そんな話は兄貴のいる時にしてくださいよ」
「雄吉はきっとどこかで飲んでますよ。いくら良心のない人間だって、あんなしらじらしいことを私にしゃべった後では、お酒でも飲まないとじっとしてられないでしょうからね」
「ねえ、ママ。ママはどうして僕と兄貴が嘘をついてるって感じたんです?」
「私の方こそ聞きたいくらいよ。どうしてお前たちはくみ子のけがの時と同じ型の嘘を思いついたのかしらね」
「そう言えば、ママだって同じじゃないか。嘘だと思ったら、なぜ兄貴のいる前ですぐあばいてあげなかった?」
「分かりましたよ、信次。お前はそれを私に教えてたのね。二度も同じ嘘芝居をしてみせたのは、私の立場を昔のくみ子の折と同じにしておいて、私から雄吉の嘘を暴かせようとしたのね、それがお前の意図だったのね」
「僕は何もそんな難しいこと考えちゃいないよ。ただ、ママは知ってたんだから、小さい時からその嘘を暴いていれば、兄貴はもっと違った人間になってたかもしれないって、ただそう思っただけだよ」
「そう、お前は私の一番痛いところを突いたわね。そうなのよ、信次。私にはそれができないの。……雄吉がああいう性格に育ったのは私がそうしたんだとも言えるんですからね。雄吉を暴いて批判することは、まるで自分で自分を暴くような気がするの。もしも仮に私が思いきって、あるいはお前にそそのかされて、雄吉を暴いたとしたら、雄吉はどうなるでしょう。雄吉は死ぬほど恥ずかしい思いをするんじゃないか、雄吉は生きていけるだろうか、そう思うと雄吉がかわいそうで、あの子が我慢して、すましたポーズでいるほどかわいそうで、私にはとても…」
「ママ、分かるよ」
「ねえ、信次、パパと私はお前たちが結婚しても2人だけで暮らすつもりだけど、もしパパが先にお亡くなりになったとして私一人で暮らして行けなくなったら、私はくみ子の家か、そうでなかったらお前の家で世話になろうと考えてるのよ。その時お前は私を入れてくれますか?」
「ああ、いいよ。ママもあんまり幸せじゃないんだな」
「お前、ほろりとした気分に騙されちゃダメよ。私、いつお前にひどいことをするか分からないんだからね。油断してると、酷い目に遭うよ」
「僕、油断しないよ、ママ」

 上映時間が長いだけに人物描写が細やかだ。石原裕次郎はアクション映画のイメージが強いのだが、こうした作品でもうまい俳優だったなと思う。貧しい暮らしを送ってきた実の母親と弟の描写にも胸に迫るものがある。北原三枝、芦川いずみも好演している。1958年度のキネマ旬報ベストテン11位。この年は1位「楢山節考」(木下恵介監督)、2位「隠し砦の三悪人」(黒澤明監督)、7位にはヴェネツィア国際映画祭金獅子賞の「無法松の一生」(稲垣浩監督、三船敏郎主演)と傑作が目白押しの年だった。

 「陽のあたる坂道」のDVDを探していて、「石原裕次郎シアター DVDコレクション」というシリーズがあるのを知った。朝日新聞出版が2017年7月から刊行を始めたもので、全93冊となるDVD付きムック。「陽のあたる坂道」は第3号に収録されていたが、既に古本しかない。