2023/03/05(日)「フェイブルマンズ」ほか(3月第1週のレビュー)

 スティーブン・スピルバーグの自伝的作品という先入観で「フェイブルマンズ」を見ると、どれが事実でどれがフィクションか気になるところですが、これは両親が離婚するフェイブルマン一家に起きる話ですし、それ以上に映像の魅力と魔力について言及した部分が印象に残る作品でした。

 父バート(ポール・ダノ)と母ミッツィ(ミシェル・ウィリアムズ)とともに「地上最大のショウ」(1952年、セシル・B・デミル監督)を見て映画の魅力に心を奪われたサミー・フェイブルマンが8ミリカメラで映像を撮り始める序盤は普通レベルの出だしです。成長したサミー(ガブリエル・ラベル)が撮影したフィルムを編集中に父親の親友ベニー(セス・ローゲン)と母親の親密な姿が映っているのを見つけて、2人の関係に気づく場面からの展開が秀逸です。

 サミーはそういう場面ばかりを集めたフィルムをクローゼットの中で母親に見せます。映像を見ているミシェル・ウィリアムズの演技はアカデミー主演女優賞ノミネートが納得できるうまさ。出てきた母親に対するサミーの態度も予想を超えるもので、見事なドラマだと思います。

 父親の転職に伴い、転校した高校でのユダヤ人差別の描写を経て、おサボりデー(映画の中ではDitch Dayと言ってますが、Skip Dayなどとも言うそうです)の様子を撮影したサミーのフィルムを見た2人の男子生徒が怒る場面も映像の力を思わせます。姑息で無様な様子を撮影された1人が怒るのは分かるんですが、もう一人、ユダヤ人差別グループのリーダー的存在だった生徒がバレーボールや走りで颯爽とした活躍を見せ、クラスメートから称賛されているのに怒る理由は理解が難しいです。たぶん彼の持つセルフイメージと実際の映像に大きな違いがあったのでしょう。映像は意図したものはもちろん映りますが、撮影時に意図しないものを映すこともあり、予想外の効果を上げることもあるわけです。

 母親が言う「すべての出来事には意味がある」「心のままに生きて」という言葉も含蓄のあるものでした。別にこの映画はスピルバーグのベストではありませんが、ドラマの作りと描写のうまさがやっぱり抜きん出ていることを痛感する作品でした。2時間31分。
IMDb7.6、メタスコア84点、ロッテントマト92%。
▼観客13人(公開2日目の午前)

「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」

 カオス、カオス、カオスさらにカオス、そして少しの家族愛。マルチバース(多元宇宙)を「マトリックス」風なタッチで取り入れた作品ですが、ほぼほぼギャグ&ジョーク集。SF味は意外に薄く、思索的な部分が物足りませんでした。全宇宙の危機を家族の危機と絡めたストーリーの底が浅いんです。混乱を突き詰め、目まぐるしい描写を徹底して重ねた斬新さは認めます。

 ミシェル・ヨーの起用はやはりアクションができることが大きな理由でしょう。キー・ホイ・クァンもクンフーアクションができるのが意外でした。気になったのは奇抜なメイクで登場するジェイミー・リー・カーティスのボテッとした腹。若い頃はあんなにスリムだったのに。これもメイクなのしれませんが。

 監督・脚本は「スイス・アーミー・マン」(2016年)のダニエル・クワンとダニエル・シャイナート。スイス・アーミー・ナイフのようにいろんなことができる死体を描いた「スイス・アーミー・マン」は漫画的な展開でしたが、この映画もそういう作りです。2時間19分。
IMDb8.0、メタスコア81点、ロッテントマト95%。
▼観客12人(公開初日の午前)

「FALL フォール」

 見る前は「高所の恐怖を描いただけの映画でしょ」と舐めた考えでしたが、意外に良い出来で嬉しい驚きでした。

 冒頭に描かれるのは絶壁でフリークライミング中の3人の男女。ベッキー(グレイス・フルトン)と夫のダン(メイソン・グッディング)、親友のハンター(ヴァージニア・ガードナー)で、ダンはふとしたことから落下して死んでしまう。それから1年、最愛の夫の死から立ち直れないベッキーは酒に逃避していた。そこに世界各地の危険な場所で動画を撮影してきたハンターが訪れ、地上600メートルの鉄塔に登る計画を提案する。無事に登り切ったものの、降りようとしたところで梯子が壊れ、2人は鉄塔のてっぺんに取り残されてしまう。携帯の電波は届かない。食料もない。ハゲタカが襲ってくる。絶望的状況の中で助けを求めるにはどうすれば良いのか。

 主人公が失意に陥り、飲んだくれた状態から復活を果たすのは冒険小説の常套的展開。ジャンルとしてはスリラー、サスペンスに分類されるのでしょうが、個人的に一番しっくりくるのはサバイバルもので、極限状況からのサバイバルを描いて、これは記憶すべき作品になってます。

 感心したのは「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」(2013年、アン・リー監督)を彷彿させる終盤のある仕掛け。舞台が限定されているため展開が制限され、思索的な部分では「ライフ・オブ・パイ」に及びませんが、ストーリーの工夫は褒めたいところです。スコット・マン監督。1時間46分。
IMDb6.4、メタスコア62点、ロッテントマト79%。
▼観客6人(公開初日の午後)

「ヒトラーのための虐殺会議」

 1100万人のユダヤ人の最終解決手段を話し合ったナチスのヴァンゼー会議を描いたドイツ映画。慄然とするのは効率を追求した処分の仕方ですが、ドイツ人とユダヤ人の混血をどうするかという議論になって「おっ」と思います。2分の1の混血も4分の1の混血も殺さずに残すべきだという発言があるからです。ヒューマンな視点からの発言かと思えば、ドイツにとって有用な人材が多いという理由でしかなく、子孫を残させないためにある提案をします。「これならユダヤ人も受け入れるでしょう」。殺されるよりはましですから、確かにそうなるのでしょうけど、残酷極まりない方法でした。

 ガス室の使用も効率を重視したためと、銃殺では子供や女性に銃を向けるドイツ兵の精神的負担が大きいという理由から。「サウルの息子」(2015年、ネメシュ・ラースロー監督)で描かれたようにガス室の死体はユダヤ人に処分させ、そのユダヤ人もいずれ処分するという方式がこの会議で出来上がっていきます。見ていてだんだん、心が冷えてくる作品。1時間52分。
IMDb7.4、ロッテントマト100%(アメリカでは未公開)。
▼観客4人(公開5日目の午前)

「湯道」

 「おくりびと」(2008年、滝田洋二郎監督)の小山薫堂脚本なので悪い出来ではありません。予告編ではナンセンスギャグみたいな内容かと思われましたが、実家の銭湯「まるきん温泉」を経営する弟(濱田岳)と金に困って帰ってきた建築家の兄(生田斗真)をメインに展開する物語は真っ当でした。

 アイデアをあと一つ二つ盛り込めば、もっと面白くなったのではないかと思います。橋本環奈は役の理解が深いのか、「銀魂」よりも「バイオレンスアクション」よりも良い演技を見せています。監督は「マスカレード・ホテル」「劇場版ラジエーションハウス」などの鈴木雅之。2時間7分。
▼観客30人ぐらい(公開6日目の午後)

2023/02/26(日)「BLUE GIANT」ほか(2月第4週のレビュー)

 「BLUE GIANT」は石塚真一のコミックのアニメ映画化。世界一のジャズプレーヤーを目指してテナーサックスに打ち込む宮本大(山田裕貴)は仙台の高校を卒業して上京。ピアニストの沢辺雪祈(間宮祥太朗)、ドラムを始めた同級生の玉田俊二(岡山天音)とバンドJASSを結成し、日本最高のジャズクラブ「So Blue」出演を目指す。

 原作コミックの連載は少年ジャンプではありませんが、努力・友情・勝利の方程式にジャズの魅力を振りかけたような仕上がり。ひたむきに目標を追う3人を描いたストーリー展開の熱さがジャズファンを超えて広い支持を集めている理由でしょう。ストレートな青春映画だと思います。

 演奏シーンはパフォーマンスキャプチャーとCGで構成していて、演奏に違和感はありませんが、他のシーンとの絵の違いが少し気にはなりました。右手に重傷を負った雪祈が左手だけで演奏に参加する感動的なJASSのラストライブは原作とは異なる展開とのこと。

 音楽は世界的ピアニストの上原ひろみが担当。「ジャズを聴いたことのない人にも耳に残る楽曲を」との要請があり、それを意識して作ったそうです。映画のオリジナル曲はYouTubeの上原ひろみチャンネルで聴けます。メイン楽曲の「First Note」も良いですが、5曲目の「Ambition」がしみじみとロマンを感じて好きです。



 監督の立川譲はマッドハウス出身。テレビアニメ「モブサイコ100」(2016年)で総監督、映画「名探偵コナン ゼロの執行人」(2018年)で監督。4月公開の最新作「名探偵コナン 黒鉄の魚影」でも監督を務めています。2時間。
▼観客14人(公開4日目の午前)

「あつい胸さわぎ」

 演劇ユニットiakuの横山拓也が作・演出を務めた舞台を映画化。若年性乳がんと恋愛に悩む母娘の日常を、ユーモアを交えて描いて充実した作品になっています。

 港町の古い一軒家に暮らす武藤千夏(吉田美月喜)と母の昭子(常盤貴子)。芸大に合格した千夏は授業で出された創作課題に初恋の相手、光輝(奥平大兼)への想いを綴っている。母の昭子も職場に課長として赴任してきた木村(三浦誠己)の人柄に惹かれるようになる。ある日、昭子は千夏の部屋で“乳がん検診の再検査”の通知を見つける。再検査の結果、千夏は初期乳がんであることが分かる。

 まだ男と交際したことのない千夏にとって、乳がんで胸の一部を切除するのは大きな問題で、「男の人に触られるってどういうこと」「胸がなくなっても恋愛できるかな」と悩みます。といっても、よくある闘病ものにはなりません。乳がんだけでなく、日常のさまざまな問題を入れつつ、笑いを忘れない作りにとても好感が持てました。

 吉田美月喜は目力が強く、映画初主演とは思えない好演。関西弁の常盤貴子は母親役がぴったりで、受けない駄洒落や親父ギャグを繰り出す鈴木に対して「毎日すべり倒して、よう心折れませんねえ」と言う場面など最高でした。エキセントリックでクセのある役が多かった前田敦子もこの映画では大人の女の魅力を感じさせて実に良いです。

 脚色は「朝が来る」(2020年)、「仮面ライダーBLACK SUN」(2022年)などの高橋泉。まつむらしんご監督。1時間33分。
▼観客2人(公開初日の午前)

「シャイロックの子供たち」

 池井戸潤の同名小説を本木克英監督が映画化。東京第一銀行の支店で、100万円が紛失する。お客様係の西木(阿部サダヲ)は同じ支店で働く北川(上戸彩)、営業の田端(玉森裕太)とともに、事件の真相を探っていく。100万円紛失騒動と同時に、出世コースから外れた支店長・九条(柳葉敏郎)、パワハラ気質の副支店長・古川(杉本哲太)、過去の客にたかられているエースの滝野(佐藤隆太)、本店検査部から調査に訪れる嫌われ者の黒田(佐々木蔵之介)らの話が描かれる。

 見ている間は面白かったんですが、いくらなんでもこの支店、問題行動のある行員が多すぎです。巨額の借金を背負っているのが1人、過去に業者から1000万円受け取ったのが1人(公務員じゃないので犯罪ではありませんが、モラルは問われます)、意図的に不正行為に手を染めているのが1人、同僚に罪をなすりつけようとするのが1人、ノルマに追われて精神的におかしくなるのが1人。このあたりの描写のリアリティーに疑問を感じました。

 原作は連作短編10話から成り、支店の人物の家庭環境など背景まで含めて詳細に描いています。映画は原作の設定を踏まえたオリジナルストーリー。昨年10月に放送されたWOWOWのドラマでは西木を井ノ原快彦、北川を西野七瀬が演じました。どの話を採用するかが脚色のポイントですが、映画もドラマも中心になる話は同じ。ただ、展開は大きく異なります。2006年に出た原作をなぜ今ごろ、同時期に映像化したのか謎です。2時間1分。
▼観客40人ぐらい(公開5日目の午前)

「エンパイア・オブ・ライト」

 イギリスの海辺の映画館エンパイア劇場を舞台にしたヒューマン・ラブストーリー。1980年から81年にかけての物語で、劇場のマネージャー、ヒラリー(オリヴィア・コールマン)が主人公。アカデミー撮影賞にノミネートされています。

 辛い過去の経験から人とのかかわりを避け、心に闇を抱えているヒラリー。ある日、黒人青年スティーヴン(マイケル・ウォード)が劇場で働き始める。若くて前向きなスティーヴンに、ヒラリーは惹かれていく。

 この2人のラブストーリーだけでなく、当時激しかった人種差別なども描いていますが、題材を盛り込みすぎた印象。コールマンは今回も絶妙の演技を見せているものの(評価されやすい役柄ではあります)、アカデミー主演女優賞候補となった「ロスト・ドーター」(2021年、マギー・ギレンホール監督)での演技には及ばないと思いました。サム・メンデス監督、1時間55分。

 日本の評論家は高く評価する人が多いようですが、アメリカではIMDb6.6、メタスコア54点、ロッテントマト44%と悪い評価が大勢を占めています。
▼観客8人(公開初日の午前)

「アントマン&ワスプ クアントマニア」

 身体サイズを自在に変えられる「アントマン」の第3作。この作品からMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)のフェーズ5に入るそうです。

 量子世界に引きずり込まれたアントマン(ポール・ラッド)とワスプことホープ(エヴァンジェン・リリー)、娘のキャシー(キャスリン・ニュートン)、ワスプの両親(マイケル・ダグラス、ミシェル・ファイファー)。そこは征服者カーン(ジョナサン・メジャーズ)によって支配されていた。アントマンたちは邪悪なカーンに立ち向かい、元の世界に帰ろうとする。

 前半は「スター・ウォーズ」を思わせる展開ですが、今一つ盛り上がりに欠けました。時間とマルチバースを行き来できるカーンの能力はサノスを上回り、ミッドクレジットにあるシーンで絶望的な気分になります。

 エンドクレジットの後に登場するのはディズニープラスのドラマ「ロキ」の主人公でソーの弟であるロキ(トム・ヒドルストン)と、時間変異取締局(TVA)のメビウス(オーウェン・ウィルソン)。「ロキ」のシーズン1最終話にカーンは「在り続ける者」として登場しました。

 前作までのアビー・ライダー・フォートソンに代わってキャシーを演じるキャスリン・ニュートンは「ザ・スイッチ」(2020年)の主演女優。ペイトン・リード監督、2時間5分。
IMDb6.6、メタスコア48点、ロッテントマト48%。
▼観客20人ぐらい(公開6日目の午前)

「ちひろさん」

 安田弘之のコミックを今泉力哉監督が映画化したNetflix作品。元風俗嬢で今は弁当店で働くちひろ(有村架純)と、悩みを抱えた人や心に傷を持つ人たちとの緩やかな交流を描いています。大きな事件は起きず、何と言うことはないストーリーですが、ほっこりした気分になる映画です。

 有村架純は原作のちひろさんのイメージを損なうどころか大幅にアップしていて、ファンとしては有村架純を見るだけで十分な作品になってます。

 英語タイトルはCall Me Chihiro。これは「良かったら、ちひろって呼んでください」という場面があるからでしょう。2時間11分。IMDb6.6。

2023/02/19(日)「別れる決心」ほか(2月第3週のレビュー)

 「別れる決心」はカンヌ国際映画祭監督賞を受賞したパク・チャヌク監督作品。岩山の頂上から転落死した男の妻ソレ(タン・ウェイ)が容疑者となり、取り調べる刑事ヘジュン(パク・ヘイル)が徐々にソレに惹かれていくサスペンスロマンです。週刊文春のレビューで芝山幹郎さんが「名作『めまい』を換骨奪胎」と書いていたので期待は大きかったんですが、僕にとっての生涯ベスト級であるヒッチコック「めまい」(1958年)に比べると、いやいや全然及びませんでした。

 タン・ウェイは「めまい」のキム・ノヴァクに匹敵するほどではないものの「ラスト、コーション」(2007年、アン・リー監督)の時よりも魅力的なんですが、パク・ヘイルはジェームズ・スチュアートに比べるべくもありません。刑事が容疑者に惹かれていく展開は「めまい」より「氷の微笑」(1992年、ポール・バーホーベン監督)を思い出しますが、タン・ウェイはシャロン・ストーンのような冷たい悪女とは違います。映画の終盤にプロット上の弱さを感じたのはそれが一因にもなっていて、パク・チャヌクは基本的に女性に優しい監督なのでしょう。

 「あなたが『愛している』と言った時から私はあなたを愛するようになった」とソレは言います。ヘジュンは「愛している」なんて言った覚えはありません。それが何のことなのか思い至った時、ソレの気持ちが初めてヘジュンには分かります。観客にもソレがどういう女なのか分かります。終盤のこの描写はとても良いと思いました。

 パク・チャヌクの前作「お嬢さん」(2016年)はR-18の描写を入れながらもしっかりしたミステリーでした。サラ・ウォーターズ「荊の城」が原作だったので当たり前です。今回は原作のないオリジナルで、脚本の詰めの甘さを感じました。2時間18分。
IMDb7.3、メタスコア84点、ロッテントマト93%。
▼観客12人(公開初日の午前)

「エゴイスト」

 高山真の原作を松永大司監督が映画化。東京でファッション誌の編集者として働く浩輔(鈴木亮平)は、パーソナルトレーナーの龍太(宮沢氷魚)に出会い、お互いに強く惹かれ合う。幸せな時間を過ごす2人だったが、ある日、龍太は「もう終わりにしたい」と突然、浩輔に告げる。病弱な母親(阿川佐和子)と狭いアパートで暮らす龍太にはある秘密があった。

 僕はホモフォビアではありませんが、男同士が愛する姿よりは男女の愛する姿の方を見たいと思っていて、この映画を見ることには少し不安もありました。そんな僕でも納得できる男と男のラブストーリーが前半に描かれます。映画の中で「あなたにとって大切な人なら、男でも女でもいいじゃない」と阿川佐和子は宮沢氷魚に言いますが、まさしくそんな感じ。

 ただ、最もドラマティックなことは前半で終わってしまい、後半は長い長い蛇足に思えました。長さの割にドラマが薄くなるのが残念です。

 演技の虫の鈴木亮平はゲイの仕草を徹底的に勉強したようで、非常にリアルにゲイを演じています。宮沢氷魚の儚さも良いです。2時間。
▼観客17人(公開7日目の午後)ほとんど女性客。後半に泣いてる人もいましたが、前半の号泣展開を引きずったんじゃないでしょうか。

「SHE SAID シー・セッド その名を暴け」

 ハリウッドの大物プロデューサーだったハーヴェイ・ワインスタイン(映画の中ではみんなハーヴィー・ワインスティンと発音してます)の卑劣なセクハラを暴き、#MeToo運動の先駆けとなったニューヨークタイムズのスクープを映画化。女性記者2人が地道な調査報道でワインスタインを追い詰める姿を描いています。

 事実を積み重ね、記事を補強するためにオンレコの証言を入れる努力をしていく記者の姿は真っ当なものです。映画の作りもこの記事の作りと同様、正直に描写を積み重ねていて僕は傑作だと思いました。ただ、記者を演じるゾーイ・カザンとキャリー・マリガンのカッコ良さと魅力をもってしても、地味な作りであることは否めません。アメリカでの批評が絶賛とまではいかないのはドラマの希薄さが影響しているのでしょう(中には序盤のトランプ批判を快く思わない人もいるかもしれません)。

 こうした記者を描く映画を見ていつも思うのは、記者がいくら優秀であっても口を開いてくれる人がいなければ、影響力のある優れた記事は書けないということです。この映画でも勇気を持ってセクハラの詳細を語った被害女性たちこそが事態を打開した本当の貢献者と言えるでしょう。女優のアシュレイ・ジャッドは名前を記事に使うことを許し、本人役で登場しています。

 監督はドイツ生まれの女優で「アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド」(2021年)などのマリア・シュラーダー。2時間9分。
IMDb7.2、メタスコア74点、ロッテントマト88%。
▼観客11人(公開2日目の午後)

「バビロン」

 芳しくない評価がほとんどで期待値が低かったこともあって、予想より面白かったです。狂騒的なパーティーを描いた最初の1時間は長すぎで、ここを20分ぐらいにまとめれば、もう少し引き締まった作品になったのではないかと思います。

 映画製作を目指すマニー(ディエゴ・カルバ)と女優志望のネリー(マーゴット・ロビー)を中心に、サイレントからトーキーに変わる1920年代のハリウッドを描いています。ディエゴ・カルバの存在感が薄いことと、同じ1920年代を描いていることから序盤は「グレート・ギャツビー」を想起しました。

 印象的なのはブラッド・ピットの役柄で、サイレントからトーキーに変わる過程で落ちぶれていくスターなんですが、別に声が悪いわけでも演技が下手なわけでもありません。それなのに真面目に演じているシーンで観客はピットを見て嗤います。なぜかと思ったら、本人にはいかんともしがたい理由を告げられます。このピットに代表されるように、映画は「時代は変わる」こと、その厳しさ切なさを描いて悪くないと思いました。

 劇中でも引用されていますが、サイレントからトーキーへの変更期の混乱は「雨に唄えば」(1952年)という楽しくて偉大な作品がありますから、あれを上回るような気概と工夫が欲しいところではありました。3時間9分。
IMDb7.4、メタスコア60点、ロッテントマト56%。
▼観客5人(公開4日目の午後)

「ブロンド」

 アナ・デ・アルマスがマリリン・モンローを演じてアカデミー主演女優賞候補となったNetflix作品。評判がすこぶる悪いので見るのを躊躇していましたが、アルマスが良いことだけを期待して見ました。監督は「ジャッキー・コーガン」(2012年)などのアンドリュー・ドミニク。

 ジョイス・キャロル・オーツの原作はフィクションなので、事実と違う箇所も相当数あるのでしょう。モンローの不幸な生い立ちを強調し、ファザコン気味にまとめた感じの作品になっています。Wikipediaによると、モンローの父親がDNA鑑定で判明したのは、なんと2022年とのこと。生前、モンローは父親を強く求めながらも、本当の父親を知らなかったわけです。

 映画は予想ほどメタメタではありませんでしたが、モンローの出演作品への評価がほぼなく、セクシーでキュートなモンローの魅力を少しも伝えていませんし、アルマスを無駄に脱がせています。終盤のまとめ方もうまくありません。何より2時間47分も暗い展開を見せられると、気分が下がります。

 アルマスは外見だけでなく、話し方もモンローに似せていますが、作品の出来が良くないので主演女優賞は難しいでしょう。ある程度、モンローの生涯について知らないと、モンローと結婚する2人の男の素性が分からないのではないかと思いました。
IMDb5.5、メタスコア50点、ロッテントマト42%。

 Huluは今月からアナ・デ・アルマスが出ている2本の旧作を配信しています。「セックスとパーティーと嘘」(2009年、IMDb3.9、「灼熱の肌」のタイトルでDVDあり)と「カリブの白い薔薇」(2005年、IMDb5.3)で、どちらも日本では劇場公開されていません。IMDbのこの評価の低さではしょうがないですね。

2023/02/12(日)「モリコーネ 映画が恋した音楽家」ほか(2月2第週のレビュー)

 「モリコーネ 映画が恋した音楽家」は映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネ(2020年、91歳で死去)のドキュメンタリー。監督は「ニュー・シネマ・パラダイス」(1988年)以来、モリコーネに音楽を依頼してきたジュゼッペ・トルナトーレ。

 父親からトランペットを習ったモリコーネがトランペット奏者を経て映画音楽を手がけるようになり、マカロニウエスタンから芸術映画まで幅広い映画音楽を担当して、巨匠になっていく過程を詳細に描いています。序盤はやや退屈ですが、セルジオ・レオーネ監督「荒野の用心棒」(1964年、監督クレジットはレオーネの変名ボブ・ロバートソン)の音楽を手がけるあたりから面白くなりました。レオーネとモリコーネは小学校の同級生とのこと。

 モリコーネの音楽が素晴らしいのは今さら強調するまでもなく、「荒野の用心棒」の口笛は画期的でしたし、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(1984年)はロマンティックで哀愁を帯びた名曲でした。モリコーネの音楽によって映画の面白さが2、3割アップしているのではないでしょうかね。

 クラシック音楽方面の人たちからは一段低く見られてきたモリコーネがクラシックでも優れた作品を発表し、評価を得ていくあたりは痛快です。アカデミー賞では2007年の名誉賞を経て、6度目のノミネート「ヘイトフル・エイト」(2015年)で受賞したことを描くのも構成としては良いでしょう。次から次に傑作・名作映画の音楽が流れるので、映画ファンにはたまらない作品です。

 ただ、それはモリコーネが素晴らしいからで、監督のトルナトーレの手腕が優れているからではありません。ドキュメンタリー映画の場合、題材そのものが面白ければ、自然と映画も面白くなり、監督の手腕を見分けるのは難しくなります。中盤以降は長さ単調さを感じる場面もあり、メタスコアの点数が低いのはそのあたりが影響しているのではないかと思いました。2時間37分。
IMDb8.3、メタスコア69点、ロッテントマト100%。
▼観客7人(公開初日の午前)

「チョコレートな人々」

 ドキュメンタリーで続けます。「チョコレートな人々」は東海テレビ制作で愛知県に本店がある久遠チョコレートを描いた作品。テレビ版は2021年の日本民間放送連盟賞テレビ部門グランプリを受賞したそうです。

 久遠チョコレートは全国に52の拠点があり、従業員570人のうち、約6割が障害者。代表の夏目浩次さんは障害者の賃金があまりにも低いことにショックを受け、2003年、26歳の時に障害のあるスタッフとパン屋を始めます。愛知県の最低賃金と同じ賃金を掲げますが、パンはその日のうちに売り切らなければ、廃棄処分になるなど利益が薄く、夏目さんは個人で1000万円の借金を抱えました。10年後、チョコレートに出会い、作業工程を細かく分けて分担することで障害者にできるよう仕事を工夫。今では障害者だけでなく、シングルペアレントや親の介護を行う人たち、性的少数者の人たちなどが働きやすい職場になっています。

 劇中、「チョコレートは失敗しても、温めれば何度でもやり直せる」という言葉が繰り返されます。それはチョコレートの特性であると同時に、久遠チョコレートの信念でもあるのでしょう。出来ないからといって排除するのではなく、どうすればできるかを考える。この方針に沿って、重度障害者のためチョコレートに混ぜるお茶やフルーツを加工するパウダーラボも作りました。つや出しのための植物性油脂などは使わず、カカオだけでじっくり仕上げる久遠チョコレートは質的にも高い評価を受けるに至りました。

 残念ながら、うまく働けなかった人もいます。決して順調とは言えないけれど、さまざまな問題を一つ一つ解決して前進していく様子には頭が下がります。映画を見ていると、久遠チョコレートをたくさん買いたくなります。1時間42分。
▼観客5人(公開7日目の午前)

「仕掛人・藤枝梅安」

 藤枝梅安というとテレビシリーズ「必殺仕掛人」(1972年、全33話)の緒形拳のイメージが強いです。緒形拳は当時35歳(原作の梅安も35歳)。今回の豊川悦司は60歳ですから、緒方梅安のようなエネルギッシュさはありません。しかし、原作の梅安は「六尺に近い大きな躰」の男なので体格的には合っています。

 池波正太郎の「仕掛人・藤枝梅安」シリーズを2部作として映画化。第1部となる今回はシリーズ第1作「殺しの四人」所収の「おんなごろし」の映画化で、「時代劇専門チャンネル開局25周年記念」、「池波正太郎生誕100年企画」と銘打ってあります。脚本は大森寿美男、監督は同チャンネル開局20周年記念映画「雨の首ふり坂」(2017年)も撮った河毛俊作。

 原作は短編なので、細部を膨らませ、エピソードを加え、情感を高めて映画化してあり、悪くありません。悪女おみのを演じる天海祐希がこんなに色っぽかったのは(元々、健康的な人なので)、「狗神 INUGAMI」(2001年、原田眞人監督)以来じゃないでしょうかね。梅安の相棒・彦次郎を演じる片岡愛之助、料亭の仲居役・菅野美穂も好演しています。光と影を効果的に使った河毛監督の演出は安定していて手慣れた感じがします。川井憲次が担当した音楽も良いです。

 ちなみにこの話、テレビシリーズでは第23話「おんな殺し」に当たり、おみの役を加賀まりこが演じました。エンドクレジットを見ていたら、予告編制作は樋口真嗣監督でした。2時間14分。第2作は4月公開。
▼観客15人(公開4日目の午後)

「パーフェクト・ドライバー 成功確率100%の女」

 リュック・ベッソン監督の「レオン」(1994年)はジョン・カサベテス「グロリア」(1980年)をうまく換骨奪胎した傑作でしたが、「パーフェクト・ドライバー 成功確率100%の女」は両方のプロットのいいとこ取り(例えば、刑事が悪役だったり、ラストがああなったり)で映画化してあります。ところが、両作には到底及ばないB級アクションにとどまっています。端的に監督の力量の違いなのでしょう。

 主人公のウナ(パク・ソダム)は「ザ・ドライバー」(1978年、ウォルター・ヒル監督)や「ベイビー・ドライバー」(2017年、エドガー・ライト監督)のようなランナウェイ・ドライバーではなく、ワケありの荷物を届ける特殊配送会社のドライバー。300億ウォンが入った貸金庫の鍵を持ち逃げした野球賭博のブローカーとその息子ソウォン(チョン・ヒョンジュン)を船まで運ぶ仕事を請け負うが、父親は賭博の元締めの刑事から殺され、息子だけが車に乗り込む。ウナは追ってくる悪徳刑事たちを振り切れるのか。

 このタイトルならクライマックスはカーアクションかと思いきや、格闘アクションになるのが残念。原題は「特送」、英題は「Special Delivery」で、邦題はもう少し考えた方が良かったと思います。主人公は格闘も強いんですが、その理由を付け加えたかったところ。監督はパク・デミン。1時間49分。
IMDb6.4、ロッテントマト(ユーザー)80%。
▼観客5人(公開5日目の午後)

「アルゼンチン1985 歴史を変えた裁判」

 アカデミー国際長編映画賞候補で、1985年にアルゼンチンで実際に行われた軍事独裁政権に対する裁判を基にした作品。クーデターで発足したアルゼンチンの軍事政権は国民に過剰な弾圧を行った。ストラセラ検事たちは限られた準備時間の中で、脅しや困難に屈せず、軍事政権幹部らの責任を追及していく。

 最初はとっつきにくいかなと思いましたが、主人公の検事が経験の少ない副検事や若者たちと裁判の準備を進めるあたりから面白くなり、裁判での証言に胸を揺さぶられるような場面が続きます。アルゼンチンでは軍の弾圧によって3万人が行方不明と言われており、拉致・拷問・殺害を行った軍部にフツフツと怒りが湧いてきます。同時に軍事政権に限らず独裁体制はろくなことにはならないということを改めて痛感させられました。

 その軍事政権が倒れたのは1982年のフォークランド紛争がきっかけとのこと。サンティアゴ・ミトレ監督。2時間20分。amazonプライムビデオで配信中。
IMDb7.7,メタスコア78点、ロッテントマト95%。

「ジェイコブと海の怪物」

 アカデミー長編アニメ映画賞候補。怪物と言うよりは怪獣と言った方がふさわしい海の巨大生物を巡る物語。非常にきれいな3DCGアニメです。物語も真っ当で、海の怪物レッドの真意を知った主人公ジェイコブと少女メイジーが長年続く怪物と人間たちとの戦いに終止符を打とうと奔走します。

 ただ、今回の長編アニメ映画賞候補は「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」をはじめ傑作ぞろいなので受賞は難しいと思います。Netflixで昨年7月から配信されていて、監督は「ベイマックス」(2014年)のクリス・ウィリアムズ。1時間55分。
IMDb7.1、メタスコア74点、ロッテントマト94%。

2023/02/05(日)「ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦」ほか(2月第1週のレビュー)

 「ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦」はアカデミー長編ドキュメンタリー賞ノミネート作品。フランスの火山学者モーリス&カティア・クラフト夫妻の生涯を描いていて、ディズニープラスが配信しています。

 2人が火山の観察中に死んだことは事前情報として知っていました。火口の近くや溶岩流のそばに行って観察し、硫酸の溶けた湖でボートに乗るなど危険な場所で活動する夫婦なので、きっと日本にも火山観察に来てるんだろうなとぼんやり思ってましたが、2人は確かに日本に来てました。あの雲仙普賢岳に。

 1991年6月3日、普賢岳の大火砕流の犠牲者43人の中にこの2人は含まれていました(映画は最後に43人への献辞が出ます)。知りませんでした。いや、犠牲者に外国人がいたのは知っていましたが、この夫妻だったとは。

 2人が普賢岳に行ったのは火山災害に対応を取らない政府を動かすには映画で見せるのが有効と判断し、世界各地の危険な火山の映像を撮影していたからです。その契機となったのは1985年、死者・行方不明者2万2000人以上を記録したコロンビアのネバド・デル・ルイス火山の大噴火でした。以来2人は犠牲者を出さないための活動に尽力していました。

 火山の観測には予測できない危険が伴います。1980年のセント・ヘレンズ火山の大規模噴火では10キロ離れた場所で観測していた科学者が命を落としたそうです。普賢岳で亡くなった人たちの多くも山頂から4キロほど離れたところにいて、まさかここまで被害が及ぶとは考えていなかったでしょう。この夫妻もそうだったわけです。見終わって粛然とした気持ちにならざるを得ません。

 見る価値が大いにある傑作だと思います。セーラ・ドーサ監督。ナショナルジオグラフィック作品。1時間38分。
 IMDb7.6、メタスコア83点、ロッテントマト98%。

 NHKはこの夫妻を描いたドラマ「カティアとモーリス 雲仙・普賢岳 火砕流に挑んだ夫婦」(2011年)を国際共同制作していますが、残念ながらNHKオンデマンドでは配信していません。

「金の国 水の国」

 岩本ナオの原作コミックを渡邉こと乃監督が映画化。激しく敵対する2つの国の物語で、商業が発達した金の国アルハミトの93番目の王女サーラと、豊かな水と緑に恵まれるものの、貧しい水の国バイカリの建築士ナランバヤルが出会い、一緒に戦争を食い止めようとする話。

 よくできた童話のような感触がありますが、子供だけでなく、大人も心を動かされる佳作だと思いました。ポリコレ的なのが特徴で、サーラは一般的な美しい王女ではなく、敵の国王から「0.1トンはありそうな」と陰口をたたかれる容姿です。だからナランバヤルが惹かれたのは内面的な美しさと優しさ純粋さで、その点でサーラは外見が美しい姉たちよりはるかに好ましい女性です。

 原作は2017年版の「この漫画がすごい!」オンナ編1位となったそうです。原作のA国、B国を映画ではアルミハト、バイカリとしています。サーラの声を浜辺美波、ナランヤバルの声は賀来賢人が担当。1時間57分。
▼観客3人(公開4日目の午後)

「離ればなれになっても」

 40年間にわたる男3人と女1人の浮き沈みのドラマを描くイタリア映画。原題Gli anni piu belliは「最高の年」の意味だそうです。

 1982年のローマで16歳のジェンマは同級生のパオロと恋におちる。彼の親友ジュリオとリッカルドと共に、弾けるような楽しい時を過ごすが、母親が亡くなり、ジェンマはナポリの伯母に引き取られることになる。という風にパオロとジェンマが離ればなれになるのはまだ序盤。この2人のラブストーリーかと思ったら、4人のさまざまな人生模様が描かれていきます。

 といっても、かなり通俗的なタッチで、ノスタルジーとは無縁。いや、40年間の時代の諸相も点描されるのでイタリア人ならノスタルジーを感じるのかもしれません。2時間15分。
IMDb6.6。アメリカでは公開されていないようです。
▼観客5人(公開5日目の午後)

「そばかす」

 アロマンティック・アセクシュアルの女性を主人公にした作品。生きにくさについての映画でもあると思います。結婚して子供を産んで、というのが女性の幸せと一般的に思われている社会において、主人公の蘇畑佳純(三浦透子)は恋愛感情がないことをいちいち説明しなくちゃいけないからです。アロマンティックは同性愛者よりも少数派でしょうから、説明しても理解されにくい状況に置かれていて、主人公はそうしたことに面倒臭さ、生きにくさを感じているように思えました。

 それを打開するのは理解してくれる人、同じ境遇にある人の存在なわけで、映画もそういう展開になっていきます。

 原作・脚本はゲイの2人と子供との生活を描いた「his」(2020年、今泉力哉監督)のアサダアツシ。監督は玉田真也。うまいところもうまくいっていないところもありますが、主人公の周囲の人たちのように観客の多くもアロマンティックを知らないでしょうから、啓発の意味は大きいと思います。

 と書くと、真面目一方の映画と誤解されそうですが、主人公一家の食事シーンでの言い争いはテーマと一体となって面白く、もう少し長くても良かったのでは、と思いました。主人公の友人に前田敦子、妹に伊藤万理華。1時間44分。
▼観客5人(公開初日の午後)

「レジェンド&バタフライ」

 東映70周年記念映画として時代劇、しかも信長を企画したのは会社の方で、大友啓史監督は「これほどの座組なのに、信長かよ」と思いながら引き受けたそうです。大友監督に依頼するなら「るろうに剣心」のようなチャンバラの方が良かったのではないかと思います。

 脚本を書いた古沢良太は大河ドラマ「どうする家康」が放送中ですが、最初に上がった脚本はコメディー寄りの内容だったとか。「コンフィデンスマンJP」シリーズの古沢良太ですから当然そうなるでしょうし、そういう信長を見たかったとも思いますが、70周年記念の大作にコメディーはふさわしくないと思う人もいるでしょう。

 というわけで濃姫(綾瀬はるか)の役割を大きくしてはあっても、信長(木村拓哉)の在り方は従来作品から大きく逸脱しない話になっています。2時間48分の上映時間は信長の十代から本能寺の変までを描くために必要だったのでしょうが、多くのテレビドラマや映画で見てきた信長の一生をダイジェスト的に見せられている感が拭えませんでした。予算の関係からか大がかりな合戦シーンが少ない(合戦が終わった後を見せる)のも残念。
▼女性客中心に多数(公開7日目の午前)

「マーサ・ミッチェル 誰も信じなかった告発」

 アカデミー短編ドキュメンタリー賞候補。Netflixの説明を引用すると、「ウォーターゲート事件の闇に警鐘を鳴らした、ニクソン政権の司法長官の妻マーサ・ミッチェル。信念を貫いた彼女の姿と、口封じを図った政権の隠ぺい工作に迫る」。50年前の事件のことを描かれてもなあとの思いもありますが、ウォーターゲート事件をリアルタイムで知っている人の方がもはや少数派でしょうから、50年だからこその企画なのかもしれません。

 マーサは夫のジョン・ミッチェルをはじめニクソン政権の不正を訴えますが、病人扱いされて信用されません。後に彼女の言っていたことは事実であることが分かります。このプロセスから1988年に「マーサ・ミッチェル効果」という心理学用語ができたとのこと(この映画の原題もThe Martha Mitchell Effectです)。映画の説明では「妄想と見なされた個人の主張が後に事実と判明するプロセスを表す」としていますが、ネットを検索すると「医療専門家が、患者の実際の出来事の正確な認識を妄想としてラベル付けし、誤診を引き起こすプロセス」と、医療側の用語になっています。
 40分。IMDb6.7、ロッテントマト100%。

 マーサ・ミッチェルに関しては昨年、「ガスリット 陰謀と真実」(原題Gaslit、全8話)というドラマも作られました。ジュリア・ロバーツがマーサ、夫のジョン・ミッチェルをショーン・ペンが演じていて、amazonプライムビデオのチャンネルLIONSGATE+(月額600円)で配信しています。IMDbを見ると、評判はまずまずのようです。

 日本語で「ガスリット」と聞くと、人の名前かと思ってしまいますが、これはガスライティングのこと。戯曲および映画の「ガス燈」(Gaslight、1944年)に由来し、「心理的虐待の一種であり、被害者に些細な嫌がらせ行為をしたり、故意に誤った情報を提示し、被害者が自身の記憶、知覚、正気、もしくは自身の認識を疑うよう仕向ける手法」(Wikipedia)です。つまり、このタイトルはマーサが「ガス燈」のイングリッド・バーグマンと同じような状態にあったということを指しています。