2016/02/03(水)「信じていいのか銀行員 マネー運用本当の常識」

 まえがきの3行目にいきなり結論が書いてある。「とんでもない! 銀行員を信じるような人になってはいけない」。これは著者の山崎元さんの本に繰り返し書かれていることで、別の著書には銀行に資産運用の相談に行くことを「カモがネギをしょって自分から鍋に飛び込むようなもの」と書いてあった。

 銀行で販売している投資信託は販売手数料が高い。同じ商品をネット証券ではノーロード(販売手数料なし)で販売している場合がある。手数料は明らかに投資のリターンにマイナスに作用するから、できるだけ手数料の安い投信を選ぶのがベストなのだ。銀行は顧客の利益より銀行の利益を考えて手数料の高い商品を勧めてくる。おまけに口座内容を知られているから、客はそれを断りにくい(「今は投資するお金がないから」という理由が使えない)。というのがその論拠だ。金融リテラシーの低い客は簡単に銀行員のカモになってしまう。だから銀行に資産運用の相談に行ってはいけない。

 資産運用関係の本をこれまでに60冊以上は読んでいるが、そのうちの1割ぐらいは山崎元さんの本で一番参考になったのもそうだ。ダイヤモンドオンラインや楽天証券ホームページの山崎さんの連載も毎週チェックしている。そういう読者の目から見れば、この本に書かれていることにそんなに目新しい部分はない。資産運用の基本が大きく変わるわけではないから、本の内容が似通ってくるのは当然なのである。それでも新刊が出たら、とりあえずチェックしてしまうのはいつも文章が明快で結論も明確だからだ。こういう文章は読んでいて気持が良い。

 この本には銀行との付き合い方から資産運用の基本まで書かれている。毎月分配型の投信をなぜ買ってはいけないのか、どんな投信を買うのがベストか、資産運用のよくある誤解などなど。日銀のマイナス金利導入で銀行は預金資金の運用難に陥り、手数料ビジネスの拡大が予想されている。投資信託購入を今まで以上に強力に勧めてくる公算が大きい。カモにならないために読んでおいて損はない本だ。

 【amazon】信じていいのか銀行員 マネー運用本当の常識 (講談社現代新書)

2015/11/12(木)「ラスト・タウン 神の怒り」

 「パインズ 美しい地獄」「ウェイワード 背反者たち」に続く完結編。ミステリマガジン11月号に絶賛のレビューがあったので、あわてて読んだ。3冊とも退屈はしなかったが、B級3部作という印象が抜けきれない。中身が薄いのだ。簡単なプロットに肉付けして作った感じ。キャラクターと描写にもっと書き込みがほしい。展開が単調に感じるのはアイデアが足りないからだ。

 希望が見えないラストなので取って付けたような笑ってしまうエピローグがある。エピローグの続きを期待する人もいるようだが、SFの知識とアイデアに乏しいこの作者には書けないだろう。このエピローグ、ほとんどジョーク、あるいははったりみたいなものだ。まさかまじめに書いてはいないだろうな、ブレイク・クラウチ。

 「駄作」や「プリムローズ・レーンの男」と同様にSFとミステリを組み合わせた作品で、そういうのがアメリカのエンタテインメント小説では受けているのだろう。

2015/10/15(木)「イルカは笑う」

 ショートショート「まごころを君に」のオチに笑った。いかにも落語のオチで、とぼけた感じがいい。言うまでもなく、「まごころを君に」は「アルジャーノンに花束を」の映画化で、クリフ・ロバートソンがアカデミー主演男優賞を受賞した作品の邦題。

 シリアスな「あの言葉」とホラーの「歌姫のくちびる」も良い。バラエティに富んだ短編集だが、ショートショートのおかしさが個人的には好み。ショートショートだけの作品集も出してください。

2015/08/30(日)「カワサキ・キッド」

 東山紀之の自伝的エッセイ。昨年11月、本と雑誌のニュースサイト「リテラ」が「反ヘイト本」として紹介して大きな反響を呼んだ( http://lite-ra.com/2014/11/post-665.html )。それが単行本出版から5年を経ての文庫化を後押ししたのは間違いないだろう。5年前にはヘイトスピーチなんて言葉は一般的ではなかったから、もちろん反ヘイトを意図して書かれた本ではない。

 この本を貫いているのは素直で真っ当なものの見方と考え方だ。だから読んでいてとても気持ちよい。そして何より面白い。タレント本の先入観を捨てて読むべき良書で、読み終わる頃にはヒガシのファンになっていること請け合いだ。

2014/10/12(日)「その女アレックス」

 30歳の美しい女性アレックスが正体不明の男から拉致され、身動きできない檻の中に閉じ込められるというのが発端。この監禁描写はリアルで緊迫感にあふれるが、物語はここから想像もつかないところに着地していく。

 一種の叙述トリック。どこから語るか、どう語るかで物語の様相は大きく変わる。それを計算し尽くした構成が秀逸だ。トリックだけで成立したミステリーは読み終わっても驚きしか残らないが、この作品には重い読後感がある。

 訳者あとがきにミステリマガジン2013年12月号のオットー・ペンズラーのコラムが引用されている。引用されていない部分を引用しておく。

 警官たちは有能かつ勤勉で、事件は解決したかと思われるが、何もかもが予想通りには進まない。もし、最初の百ページですべてわかったという読者がいたとしても、私は信じない。

 酷すぎるほどの暴力描写があり、フランス語から英語への翻訳も完璧ではないが、Alexは英国推理作家協会賞のCWAインターナショナル・ダガー賞を受賞するにふさわしい作品だ。

 事件を捜査する主人公カミーユ・ヴェルーヴェンをはじめパリ警視庁犯罪捜査部の面々が魅力的だ。このシリーズ、もっと翻訳してほしい。