2023/08/20(日)「季節のない街」ほか(8月第3週のレビュー)

 山本周五郎原作の「季節のない街」を宮藤官九郎がドラマ化し、ディズニープラスが今月9日から配信しています。原作の15編の連作短編から9編(「街へいく電車」「親おもい」「半助と猫」「牧歌調」「僕のワイフ」「プールのある家」「がんもどき」「たんばさん」「とうちゃん」)をピックアップ、1話30分の10話にまとめています(「がんもどき」のみ前後編)。

 「季節のない街」は言うまでもなく、黒澤明「どですかでん」(1970年、キネ旬ベストテン3位)の原作ですが、宮藤官九郎はこの映画が黒澤作品の中では一番好きで、原作に20歳で出会ったことが演劇の道に進んだきっかけとなったのだそうです。長年の念願がかなったドラマ化なのでしょう。

 原作と「どですかでん」は貧しい人たちの住む街が舞台でしたが、ドラマは“あの大災害”から12年後の仮設住宅を舞台にしています。濱田岳が演じる“電車バカの六ちゃん”が登場する第1話「街へいく電車」はまずまずの出来にとどまりますが、次の「親おもい」は傑作。ヤクザな兄とまじめな弟の話で、たまに帰ってきて母親から金をせびるだけの兄に対して、母親と弟たちのために必死に働く弟。なのに、母親は兄の方が自分のことを思ってくれる良い息子だと考えている、という誤解とすれ違いの物語。弟役の仲野太賀がホントにうまくて、泣かせます。

 「親おもい」は「どですかでん」にはないエピソードで、逆に「枯れた木」はドラマにありません。このほか「どですかでん」→「季節のない街」のキャストと比較すると、
「僕のワイフ」伴淳三郎→藤井隆
「とうちゃん」三波伸介→塚地武雅
「プールのある家」三谷昇、川瀬裕之→又吉直樹、大沢一菜
「がんもどき」山崎知子、亀谷雅彦→三浦透子、渡辺大知
「たんばさん」渡辺篤→ベンガル
 などとなっています。もう塚地武雅がぴったりの配役ですね。主人公は作家の半助を演じる池松壮亮。半助の目から街の人たちが描かれていきます。監督は宮藤官九郎のほか、横浜聡子、渡辺直樹。音楽は「あまちゃん」の大友良英。Fillmarksの採点は4.2、IMDbはまだ24人の投票ですが、8.8とどちらも高評価になっています。

「SAND LAND」

 鳥山明原作のコミックのアニメ化。砂漠の世界サンドランドは国王が水を高額で販売し、庶民は苦しんでいた。幻の泉の存在を信じるラオ保安官は悪魔の王子ベゼルブブ、魔物シーフと泉の場所を探して旅をすることになる。

 舞台設定は「デューン 砂の惑星」を思わせますが、敵となるゼウ大将軍の造形も「デューン」のハルコンネン男爵によく似ています。原作が1巻だけなのでまとまりは良く、水準以上の仕上がりになっています。

 日経電子版は★4個を付けていましたが、僕は★3個半ぐらいと思いました。横嶋俊久監督、1時間45分。
▼観客多数(公開初日の午前)

「マイ・エレメント」

 ニューズウィーク日本版は「ピクサー史上最悪の映画」と厳しい評価をしていました。確かに脚本は「トイ・ストーリー」(1995年)などと比べると、随分劣るんですが、そんなに酷評するほど、ひどくはありません。

 火・水・土・風のエレメント(元素)たちが暮らす街エレメント・シティを舞台に、火の女の子エンバーが水の青年ウエイドと知り合い、次第に恋心を抱く。水と火が触れ合うことはできないと信じられていて、エンバーの両親は交際に大反対、2人の恋には大きな障害が立ちはだかる。

 水がWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)に例えられていることはよく分かるんですが、火は移民であることは分かってもどこの移民か明確ではありません。メキシコかプエルト・リコ系だろうと思ったんですが、ニューズウィークによると、「移民であるエンバーの家族は東欧なまりの英語を話し、ユダヤ系であることを示唆しているように見える」とのこと。ただ、ラストの挨拶の仕方はイスラムかアジア系かなとも思えます。監督のピーター・ソーンは韓国系です。特定の国の移民ではなく、移民全般を指しているのかもしれません。

 日本語吹き替え版は川口春奈、玉森裕太らが担当していて悪くありませんでした。1時間41分。
IMDb7.0、メタスコア58点、ロッテントマト74%。
▼観客30人ぐらい(公開14日目の午前)

「バービー」

 グレタ・ガーウィグ監督のインタビューによると、映画の企画はプロデューサーを兼ねた主演のマーゴット・ロビーがガーウィグとノア・バームバックに依頼したそうです。ガーウィグは「自分たちに依頼するということは、マーゴットは変な映画を作ろうとしているのだろう」と思ったとのこと。普通のコメディではなく、男性優位社会を風刺した堅い面を併せ持つ作品になったのは、だから当然なのでしょう。

 ピンクに彩られた夢のような世界“バービーランド”で、人気者のバービー(マーゴット・ロビー)は、ボーイフレンドのケン(ライアン・ゴズリング)や仲間たちに囲まれて楽しい日々を送っていた。ある日、彼女の身体に異変が起こり始める。空は飛べなくなり、シャワーからは冷たい水。いつもハイヒールを履くバービーの足は床にべったり。世界の秘密を知る変わり者のバービー(ケイト・マッキノン)の助言で、ケンと共にリアルワールド(人間世界)へ行くことになる。そこは男性優位の驚くべき世界だった。

 リアルワールドに影響されたケンはバービーランドも男性優位に変えようとする。バービーたちはその阻止を図る、という展開。スタイル抜群のマーゴット・ロビーはとてもキュートですが、映画全体としてはコメディと堅さの配分が今一つかなと思えました。

 日本ではバービーよりもリカちゃん人形(タカラトミー)の方が一般的なので、映画もそれほどのヒットにはなっていないようです。Wikipediaによると、バービー人形は当初、日本で生産されていたとのこと。1時間54分。
IMDb7.4、メタスコア80点、ロッテントマト88%。
▼観客13人(公開5日目の午前)

「高野豆腐店の春」

 アルタミラピクチャーズなどが製作、東京テアトル配給ですが、公開劇場は松竹系のピカデリー、MOVIXが中心で、松竹カラーに違和感がない作品です。

 尾道の小さな豆腐店を舞台にしたドラマ。父・辰雄(藤竜也)と娘・春(麻生久美子)はこだわりの大豆からおいしい豆腐を毎日二人三脚で作っている。心臓の具合が良くないことを医師から告げられた辰雄は出戻りの春のことを心配し、再婚相手を探そうと仲間たちに相談する。選ばれたのはイタリアンシェフの村上(小林且弥)。しかし、春にはほかに交際中の男性がいた。そんな中、辰雄はスーパーの清掃員・ふみえ(中村久美)と言葉を交わすようになる。

 脚本は三原光尋監督のオリジナル。かつての松竹映画を思わせるようなタッチの父と娘の物語です。そのためか、話にも作りにもあまり新しさはないんですが、メインとなる客層の年配客が満足するならそれでもいいかという気にもなります。藤竜也、麻生久美子、中村久美はいずれも好演。三原監督と藤のコンビはこれで3本目とのこと。2時間。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午前)

2023/07/23(日)「ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE」ほか(7月第4週のレビュー)

 「ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE」はシリーズ第7作。デッドレコニング(Dead Reckoning)とは「推測航法」の意味で、冒頭、ロシアの原子力潜水艦の中でのセリフに出てきます。映画はこの原潜の事故に関わり、世界に破滅をもたらす力を持つとされる2つの鍵の争奪戦で、IMF(インポッシブル・ミッション・フォース)のイーサン・ハント(トム・クルーズ)とCIA、ハントに恨みを持つガブリエル(イーサイ・モラレス)の組織の三つどもえの争いが繰り広げられます。

 もちろん、アクションメインの映画なんですが、脚本・監督のクリストファー・マッカリーはこうしたスパイアクションのポイントをよく分かっていて、中盤に大きなドラマを用意しています。

 トム・クルーズは予告編でさんざん見せられたあの断崖ジャンプ(実際にはジャンプ台があります)を7回跳んだそうです。その前にスカイダイビングとオートバイジャンプを何百回も繰り返していて、だからああした危険なジャンプができるのでしょう(常人より恐怖感が少ないサイコパス的な資質もたぶんあると思います)。

 このシーンを見てすぐに思い出すのが「007 私を愛したスパイ」(1977年、ルイス・ギルバート監督)のスキーアクション。オーストリア・アルプスを舞台に敵に追われたジェームズ・ボンド(ロジャー・ムーア)がスキーで斜面を滑り降りてそのまま崖からジャンプし、下方で英国国旗デザインのパラシュートが開くというシーンです(もちろん、ムーアがやったわけではなく、スタントマン)。久しぶりに見直してみたら、「私を愛したスパイ」の冒頭はソ連の原潜ポチョムキンが行方不明になるというシーンで、潜水艦追跡システムを巡る話でした。マッカリー監督、「私を愛したスパイ」をヒントにしたのかもしれません。

 この大ジャンプに続く列車アクションも見応えがあります。列車の上で格闘しながら狭いトンネルが来ると伏せて避けるというシーンは「大列車強盗」(1979年、マイケル・クライトン監督)を思い出します。「ミッション:インポッシブル」シリーズがすごいのは過去に類似したアクションの先例がありながら、そのすべて上回っていて、単なる模倣に終わっていないことです。参考にはするけど、絶対に凌駕してやるとういう気概みたいなものを感じます。昨年の「トップガン マーヴェリック」と同じく、これは大画面で見なくては真価が分からない作品になっています。

 シリーズ第5作「ローグ・ネイション」(2015年)からレギュラーのレベッカ・ファーガソンのほか、ヴァネッサ・カービー、ヘイリー・アトウェル、ポム・クレメンティエフという女優陣のアクションがいずれも良いです。かなりの訓練をしたのでしょう。パート2は2024年6月公開予定(日本は時期未定)。2時間44分。
IMDb8.1、メタスコア81点、ロッテントマト96%。
▼観客多数(公開初日の午前)

「リバー、流れないでよ」

 「ドロステのはてで僕ら」(2020年)に続く劇団ヨーロッパ企画のオリジナル長編映画第2弾。昨年の「MONDAYS このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない」や全国的に公開中の「神回」(中村貴一朗監督)など最近の流行と言って良いほど多いループもので、京都の貴船(きぶね)の旅館を舞台に2分間のループに翻弄される人たちを描くコメディです。

 上田誠脚本、山口淳太監督という「ドロステ…」コンビの作品。2分たつと、ループするというのは忙しいですが、登場人物はみな記憶が連続しているので話は早いです。ループの始まりの場所に戻ると、さっさと前のターンの続きを行い、物語が展開していきます。相変わらず笑って笑ってのタッチですが、アイデア的には特に感心する場面は見当たりませんでした。このアイデアなら60分程度にまとめた方が良かったかなと思います。

 映画を見た後にメイキングのDVDを見ました。撮影は今年1月から3月にかけて、貴船の旅館「ふじや」を貸し切って行ったそうです。ループが始まった時になかった雪が後の方では降っていたり、積もっていたりするのはループとしてはおかしいんですが、ユーモアあふれる好感度の高い映画に仕上がっているので文句を言う気にはなりません。ループの場面は2分間ワンカット撮影。旅館の中だけでなく、通りを挟んで向かいにある本館の3階まで行く場面もあり、撮影はけっこう大変だったでしょう。

 主人公の旅館の仲居は「ふじや」が実家の藤谷理子(ヨーロッパ企画)、女将に本上まなみ、番頭は永野宗典、旅館に滞在している作家役で近藤芳正、友情出演のクレジットで乃木坂46の久保史緒里。1時間26分。
▼観客9人(公開2日目の午後)

「ヴァチカンのエクソシスト」

 実在の悪魔祓い師ガブリエーレ・アモルト神父(2016年死去)の2冊の回顧録を基にしたホラー。ウィリアム・フリードキン監督の「エクソシスト」(1973年)以来、多数のエクソシスト映画が作られましたが、どれもフリードキン作品の影響下にあります。この映画も目新しい部分はありません。ただ、映画のまとまりは悪くなく、過去作を見ていなければ、それなりに楽しめると思います。

 実在のエクソシストが主人公でもクライマックスには「こんなことあるわけないだろ」と言いたくなるような派手なシーンが展開されます。アモルト神父を演じるのはラッセル・クロウ。

 高橋ヨシキさんが批判していましたが、中世にカトリック教会が行った異端審問と拷問・処刑は悪魔に取り憑かれた神父の仕業という見方が出てきます。悪いことはすべて悪魔のせいにする、というのはどんなもんでしょうね。ジュリアス・エイヴァリー監督、1時間43分。
IMDb6.1、メタスコア45点、ロッテントマト49%。
▼観客12人(公開6日目の午後)

「マルセル 靴をはいた小さな貝」

 アカデミー長編アニメ映画賞候補となったストップモーションアニメ。12年前にYouTubeに発表した短編が人気を呼び(再生回数3300万回以上)、長編化されたそうです。



 マルセルは体長2.5センチの貝で言葉をしゃべり、靴をはいている。祖母のコニーと一軒家で暮らしていたが、引っ越してきた映像作家ディーン(監督のディーン・フライシャー・キャンプが演じてます)と出会い、初めて人間の世界を知る。離れ離れになった家族を見つけるためディーンの協力を得てYouTubeに動画をアップしたところ、評判となり、テレビ番組「60ミニッツ」で紹介されたことからマルセルは全米の人気者になる。

 マルセルの姿と声がかわいいので、女性と子供に受けるのはよく分かります。元の短編にはストーリーらしいストーリーはありませんが、長編化するにあたって心温まる話になってます。マルセルの声を演じるのはコメディエンヌのジェニー・スレイト、祖母はイザベラ・ロッセリーニ。1時間30分。
IMDb7.7、メタスコア80点、ロッテントマト98%。
▼観客5人(公開5日目の午後)

2023/06/18(日)「スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース」ほか(6月第3週のレビュー)

 「スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース」は予想以上の傑作。アニメの技術の斬新さ以上にエモーションをグッラグラに揺さぶりまくる胸熱の青春映画でした。

 序盤、父親と不仲のグウェンのエピソードでグッと来て、続く主人公モラリスのエピソードがイマイチかなと思えましたが、その後は文句を言えない充実した仕上がり。愛する人を救うか、世界を破滅から救うかの二択に関して、他の世界のスパイダーマンたちは愛する人を仕方なく犠牲にしてきましたが、モラリスは両方を救おうとします。

 これに加えてモラリス自身の特異な問題があり、いったいどうする、というところで、なんとなんと「つづく」の文字(吹き替え版で見ました)。いや、前後編2部作であることは知ってたんですが。続編の「ビヨンド・ザ・スパイダーバース」はアメリカでは2024年3月公開予定になってます(日本は時期未定)。

 見終わった後、前作「スパイダーマン:スパイダーバース」(2018年)を配信で再見しました。前作も公開時には斬新と思いましたが、今作と比べると、技術的にはオーソドックスとさえ思える内容でした。5年間の技術の進歩はそれだけのものがあるわけです。

 今作は前作見ていなくても十分に楽しめる話ではありますが、思わぬ感動をもたらし、意気が上がるラストショットは前作見ていないと分からないと思います。Netflix以外の各配信サイトで配信されていますのでどうぞ。前作のエンドクレジットの後には今回の主要キャラであるミゲル・オハラが出てきます。

 小難しい話にせず、感動的にまとめた脚本が成功の大きな要因だと思います。脚本にクレジットされているのは3人で、前作からの担当はフィル・ロードのみ。クリストファー・ミラーとデヴィッド・キャラハムが新たに参加しています。監督はホアキン・ドス・サントス、ケンプ・パワーズ、ジャスティン・K・トンプソンの3人。2時間20分。
IMDb9.0、メタスコア86点、ロッテントマト96%。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)

「ザ・フラッシュ」

 マーベルの影響なのか、これもマルチバースもの。自分の母親を死なせないためにフラッシュことバリー・アレン(エズラ・ミラー)が過去に戻って、ある出来事を変えてしまいます。現在に戻ったら、それは元いた世界とは別の世界で、母親は生きているものの、もう一人の自分がいて、しかもこの世界ではスーパーマンが撃退したはずのゾッド将軍(マイケル・シャノン)が地球を破滅させようとしていました。バリーはこれをくいとめようと、奔走することに…。

 ほとんどマッチポンプみたいな話にあきれますが、バットマン(ベン・アフレック)とワンダーウーマン(ガル・ガドット)まで出てくる序盤は「ジャスティス・リーグ」(2017年)の乗りで悪くありません。しかし、その後は展開がモタモタした印象。「アクロス・ザ・スパイダーバース」とは違って長く感じました。

 スーパーガール役のサッシャ・カジェはトホホな出来だった「スーパーガール」(1984年、ジャノー・シュワーク監督、ヘレン・スレイター主演)のリメイクが「モータル・コンバット」(2021年)のオーレン・ウジエル監督で予定されていて、その顔見せみたいなものなのでしょう。

 監督は「IT イット “それ”が見えたら、終わり。」(2017年)のアンディ・ムスキエティ。2時間15分。
IMDB7.4、メタスコア56点、ロッテントマト67点。
▼観客5人(公開2日目の午前)

「波紋」

 荻上直子監督がオリジナル脚本で描く中年主婦の物語。東日本大震災後に出て行った夫(光石研)が10年ぶりに帰ってくる。夫はガンにかかっていて、その治療費を目的に帰ってきたらしい。妻(筒井真理子)は新興宗教にのめり込んでいた。

 クスクス笑いながら見ましたが、焦点が絞り切れていない印象。2時間。
▼観客10人(公開5日目の午後)

「M3GAN ミーガン」

 ミーガンと呼ばれるAIロボットが両親を事故で亡くした少女を保護する命令を過剰に守って、少女にとっての脅威を排除する殺人ロボットになるSFサスペンス。オリジナルなアイデアがあまりないにもかかわらず面白いです。あのクネクネした踊りはなんだか気味が悪くて強烈。

 ミーガンは暴走するわけではなく、職務を忠実に守っているだけ。そういう意味ではHAL 9000(「2001年宇宙の旅」)などと同様です。M3GANはModel 3 Generative ANdroid(第3型生体アンドロイド)の略称。ジェラルド・ジョンストン監督、1時間42分。

IMDb6.4、メタスコア72点、ロッテントマト93%。
▼観客20人ぐらい(公開4日目の午後)

「リトル・マーメイド」

 オリジナルのアニメ版(1989年)には何の思い入れもありません。「美女と野獣」(1991年)で開花したアラン・メンケンの音楽の助走的な作品と思います。実写版は賛否ありますが、僕はアニメ版よりよく出来ていると思いました。ただ、クライマックスに追加されたスペクタクルなシーンは不要でしょう。

 ロブ・マーシャル監督、2時間15分。
IMDb7.2、メタスコア59点、ロッテントマト67%。
▼観客多数(公開6日目の午前)

2022/11/13(日)「すずめの戸締まり」ほか(11月第2週のレビュー)

 「すずめの戸締まり」の冒頭の草の揺れ方はすごくリアル。随所に作画レベルの高さを感じさせる場面が多く、2次元アニメにおいて新海誠作品の作画は恐らく最高峰のレベルにあると思います。絵のきれいさだけでなく、映像のダイナミズムも併せ持っています。

 「君の名は。」(2016年)、「天気の子」(2019年)に続く本作まで3作に共通するのは災害が大きなテーマになっていること。特に「君の名は。」とこの映画は大きな災害の発生を止めるために主人公が奔走するプロットが共通しています。というか、「君の名は。」の災害は東日本大震災のメタファーと言われました。

 今回は地震を引き起こす巨大な化け物・ミミズが出てくる「後ろ戸」を巡る物語。宮崎県南部で漁協に勤める叔母と暮らす岩戸鈴芽はある日、「閉じ師」を名乗る青年・宗像草太に出会う。草太は日本中の廃墟にある「後ろ戸」を探し、開いた扉を閉める仕事を代々受け継いできた。廃墟の後ろ戸に気づいた鈴芽がそばにあった石を手に取ると、石は白い猫に姿を変えて逃げていく。そして後ろ戸からミミズが出現しそうになる。草太とともに戸を閉めることに成功するが、逃げた猫が鈴芽の家に現れ、草太を椅子に閉じ込めてしまう。猫は後ろ戸を閉めておく要石(かなめいし)ダイジンだった。鈴芽は椅子になった草太とともに猫を追う旅に出る。

 宮崎から愛媛、神戸、東京を経て、鈴芽の故郷である東日本大震災の被災地に至る旅。普通の人には見えないミミズが鈴芽に見えるのは震災を4歳の頃に経験し、後ろ戸の中に入ったことがあるからです。そこで描かれる人々の「行ってきます」の連打はその後に起きた震災のことを思えば、痛切に響きます。

 中盤にややダレる場面はあるものの、よくまとまった映画だと思いました。新海監督のインタビューによると、ミミズは「日本列島の地下にある構造線のようなもの、そこに溜まるエネルギー」を意味します。ミミズによる地震は直下型地震の説明はつきますが、東日本大震災のような海溝型地震の説明にはならないのではないでしょうかね。声優初挑戦の原菜乃華は感情をこめた演技で十分に合格点、叔母役の深津絵里の宮崎弁は鹿児島弁と混ざった感じでした。2時間1分。IMDb8.3。
 ▼観客4割程度(399席中。公開日の午前)

「ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー」

 アメリカでの評価がイマイチなのは亡くなったチャドウィック・ボーズマンに対して感傷過多になっているからではないかと想像しました。冒頭にボーズマンが演じたワカンダ国王ティ・チャラの病死が描かれるものの、必要以上にセンチメンタルなタッチではありません。ならば2時間41分という長すぎる上映時間に問題があるのでしょう。このプロットなら1時間短くしないとダメです。

 映画のポスターの中心にいるのはティ・チャラの妹で科学者のシュリ(レティーシャ・ライト)であり、ワカンダの守護者であるブラックパンサーを受け継いできたのは代々王族なのですから、シュリがそうなるのは明らか。シュリがブラックパンサーになるまで2時間ぐらいかかるこの映画の構成は何をグズグズしているのかと思わざるを得ません。

 筋肉質でがっちりしたボーズマンと違ってスリムなシュリの新ブラックパンサーは「バットマン」のキャットウーマンを思わせます。アイアンマンのようなアーマースーツを作るリリ・ウィリアムズ(ドミニク・ソーン)を主人公にしたドラマ「アイアンハート」は来年、ディズニープラスで配信されるそうです。

 IMDb7.4、メタスコア67点、ロッテントマト84%。
 ▼観客60人ぐらい(公開2日目の午前)

「土を喰らう十二ヵ月」

 水上勉のエッセイ「土を喰う日々 わが精進十二ヵ月」を原案に中江裕司監督が映画化。長野の山荘で暮らす作家のツトム(沢田研二)の1年間の食を描いています。9歳から4年間、禅寺に住んだツトムが作るのは精進料理ですが、材料は自分で育てた野菜や山菜であり、スローフードでもあるのでしょう。

 沢田研二は実際に料理をするそうで、手つきに不自然なところがありません。一昨年の「キネマの神様」よりずっと似合った役柄でした。大きなドラマはありませんが、信州の四季を収めるために1年以上をかけた撮影が魅力的な場面を作っています。

 ハイライトは義母の通夜を自宅で行う場面。想定以上の人が詰めかけた通夜の料理を編集者で恋人の真知子(松たか子)と2人だけで作るのは大変です。田舎の葬儀はかつてはこの映画で描かれたように自宅で行われていましたが、葬祭場以外で営まれることは僕の周囲ではほとんどなくなりました。

 水上勉の著書に出てくる料理を再現したのは料理研究家の土井善晴。どれも食欲をそそる料理で、偏った食生活を見直したくなるような映画でした。1時間51分。
 ▼観客20人弱(公開日の午後)

「ダウントン・アビー 新たなる時代へ」

 2010年から6シーズン続いたテレビシリーズ(全52話)の劇場版第2弾。テレビ版は英国ヨークシャーにある架空のカントリーハウス、ダウントン・アビーを舞台に貴族と使用人のさまざまなエピソードを描いたドラマですが、僕は1話も見ていませんでした。劇場版の前作「ダウントン・アビー」(2019年、マイケル・エングラー監督)は先日、配信で見ましたが、前作も本作もテレビシリーズの続きで、ストーリー自体は楽しめるものの、登場人物の細部までは当然のことながら分かりません。ダウントン初心者にすべて理解できる作りではありませんし、そうした作品にする必要もないのでしょう。つまり、ファンのための作品です。

 本作は「屋敷で映画を撮影したいというオファーと、予期せぬ相続話に沸き立つクローリー邸。だが、南仏の別荘には一族の存続を揺るがす秘密があった」というストーリー。映画の撮影はちょうどサイレントからトーキーに移り変わる時代で、女優のしゃべりに難があるという「雨に唄えば」を思わせるエピソードがありました。監督はサイモン・カーティス、脚本はテレビシリーズから原案・脚本・製作総指揮を担当しているジュリアン・フェローズ。

 テレビシリーズの時代設定は1912年から1925年まで。劇場版前作は1927年、本作は1928年の設定になっています。映画を見た後にテレビの第1話を見たら、キャストが劇場版よりみんな若かったです(12年前なので当たり前)。

 2時間5分。IMDb7.4、メタスコア63点、ロッテントマト86%。
 ▼観客4人(公開4日目の午前)

「渇きと偽り」

 オーストラリアの干ばつの町を舞台にしたミステリーで、メルボルン在住の作家ジェイン・ハーパーの原作をロバート・コノリー監督が映画化。妻子を殺して自殺したとされる親友ルークの葬儀のため20年ぶりに故郷の町に帰ってきた連邦警察官のアーロン・フォーク(エリック・バナ)が事件の真相を探る。アーロンは20年前、ガールフレンドのエリーの死に関わった疑いを掛けられ、父親とともに町を出た。そのことを知る住民の反発を受けながら、町の警官レイコー(キーア・オドネル)とともに捜査を進める。

 原作は英国推理作家協会賞を受賞したそうですが、プロット自体は大きな意外性もなく(普通の意外性はあります)平均的な出来。定石に沿った話ではありますが、地味さは否めません。

 同じ主人公の続編「潤みと翳り」も映画化が進んでいるそうです。

 1時間57分。IMDb6.8、メタスコア69点、ロッテントマト91%。
 ▼観客4人(公開5日目の午後)

「バーバリアン」

 20世紀スタジオ配給のホラー。ディズニープラスで見ました。就職の面接のためデトロイトを訪れたテス(ジョージア・キャンベル)が民泊の予約をしたバーバリー通りの家に行くと、先客の男キース(ビル・スカルスガルド)がいた。予約サイトがダブルブッキングしたらしい。他のホテルは満室だったため仕方なく、この家に泊まることにしたが、家には恐ろしい秘密があった、という出だし。

 この後は想像の上を行く展開で、これはストーリーテリングの勝利でしょう。以前なら南部の寂れた田舎町を舞台にしたような話ですが、デトロイトは人口が最盛期の3分の1ぐらいに減って空き家が多いそうで、こうしたホラーの舞台にぴったりな寂れ方になってます。

 北米では9月に劇場公開され、450万ドルの製作費で4000万ドル以上の興行収入を上げるクリーンヒットになりました。監督・脚本は俳優でもあるザック・クレッガー。日本では配信スルーでamazonプライムビデオなどでも9日からレンタルが始まっています。

 1時間42分。IMDb7.1、メタスコア78点、ロッテントマト92%。

2021/10/19(火)破格の面白さ「最後の決闘裁判」

 ラスト近く、ヒロインのマルグリット(ジョディ・カマー)が見せる無表情は愚かすぎる男性優位社会に愛想を尽かし果てた結果だろう。カマーの演技は「第三の男」ラストのアリダ・ヴァリの冷たさを彷彿させる。リドリー・スコット監督の「最後の決闘裁判」は83歳の監督が撮ったとは思えないほどの充実ぶりを見せつける。14世紀のフランス最後の決闘の話なのに、現代に通じるさまざまな問題を提示し、複雑な感情を呼び起こすのだ。見事な完成度と言うほかない。



 エリック・ジェイガーのノンフィクション「決闘裁判 世界を変えた法廷スキャンダル」(文庫版は現在、映画と同じに改題)をマット・デイモンとベン・アフレックの「グッド・ウィルハンティング 旅立ち」のコンビに、ニコール・ホロフセナー(「ある女流作家の罪と罰」)が加わった3人で脚色。レイプ事件を夫と妻、加害者の三者三様の視点で語るという構成は言うまでもなく黒澤明「羅生門」を踏襲しているが、もちろん単なる模倣には終わっていない。

 騎士ジャン・ド・カルージュ(マット・デイモン)の妻マルグリットがカルージュの旧友ジャック・ル・グリ(アダム・ドライバー)にレイプされたと訴える。その時、ジャンは不在で使用人たちも夫の母親に連れられて外出しており、家にはマルグリット以外誰もいなかった。ル・グリは否定するが、妻の言葉を信じたカルージュは国王に決闘裁判を申し出る、というのが大まかなプロット。これを映画は第1章をカルージュの視点、第2章をル・グリの視点、第3章をマルグリットの視点で語る。

 リドリー・スコットはいつものように完璧な美術と画面構成でストーリー語っていくが、はっきり言って第1章を見た段階では凡庸な映画なのではないかと疑いたくなった。その印象は第2章で一変する。カルージュの無能さ、愚かさがル・グリの視点で語られ、カルージュ視点の物語とは微妙に異なるものとなっているのだ。レイプの事実は変わらない。しかし、ここでは男の目から見た都合の良い女性の姿も描かれていく。そして第3章ではマルグリットが感じているカルージュへの不満、姑への不満、ル・グリの女たらしで横暴な側面が明らかにされていく。

 脚本にホロフセナーが加わった大きなメリットはこの第3章にあるだろう。夫の一方的なセックス、結婚して5年たっても子どもができないことに対する姑の嫌み、女性の第一の役割を子どもを産むこととする14世紀の価値観は今の社会でも残念ながら見られるものだ。驚いたことに当時の女性には裁判に訴え出る権利はなかった。その権利は自分の所有物を汚された夫だけにある、とされていた。レイプ裁判なので法廷では当然のようにセカンド・レイプのような審問が繰り返されることになる。

 マルグリットは決闘裁判に持ち込むことを望んではいなかったが、怒ったカルージュが自分のメンツから決めてしまった。決闘裁判が恐ろしいのは勝った方が正しいとされること。神が正しい者を勝たせると信じられていたからだ。その上、レイプされた女性は夫が決闘に負けた場合、裁判で偽証したと判断され、生きたまま火あぶりの刑に処せられる。

 クライマックスの決闘場面はとんでもなくリアルな迫力で描かれる。槍を持ち、馬に乗って激突するカルージュとル・グリ。槍では決着が付かず、2人は馬を下り、斧やナイフで戦う。決闘はどちらかが死ぬまで続くのだ。決闘場には火刑台があり、その上には足かせを嵌められたマルグリットが喪服を着て立っている。周囲には決闘を見に来た多数の民衆がいる。マルグリットはどうなるのか。

 黒澤明は「羅生門」を人間不信の物語の果てに「それでも人間を信じたい」とのヒューマニズムで締めくくった。リドリー・スコットは女性を下に見る男性優位社会に対するヒロインの絶望を通り越した激しい怒りで終わらせる。傑作を既に数多く発表してきたスコットがまたも代表作となる1本を加えた。80代でこれほど破格に面白い映画を撮れる監督は極めてまれだ。優れた脚本の助けがあったとはいえ、すごい監督だと思う。