2007/02/10(土)「幸福な食卓」

 「幸福な食卓」パンフレットこのタイトルと「父さんは、今日で父さんを辞めようと思う」というとんでもないセリフで始まる映画なので、これは家族の問題を扱った映画なのだろうと思ってしまうのだが、この映画、家族の問題の追求部分は決して深くはない。例えば、マイク・リーあたりの映画に比べるべくもないぐらいの深みである。しかし、これは幸福な家族の食卓にかつていて、今は壊れた家族の食卓にいる主人公・中原佐和子(北乃きい)の話であると割り切ってしまえば、好感の持てる作品だと思う。

 佐和子と席が隣になった大浦勉学(勝地涼)との関係が心地よい。佐和子はきりっとしたまっすぐにまじめな少女であり、大浦は佐和子を守るように包み込むように佐和子に接する。大浦は金持ちの息子で、母親がベンツで塾へ送り迎えするという、普通に考えれば、お坊ちゃまなタイプのひ弱なやつと思えるのだが、そのキャラクターの根幹はかつてのガキ大将っぽい男らしい男なのである。2人を接近させることになる給食のサバのエピソードがそれを象徴しており、佐和子に自分が稼いだ金でクリスマスプレゼントを贈るために新聞配達のアルバイトをするというのも大浦のキャラクターをよく表している。北乃きいと勝地涼のキャラクターの魅力で見せる映画であり、よくできた青春映画と受け取ってしまっていいのではないかと思う。堤防を歩く北乃きいを延々と映し続けるラストシーンなどはアイドル映画のような趣で、小松隆志監督は北乃きいをとても魅力的に撮っている。他の描写すべてが北乃きいを引き立たせる道具になり、壊れた家族の再生が背景に退いてしまっているのだが、それでもいいと思えてくる映画である。

 原作は中学教師でもある瀬尾まいこ。父親(羽場裕一)が「父さんを辞める」と言い出した理由は徐々に明らかになる。父親は3年前、風呂場で自殺未遂を起こした。それが原因で、母親(石田ゆり子)は家を出てアパートで一人暮らしを始め、兄(平岡祐太)は成績がずっと一番であったにもかかわらず、大学進学をやめて農業を始めた。兄が語る「歪み」がこの映画のテーマの一つ。兄は一番を維持するためにだんだん自分の中で歪みが大きくなってきたと佐和子に告白する。その歪みを断つには死ぬしかないと、父親の姿を見て思ったというのがよく分かる。父母もまた、自分を押し殺して決められたレールの上に乗っているのが耐えられなくなったのである。レールを外れた家族はそれでも緩やかな関係を保っているけれど、佐和子が精神的なショック状態に陥ったことで再び、関係に変化が訪れる。「気づかないところで、中原っていろいろ守られてる」という大浦の言葉が示すように佐和子を守るために家族は元に戻ることになるのだろう。それを具体的に描かず、兆しで終わらせているところがいい。

 レールに乗った家族と対照的なのが兄の恋人の小林ヨシコ(さくら)で、兄のほかにも恋人を持つヨシコに佐和子は怒るのだが、ヨシコは自由だからこそ精神的には最も健全な立場にいる存在だ。小松隆志はこうした人間関係にはあまり深入りしていない。というか、説明過剰になることを避けて、抑制していると言うべきか。演出に緩みと思える部分も少しあるが、全体的には少女を中心にした物語としてうまくいっていると思う。

2007/02/08(木) Hotmailに届かない

 さくらインターネットのサーバーを経由したメールがHotmailでは受信拒否される。最近、メーリングリストの不達エラーメールが多いので気づいた。試しにさくらのアドレスから自分のHotmailに送ってみたら、見事に拒否された。これは2ちゃんねるでもmixiでもスレッドができている。mixiのコミュニティによると、さくらのIPアドレスがblacklist.spambag.orgというサイトのブラックリストに載っているとのこと。これはさくら側ではどうしようもなく、解除申請も断られたそうだ。

 さくらレンタルサーバのブラックリスト登録状況についてを見ると、ほとんど全部というほど多くはないようだが、僕が利用しているサーバーもしっかりブラックリストに入っている。Hotmail宛てのメールなんてほとんど出さないが、それでも困ることは困る。

 さくらのサーバーにスパム業者がいたのが悪いのだが、それでも一括してブラックリストに載せるというのは乱暴すぎる。影響がかなりあるのではないか。

 mixiのコミュニティの最初の記事は昨年10月に書かれたもの。僕のメールが届かなくなったのは今月に入ってから。ということはブラックリストは徐々に増えているようだ。

Xoops Protectorバージョンアップ

 XOOPSのセキュリティモジュール。6日にバージョン3が正式版として公開されていたのでバージョンアップ。mainfile.phpを書き換えたり、xoops_trust_pathを設定したりで何かと面倒。mainfile.phpの記述を間違えたためにサイトが表示されなくなって焦ったが、なんとか無事にバージョンアップできた。これを入れていると、安心できる。

2007/02/04(日) NMZ.slogの整理

 Namazuの検索キーワードを保存するNMZ.slogは放っておくと、ファイルサイズが増えるばかりなので、時々チェックした方がいい。久しぶりに見てみたら、IPアドレス60.28.17.75からの検索がここ数日で5500回ほどあった。クローラーに違いない。ダウンロードした後、拙作の秀丸マクロ(不要行削除マクロ)を使って削除した。これ、時間が少しかかるので、disabledrawの処理を付け加え、描画をしないで削除するようにしたら、少し速くなった。このほか、検索回数が100回を超えているIPアドレスはクローラーと思って間違いない。なぜ、こんなにクローラーが多いかというと、最近の検索キーワード(nlview.cgi)のリンクをたどっているため。このCGIは表に出さない方がいい。サーバーに余計な負荷がかかるだけ。

 Namazuと言えば、再検索CGI(subsearch.cgi)が対応しない検索エンジンが多くなっていた。仕様が変わったためだろう。少し書き換えればすむことなので、そのうち。ま、GoogleとYahoo!には対応しているのでいいでしょう。で、このsubsearch.cgi、Namazuで検索してキーワードが見つからなかった場合に、XOOPSで構築しているサイトにキーワードを渡したいと思い、改造してみた。XOOPSの検索もgetなので対応できるのだった。

 というわけで、修正した。こんな感じ

2007/01/31(水) 「ヨンクの話2007」

 「NAVI」3月号表紙自動車雑誌「NAVI」3月号の特集。これは読み応えがあった。清水和夫が内外の10台の車の走行性能を雪道でテストしたレポートで、ダイナミック・セーフティ・テスト(DST)の雪上版。心が動きつつある日産スカイラインはさんざんな評価で、購入意欲が萎えてくる。一般道と高速走行は問題ないが、雪道では他の車に比べてほとんど話にならないぐらいのレベルだ。

 「スカイラインは“4WDはとりあえず4WDにしておけば雪道で困らないでしょう”みたいな感じ。ドライバーズカーとしてみたら、あのチューニングは鍛え直した方がいい」というのが結論。具体的にはトラクションコントロールが過激なくせに、解除のタイミングが遅いとか、VDC(横滑り防止装置)をオフにすると、「4WDとは思えないほどのオーバーステアに悩まされれる」とのこと。テスト車は2500CCなので4WAS(4輪操舵)は装着されていないが、この世界初の装置自体、あまり評判はよろしくないようだ。

 僕が雪道を走ることなど、まずないのだが、車の限界性能は高いに越したことはない。こういうテスト結果だと不安になる。普通のFRのDSTもやってほしいものだ。

 日本車で評価が最も高いのはレガシーB4。これはもう少しデザインが良ければ、購入意欲が湧いてくるんだがなあ。

 ところで、清水和夫がブログ「雪道で四駆がFFに負けた日」に書いている「1.3リッターのFF」については記事の中には出てこない。何の車種か知りたいものだ。

 このDSTの模様はスノーDST in 裏磐梯に動画がある。

2007/01/28(日)「それでもボクはやってない」

 「それでもボクはやってない」素直に罪を認めれば、罰金刑で済み、午後までには釈放。否認すると、勾留が数カ月に及ぶこともある。痴漢のような軽犯罪であっても扱いは重罪犯と何ら変わらない。そういう現状を改めて詳細に描くとともに、映画は裁判自体の理不尽さを徹底して描く。日本の裁判に無罪の推定なんてない。警察からいったん犯人扱いされたら終わり。無実を証明するには被告人と弁護士、支援者に大変な労力が要求される。それでも無罪判決を勝ち取ることはまれだ。日本の裁判は有罪率99.9%なのだという。映画には推定無罪を信念とする裁判官も登場するが、弁護士によってそうした裁判官が少数派であることが説明される。なぜか。国家を敵に回す裁判官は昇進しないからだ。もう絶望的な気分になる状況を周防正行は怒りをこめて描き出す。満員電車の中で痴漢に間違われることなんていつ何時、自分に降りかかる災難か分かったものではない。だからこそ、この映画は怖い。周防正行は脚本を書くのに3年かけたという。チャラチャラしたお手軽な作品が多い最近の日本映画において、この映画が持つ重みは取材の充実が裏打ちしているのだと思う。11年ぶりの監督作に過去の作品とはまるで異なる社会派の題材を選んだ周防正行はそれを見事に成功させた。

 痴漢に間違われた青年(加瀬亮)が無実を主張し、裁判を闘うことになる。というプロットは簡単だ。監督の狙いは裁判そのものを描くことにあったのだから、余計な夾雑物は一切廃している。キネマ旬報2月上旬号によると、周防監督は中年のサラリーマンと若者を主人公にした脚本をそれぞれ5稿まで書いたそうだ。若者が主人公になったのは、中年が主人公になると家族の話まで広げざるを得なくなるからであり、それでは裁判自体を描くというテーマに沿うことができなくなるからだ。それでも脚本を見せた人からは「映画と講演つきで公民館などを回るしかないんじゃないか」と言われたという。一歩間違えれば、そうした文化・啓発映画にしかなりそうにない題材だが、主義主張だけでなく、映画をコントロールし、面白い映画に仕上げる技術が周防正行には備わっていた。

 過去のエンタテインメント作品で培った技術はここにも生かされている。それを端的に感じるのはおなじみの竹中直人であったり、主人公が留置場で知り合う本田博太郎のおかしなキャラクターであったりするのだが、弁護士役の役所広司、瀬戸朝香(「Death Note」に続いて好演)をはじめ、母親役のもたいまさこ、裁判官役の小日向文世、刑事の大森南朋らのキャラクターの作り方にも功を奏している。加えて、主人公に最初に接した当番弁護士が人権派の浜田(田中哲司)であるにもかかわらず、浜田は裁判制度にあきらめを感じつつあったために主人公に示談を勧めるという描写や、推定無罪を信条とする裁判官(正名僕蔵)が途中で交代させられる点、同じく痴漢冤罪事件で控訴審を闘う佐田(光石研)が主人公の支援に回るエピソードなどが積み重ねられ、映画を重層的なものにしている。

 正義の実現に努力する弁護士たちの姿にはよくある裁判劇のように胸を熱くするものがあるのだけれど、周防正行は決してそれを中心にせず、裁判制度の問題点のみに焦点を絞っていく。2時間23分は少し長いと思ったが、冗長な部分はなく、息抜きの場面を入れながら、テーマを掘り下げて描いた構成と演出力は大したものだと思う。2年後には裁判員制度が始まるが、一般から選ばれた裁判員がかかわる刑事裁判は重大事件に限られるので、こうした痴漢冤罪事件の構造は今後も変わらないだろう。映画の中で「痴漢冤罪事件には日本の刑事裁判の問題点がはっきりと表れている」と役所広司が言うが、その現状を変えたい、変えなくてはいけないという主張が明確に伝わる映画である。