2004/11/09(火)「隠し剣 鬼の爪」
宗蔵の家で3年間働いたきえは商家に嫁ぎ、ひどい姑(光本幸子)によって、朝から晩まで休む間もなく働かされたため、ついには病気になってしまう。宗蔵はきえと3年ぶりに再会して、そのやつれた姿に驚くが、やがて病に倒れたことを知り、商家に乗り込んで、無理矢理きえを連れて帰る。この「雪明かり」のパートは松たか子の好演によって紅涙を絞る展開である。いつものように山田洋次監督の技術の高さにうならされてしまう。山田洋次、こういう貧しい人たちが苦難に耐えるシーンを描かせたら絶妙である。前述の中盤のシーンを挟んで、後半の「隠し剣鬼ノ爪」。宗蔵とかつて一緒に剣を学んだ狭間弥市郎(小澤征悦)が謀反を起こしたとして捕らえられる。といってもこのシーンは前半に織り込み済みである。狭間は江戸から故郷に連れて帰られ、切腹することも許されぬまま牢に入れられるが、見張りを倒して脱獄し、農家に立てこもる。宗蔵はその狭間を討つように命じられる。宗蔵はかつて御前試合で狭間に勝ったことがあり、師範の戸田寛斎(田中泯)から隠し剣を伝授されていた。家老(緒形拳)はそこを見込み、大目付の甲田(小林稔侍)とともに宗蔵にかつての仲間を討てと命じるのだ。逆らえば謀反の仲間とみなされる。宗蔵は藩命に逆らえず、農家に向かうことになる。ここで描かれるのは悪徳家老に怒りを感じる主人公の姿である。欲を言えば、過去の御前試合のシーンを少しでも入れておいた方が良かっただろうが、このパートも決して悪い出来ではない。
困るのは一つ一つのシーンには感心しながらも、映画全体としてはそれほど響いてこないことだ。つまらないわけではないのに、「清兵衛」の完成度にはほど遠いと言わねばならない。下級武士のつましい暮らしを詳細に描き、自分の身分を受け入れて不平不満を言わない姿が世のサラリーマンの支持を集めた「たそがれ清兵衛」に比べると、今回の映画のベクトルは違う方向にある。至極単純にまとめてしまえば、今回は嫌な上司のいる組織に見切りを付ける男の話。つまり脱サラする男の話なのである。そこと「雪明かり」のパートをどう結びつけるかが脚本の腕の見せ所なのだが、それほどうまくいっていないのである。
ついでに言えば、今回の主人公は三十石。清兵衛は五十石の身分だったが、同じ東北・海坂藩の藩士なのに、清兵衛ほど貧乏暮らしには見えない。つまり、今回は描こうとしたことが「清兵衛」とは違うからだろう。そして、後半が一般的な時代劇にシフトした分、「清兵衛」のオリジナリティには及ばなかったわけである。