2006/02/26(日)「県庁の星」
あきの言葉がきっかけとなり、野村はスーパーの改善に懸命に取り組み、同時に一般庶民の視線に立って人間的な成長を果たしていく。桂望実の原作を「白い巨塔」や「ラストクリスマス」などテレビドラマのディレクター西谷弘が監督。終盤にある主人公の演説シーンなどは設定がリアリティーに欠けるし、県庁内部の描写にステレオタイプなものもある。しかし、後半、厳しい現実を知った主人公がそれまでの上昇志向から変わっていく姿には深く共感できるし、映画デビュー作としては上々の出来と思う。こういう話、僕はとても好きだ。織田裕二もいいけれど、目の動きや言いかけた言葉、さりげない仕草に深い情感を込めた柴咲コウの演技にほとほと感心させられた。柴咲コウ、「メゾン・ド・ヒミコ」に続いて絶好調である。
元々、野村がスーパー「満天堂」に研修に来たのは事業費200億円をかけたプロジェクトを成功させるためだった。そのプロジェクト、「特別養護老人複合施設(ケアタウン)」の建設は市民団体から反対の声が起きていた。プロジェクトに民間の視点を取り入れるため、野村など数人が民間企業に研修に行くことになる。スーパーのことを知り尽くし、“裏店長”と呼ばれるあきが店長(井川比佐志)から野村の教育係に指名される。最初は反発し合っていた2人が徐々に心を開くのはこうしたドラマの定跡と言えるが、この映画、べたべたしない展開が非常に良い。少しずつ少しずつ、2人は距離を縮めていくのだ。原作では中年女性のあきを25歳の女性に変更したのはロマンスの要素を取り入れるためだそうで、それは成功している。
町並みにそびえ立つ県庁のビルは庶民とかけ離れた県の政策、姿勢の比喩でもあるのだろう。高層ビルから下界に降りた野村は庶民の高さで物事を見ていくようになる。そしてスーパーの現状を仕方がないとあきらめていたあきも野村によって変わっていくことになる。「出会うはずのなかった二人 起こるはずのなかった奇跡」というこの映画のコピーは内容を端的に表していてうまいと思う。外国人もいるスーパー店員たちとの交流や売れる弁当を作るために主人公が奮闘する「満天堂」内の描写はどれも良い。残念ながら、県庁の描写はやや誇張された部分が感じられる。プロジェクトの話も原作にはないそうで、どうもこの部分の処理があまりうまくないのだが、人生の絶頂にあった主人公が転落するドラマティックさを強調するためには必要だったのかもしれない。
柴咲コウは「日本沈没」の撮影が終わって1週間でこの映画の撮影に入ったそうだ。準備期間がほとんどないままで、これだけの演技ができるのなら大したものだと思う。大作などよりはこうした生活感のある役の方が向いているのではないか。