2025/09/08(月)「遠い山なみの光」ほか(9月第1週のレビュー)

 ディズニープラスで配信中のドラマ「エイリアン アース」第5話がとても面白かったです。このドラマ、全体的に評判が良いのですが、5話は特に傑作でした。捕獲されていた5種類のエイリアンが逃げ出して宇宙船の中で乗組員を攻撃し、第1話の冒頭で描かれた宇宙船墜落の理由と過程が分かります。映画並みの予算をかけていますね。あと3話で終わるのがもったいない感じ。本当は10話の予定だったんですが、予算の関係で短縮されたそうです。

「遠い山なみの光」

「遠い山なみの光」パンフレット
「遠い山なみの光」パンフレット
 カズオ・イシグロの原作を石川慶監督が映画化。1952年の長崎と1982年のイギリスをつなぐ物語で、絶賛はしませんが、水準を上回る出来だと思います。そしてとても興味深い映画化になっています。

 イギリスの片田舎で暮らす悦子(吉田羊)が娘のニキ(カミラ・アイコ)に頼まれ、長崎に住んでいた頃の自分について話し始める。悦子(広瀬すず)は夫の二郎(松下洸平)と団地に暮らしていた。ある日、男の子たちにいじめられていた小学生の万里子(鈴木碧桜)と出会う。万里子は川のほとりの粗末な家で母親の佐知子(二階堂ふみ)と2人で暮らす。佐知子にはアメリカ人の恋人がいて、近くアメリカに移住する予定だという。お金に困っている佐知子に悦子はうどん屋の仕事を紹介する。そんな時、福岡に住む二郎の父親で、元教師の緒方(三浦友和)が長崎にやってくる。

 映画は長崎原爆の影響と、戦後の大きな転換について言及しながら、悦子と佐知子の対照的な姿を描いていきます。この映画を特異なものにしているのは終盤の2つの要素です。一つは悦子たちが路面電車から見る黒い服の女の正体。もう一つは最後に明かされる大ネタ。この大ネタに関してはミステリーやホラーに少なくない前例がありますが、黒い女の正体に関して前例は少ないでしょうし、かなり文学的なものになっています。

 「深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」というフリードリヒ・ニーチェ「善悪の彼岸」の有名なフレーズを借りれば、「過去を回想するとき、過去もまたこちらを認識しているのだ」となるでしょう。この解釈が正しいとは限りませんが、不思議で秀逸な場面だと思います。

 この終盤の2つの点について、原作でどう表現されているのか気になったので映画を見た後に文庫本を読みました。驚愕しました。この2つの要素が原作にはないんです。つまり原作を大きく改変しているわけです。

 普通なら、原作者が怒りそうなものですが、心配無用。カズオ・イシグロはこの映画のエグゼクティブ・プロデューサーであり、石川監督はイシグロと相談しながら、脚本を書いたそうです。パンフレットの監督インタビューを引用しておきます。

 「ある程度の曖昧さを残して、いろんな解釈ができるというのが原作のよさでもありますが、新たに自分たちの手で何かを渡そうとしているのなら、そのまま映画化するのは逃げだと思いました。カズオさんと相談しながら、我々の解釈を一つ提示するということが非常に大事でしたし、そうしなければ今のオーディエンスとコミュニケ-ションをとれたとは言えないのではないかということも、大きなモチベーションでした」

 映画のほとんどは原作に忠実なのですが、最後の2点だけが異なっています。こうした改変が可能なのは原作の間口が広く、多様な解釈の余地があるからです。いやあ、面白い。こういうことがあるんですね。僕らが目にしているのは43年前に出版された原作を現代に対応させるためにアップデートした、進化した物語であるわけです。

 二階堂ふみのセリフ回しはなんだか昔の日本映画のように思えました。これについて、石川監督は「50年代の映画俳優を彷彿させるお芝居で、最初の一文から役をすでに掴んでいるのがよく分かりました」と言っています。二階堂ふみ独自の役作りだったのですね。
▼観客多数(公開2日目の午後)2時間3分。

「入国審査」

「入国審査」パンフレット
「入国審査」パンフレット
 アメリカ移住を目指してスペインから来たカップルがニューアーク空港の入国審査で厳しい尋問を受けるサスペンス。尋問を受けているうちにどうやら問題があるのは男の方だと分かってきます。同時に女への不誠実な対応も明らかになります。しかし、男がこの対応を取らざるを得なくなった事情、生死にかかわる事情もよく理解できます。

 アメリカで移民問題が大きくなっている現状でとてもタイムリーな作品と言えるでしょう。皮肉な結末が効いてます。脚本・監督はともにベネズエラ出身のアレハンドロ・ロハスとフアン・セバスチャン・バスケスの共同。出演はアルベルト・アンマン、ブルーナ・クッシほか。
IMDb7.0、ロッテントマト100%(アメリカでは映画祭での上映)。
▼観客多数(公開2日目の午後)1時間17分。

「ベスト・キッド:レジェンズ」

「ベスト・キッド:レジェンズ」パンフレット
パンフレットの表紙
 アメリカでは低評価に終わってますが、日本ではまずまずの評価になってます。1作目と同じパターンの話であり、簡単な描写になっているのがアメリカでの低評価の理由でしょうが、主演のベン・ウォンのアクションがすごくて感心しました。

 空中でクルクル回るシーンがそれ。もしかしてCG使ってるんじゃないかと疑ってしまいますが、スローモーションでも見せるんですよね。

 ラルフ・マッチオ主演の元の「ベスト・キッド」シリーズとスピンオフの「コブラ会」シリーズ、ジャッキー・チェンが出演したリメイクを統合した物語で、「二つの枝 一本の樹」というセリフはそのことも象徴しているのかもしれません。

 主人公の母親役ミンナ・ウェンはマーベルのドラマ「エージェント・オブ・シールド」シリーズ(2013年~2020年)で知りました。あの頃は50代でも若く見えてアクションが凄いと思いましたが、今回はアクションを披露する場面はありません。既に61歳ですが、まだアクションできるんじゃないですかね。
IMDb6.3、メタスコア51点、ロッテントマト58%。
▼観客3人(公開4日目の午後)1時間34分。

「8番出口」

「8番出口」パンフレット
「8番出口」パンフレット
 世界的大ヒットゲームを川村元気監督が映画化。あまり評判がよろしくないようですが、僕は面白く見ました。別れた恋人から妊娠したとの相談電話を受けた男(二宮和也)が直後に地下通路から出られなくなるサスペンス。「迷う男」「歩く男」「少年」の3章構成で、「迷う男」は地下通路で迷ったことと、元恋人の妊娠をどうするかの迷いのダブルミーニングであることは明らかです。

 ホラー演出の気味の悪いシーンもありますが、物語としては真っ当な展開だと思います。監督集団「5月」の平瀬謙太朗が共同脚本と監督補を務めています。
▼観客多数(公開6日目の午後)1時間35分。

「冬冬の夏休み」

 侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の1984年の作品。日本での初公開は1990年で、キネマ旬報ベストテン4位にランクされています。この年の1位は同じく侯孝賢の「非情城市」でした。

 小学校を卒業した冬冬(とんとん=ワン・チークァン)が妹のティンティン(リー・ジュジェン)とともに田舎の祖父母の家で夏休みを過ごす物語。兄妹の母親は重い病気で入院していて、祖父母の家に行くのはこのためもあったのでしょう。田舎の村で兄妹は地元の子供たちと一緒に遊んだり、さまざまな体験をすることになります。少年の夏を描いて、これはとてもノスタルジックな作品だと思いました。

 物語の設定は撮影時と同じ1980年代だそうですが、田舎の光景は1960年代の日本を思わせます。主人公の年齢は異なるものの、なんとなく、黒木和雄監督「祭りの準備」(1975年)に近い郷愁があるなと思って見ていたら、知的障害のある女性が流産したことで健常者になったと思われる描写が出てきて、なおさらその感を強くしました。

 「祭りの準備」では出産によって女性が正気に返るというエピソードがあったんです。調べたら、「祭りの準備」の女性(桂木梨江)は薬物中毒の影響で正気を失っていたという設定でした。出産を機に体調が好転するというのはアジアでは一般的なのか、あるいは侯孝賢監督が「祭りの準備」を見ていたのか。いずれにしても、傑作2作品の面白い類似点だと思います。
IMDb7.6、ロッテントマト100%。
▼観客6人(公開5日目の午後)1時間38分。

2025/09/01(月)「アイム・スティル・ヒア」ほか(8月第5週のレビュー)

 以前、「鬼滅の刃 無限城編第一章 猗窩座再来」の感想で「『無限列車編』のようにテレビアニメ化は必ずあるだろうなと思います。連続アニメの語り方に向いている面もあるからです」と書きました。先日のラジオ「アトロク2」でライムスター宇多丸さんもレビューの中で「テレビシリーズを想定した作りになっている」と指摘していました。

 好評だったテレビシリーズを再編集して劇場版にすることがよくありますが、「鬼滅の刃」の場合はこの逆を行う方針なのでしょう。テレビ再編集の劇場版が200億も300億もの興収を上げることはありませんので、この逆方式はある意味、利益を最大限にする方法と言えます。

 事前にこのやり方が分かっていると、「どうせテレビで完全版をやるから」として興収に影響を与えることが予想されます。となると、テレビ版放映は3章まで全部終わってからになるんじゃないでしょうかね。いや、まだテレビ版が決定しているわけではないのですけど。

「アイム・スティル・ヒア」

「アイム・スティル・ヒア」パンフレット
「アイム・スティル・ヒア」パンフレット
 1970年代、軍事政権下のブラジルで元国会議員が軍に拉致された事件を描いたウォルター・サレス監督作品。この週に見た5本の中ではこれが最も充実し、面白かったです。

 軍事政権下のブラジルで元国会議員ルーベンス・パイヴァ(セルトン・メロ)とその妻エウニセ(フェルナンダ・トーレス)は5人の子どもたちとリオデジャネイロで穏やかに暮らしていた。しかしスイス大使誘拐事件を契機に国内の空気は一変。抑圧の波が広がるなか、1971年1月、ルーベンスは軍に逮捕されてしまう。共産主義者と関係があったからだった。翌日、エウニセも軍に拘束され、12日間にわたる過酷な尋問を受けた。極限状況のなか、エウニセは夫の行方を捜し続ける。

 軍のトラックが街中を走るなど不穏な光景はあるものの、序盤30分ぐらいをかけて描かれるのは一家の平和な日常のあれこれ。それが夫が逮捕されて一変し、家の中には銃を持った男たちが常駐してエウニセたちを監視するようになります。拘束されたエウニセが受ける尋問も理不尽であり、恐怖でしかありません。平和な日常の脆さを描いて秀逸な展開で、だからこそ権力の一極集中はとんでもない事態を生むと痛感させます。

 サスペンスを効果的に盛り込み、主人公の怒りと不安と歓喜を自在に緊密にコントロールするウォルター・サレスの演出は極めて的確です。主演のフェルナンダ・トーレスもそれに応える名演を見せ、アカデミー主演女優賞にノミネートされました。「ANORA アノーラ」(ショーン・ベイカー監督)のマイキー・マディソンよりも受賞にふさわしかったのに、と思います。この映画で描かれることが他人事ですませられないほどアメリカの今の状況は深刻じゃないですかね。

 終盤、車椅子で登場する長男のマルセロ(ギレルメ・シルヴェイラ)は20歳の時に第5頸椎を損傷するけがをして四肢麻痺となったそうです。その後、作家となり、この映画の原作を書いています。晩年のエウニセを演じるのはフェルナンダ・トーレスの実際の母親でサレス監督の「セントラル・ステーション」(1998年)に主演したフェルナンダ・モンテネグロ。
IMDb8.2、メタスコア85点、ロッテントマト97%。アカデミー国際長編賞受賞。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午後)2時間17分。

「愛はステロイド」

「愛はステロイド」パンフレット
「愛はステロイド」パンフレット
 1989年のニューメキシコを舞台にトレーニングジムで働くルー(クリステン・スチュワート)とボディビルダーのジャッキー(ケイティ・オブライアン)の愛と暴走を描くアクション。

 劇中に挟まれる2つの幻想的シーンが印象的です。一つはステロイドを打ってボディビル大会に出場したジャッキーが口から何かを吐き出し、それがルーだと分かる場面。もう一つはクライマックス、ルーが父親に襲われたと知ったジャッキーが怒りで体を超人ハルクのように膨張させ、巨大化するシーンです。どちらもジャッキーの幻覚を可視化したものと理解すべきで、これはステロイドによる副作用なんでしょうかね。いずれにしてもこの2つの視覚的アクセントはかなり有効に作用していたと思います。

 映画は父親に抑圧されて町を出ることもできずに鬱屈していたルーがジャッキーと愛し合うことで抑圧からの開放を果たすというプロット。これに「愛は血を流す」の原題通りに過激な暴力が絡んできます。「テルマ&ルイーズ」(1991年、リドリー・スコット監督)を彷彿させるプロットながら、それに行きそうでいかないB級アクション的な展開も良いです。

 クリステン・スチュワートとケイティ・オブライアン、監督のローズ・グラスはいずれもレズビアンであることを公言しているそうです。

 オブライアンは女優兼武道家。これまでに「アントマン&ワスプ クアントマニア」(2023年)、「ツイスターズ」(2024年)、「ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング」(2025年)などに出演しているそうですが、僕は顔と名前が一致していませんでした。「ミッション…」ではビリングの21番目なので、主要キャストではなかったようです。あの筋肉モリモリの体はもう忘れません。

 A24製作の映画はパンフレットを買うと、専用のビニール袋が付いてきます。僕はこれが2個目でした。パンフが1150円の半端な価格なのは袋代50円が入ってるからかな?
IMDb6.6、メタスコア77点、ロッテントマト94%。
▼観客2人(公開初日の午後)1時間44分。

「鯨が消えた入り江」

「鯨が消えた入り江」パンフレット
「鯨が消えた入り江」パンフレット
 自分には身に覚えのない盗作疑惑で激しいバッシングを浴びた香港の作家ティエンユー(テレンス・ラウ)は台湾へ向かい、そこで出会ったアシャン(フェンディ・ファン)と共に、かつて文通相手から聞いた“鯨が消えた入り江”を探す旅に出る。

 その文通というのが過去と現在でやり取りしているらしく、「イルマーレ」(2000年、イ・ヒョンスン監督)を思わせる設定ですが、作りが雑で著しく説得力を欠きます。これに対して男同士の愛に近いティエンユーとアシャンの関係は丁寧に描かれています。女性監督のエンジェル・テンは過去にもLGBTQ作品を撮っていて、ファンタジーよりもこちらに関心が高いのかもしれません。
IMDb6.7(アメリカでは映画祭での上映)
▼観客10人ぐらい(公開6日目の午後)1時間41分。

「雪風 YUKIKAZE」

「雪風 YUKIKAZE」パンフレット
「雪風 YUKIKAZE」パンフレット
 太平洋戦争中、激戦から何度も生還し、“幸運艦”と呼ばれた駆逐艦雪風を描く作品。ミッドウェー海戦からレイテ沖海戦、沖縄へ向かう途中の海戦が描かれますが、どれも簡単な描写に終わる上に乗員や家族のドラマのエモーションが決定的に足りないです。とりあえずまとめました、というような作品。

 雪風の艦長役に竹野内豊、先任伍長役に玉木宏、新人乗組員に奥平大兼、玉木宏の妹役に當真あみ。

 雪風に関しては戦後19年の段階で「駆逐艦雪風」(1964年、山田達雄監督)という映画が作られています。出演は長門勇、菅原文太、岩下志麻などですが、なんと海自の護衛艦「ゆきかぜ」を「雪風」に見立てるという無茶な撮り方をしていて時代色がほとんどないお手軽な映画でした(U-NEXTが配信してます)。雪風、映画に関しては幸運に恵まれていないようです。監督はこれが第一作の山田敏久。
▼観客10人ぐらい(公開14日目の午後)2時間。

「九龍ジェネリックロマンス」

「九龍ジェネリックロマンス」入場者プレゼント
入場者プレゼント
「九龍ジェネリックロマンス」パンフレット
パンフレットの表紙
 第二九龍(クーロン)城塞を舞台に描くミステリアスなSFラブストーリー。“ジェネリック”の部分はきちんと説明されていますが、ロマンス描写が足りないと思えました。眉月じゅんの原作はちょっとだけ、アニメは全話見ました。アニメと実写の共同プロジェクトなのでストーリーは基本的にアニメと同じです(省略はあります)。ジェネリックの部分も説得力が十分ではなく、ロマンスを目いっぱい魅力的にして、細部にゴタゴタ言わせない作りにした方が良かったと思います。

 第二クーロンの上空に浮かぶ謎の物体ジェネリックテラ(ジェネテラ)は人間の記憶を保存しておく機能がある。不動産会社に勤める鯨井令子(吉岡里帆)は先輩社員の工藤発(水上恒司)が気になる存在。ある日、工藤が自分とそっくりの女性と過去に付き合っていたことを知る。令子には過去の記憶があいまいだった。工藤と愛し合うようになった令子は自分の存在に疑問を持つようになる。ジェネテラを作った蛇沼製薬の蛇沼みゆき(竜星涼)はそんな令子に興味を持つ。

 吉岡里帆も水上恒司も原作のイメージから遠くありません。もっと面白くできる題材だと思います。監督は「君は放課後インソムニア」(2023年)の池田千尋、脚本は池田監督と和田清人の共同。

 エンドクレジットの後のハッピーな場面は良かったです。でもこれ、クレジット前に入れた方が良いでしょう。エンドロールが始まったら席を立つ観客も一定数いますから。その観客はホントの結末を知らずに帰ることになります。
▼観客6人(公開初日の午前)1時間57分。

2025/08/24(日)「私たちが光と想うすべて」ほか(8月第4週のレビュー)

 「ファイナル・デスティネーション」シリーズ最新作の「ファイナル・デスティネーション ブラッドライン」は日本では劇場公開されず、10月22日からDVD・ブルーレイ・配信開始となりました。タイトルは「ファイナル・デッドブラッド」。レーティングがR18+なのでヒットが見込めないという判断でしょうかね。

「ウルフズ」や「M3GAN ミーガン 2.0」など最近、こういうケースが続いてます。「ミーガン2.0」はまだ配信予定も発表されてません。IMDb6.1、メタスコア54点、ロッテントマト59%で、ここまで低評価だと劇場未公開もしょうがないかなと思います。「ファイナル…」はIMDb6.8、メタスコア73点、ロッテントマト92%と、まずまずの評価です。

「私たちが光と想うすべて」

「私たちが光と想うすべて」パンフレット
「私たちが光と想うすべて」パンフレット
 2024年のカンヌ国際映画祭グランプリを受賞したインド映画(フランス=インド=オランダ=ルクセンブルク合作)。個人的には特に優れた部分があるとは思えず、テーマの描き方も浅く感じ、どこが評価されたのか分かりにくい映画でした。玄人受けしそうなのはラスト近くにファンタスティックな場面を用意していることですが、煙に巻かれたような気分になりました。この年のパルムドールは「ANORA アノーラ」(2024年、ショーン・ベイカー監督)で、女性の生き方を描く点で本作と共通しています。その意味で一環した審査結果ではあり、審査委員長を務めたグレタ・ガーウィグ監督の好みの反映でもあるのでしょう。

 インドのムンバイが舞台。看護師のプラバ(カニ・クスルティ)と年下の同僚アヌ(ディヴィヤ・プラバ)はルームメイトとして一緒に暮らしている。プラバは職場と自宅を往復するだけの真面目な性格。何事も楽しみたい陽気なアヌとの間には少し距離がある。プラバは親が決めた相手と結婚したが、夫はドイツで仕事を見つけ、ずっと連絡がない。インドで多数派のヒンドゥー教徒であるアヌはイスラム教徒のシアーズ(リドゥ・ハールーン)と密かに付き合っているが、異教徒との交際を親が認めるわけがないことは分かっていた。病院の食堂で働くパルヴァディ(チャヤ・カダム)が高層ビル建設のためにアパートの立ち退きを迫られ、故郷の海辺の村へ帰ることになる。プラバとアヌは失意のパルヴァディの励ましも兼ねて村まで一緒に送っていくことにする。

 インドに詳しくない自分に理解しにくいのは言語のこと。プラバが働く病院の医師マノージ(アジーズ・ネドゥマンガード)はムンバイの公用語であるヒンディー語をうまく話せない設定ですが、じゃあ、この医師が話しているのは何語なんだと思うわけです。プラバと会話できるのはいったい何語で話しているからなのだろう?

 パンフレットによると、プラバたちが話しているのはマラヤーラム語です。プラバとアヌはインド南西部のケーララ州出身で、この州の公用語がマラーヤラム語であり、主要登場人物5人を演じる役者のうち、チャヤ・カダムを除く4人は実際にケーララ州出身とのこと。映画で交わされる会話の8割がマラーヤラム語であり、この映画はマラーヤラム語映画と言えるのだそうです。ちなみにケーララ州出身の看護師は優秀な人が多く、「マラーヤラリー・ナース」として一目置かれる存在なのだとか。

 ドキュメンタリー映画「何も知らない夜」(2021年)で注目を集めたパヤル・カパーリヤーの劇映画監督デビュー作。この映画もドキュメンタリーの手法を取り入れることを意識して撮ったそうです。冒頭の場面といい、確かにそんな感じです。カパーリヤー監督はムンバイ出身で、マラーヤラム語は話せないそうです。
IMDb7.3、メタスコア93点、ロッテントマト100%。
▼観客11人(公開2日目の午後)1時間58分。

「バレリーナ The World of John Wick」

b「バレリーナ The World of John Wick」パンフレット
「バレリーナ」パンフレット
 「ジョン・ウィック」シリーズのスピンオフでアナ・デ・アルマス主演。シリーズの監督であるチャド・スタエルスキは製作に回り、「アンダーワールド」シリーズや「ダイ・ハード4.0」のレン・ワイズマンが監督していますが、スタエルスキが追加撮影した部分もあるそうです。アクションのバリエーションが凄い映画で、特に手榴弾を使ったアクションと火炎放射器同士の戦いに見応えがあって感心しました。アクション映画ファンは必見です。

 幼い頃に父親を殺されたイヴ(アナ・デ・アルマス)がロシア系犯罪組織“ルスカ・ロマ”で殺しの腕を磨き、父の復讐に立ち上がるという物語。なぜタイトルが「バレリーナ」というと、ルスカ・ロマでは殺しの技術と同時にバレエも教えているからです。

 アルマスはスタエルスキが共同設立したアクションデザイン会社87elevenでトレーニングを積み、ハードなアクションを見せています。危険なアクション場面ではダブルがいたそうですが、これは吹き替えではないだろうと思えるワンカットのアクションもあって、シャーリーズ・セロンを受け継ぐ美形のアクション女優という感じでした。アルマスは「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」(2021年、キャリー・ジョージ・フクナガ監督)で華麗なアクションをこなしていました。あれがこの役に繋がったのでしょうね。もっとアルマスのアクションを見たいです。

 「バレリーナ」というタイトルを聞いてNetflixのアクション映画「バレリーナ」(2023年、イ・チュンヒョン監督)を思い浮かべましたが、内容は全く関係ありませんでした。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)2時間5分。

「桐島です」

「桐島です」パンフレット
「桐島です」パンフレット
 足立正生監督の「逃走」と同じく「東アジア反日武装戦線 “さそり”部隊」のメンバー、桐島聡を描いた作品。49年間逃走を続けた桐島の逃走中の詳細は分かっていませんので、「爆弾犯の娘」である脚本の梶原阿貴は自分の父親のエピソードを取り入れて物語を作っています。高橋伴明監督の演出も的確で、映画としての結構は「逃走」より上だと思いました。何より主演の毎熊克哉が桐島とよく似ています。

 クリスマスツリー爆弾事件の犯人を父親に持つ梶原阿貴はそれを見込まれて高橋監督から脚本を依頼されたそうです。「5日で初稿あげてこい」という監督の要求は無茶ですが、既に桐島の記事をスクラップしていた梶原阿貴はそれに応えました。自伝的エッセイの「爆弾犯の娘」(ブックマン社)もそうなのですが、梶原阿貴の文章にはユーモアが滲み出ていて好ましいです。劇中、桐島が安倍首相の言動に怒ってコーヒーカップを投げつけて画面を割るテレビは梶原阿貴が私物を提供したそうです。

 ラスト、アラブ地方と思える場所にいる女性を高橋恵子が演じています。超法規的措置で海外に逃亡した「東アジア反日武装戦線」のメンバーのうち、国際手配され、まだ逃走中の女性は大道寺あや子(大道寺将司の妻)です。エンドクレジットを確認したら、高橋恵子の役名はAYAとなっていました。
▼観客8人(公開5日目の午後)1時間29分。

「ChaO」

「ChaO」パンフレット
「ChaO」パンフレット
 「海獣の子供」のスタジオ4℃がアンデルセンの童話「人魚姫」をモチーフに製作したアニメ。興行的に歴史的大爆死と言われているそうで、僕が見た時も観客1人でした。今年観客1人だった映画は「愛されなくても別に」「見える子ちゃん」に続いて3回目なので別に珍しくはありません。去年は「夜の外側 イタリアを震撼させた55日間」の前編、「密輸1970」「おいしい給食 Road to イカメシ」「美と殺戮のすべて」の4本でした。平日の地方の映画館はそんなものです。

 内容的にはともかく興行的に失敗した原因は誰もが言うようにキャラクターデザインがかわいくないからでしょう。「人は見た目が9割」というベストセラーがありましたが、アニメ映画もキャラデザインがかなり重要なのです。映画を見たいかどうかはそれで決まる要素が大きいです。

 これに関連して、主人公のChaO(チャオ)が水の中では人魚、陸に上がると魚の形態なのも計算違いの気がします。「スプラッシュ」(1984年、ロン・ハワード監督)のダリル・ハンナは陸に上がると人間、水に入ると人魚の姿でした(これが普通)。ChaOは本当に愛し合ってる人の前では陸上でも人魚の姿になるという設定で、これはルッキズムの観点から言うと好ましくはないでしょう。

 舞台が上海なのもよく分かりません。中国での公開を考えたんでしょうか? ストーリー的にも同じ「人魚姫」モチーフの「リトル・マーメイド」(1989年、ジョン・マスカー、ロン・クレメンツ監督)の素直な展開に負けてます。アニメの技術ではかなり頑張っているのに惜しいです。
▼観客1人(公開6日目の午前)1時間45分。

2025/08/17(日)「黒川の女たち」ほか(8月第3週のレビュー)

 スピンオフドラマ「エイリアン:アース」の配信がディズニープラスで始まりました。現在2話までですが、同サービスのスピンオフとしては久しぶりに続きを見たい作品になってます。

 「エイリアン」(1979年、リドリー・スコット監督)の2年前、2120年の地球が舞台。プロディジー社の天才創業者兼CEO若き天才CEOカヴァリエ(サミュエル・ブレンキン)は“ネバーランド・リサーチ・アイランド”で不老不死に関する実験を行っていた。実験を重ねる中、12歳の少女ウェンディは自身の意識を成人女性形態のアンドロイドに移され、世界初の<ハイブリッド>として生み出される。ある日、プロディジーシティにウェイランド・ユタニ社の宇宙船「マギノット号」が墜落する。宇宙船の中に格納されていたモノを回収するべく派遣されたのは、ウェンディ(シドニー・チャンドラー)を中心とした人間の身体能力をはるかに凌駕する<ハイブリッド>たち。船内は荒れ果てた廃墟のようになっていた。この宇宙船、宇宙の深淵から5種の生命体を回収し、それらが逃げ出したらしい。

 というわけで、おなじみのエイリアン“ゼノモーフ”だけでなく、大小の異なるエイリアンが登場します。これに対抗するのが、ウェンディたちハイブリッド、という展開。主演のシドニー・チャンドラーは29歳ですが、ティーンを演じて違和感はありません。監督はノア・ホーリー。製作は「SHOGUN 将軍」を大成功させたFX。全8話の予定です。
IMDb8.1、ロッテントマト87%、フィルマークス4.0。

「黒川の女たち」

「黒川の女たち」パンフレット
「黒川の女たち」パンフレット
 敗戦後の満州で開拓団を守るためにソ連軍幹部への性接待をさせられた黒川開拓団の女性たちを描くドキュメンタリー。女性たちは帰国後、故郷で感謝されるどころか中傷を浴び、苦難の人生を送ってきました。このため戦後長く沈黙を貫きましたが、2013年以降、「なかったことにはできない」として声を上げるようになりました。映画は当時の状況を説明し、女性たちと開拓団の子孫が送ってきた戦後を描いています。

 黒川開拓団は岐阜県黒川村(現在の白川町)の農民で組織した開拓団。貧しい農民が多かったとされています。満蒙開拓は1931年の満州事変以降、日本が国策として推進し、中国の人たちから家と農地を安く買いたたいて開拓団に提供しました。黒川村からは600人以上が加わったそうです。

 映画の中で高校の先生が授業で話しますが、開拓団には中国への加害と被害の両方の側面があります。敗戦後に現地の人たちから迫害を受けたのは戦時中の恨みを買っていたからです。それ回避するため、黒川開拓団が考えたのは侵攻してきたソ連軍に守ってもらうこと。どちらから言い出したのかは分かりませんが、その引き換えに18歳以上の未婚女性15人が性接待をさせられることになりました。

 年老いた女性たちが語る言葉が重いです。「私たちがどれほど辛く悲しい思いをしたか、私らの犠牲で帰ってこれたということは覚えていて欲しい」「次に生まれるその時は平和の国に産まれたい。愛を育て慈しみ花咲く青春綴りたい」。松原文枝監督のインタビューによると、そうした女性たちは性接待の事実を世間に明らかにしたことで笑顔が出るなど大きな変化があったそうです。もちろん、自身の若い頃の性被害を告白することには相当な勇気が必要だっただろうと思います。

 2018年11月、性接待の事実を刻んだ「乙女の碑」の碑文が完成。その除幕式のあいさつで黒川開拓団遺族会会長の藤井宏之さんは女性たちへの謝罪の言葉を述べました。藤井さんの父親は開拓団に参加し、性接待の呼び出し係をしていたそうですが、当時生まれてもいなかった藤井さん自身には何の責任もありません。それでも碑文を書き、謝罪し、女性たちのために尽力する姿には頭が下がります。

 松原監督は「ハマのドン」(2023年)に続いて監督2作目。テレビ朝日の記者、報道ステーションディレクターなどを経て現在はビジネスプロデュース局の部長。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午後)1時間39分。

「この夏の星を見る」

「この夏の星を見る」パンフレット
「この夏の星を見る」パンフレット
 辻村深月の原作を残り数十ページぐらいまで読んだところで映画を見ました。映画は原作を端折ったところや駆け足の描写もありますが、原作のエッセンスをうまくすくい上げ、むしろ原作より良い出来だと思います。「私たちなら、できる」と言い切る溌剌とした主人公を演じる桜田ひよりをはじめ黒川想矢、中野有紗、早瀬憩、星乃あんな、水沢林太郎ら若い俳優たちが実に良いです。コロナ禍の青春の輝きを情感豊かに活写した傑作。

 コロナ禍で部活動が制限された2020年、茨城の高校2年生・溪本亜紗(桜田ひより)はオンラインでのスターキャッチ・コンテストを思いつく。賛同したのは東京の中学校と高校、長崎県五島の高校で計4校の生徒たちが手作りの望遠鏡で競うことになる。同時に映画はコロナ禍のさまざまなドラマを取り入れ、悩み苦しむ生徒たちがコンテストに向かうことで希望を見いだしていく姿を描いています。

 クライマックス、12月のISS(国際宇宙ステーション)観測会で、厚い雲に覆われていた茨城の夜空が奇跡のように晴れてくる場面は原作にはありません。いや、前日譚で本編の1年前を描く短編「薄明の流れ星」の中にあるんですが、それをうまく取り入れてドラマティックな効果を上げています。森野マッシュの脚本はそうしたアレンジにうまさを感じました。

 森野マッシュと同様、山元環監督もこれが商業映画デビューですが、正攻法の演出に加えて画面構成のうまさが光っていると思いました。原作ではピンとこなかったオンライン・スターキャッチ・コンテストのやり方は映画ではよく分かりました。夜空へ天体望遠鏡を向ける素早い動き自体が形になってます。

 映画を見た辻村深月は「私が小説で書いた風景や迷いながら選び取った場面が言語化を超えた映像になっていて、魔法を目撃したような気持ち」と高く評価しています。
▼観客多数(公開初日の午後)2時間6分。

「顔を捨てた男」

「顔を捨てた男」パンフレット
「顔を捨てた男」パンフレット
 ルッキズムの観点から「サブスタンス」(コラリー・ファルジャ監督)に言及するレビューが多いようですが、自分と似た外見の他者が現れるというプロットから僕はエドガー・アラン・ポーの「ウィリアム・ウィルソン」(「世にも怪奇な物語」でアラン・ドロンが演じました)を思い浮かべてました。

 この映画に登場するのは「ウィリアム・ウィルソン」のようなドッペルゲンガーではなく、主人公エドワード(セバスチャン・スタン)と同じ神経線維腫で顔が「エレファントマン」のように変形したオズワルド(アダム・ピアソン)。性格はうつむきがちなエドワードとは正反対の明るさです。実験的な治療で新しい顔を得たエドワードは新しい人生に踏み出し、恋人と仕事を得ますが、そこにオズワルドが現れてエドワードから恋人も仕事も奪っていくという展開。オズワルドには悪意があるわけではないのがエドワードにとって痛いところでしょう。アダム・ピアソンは実際の神経線維腫の患者だそうです。

 映画は前半が特に面白いんですが、結末に向かって意外性があまりないのが少し残念。恋人役を演じるのは「わたしは最悪。」のレナーテ・レインスヴェ。監督のアーロン・シンバーグは長編3作目ですが、日本公開は初めて。口唇口蓋裂の治療を受けた経験があるそうです。
IMDb6.9、メタスコア78点、ロッテントマト93%。
▼観客6人(公開7日目の午後)1時間52分。

「脱走」

「脱走」パンフレット
「脱走」パンフレット
 北朝鮮の兵士が韓国への脱出を目指すサスペンス。主人公が南へ向かって走る前に紆余曲折のピンチがあるんですが、いったん始めたら地雷原も難なく走りきり、スムーズな脱北が出来てしまいます。十分な下調べがあったとはいえ、簡単すぎる気がしました。

 非武装地帯を警備する主人公ギュナム軍曹にイ・ジェフン、幼なじみの保衛部少佐ヒョンサンをク・ギョファンが演じています。監督は「サムジンカンパニー1995」のイ・ジョンピル。
IMDb6.4、ロッテントマト71%(アメリカでは映画祭での上映のみ)
▼観客9人(公開6日目の午後)1時間34分。

2025/08/10(日)「カーテンコールの灯」ほか(8月第2週のレビュー)

 Googleで「長崎原爆を描いた映画」を検索すると、AIの回答の中に「黒い雨 (1989年):井伏鱒二の小説を原作に、原爆投下後の長崎を舞台に、原爆症に苦しむ人々の姿を描いた作品」と出てきました(今は修正されてます)。もちろん、「黒い雨」が描いたのは広島原爆の方です。

 Googleは「AI の回答には間違いが含まれている場合があります」と注意書きを付けていますが、いったいどこを捜したら、こんな回答になるんですかね。間違った人のブログでも参照してたんでしょうか?

「カーテンコールの灯」

「カーテンコールの灯」パンフレット
「カーテンコールの灯」パンフレット
 原題のGhostlightは「劇場が閉まっている時、舞台上に灯されたままになっているライト」のこと。主に安全を保つためのものですが、劇場に住みつく亡霊を遠ざける意味もあるそうです。そのタイトル通り、これはある悲劇的な出来事から立ち直れず、崩壊しそうになっている家族が演劇を通して再生する姿を描いています。

 建設作業員のダン(キース・カプフェラー)は妻シャロン(タラ・マレン)と思春期の娘デイジー(キャサリン・マレン・カプフェラー)とのすれ違いの日々を送っていた。ある日、見知らぬ女性に声をかけられたダンは小さなアマチュア劇団の「ロミオとジュリエット」に参加することに。最初は乗り気でなかったが、個性豊かな団員と過ごすうちに居場所を見出してゆく。ダンはロミオ役に抜擢されるが、劇の内容と自身のつらい経験が重なり、次第に演じることができなくなってしまう。そして家族や仲間の想いが詰まった舞台の幕が上がる。

 主人公が出演する「ロミオとジュリエット」の悲劇は主人公が置かれた状況と近すぎると感じました。もちろん、過去のつらい体験と近い内容を演じることで立ち直ることもあるのでしょうが、それよりも役を演じること自体と、新たな仲間とともに公演を成功させること(何かを成し遂げること)が再起に大きな役割を果たすのではないかと思います。

 監督は「セイント・フランシス」(2019年)のアレックス・トンプソンと、脚本も担当しているケリー・オサリヴァンの共同。小品ですが、ユーモアを絡めた作劇は好印象で温かみがあり、スッカスカの大作などよりよほど心に残る作品になっています。主人公の家族を演じた3人は実際の家族だそうです。

 邦題は意味が分かるようで分からず、決して良くありません。普通に「ゴーストライト」とすると、ホラー映画と間違われそうですし、「劇場の灯」もピンとこないので考えた末にこう付けたのでしょうが、もう少し良いタイトルはありませんかね。
IMDb7.6、メタスコア82点、ロッテントマト99%。
▼観客3人(公開初日の午後)1時間55分。

「アメリカッチ コウノトリと幸せな食卓」

「アメリカッチ コウノトリと幸せな食卓」パンフレット
パンフレットの表紙
 タイトルの「アメリカッチ」はアメリカ人の意味。これも「カーテンコールの灯」同様、しみじみと良かったです。

 オスマン帝国(現在のトルコ)によるアルメニア人虐殺・迫害から逃れるために、幼い頃アメリカに渡ったチャーリー(マイケル・グールジャン)は1948年、祖国アルメニアに戻る。ソビエト連邦の統治下であっても、理想の故郷と思えたからだ。だが、食料を求める長蛇の列、劣悪な生活環境、そしてソ連による統治の重圧に直面する。ある日、チャーリーは不当に逮捕され、収監されてしまう。悲嘆に暮れながらも、牢獄の小窓から近くのアパートの部屋が見えることに気づき、そこに暮らす夫婦の“幸せな食卓”を観察することが彼の日課となる。

 ヒッチコックの「裏窓」(1954年)を思わせるシチュエーションですが、サスペンスではなく、ユーモアも絡めたヒューマンなドラマです。監督・主演を務めたマイケル・グールジャンはサンフランシスコ生まれのアルメニア系アメリカ人。

 アカデミー国際長編映画賞のショートリストに入ったそうですが、ノミネートには至りませんでした。
IMDb7.3、メタスコア62点、ロッテントマト88%。
▼観客5人(公開7日目の午前)2時間1分。

「長崎 閃光の影で」

「長崎 閃光の影で」パンフレット
「長崎 閃光の影で」パンフレット
 1945年の長崎で原爆被爆者の救護に当たった看護学生の少女たちを描いた作品。「閃光の影で:原爆被爆者援護赤十字看護婦の手記」(日本赤十字社長崎県支部)を原案に長崎出身で被爆三世の松本准平が脚本(保木本佳子と共同)と監督を務めました。

 長崎原爆をテーマにした作品は黒木和雄監督の傑作「TOMORROW 明日」(1988年、キネ旬ベストテン2位)がありますが、広島原爆の映画に比べて数は意外に少なく、投下後の惨状を劇映画で本格的に描いた作品はほかに思いつきません。プロデューサーの鍋島壽夫は「TOMORROW 明日」をプロデュースした人。「TOMORROW 明日」で原爆投下前の長崎の人々を描いたので、今度は投下後を描く作品を作りたかったのでしょう。

 井上光晴の原作(「明日 一九四五年八月八日・長崎」)があった「TOMORROW…」に対して、これは手記の脚本化。ドラマに弱い部分があるのは端的に脚本の詰めが足りなかったためと思われます。朝鮮人を差別し、治療を拒否する場面を描くなど意欲的な部分もありますが、物語にエモーションをかき立てるような求心力が今一つ足りないと思えました。

 映画初主演の菊池日菜子をはじめ出演者は頑張ってます。主題歌は福山雅治作詞作曲の「クスノキ」(2014年発表)を使用していて、これはぴったりの選曲だと思いました。
▼観客9人(公開5日目の午後)1時間49分。

「ジュラシック・ワールド 復活の大地」

「ジュラシック・ワールド 復活の大地」パンフレット
パンフレットの表紙
 登場人物を一新したシリーズ第7作。心臓病の治療薬に恐竜のDNAが活用できることが分かり、陸・海・空に生息する3大恐竜のDNAサンプルを採取しようとするストーリー。酷評が多いですが、僕は退屈せずに見ました。序盤の海洋恐竜モササウルスとの戦いは「ジョーズ」(1975年)を思わせ、相手が巨大なだけにずっとリアルで迫力がありました。

 ミッションに参加するのは製薬会社のマーティン・クレブス(ルパート・フレンド)、特殊工作員ゾーラ・ベネット(スカーレット・ヨハンソン)、彼女が信頼するダンカン・キンケイド(マハーシャラ・アリ)、古生物学者のヘンリー・ルーミス博士(ジョナサン・ベイリー)ら。これにモササウルスに襲われて転覆したヨットで漂流していたルーベン・デルガド(マヌエル・ガルシア=ルルフォ)の娘2人と娘の恋人の計4人が加わります。ゾーラたちは金儲けのために恐竜の島に乗り込むわけで、共感を得にくいのが難(後で改心します)。そんな危険な場所に行って、当然のように危険な目に遭うのは自業自得で、ドラマもキャラクターの深みも足りません。

 それでも、おなじみのティラノザウルスをはじめ、巨大翼竜のケツァルコアトルス、竜脚類ティタノサウルスなどさまざまな恐竜が登場し、存分に暴れ回ってくれます。そういうものを好きな人は楽しめるでしょう。誰かが書いてましたが、アトラクションのような映画であり、4DXやMX4Dの体感型上映方式にぴったりではないかと思います。監督は「GODZILLA ゴジラ」(2014年)、「ザ・クリエイター 創造者」(2023年)のギャレス・エドワーズ。
IMDb6.1、メタスコア50点、ロッテントマト51%。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午前)2時間1分。

「アンティル・ドーン」

 人気ゲームの実写化で、人里離れた山荘で男女5人が殺されて生き返るループを繰り返すホラー。これも酷評だらけですが、ラストのループの貧弱な説明を除けば、まずまずと思いました。

 ループを抜けるには夜明けまで生き延びる必要があります。しかも単なるループではなく、繰り返すうちにどうやら怪物化していくことが分かってきます。ループできるのは13回目までらしく、それを超えると怪物になって夜に取り込まれてしまう、というわけ。

 敵も殺され方もバリエーションがあり、残虐描写が多いのでR18+指定となってますが、それほど大したことはありませんでした。監督は「アナベル 死霊人形の誕生」(2017年)、「シャザム!」(2019年)のデビッド・F・サンドバーグ。
IMDb5.8、メタスコア47点、ロッテントマト52%。
▼観客5人(公開6日目の午後)1時間43分。