2023/09/24(日)「ジョン・ウィック コンセクエンス」ほか(9月第4週のレビュー)

 「ジョン・ウィック コンセクエンス」はキアヌ・リーブス主演、チャド・スタエルスキ監督によるアクション映画のシリーズ第4作で、たぶん最終作。「コンセクエンス」(Consequence)は劇中何度かセリフに出てきて、字幕は「報い」と訳していますが、原題はシンプルに「JOHN WICK:CHAPTER4」です。

 裏社会を牛耳る主席連合から狙われるジョン・ウィック。主席連合の配下で権力を得たグラモン(ビル・スカルスガルド)は聖域としてジョンを守ってきたニューヨークのコンチネンタルホテルを爆破する。さらにジョンの旧友で盲目のケイン(ドニー・イェン)に娘の命と引き換えにジョン・ウィックの殺害を命じる。ジョンは大阪のコンチネンタルホテルを訪れ、旧友で支配人のシマヅ(真田広之)に協力を求めるが、そこにも組織の殺し屋たちがやって来る。

 シンプルな物語に壮絶なアクションを絡めた構成はこれまで通りですが、アクションの質の高さが今回はワンランク上がった印象です。パリの凱旋門のロータリーでジョンと多数の殺し屋が次々に車にはねられながら闘ったり、クライマックス、200段以上ある階段を何度も何度も転げ落ちながら闘ったり、いやこれはどうやって撮影したんだと思うシーンが続出します。ドニー・イェンと真田広之というアクション映画界のベテラン2人を出したのは大正解で、動きに風格があり、画面の重みがまるで違います。

 「ベイビーわるきゅーれ」(2021年)の伊澤彩織は真田広之の娘アキラ役を演じるリナ・サワヤマのスタントダブルにクレジットされていますが(和田崎愛と共同)、キネ旬のインタビューによると、当初はアキラ役の候補でもあったのだそうです。スタエルスキ監督に「ベイビーわるきゅーれ」を見せたら、「Oh,female John Wick!」と喜んだのだとか。伊澤彩織は謎の芸者役で本編にも一場面登場しているそうですが、気づきませんでした。

 3時間近い映画の8割ぐらいはアクションが占め、お腹いっぱいになります。ストーリーにもう少し凝った展開があると、満足感がさらに高まり、文句なしの一級品になるんじゃないかと思います。
IMDb7.8、メタスコア78点、ロッテントマト94%。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間49分。

「夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく」

 汐見夏衛の原作を酒井麻衣監督が映画化。高校生のラブストーリーには興味がないので敬遠していましたが、最近、ドラマで見かけることが多い久間田琳加が主演していることと、一部で評判が良いので見ました。マスクを手放せない主人公の設定はコロナ禍の影響かと早合点しますが、原作はコロナ以前の2017年に出版されているので関係ありません。といっても、コロナ禍以来マスクしたままの人も多いのでタイムリーな設定と言えますし、映画もそれを意識しているでしょう。

 高校で学級委員長を務める茜(久間田琳加)は人前でマスクを外さない。銀髪のクラスメイト青磁(白岩瑠姫)が苦手だったが、ある日、マスクを忘れて過呼吸になったところを青磁に助けられる。茜は徐々に青磁が描く絵や彼のまっすぐな性格に惹かれていく。茜の母親(鶴田真由)は離婚した後に再婚し、茜には年の離れた義妹がいる。茜は義父(吉田ウーロン太)を「お父さん」と呼べず、家では疎外感を感じている。

 というのが物語の設定。原作には引きこもり状態の兄がいますが、映画はその設定を外したことで茜の疎外感がより強まっています。この序盤の描き方がとても良いのですが、青磁との関係に重心が移っていくと、やや普通のラブストーリーになってしまった観があります。

 茜がマスクを手放さないのは小学生の頃のある出来事が原因で、それ以来、率直な性格から控えめで慎重な性格に変わりました。マスクを外さない=本心を見せないことのきっかけになった重要な出来事ですが、それにかかわる人物のことを茜は忘れていて、これは不自然に思えました。物語の根幹の部分なのでここは工夫したかったところ。

 久間田琳加、白岩瑠姫は無難に役をこなしています。酒井監督の演出もまずまず。汐見夏衛のデビュー作「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。 」は福原遥主演で映画化され、12月に公開予定です。
▼観客5人(公開21日目の午後)1時間40分。

「シモーヌ フランスに最も愛された政治家」

 フランスで違法だった妊娠中絶の合法化に尽力したほか、移民やエイズ患者、刑務所の囚人などの待遇改善に努めた政治家シモーヌ・ヴェイユの生涯を描いた作品。シモーヌの政治姿勢は人道主義が根本にあり、苦しんでいる人がいたら、イデオロギーを超えてまず助ける方を選びます。そこが素晴らしく感動的なところです。

 ユダヤ人であるシモーヌは家族とともにアウシュヴィッツに収容されましたが、幸い収容期間が約6カ月と短かったこともあって助かりました(母親は死亡)。このアウシュヴィッツ体験が人道主義の形成に影響を与えたことは確かなのでしょうが、アウシュヴィッツ体験者のすべてがシモーヌのようになったわけではないので、元々の資質も大きいのでしょう。

 映画は前半がややダイジェスト的になっているものの、シモーヌの考え方は十分に伝えています。僕は寡聞にしてシモーヌのことを知りませんでした。一見の価値は大いにある映画だと思います。脚本・監督は「エディット・ピアフ 愛の讃歌」(2007年)「グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札」(2014年)のオリヴィエ・ダアン。
IMDb6.8、ロッテントマト70%(アメリカでは限定公開)。
▼観客5人(公開2日目の午後)2時間20分。

「名探偵ポアロ ベネチアの亡霊」

 アガサ・クリスティの「ハロウィーン・パーティ」をケネス・ブラナー監督が映画化。ブラナー監督・主演版のクリスティ映画は「オリエント急行殺人事件」(2017年)「ナイル殺人事件」(2020年)に続いて3作目になりますが、今回は前2作ほど有名な原作ではありません。

 1969年、クリスティが79歳の時に書いた作品で、新訳版の文庫本にある若竹七海さんの解説によると、「犯人の設定はクリスティがさんざん使い込んできたおなじみのパターン。物語は本作の13年前に発表された『死者のあやまち』そっくり」なのだそうです。

 原作の舞台となっているのはロンドンから50-60キロのところにあるウッドリー・コモンという村ですが、映画ではベネチアに変えてあります。このシリーズには観光映画的な側面があるからでしょうか。ホラー風味の演出も取り入れた作りは悪くありませんが、ポアロがあまりに簡単に事件を解決するのが物足りないです。
IMDb6.8、メタスコア63点、ロッテントマト77%。
▼観客13人(公開5日目の午後)1時間43分。

2023/09/17(日)「ミステリと言う勿れ」ほか(9月第3週のレビュー)

 「ミステリと言う勿れ」は田村由美原作のテレビドラマで取り上げられなかった「広島編」の映画化で、天然パーマの大学生・久能整(菅田将暉)が旧家の遺産相続争いに巻き込まれるミステリー。原作が面白いこともあるのでしょうが、最近の日本のミステリー映画ではよくできた部類の作品になっていると思いました。

 美術展のために広島を訪れた久能整は犬堂我路(永山瑛太)の知り合いという女子高生・狩集汐路(原菜乃華)からアルバイトを持ちかけられる。狩集家の莫大な遺産相続を巡るものだった。狩集家の遺産相続では毎回死人が出ており、汐路の父・弥(わたる=滝藤賢一)も8年前に他のきょうだい3人とともに自動車事故で死亡していた。 そして今回も相続候補の赤峰ゆら(柴咲コウ)が蔵に閉じ込められ、汐路を狙って植木鉢が落ちてくる。階段に油が塗られ、波々壁新音(ははかべねお=萩原利久)が滑り落ちるなど事件が頻発する。

 普段の舞台である東京を離れ、独立した作品なので犬堂我路の存在以外はドラマを見ていなくても分かる作りになっています。その我路を少しでも説明するため相沢友子の脚本は原作にはない我路と汐路の場面を冒頭に持ってきています。ほぼ原作に忠実な脚色で、演出もそれに沿ったものです。

 久能整は相変わらず“絶口調”。
「子供はバカじゃないです。自分が子供の頃バカでしたか?」
「証拠を出してみろとか言うのは、大抵犯人って僕は常々思っています」
「半分こして大きいほうをくれる人が優しいとは限らないです。そんなことどうでもいい人もいるし、罪悪感からする人も目的がある人もいる」
「“女の幸せ”とかにもだまされちゃダメです。それを言い出したのは多分おじさんだと思うから。女の人から出た言葉じゃきっとない。だから真に受けちゃダメです。女性をある型にはめるために編み出された呪文です」
などなど、どれも原作にあるセリフですが、共感する人は多いでしょう。こういうところがこのキャラクターとドラマ、原作の支持が大きい所以なのだと思います。

 原菜乃華は子役時代を含めてキャリアは長いですが、映画の中心にいて少しも不思議ではない演技力と魅力を見せています。原作の広島編には登場しない大隣署の伊藤沙莉、尾上松也、筒井道隆が最後に顔を見せるのはドラマファンへのサービスですね。相変わらず尾上松也がおかしかったです。このスタッフ、キャストで続編を(映画でもドラマでも)見たいです。松山博昭監督。2時間9分。

「グランツーリスモ」

 大ヒットしたドライビングシミュレーションゲーム「グランツーリスモ」のトッププレイヤーを本物のレースドライバーに育成するGTアカデミーの実話を映画化。ゲームプレイヤーを本物のレーサーにしようという発想が出てくるぐらい「グランツーリスモ」はよく出来たシミュレーションなのでしょうが、入り口はどうあれ、アカデミーに入った後は本物のレーサーになるための訓練を重ねることになり、これは本格的レース映画になってきます。

 ヤン(アーチー・マデクウィ)はグランツーリスモに夢中になり、父親(ジャイモン・フンスー)から「レーサーにでもなるつもりか」と呆れられ、サッカー選手を目指す弟からもバカにされていた。GTアカデミーを設立したダニー(オーランド・ブルーム)はグランツーリスモでトップの得点をたたき出したヤンに目を付け、アカデミーに誘う。指導するのは元レーサーのジャック・ソルター(デヴィッド・ハーバー)。ジャックはル・マン24時間レースでの事故でレーサーをやめた過去があった。ヤンは10人のアカデミー生の中でもトップに立ち、実際のレースに参加する。

 日産GT-Rニスモが何台も登場して競い合うアカデミーの描写はカーマニアにはたまらない描写。難コースで知られるドイツのニュルブルクリンクでヤンが観客席に飛び込む重大事故を起こし、失意からル・マンでの入賞を目指すというストーリーと、主人公たちが負け犬的立場にあることもスポ根ものの王道を行く展開となっています。

 「第9地区」(2009年)のニール・ブロムカンプ監督はスピーディーな演出とレース場面の迫力で手腕を発揮しています。ドラマにややコクが足りないと思える面はありますが、十分に楽しめる出来と思いました。アメリカの評論家の評価が高くないのは日産とプレイステーションのPR的側面があるからでしょうかね。2時間14分。
IMDb7.4、メタスコア48点、ロッテントマト64%。
▼観客3人(公開初日の午前)

「コンサート・フォー・ジョージ」

 ジョージ・ハリスン死去の1年後、2002年11月29日にロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで開かれた追悼コンサートの模様を伝える映画。コンサートの企画はジョージの妻オリヴィアと息子のダニー。40年来の盟友だったエリック・クラプトンが主催し、音楽監督を務めたほか、出演して多くの曲を歌っています。ポール・マッカートニーとリンゴ・スターも登場するほか、ジョージゆかりのさまざまなアーティストが歌い、演奏してジョージを偲んでいます。

 僕はハリスンのファンではありませんでしたが、それでも「ギブ・ミー・ラブ」や「想い出のフォトグラフ」「ヒア・カムズ・ザ・サン」など耳になじんだ曲が多く、ファンならさらに楽しめるでしょう。デヴィッド・リーランド監督、1時間42分。
IMDb8.6、メタスコア82点、ロッテントマト75%(ユーザー)
▼観客3人(公開5日目の午後)

 今回公開されたのは高画質リマスター版。YouTubeには高画質版ではありませんが、フルサイズの映画がアップされています。
CONCERT FOR GEORGE Royal Albert Hall 2002

「赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。」

 青柳碧人の原作を「銀魂」シリーズなどの福田雄一監督が橋本環奈主演で映画化したNetflixオリジナル作品。原作は赤ずきんを探偵役にしたミステリーのようで、第2作「赤ずきん、ピノキオ拾って死体と出会う。」も出ています。

 赤ずきんが森の中でシンデレラと出会う。2人は魔法使いの力を借りて美しいドレスを身にまとい、カボチャの馬車でお城の舞踏会に向かうが、その途中、男をはねてしまう。男は国一番の美容師ハンス(加治将樹)。頭に傷があり、馬車にはねられる前に死んでいたことが分かる。午前0時、舞踏会から急いで帰る途中、シンデレラのガラスの靴は城の階段で脱げてしまい、翌日、王子様がシンデレラの元を訪れる。赤ずきんは推理を働かせ、ハンスを殺した犯人を突き止める。

 福田監督なので緩いユーモアがあるのは当然で佐藤二朗、ムロツヨシらおなじみの面々も出ています。橋本環奈をはじめ新木優子、山本美月、桐谷美玲、夏菜、若月佑美ら美人女優をそろえたのも監督の趣味なのでしょう。映画com2.8、Filmarks3.0、IMDb5.2と評価はさんざんですが、テレビで気楽に見る分には良いと思います。英語タイトルは“Once Upon a Crime”。

「火の鳥 エデンの宙」

 手塚治虫「火の鳥 望郷編」のアニメ化でディズニープラスが13日から全4話を一挙配信しています。ラストを変えた「火の鳥 エデンの花」が11月3日から劇場公開されます。昨年の「四畳半タイムマシンブルース」も同じ方式でしたが、あの時は毎週1話の更新でした。一挙配信ならば、4話に分ける必要はなかったんじゃないでしょうかね。

 それはともかく、話は原作と少し変えてあります。宇宙船で地球から逃げたロミ(宮沢りえ)と恋人のジョージ(窪塚洋介)は辺境の惑星エデン17に降り立つ。この星は水が乏しく、井戸を掘っていたジョージは地震による事故で死亡。1人残されたロミは妊娠しており、やがて息子のカインが生まれる。ロミは将来、カインを1人にしてしまうことを避けるため、13年間のコールドスリープを決意。しかし、装置の故障で1300年も眠り続けてしまう。目覚めると、エデン17は地球人とは異なる者たちが巨大な町を築いていた。

 原作でのコールドスリープは20年で、目的はカインとの間に子供を作り、人を増やしていくためでした。ところが、生まれたのは男の子ばかり。ロミは再度、コールドスリープし、目覚めた後は自分の孫との間に子供を作ろうとする、という展開。近親婚を繰り返すわけで、そういう描写を避けるための変更なのでしょう。

 後半、ロミが望郷の念に駆られて地球に帰還するのは原作と同じ展開ですが、地球の状況などはアニメの方が詳しく描いています。破綻はありませんが、全体としては平凡な出来。変更したラストを見るためだけに劇場に行くかどうかは微妙なところです。監督は「ムタフカズ」(2018年)などの西見祥示郎。STUDIO4℃制作。
IMDb7.7。英語タイトルは“Phoenix: Eden17”。

2023/09/10(日)「禁じられた遊び」ほか(9月第2週のレビュー)

 「禁じられた遊び」は死んだ母親の指を少年が庭に埋めて呪文を唱えたことから、母親が地中から蘇ってくるホラー。原作は清水カルマの同名小説で「リング」「スマホを落としただけなのに」などの中田秀夫が監督しています。酷評する人もいますが、物語にも演出にも破綻はなく、それなりの作品になっていると思いました。

 少年の父親に重岡大毅、思いを寄せる同僚が橋本環奈。蘇ってくる母親を演じるのはファーストサマーウイカで、もうこの人、生きてる時から笑っていても怖いです。橋本環奈は重岡大毅を好きなことを誰にも言ってないのにウイカはなぜかそれを知り、「近づかないで」と脅してきます。特殊な能力を持っていて、不倫以前の段階なのに生霊が橋本環奈を執拗に苦しめるなど、とても嫉妬深く迷惑な存在と言うほかありません。生霊の説明で「源氏物語」の六条御息所の挿し絵が出てきますが、ああいう存在なのでしょう。

 交通事故死した母親の指を少年が埋めるのは以前、父親から「トカゲのしっぽは切れてもまた生えてくる」と聞いたから。少年はしっぽから体が生えると思い込み、しっぽを埋めたところ、実際にトカゲが生き返ってきます。これがそもそもおかしいんですが実は、という展開。この理由は予想でき、理屈が分かってしまうと、怖さが半減してしまうのが悩ましいところではあります。

 劇中、少年が唱える「エロイムエッサイム」は悪魔を呼び出す呪文で、水木しげる「悪魔くん」などで使われていて有名です(「悪魔くん」はNetflixが11月からアニメの新シリーズを配信予定)。吉野公佳主演の「エコエコアザラク Wizard of Darkness」(1995年、佐藤嗣麻子監督)でもクライマックスで、菅野美穂がルシファーを召喚するのに使ったと記憶しています(配信を探しましたが、どこも配信していないようで確認できませんでした)。

 霊媒にシソンヌの長谷川忍(まじめに演じていてもおかしいです)、橋本環奈の同僚に堀田真由(出演してるのを知らなかったので嬉しい驚きでしたが、少しもったいない役回り)。1時間50分。
▼観客5人(公開初日の午前)

「658km、陽子の旅」

 東京で引きこもりの生活を送る草壁陽子(菊地凛子)が父(オダギリジョー)の死の知らせを受けて、青森までヒッチハイクの旅をするロードムービー。2019年のTSUTAYAクリエイターズプログラムで脚本部門審査員特別賞を受賞した室井孝介の脚本を熊切和嘉監督が映画化した作品です。

 陽子は42歳、独身。引きこもりの上にコミュ障で人付き合いが苦手。いとこの茂(竹原ピストル)の家族とともに青森に向かうが、ある事情からサービスエリアではぐれ、置き去りにされてしまう。所持金は2300円余り。電車代もスマホもないことから、陽子はヒッチハイクで北に向かうことにする。

 終盤、菊地凛子の独白シーンが見せます。42歳は陽子が家を出た時の父の年齢と同じで、陽子は就職の夢に破れて引きこもりになってしまったわけですが、「20年があっという間だった」というセリフが泣かせます。菊地凛子の演技力を見せる白眉のシーンと言えるでしょう。

 ヒッチハイクしただけで大きな変化が起きるはずはなく、ぼそぼそ声からはっきりした声に変わるぐらいの小さな変化に留まるわけですが、これが再生へのきっかけになるのかもしれません。

 深夜のパーキングエリアで一緒になるヒッチハイカーに見上愛、軽トラを運転する何でも屋に最近好調の仁村紗和。ただ、仁村紗和はアップにもならず、残念な使われ方でした。上海国際映画祭で最優秀作品賞、最優秀女優賞、最優秀脚本賞を受賞。1時間53分。
▼観客13人(公開2日目の午後)

「スイート・マイホーム」

 神津凛子の小説現代長編新人賞受賞作を斎藤工監督が映画化。長野県に住むスポーツインストラクターの賢二(窪田正孝)は妻(蓮佛美沙子)と娘の3人暮らし。アパートが寒いこともあって家を建てることにした。住宅メーカーの本田(奈緒)が設計した家は最新工法を取り入れ、エアコン1台で「夏涼しく、冬暖かい」快適な温度を保ってくれる。しかし新居での生活が始まると不可解な出来事が起こり始めた。ささいなことから賢二と言い争った住宅メーカーの甘利(松角洋平)が何者かに殺され、賢二の不倫相手だった友梨恵(里々佳)も不審な死を遂げる。

 話の底が浅く、登場人物も少ないので展開の予想がつきやすいのが難点。新しさはないにしても話自体それほど悪くはないんですが、長々と描く内容でもないのでもう少しコンパクトにまとめた方が良かったと思います。おまけのエピソードは不快なだけで不要でしょう。たぶん、原作もこうなんでしょうね。

 フロッギングができるほど大きなアメリカの家ならともかく、日本の家では成立しにくい話ではあります。1時間53分。
▼観客11人(公開4日目の午後)

「ラヴ・ストリームス」

 「ジョン・カサヴェテス レトロスペクティヴ」の1本。1984年の作品で日本公開は1987年10月。公式サイトを引用すると、「他人を愛することに不器用ながらも、愛や孤独をテーマにした小説を書く弟と、その深い愛ゆえに狂気に陥っていく姉の内面の荒廃を描く」。弟がジョン・カサヴェテス、姉がジーナ・ローランズ。実生活で夫婦なので最初はこの2人、元夫婦の関係かと思ったら、姉弟の設定でした。

 パンフレットによると、元になった戯曲「きみがレモンを切るのを見ている」(テッド・アラン)は「近親相姦へといたるカナダ人姉弟の欲求不満や情念を克明に探求し、児童虐待も主題とする二人芝居」とのこと。元夫婦と誤解したのは元の戯曲がそうした内容だからでしょう。映画の脚本はテッド・アラン自身がまったく新しい内容に書き換えた改訂舞台版をカサヴェテスがさらに映画用に書き直したそうです。

 主演を兼ねたカサヴェテスとローランズの演技が見どころで、意味の取りにくい箇所もありましたが、最後まで面白く見られるのはこの2人の演技のためでしょう。ベルリン国際映画祭金熊賞受賞。2時間21分。

 「レトロスペクティヴ」の他の5本はU-NEXTで配信していますが、今月末までです。もっとも、U-NEXTの場合、いったん配信が終わってもまた再開することがあります。
IMDb7.7、ロッテントマト100%。
▼観客6人(公開6日目の午後)

2023/09/03(日)「Gメン」ほか(9月第1週のレビュー)

 「Gメン」は小沢としおのコミックを瑠東東一郎監督が映画化。瑠東監督作品としては昨年の橋本環奈主演「バイオレンスアクション」よりずっと良い出来で、これまでの監督作の中でもベストの仕上がりだと思います。

 私立武華男子高校に転校してきた1年生の門松勝太(岸優太)は問題児ばかりの1年G組に入れられる。G組は他の校舎から離れ、荒れ果てた場所。勝太は彼女が欲しい一心で、G組をひとつにまとめ上げようとする。女子生徒からモテモテのイケメン・瀬名拓美(竜星涼)と出会い、勝太を目の敵にするレディース集団ブラックエンジェルの上城レイナ(恒松祐里)とのロマンスも生まれるが、壊滅したはずの凶悪組織・天王会の魔の手が忍び寄っていた。

 「ビー・バップ・ハイスクール」(1985年、那須博之監督)シリーズなどに連なる高校生のアクションコメディーです。3年生役の田中圭や高良健吾、G組のEXITりんたろー。など出演者たちが全員、高校生には見えないのはともかく、格闘アクションがどれも良いです。元King & Princeの岸優太は体のキレが良く、アクションに向いてます。レディースのリーダーながら純情なレイナを演じる恒松祐里と、生徒が言うことを聞かずにキレる先生役・吉岡里帆もおかしくて魅力的。楽しくまとまってますし、ヒットもしているようなのでシリーズ化もありかなと思います。

 ドラマ「ナンバMG5」の間宮祥太朗が難波剛役で、あの特攻服姿でカメオ出演してました。同じ小沢としお原作だからですかね。EXITの兼近大樹もゲスト出演してます。2時間。
▼観客30人ぐらい(公開6日目の午後)

「断捨離パラダイス」

 福岡を舞台にゴミ屋敷をめぐる6つのエピソードで構成したユーモラスなドラマ。白高律稀(篠田諒)は手の震えでピアニストの道を断たれ、ゴミ屋敷専門の清掃会社「断捨離パラダイス」に入社する。学校の教師やシングルマザー、出稼ぎのフィリピン人など家にゴミをため込む人たちはさまざまだった。

 沖田×華(おきた・ばっか)のコミック「不浄を拭う人」を時々読んでるので、ゴミ屋敷がどんな状態かは多少知っていて、映画の最初に出てくる家にゴキブリがざわざわいたり、ペットボトルに尿が入っていたりするのはおなじみの光景ではあります。清楚できれいな教師(武藤十夢)のアパートがゴミだらけというのは幻滅ですが、YouTubeの「エガちゃんねる」では「美人声優の家がゴミ屋敷だったから、江頭が大掃除しに行った結果…」というエピソードもありましたから、人は見かけに絶対によらないわけです。



 武藤十夢とシングルマザー役の中村祐美子に意外性があって良く、泉谷しげる演じる老人はゴミ屋敷の主としては常識的かなと思いました。いずれのエピソードでもゴミをため込む理由に踏み込んでいないのが映画としては少し弱いところ。萱野孝之監督は大分出身で福岡在住の32歳。既に4作目なのは、演出力が一定の評価を受けているからなのでしょう。1時間41分。
▼観客12人(公開5日目の午後)

「こんにちは、母さん」

 92歳の山田洋次監督90本目の作品、かつ78歳の吉永小百合123本目の出演作品。原作は永井愛の同名舞台劇で、山田監督と「釣りバカ日誌」シリーズなどの朝原雄三監督が脚色しています。

 大企業の人事部長を務める神崎昭夫(大泉洋)は大学時代からの親友で同期入社の木部富幸(宮藤官九郎)から相談を受ける。隅田川近辺の地元で、屋形船を借りて同窓会をしようというのだ。その木部は会社のリストラ候補に挙がっていた。昭夫は妻と別居し、大学生の娘・舞(永野芽衣)との不和にも頭を悩ませている。下町で足袋屋を営む母・福江(吉永小百合)の家を訪れると、母親はホームレス支援のボランティアを通じて知り合った教会の牧師(寺尾聰)に恋心を抱いていた。

 基本は山田監督得意の下町を舞台にした人情コメディーなんですが、リストラやホームレスなど現代的なテーマを絡めていますし、描写の仕方もやはりうまいです。ここ数年の山田監督作品では一番良い出来だと思います。できれば、大泉洋主演で何本か撮ってほしいところです。ヘソ出しルックの永野芽郁の細さとスタイルの良さにはびっくり。1時間50分。
▼観客多数(公開初日の午前)

「アステロイド・シティ」

 1950年代の砂漠の町アステロイド・シティを舞台にしたウェス・アンダーソン監督作品。映画の構成は前作「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」(2021年)に似ていますが、出来は及びませんでした。

 アステロイド・シティで繰り広げられる物語は舞台劇であり、それを演じる俳優たちの姿があり、さらに舞台劇のメイキングのテレビ番組の中の出来事である、という入れ子構造は面白いですし、オフビートで微妙な笑いも嫌いではないんですが、ドラマの盛り上がりには欠け、平板な印象になっています。

 極彩色の町が舞台という共通点から比較すると、グレタ・ガーウィグ監督「バービー」の方がテーマの明快さと直感的なユーモアの点で数段上回っていると思いました。1時間44分。
IMDb6.7、メタスコア74点、ロッテントマト75%。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午後)