2008/06/21(土) アドオン

 Firefox3はお勧めのアドオンを表示するので、次々に入れる羽目になった。ブログを書く時に便利なのがMake Link。右クリックからURLのコピー形式が選べて、mixi用にはテキスト形式で、この日記にはリンク形式でという風にクリップボードにコピーできる。YouTubeの動画をダウンロードするにはDownloadHelperが最強。YouTubeだけでなく、いろんなサイトの動画ファイルのダウンロードが簡単になった。

 地味だけど便利なのがCaluclator。つまり電卓。ツールバーにボタンを登録しておくと、ブラウザからワンクリックで起動できるのが良い。同じ意味でFireFTPも。ブラウザ閉じてFTPソフトを起動してという手間がいらない。ReminderFoxはスケジューラー。これも他にスケジューラー使ってなければ、お勧めだろう。

 アドオンを次々入れていくと、何でもブラウザ上でできてしまう。これがIEより優れているところ。メモリーの使用量は多くなるだろうが、Firefox3になって、メモリー管理は以前より良くなったようだ。

2008/06/18(水) Firefox3

 ダウンロードデイの案内メールが来ていたので、日本のサイトに行ったら、混雑していてダウンロードが始まらない。しょうがないので、本家からダウンロード。

 起動は確かに速くなっている。アドオンで使えなくなっているのがいくつかあった。Auto Copy、bbs2chreader、Fast Video Download、Tabbrowser Preferenceがダメ。Google Toolbar、Gmail NotifierなどGoogle関係のアドオンが使えたのは良かった。これが使えないと、相当に不便になる。

 Javascriptの処理も高速化されたそうで、Gmailの反応がサクサクになった。個人的にはこれが一番のメリット。

2008/06/10(火)「僕の彼女はサイボーグ」

「僕の彼女はサイボーグ」パンフレット クァク・ジェヨン監督はSFマニアなのだそうだ。「ターミネーター」と「ドラえもん」(ということはつまり山崎貴「ジュブナイル」)の設定を借りたと思われる時間テーマSFをラブストーリーとして映画化したのがいかにもマニアらしい。綾波レイと惣流・アスカ・ラングレーのフィギュアなども出て来たりして、ジェヨン監督、日本のアニメも好きなようだ。

 映画はスーパーヒーローものによくある男女の役割を入れ換えているが、これは「猟奇的な彼女」などと同様、女に振り回される気の弱い主人公というパターンでもある。SF的なオリジナリティは皆無に等しく、パラドックスもあるにもかかわらず、これが憎めない作品に仕上がっているのはジェヨン監督の描写に大衆性があるためだ。昭和30年代を彷彿させる主人公の幼い頃の故郷の描写はどう考えても年齢的に合わないのだけれど、その描写自体に文句を付ける筋合いはまったくなく、たとえ「三丁目の夕日」ならぬ「三丁目の田舎」的な描写であっても微妙にノスタルジーをくすぐる部分があるのである。描写に狂いがないところを見ると、きっと韓国の田舎もこんな感じなのだろう。

 惜しいのは終盤の説明がくどすぎることで、ここまで懇切丁寧に説明する必要があったのかどうか。監督は観客の物語に対する理解度を低く見積もりすぎているのではないかと思う。もっとコンパクトに簡潔に描く手法を取り入れれば、この映画、胸を張って傑作と呼べたかもしれない。綾瀬はるかと小出恵介(特に綾瀬はるか)の良さを引き出したことは十分に褒められて良い。

 タイトルが出るまでに20分ほどかかる。タイトル前では20歳の誕生日にジロー(小出恵介)が謎の美人(綾瀬はるか)に会い、騒動を巻き起こし、別れるまでが描かれる。なぜ、こんなにタイトル前が長いのかは全体を見れば、一応納得できるし、クァク・ジェヨン監督の律儀さを感じるのだけれど、いくらなんでも長すぎる。彼女がなぜジローに接近したのか、なぜか好意を持ってくれているのかは分からない。だが、なんとなくジローは1年後の誕生日に再会できるのではないかと思う。そして予想通り、いつも誕生日を一人で祝うレストランに彼女は現れた。この前に彼女がまるで「ターミネーター」のように現代に現れるシーンが描かれるので、観客には彼女が未来から来たことは分かっている。レストランでは男(田口浩正)が突然、銃を乱射する。危ういところで彼女に助けられたジローは部屋に帰り、彼女は未来の自分が送ってきたロボットであることを知らされる(彼女は「ロボットと言わないで、サイボーグと言って」と言う)。未来のジローはレストランで撃たれ、重傷を負ってしまうのだ。それを防ぐために未来のジローは彼女を送ってきたのだった。火事での子供の焼死を防ぎ、車にはねられそうになった子供を助け、凶器を持って学校に乱入した男を捕まえる。彼女はスーパーマン的な活躍で次々に悲惨な事件を防いでいく。どれも未来のジローが心を痛めた事件だった。ジローはロボットであると分かっていても、彼女に次第に惹かれていく。

 大地震で東京が壊滅するクライマックスのVFXはなかなかの出来。普通の男を演じる小出恵介もいいし、まばたきを抑えてロボットらしさを出した綾瀬はるかもいい。問題はやっぱり終盤の長すぎる説明で、ここは物語の中に少しずつ説明を入れていき、最後に残った一つの謎を明らかにするぐらいの構成の方が良かっただろう。その意味で脚本はつじつまを合わせただけで決してうまくはない。ここを見ていて「いま、会いにゆきます」を思い出したが、物語を別の視点で語り直すと言えるほどのものではなく、説明に終わった印象が拭いきれないのである。好感を持てるのはジェヨン監督のハッピーエンドへの強い希求。たとえ、ご都合主義と言われようが、こういう幸福なラストは見ていて気持ちが良いものだ。

2008/05/28(水)「本と映画と『70年』を語ろう」

『本と映画と「70年」を語ろう』表紙 連合赤軍関係の本が読みたくなって書店を探したが、なかった。代わりに目に付いたのがこの新書。「70年」に反応したのである。映画・文芸評論家の川本三郎と新右翼の一水会顧問・鈴木邦男の対談集で、奥付は5月30日第1刷発行とあるが、13日に出た本らしい。

 鈴木邦男は以前から川本三郎と会いたかったという。2人ともかつて新聞社に勤め、逮捕されたことで解雇されたという共通の過去があるからだ。川本三郎は朝日ジャーナルの記者時代の1971年、赤衛軍事件の犯人と接触、シンパシーを感じて証拠隠滅に手を貸した。それで逮捕されたそうだ。これは全然知らなかった。この事件について書いた「マイ・バック・ページ」は映画化されるという。

 鈴木邦男は産経新聞時代に政治的事件を起こし、やはり逮捕されて解雇された。これはありそうだなと思えるのは右翼のイメージがあるからだ。しかし、鈴木邦男は一般的な右翼とはほど遠いのがこの本を読むとよく分かる。テレビに出始めたころから「変わった右翼だな」と思っていたが、今は右翼から「あいつは左翼だ」と言われるらしい。「実録・連合赤軍」について鈴木邦男はこう語っている。

 「若松孝二監督の『実録・連合赤軍』という映画が公開されています。非常にいい映画なんです」  「『光の雨』も良かったけど、若松さんの映画は学生運動の歴史を忠実にずっと追っかけているんです。三時間以上ありますが、すごい映画です」

 面白かったのは右翼の美学に関する説明。右翼はテロを肯定するが、やったことに対しては責任を取る。行ったことに対して決して逃げないのが右翼の美学なのだそうだ。だから朝日新聞阪神支局襲撃事件は右翼から評価がないという。川本三郎よりも鈴木邦男の考え方が面白い本で、他の本も読んでみようかという気になる。映画「靖国 YASUKUNI」の推薦文を書いたり、街宣車で押しかけるより対話の必要性を説いたりと、もはや右も左も超えた人なのである。

 この本は2007年10月から2008年3月までに行った語りおろしの対談をまとめたもの。本来なら雑誌連載がぴったりだと思うが、掲載できる雑誌が朝日新聞社にはなかったのだろうか。

2008/05/25(日)「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」

「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」公式ガイドブック あさま山荘事件の時に僕は12歳。テレビをつければ、延々とこの中継をやっていたから見ているが、この後に明らかになった山岳ベース事件については当時はあまり知らなかった。ただ、総括が流行語になったのは覚えている。

 映画は3つのパートに分かれている。1960年の安保闘争から連合赤軍が生まれるまでをニュース映像を中心に描いた部分を第1部とすると、第2部は12人の同志が総括や処刑で殺害された山岳ベース事件、第3部があさま山荘事件である。もちろん映画の焦点は第2部にあり、ここが最も見応えがある。映画としてはあさま山荘の部分をもっとコンパクトにした方が良かったかもしれない。若松孝二監督が所有する別荘を破壊しながら撮ったそうだが、予算に限りがあったようで山荘内部の描写に終始する。時折、インサートされる浅間山の遠景だけではなく、当時のニュース映像を使うと、効果的だったのではないか。ここが予想以上に長いので山岳ベース事件の陰惨な衝撃がやや薄れる結果になっている。もっとも、この部分、警察視点に終始して山荘内部をまったく描かなかった「突入せよ! あさま山荘事件」へのアンチテーゼでもあるのだろう。

 山岳ベース事件はリーダーの器ではなかった卑小な男女がリーダーになってしまったために起きた事件だろう。森恒夫も永田洋子も共産主義と武力闘争に忠実であるように見えて実は自分勝手なだけである。赤軍派と革命左派の幹部が次々に逮捕されて組織が弱体化していたために生まれた連合赤軍はこういうバカな人間たちがリーダーにならざるを得なかったのが悲劇の始まりだ。

 映画はなぜ次々に若者が殺されなければならなかったのかを詳細に描く。自己批判と総括自体は以前から行われていたそうだが、そのうちに総括を助けるとする総括援助が行われるようになり、気絶するまで殴る暴力が肯定されていく。反対すれば、自分に総括の順番が回ってくるという絶望的な状況。それは死を意味する。森と永田の唾棄すべき人格がこれをもたらしたのは間違いない。痛ましいのは自分で自分の顔を殴らされる遠山美枝子(坂井真紀)で、遠山は生き残りたいために必死に殴り続けるが、永田洋子(並木愛枝)から腫れ上がった顔を鏡で見せられ、悲痛な叫びを上げることになる。監督によれば、あの醜い顔は永田洋子の醜さのメタファーでもあるという。永田洋子役の並木愛枝が人をにらみつける場面は怖い。爬虫類のように冷たい視線だ。

 革命の実現のために人を殺し、指導力を維持するために人を殺し、疑心暗鬼が募ってさらに人を殺す。狭いグループの崩壊はいつもこのように進むのだろう。革命のために同志を殺すというのはポル・ポト政権下のカンボジアを思い出してしまうが、それよりも強い権力を持った人間が横暴を振るって惨殺を続けた北九州の監禁殺人(7人が殺された)の方がこの状況には近いかもしれない。

 日本の左翼運動はこの事件によって壊滅したと言っていい。若松孝二は「鬼畜大宴会」や「突入せよ!あさま山荘事件」「光の雨」など事件を部分的に捉えた一連の映画に我慢できず、この映画を撮ったという。安保闘争、なにそれ、という若い観客には格好のテキストになるだろう。それだけでもこの映画には十分な価値がある。歴史に残るのは常に勝者視点の出来事であり、当事者に近かった若松孝二が事件全体を総括することの意義は大きい。しかも、山岳ベース事件に関しては徹底して批判の立場を貫いている。残念ながら、劇場に来ていた観客は年配者が多かった。今の若い世代には連合赤軍事件なんて通用しないのかもしれない。来ている年配者にしてもノスタルジックな気分が皆無とは言えないだろう。

 劇場でパンフレット「若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」を買ったら、パンフではなく、本だった。B5判より大きく、A4判より少し小さい。A4変形判といったところか。シナリオ付きで217 ページ。これ、amazonでも販売していて買おうかどうか迷っていた。amazonには「公式ガイドブック」と書いてある。パンフレット代わりに売っているらしい。この本に収録されたロフトプラスワンでの座談会はめっぽう面白い。元共産主義者同盟赤軍派議長の塩見孝也と連合赤軍の植垣博弘が未だに対立しているのである。60年代から70年代初めまでは政治の季節だったのだなという思いを強くする。あの時代に比べれば、今の日本は社会全体がノンポリになってしまった。変革の兆しがあるとすれば、プレカリアートだろうが、思想的な根拠がないと、社会運動には発展しにくいのではないかと思う。

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