2006/08/18(金)島巡り

 竹富島の町並み午前2時過ぎに激しい雨の音で目が覚める。ベランダへ出てみたら、スコールのような雨。台風10号の影響か。ベッドへ戻り、再び寝る。目覚めたのは午前7時過ぎ。雨は上がっていた。朝食は2階のレストラン「アマンダ」でバイキング。まあ、普通の料理がそろっていた。

 レンタカーで午前8時40分ごろ出発。石垣港へ向かう。今日の予定は竹富島、西表島、由布島の3島巡り。安栄観光という会社の高速船「あんえい58号」でまず竹富島へ向かう。石垣港から12分ほどなのだが、うねりがあるためか凄い揺れだった。上下動がもの凄く、ピョーンと上がってストンと落ちる。ほとんどジェットコースターに乗っている感覚。三半規管の弱い家内はすぐに船酔いし、青白い顔になった。船に弱い人にはとても勧められない。竹富島に着いたら、グラスボートに乗り、珊瑚礁を見る。僕はあまりこういう自然の光景に感動する方ではないので、フーンという感じ。島に戻って、ワゴン車で島内を案内してもらう。

 サキシマスオウノキ写真星砂浜とか海水浴場のコンドイビーチとか竹富の町並みなど。海は遠浅でとてもきれいだった。こういうところで泳いでみたいものだが、駆け足の観光なのでそういう時間はない。町並みは伝統的建造物群保存地区に指定されていて、赤い瓦屋根のきれいな家が並んでいる=写真右=。人口は350人ほどとか。家を新築・改築する際には町並みに合った家を造らなくてはいけない。その代わり国の補助が出る。

 あっという間に竹富観光は終了。再び高速船に乗り、石垣港へ帰る。今度は「あんえい18号」。ほとんど揺れなかった。行きのもの凄い揺れは船が悪かったのか、操縦が悪かったのか、海の状況が悪かったのか不明。しかし、あんな揺れはその後2度となかった。

 チサンリゾートホテルで昼食を取り、またまた高速船に乗って西表島へ。ここが今回の旅行ではもっとも面白かった。石垣島から西表島まで船で40分ほど。港で小さな船に乗り換え、仲間川を6・5キロほどさかのぼる。ここには日本最大のマングローブの群落がある。ガイドさんの説明でマングローブとは単体の木を指すのではなく、淡水と海水の混じった土地に生える植物の総称ということを初めて知った。川の周囲の景色はまるで熱帯雨林。川幅が広く、アマゾン川を思わせる。ワニが出てきてもおかしくない雰囲気。6・5キロさかのぼったところで接岸し、樹齢400年というサキシマスオウノキ=写真左=を見る。「森の巨人たち100選」に選ばれた木なのだそうだ。幹回り345センチ、高さ18メートル。板根(ばんこん)という巨大な根を作るのが特徴。

 川を下って、港へ戻り、バスで島内を観光。といっても由布島対岸までの20分ほど。西表島は特別天然記念物のイリオモテヤマネコを保護するために島内の開発が制限されている。大きな道路も1本しかないという。ほとんどはジャングルのまま残っている。運転手兼ガイドさんによると、人口はようやく2000人を越えたところだという。マラリアが根絶したのは昭和30年代。住むには厳しい環境なのである。島の小学校は児童数が一ケタで、運転手さんは「まじめな話、だれか子供連れで住んでくれる人がいたら紹介してください。町営住宅も準備して待ってます」とのこと。

 道路沿いにはイリオモテヤマネコ保護の看板がよく目に付く。イリオモテヤマネコは現在100頭ほどがいると推測されているが、年間2、3頭、交通事故で死ぬそうだ。側溝は動物が落ちてもはい上がりやすいように浅くV字型をしている。道路の下にはヤマネコが通れるトンネルも整備されているそうだ。しかし、個体数が約100頭というのはほとんど絶滅間近という感じ。100頭を切ると、ほぼ絶滅に向かうと言われるのだ。アメリカのバイソンも危なかったが、あれは国の保護によって復活できた。もともと人目に付かないイリオモテヤマネコの保護は難しいと思う。

 由布島の水牛由布島は西表島のすぐそばにある。干潮時にはほぼ陸続きといってもいいぐらいで長靴を履けば歩いても渡れるが、観光客は水牛車で渡ることになっている。1969年の台風で壊滅的な被害を受け、200人ほど住んでいた島民は一人を除いて対岸の西表島に移り住んだ。一人残った老人が熱帯植物を植え、現在のような観光地にした。と、ガイドさんが説明した。島全体が熱帯植物園のようなもので、なんてことはないが、水牛がいる風景はそれなりに物珍しい。

 バスで港へ戻り、高速船に乗って石垣港へ。近くの駐車場に駐めていたレンタカーでホテルへ戻る。駆け足の観光と船の乗り継ぎでぐったり。夕食は市街地のレストランで食べようと思っていたのだが、疲れていたのでホテルのレストランへ行く。家内と僕は石垣牛ディナー(6000円のところ、宿泊客は1000円割引)。家内はヒレ、僕はサーロインを頼む。子供はハンバーグとかお子様ランチ。ヒレもサーロインもおいしかった。やはり、昨日の焼き肉は肉が悪かったんだなあ。風呂に入った後、家族はまたもやカラオケルームで上映している「容疑者 室井慎次」へ。僕は部屋でゆっくり。11時ごろ就寝。

2006/08/17(木)石垣島

 川平湾写真「ベルトを外してください」。宮崎空港の搭乗口で言われた。金具があるので金属探知機の反応を防ぐためらしい。こんなことは初めて。先日、イギリスでテロの犯人が捕まったことも影響しているのか。厳しくなったんだなあ。と思いつつ、外してゲートを通る。女性も外すように言われていた。

 台風10号が接近していたが、幸い、飛行機は無事に飛んだ。離陸の際に少し揺れたぐらいで、大きな影響はなかった。2泊3日の恒例の家族旅行。過去2年間は沖縄へ行ったので、今年は石垣島に決めた。那覇空港には10時15分着。待ち時間が1時間半ほどあったので、空港のレストランでサンドイッチを食べる。11時40分発の飛行機で石垣空港へ。飛行時間は50分ほど。石垣空港は小さな空港で、到着ロビーも狭い。オリックス・レンタカーの人が来ていたので、ワゴン車に乗って送ってもらい、ダイハツのブーンを借りる(この車、僕は知らなかった)。リッターカーで非力。ま、石垣には坂道もそれほどないのでいいでしょう。

 ホテルは軽井沢倶楽部ホテル石垣島。チェックインが3時からと遅いので、とりあえず、川平湾=写真=へ行く。日本百景に選ばれた場所とのこと。展望台から眺めてみたが、曇り空だったので、エメラルドなどに刻々と色を変えるという海の色もそれほどでもなかった。

 ホテルへ向かったら、ちょうど3時。ホテルの人は親切で駐車場に車を駐めると、出てきて荷物を運んでくれる。いろいろと説明を聞いて部屋へ。もともとベッドが4つあるが、うちは5人家族なのでエクストラベッドを一つ入れてある。広くて快適。ベランダから海が見える。さっそくプールへ行く。50部屋ほどのホテルのためか、プールは決して広くないが、そもそも泳いでいる人が少ない。うちのほかに一家族いたが、そのうちいなくなり、プールを独占。昨年泊まった沖縄のリザンシーパークホテル谷茶ベイとは随分違う。しかし、高級感があり、こぢんまりとしたいいホテルだと思う。

 2時間ほど泳いで夕食。2階の外にあるバイキング。いろいろそろっていて石垣牛の焼き肉もあった。もも肉だったためか、味は今ひとつ。本来はこんなものではないでしょう。明日は本格的なステーキを食べようと決意。料理を食べながらオリオンビールをジョッキで2杯飲み、泡盛をロックで2杯。途中で地元の男性歌手がステージで沖縄民謡を歌った。バイキングに来ているのも50人ほどか。ここのバイキングは宿泊客は大人4900円。料理が特別においしいわけでもないので少し高いと思うが、沖縄民謡を聴けたのは良かった。三板(サンバ)を貸してくれたので歌に合わせて家内がたたいていた。アットホームな雰囲気は悪くない。

 部屋に帰り、1階にある浴場へ長男と行く。浴場は狭いが、サウナもある。客が少ないのでこれで十分という感じ。サウナは苦手だが、長男と一緒に1分ほど入る。水風呂に入ると、心臓麻痺が怖いので遠慮。自動販売機で缶ビールを買って部屋に帰る。家族はカラオケルームでビデオ上映している「チャーリーとチョコレート工場」を見に行く。僕は部屋に残り、持ってきた小松左京「SF魂」を読む。飛行機の中からずっと読んでいたが、これは小松左京のほとんど自伝と言うべきもの。といっても文体が小松左京とは異なるのでゴーストライターが書いたのだろう。知っているエピソードも多かったが、楽しく読んでいるうちに眠ってしまった。午後10時ごろだったか。

2004/12/23(木)爆笑厳禁

 骨折して5日目。そろそろ痛みが収まってくるのではと少なからず期待していたが、まだまだ痛い。痛みには慣れてきたが、痛いのに変わりはない。一番の敵は笑いと咳である。幸いなことにクシャミはまだ出ていない。これが一番痛いんだろうと想像する。咳はなんとか我慢できても笑いはなかなか我慢できない。ついつい笑ってしまうと、体を折り曲げて痛がることになる。すると、ますます痛い。

 きょうも家で爆笑してしまい、七転八倒した。いや本当に転がったわけではない。そんなことをしたら、痛みは想像を絶する。

 宿題をしていた長女がこう聞いた。

 「『進む』の反対は何?」

 家内が答える。「退くでしょう。進退って言うから」

 長女のそばにいた小学1年の次女がポツリと言った。

 「むすす」

 これがいけなかった。笑いと痛みが同時にこみ上げてきて、我慢できない。くずおれて苦しむ羽目になった。「むすす」という語感がおかしかったからではない。僕が冗談で言おうと思っていたのに先を越されたからだ。「こいつ、同じこと考えやがって」と思ったらおかしくてたまらなくなったのである。苦しんで体を震わせていると、体の中で「ベリッ」という響きがあった。

 うーむ。形成され始めた仮骨が剥がれたのかもしれない。家にいると、肋骨骨折はなかなか治りませんね。かといって、会社でも昨日、爆笑してしまって苦しんだんですけどね。

2004/12/19(日)肋骨骨折

 昨夜、某所で転んで背中を打った。痛みはそれほどでもなかったが、今朝起きたら激痛に変わっていた。起きあがったり、いすから立ち上がるのにも苦労する。咳をしても痛い。湿布をしたが、昼になっても痛みが治まらないので近くの整形外科へ。これはきっと肋骨にひびが入ったのだろうと想像した。

 診察した医師は背中をたたいて

「真ん中は痛くないんですね」

「はい、左側の方です」

「胸部ですね」

 で、レントゲンを撮る。やはり肋骨が2本折れているそうだ。治療はリブバンド(胸部固定帯)を巻いただけ。痛み止めと湿布と胃薬をもらう。安静にしていれば、1カ月で治るそうだ。それって、全治1カ月の重傷じゃないのか。

 注意することは

  • 重いものを持たない
  • 急激な運動をしない
  • 体をねじらない

 など。うーん、骨を折ったのは初めてだ。何か新鮮な感じ。肋骨が折れたと言うと同情されるが、理由を説明すると、「自業自得」と言われます。

2004/08/22(日)尿管結石

 左わき腹の痛みで目が覚める。午前7時ごろ。激痛ではなく、ずーっと続く鈍痛。トイレに行ったが、治らない。2時間ほど我慢していたが、脂汗も出てきて、痛みに耐えられないので病院へ。ちょうど、自宅近くの内科・胃腸科が当番医だった。超音波でお腹を診断(妊婦さんみたい)。どうも尿管結石らしい。ついでに胆嚢にポリープがあるのも分かる(ゲゲゲ)。まあ、こちらは様子を見るしかないらしい。

 尿管を緩くする注射を打った後、検尿とレントゲン。検尿で潜血反応があり、疑いが濃くなる。レントゲンの結果、腎臓と膀胱の間に小さな石があった。やはり、尿管結石。注射打った後から、痛みがひどくなっていたが、医者は「症状としては軽いですね。水やビールなど利尿作用のある飲み物をたくさん飲んでください。昼過ぎまで痛みがあったら電話を」と言うだけ。薬はなし。そういうものですか。鎮痛剤とかあると嬉しかったんですけどね。

 ネットで検索してみると、尿管結石の痛みは痛風と並ぶものらしい(「一病息災」というページが詳しい)。激痛のため救急車で運ばれる場合もあるとか。ただ命にかかわる病気ではないので、軽く見られる。本人は痛くてたまらないんだが、そんなに同情もされず、なんかかわいそうな病気であるな。

自宅に帰って1時間ほどしたら、痛みは収まった。あとは石が出てくるのを待つだけ。出てきた石の写真をアップしているサイトもあるが、そこまでする趣味はない。

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