2025/09/15(月)「ヒックとドラゴン」ほか(9月第2週のレビュー)
「ヒックとドラゴン」

人間とドラゴンが戦いを続けるバーク島が舞台。バイキングの首長ストイック(ジェラルド・バトラー)を父に持つヒック(メイソン・テムズ)は伝説のドラゴン、ナイト・フューリーと出会う。ヒックはドラゴンにトゥースと名付け、父や友人、仲間たちには内緒で友情を育んでいく。そしてドラゴンと共生する方法がないか模索する。
敵対する相手と戦うより融和を訴えるテーマは真っ当ですし、多数のドラゴンたちが空を飛ぶシーンのVFXにも不備はありません。というか、映画の大きな見どころの一つです。この物語に初めて触れる人には満足できる作品になっているでしょう。アニメの実写化としては成功した作品と言えます。
ただし、元のアニメが十分すぎるほどの傑作(アカデミー長編アニメ映画賞ノミネート。この年受賞したのは「トイ・ストーリー3」でした)だったので、実写にする意味があるのか疑問です。ディズニーもアニメの実写化を多くやってますが、こうした動きの根底にはアニメより実写が上等という意識があるんじゃないですかね。同じ話を見せられて簡単に喜ぶほど、こっちは甘ちゃんじゃないですぜ。
IMDb7.8、メタスコア61点、ロッテントマト76%。
▼観客1人(公開5日目の午後)2時間5分。
「ランド・オブ・バッド」

ストーリー上の新機軸は主人公が現場にいる特殊部隊デルタフォースの兵士ではなく、遠隔地でドローンを操作・監視するオペレーターであることですが、物語の基本プロットはかつての「ランボー 怒りの脱出」(1985年、ジョージ・P・コスマトス監督)や「地獄のヒーロー」(1984年、ジョセフ・ジトー監督)などと同様、東南アジアに行って暴れ回るアクション映画と同じ趣向です。いくら相手がテロリストだからといって、こうした乱暴な行為が許されるわけがありません。
現場の兵士にリアム・へムズワース、ラスベガス・ネリス空軍基地のオペレーターにでっぷり太ったラッセル・クロウ。監督は「アンダーウォーター」(2020年)のウィリアム・ユーバンク。
IMDb6.6、メタスコア57点、ロッテントマト67%。
▼観客6人(公開4日目の午後)1時間53分。
「シャッフル・フライデー」
母と娘の体が入れ替わる「フォーチュン・クッキー」(2003年、マーク・ウォーターズ監督)の22年ぶりの続編。今回は祖母と母、孫とその友だちの体がシャッフルします。前日に「フォーチュン・クッキー」を見たので、主要キャストが再び顔をそろえたこの作品は1日で22年が経過したような感覚でした。そうしたことも作用して僕はまずまず楽しめました。前作ではジェイミー・リー・カーティスとリンジー・ローハンの体が入れ替わりました。カーティスは「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(2022年)にも出ていましたので、現在の姿になじみがありましたが、前作でブレイクしたリンジー・ローハンは久しぶりに見ました。22年たっても39歳なのがびっくりです。前作出演時は17歳ぐらいだったんですね、
物語は前作同様、相手のことを深く理解できれば、元に戻る趣向。2人が4人になっても、基本は同じです。出演者の中ではローハンの娘役ジュリア・バターズに将来性を感じました。まだ16歳。これから売れるんじゃないですかね。監督は「ネクスト・ドリーム ふたりで叶える夢」(2020年)のニーシャ・ガナトラ。NGシーンを集めたエンド・クレジットが楽しいです。
なお、「フォーチュン・クッキー」の原作“Frieky Friday”は1976年、ゲイリー・ネルソン監督、ジョディ・フォスター主演で映画化されたのが最初で、「フォーチュン・クッキー」はリメイクです。この原作、よほど人気なのか1995年、2007年、2018年にも映像化されてます。ディズニープラスで「フォーチュン・クッキー」を含む3本が配信されています。
IMDb6.9、メタスコア60点、ロッテントマト74%。
▼観客4人(公開7日目の午後)1時間52分。
「ブラック・ショーマン」

監督は「コンフィデンスマンJP」シリーズ(2019~2022年)や「イチケイのカラス」(2023年)の田中亮。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間7分。
2025/09/08(月)「遠い山なみの光」ほか(9月第1週のレビュー)
「遠い山なみの光」

イギリスの片田舎で暮らす悦子(吉田羊)が娘のニキ(カミラ・アイコ)に頼まれ、長崎に住んでいた頃の自分について話し始める。悦子(広瀬すず)は夫の二郎(松下洸平)と団地に暮らしていた。ある日、男の子たちにいじめられていた小学生の万里子(鈴木碧桜)と出会う。万里子は川のほとりの粗末な家で母親の佐知子(二階堂ふみ)と2人で暮らす。佐知子にはアメリカ人の恋人がいて、近くアメリカに移住する予定だという。お金に困っている佐知子に悦子はうどん屋の仕事を紹介する。そんな時、福岡に住む二郎の父親で、元教師の緒方(三浦友和)が長崎にやってくる。
映画は長崎原爆の影響と、戦後の大きな転換について言及しながら、悦子と佐知子の対照的な姿を描いていきます。この映画を特異なものにしているのは終盤の2つの要素です。一つは悦子たちが路面電車から見る黒い服の女の正体。もう一つは最後に明かされる大ネタ。この大ネタに関してはミステリーやホラーに少なくない前例がありますが、黒い女の正体に関して前例は少ないでしょうし、かなり文学的なものになっています。
「深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」というフリードリヒ・ニーチェ「善悪の彼岸」の有名なフレーズを借りれば、「過去を回想するとき、過去もまたこちらを認識しているのだ」となるでしょう。この解釈が正しいとは限りませんが、不思議で秀逸な場面だと思います。
この終盤の2つの点について、原作でどう表現されているのか気になったので映画を見た後に文庫本を読みました。驚愕しました。この2つの要素が原作にはないんです。つまり原作を大きく改変しているわけです。
普通なら、原作者が怒りそうなものですが、心配無用。カズオ・イシグロはこの映画のエグゼクティブ・プロデューサーであり、石川監督はイシグロと相談しながら、脚本を書いたそうです。パンフレットの監督インタビューを引用しておきます。
「ある程度の曖昧さを残して、いろんな解釈ができるというのが原作のよさでもありますが、新たに自分たちの手で何かを渡そうとしているのなら、そのまま映画化するのは逃げだと思いました。カズオさんと相談しながら、我々の解釈を一つ提示するということが非常に大事でしたし、そうしなければ今のオーディエンスとコミュニケ-ションをとれたとは言えないのではないかということも、大きなモチベーションでした」
映画のほとんどは原作に忠実なのですが、最後の2点だけが異なっています。こうした改変が可能なのは原作の間口が広く、多様な解釈の余地があるからです。いやあ、面白い。こういうことがあるんですね。僕らが目にしているのは43年前に出版された原作を現代に対応させるためにアップデートした、進化した物語であるわけです。
二階堂ふみのセリフ回しはなんだか昔の日本映画のように思えました。これについて、石川監督は「50年代の映画俳優を彷彿させるお芝居で、最初の一文から役をすでに掴んでいるのがよく分かりました」と言っています。二階堂ふみ独自の役作りだったのですね。
▼観客多数(公開2日目の午後)2時間3分。
「入国審査」

アメリカで移民問題が大きくなっている現状でとてもタイムリーな作品と言えるでしょう。皮肉な結末が効いてます。脚本・監督はともにベネズエラ出身のアレハンドロ・ロハスとフアン・セバスチャン・バスケスの共同。出演はアルベルト・アンマン、ブルーナ・クッシほか。
IMDb7.0、ロッテントマト100%(アメリカでは映画祭での上映)。
▼観客多数(公開2日目の午後)1時間17分。
「ベスト・キッド:レジェンズ」

空中でクルクル回るシーンがそれ。もしかしてCG使ってるんじゃないかと疑ってしまいますが、スローモーションでも見せるんですよね。
ラルフ・マッチオ主演の元の「ベスト・キッド」シリーズとスピンオフの「コブラ会」シリーズ、ジャッキー・チェンが出演したリメイクを統合した物語で、「二つの枝 一本の樹」というセリフはそのことも象徴しているのかもしれません。
主人公の母親役ミンナ・ウェンはマーベルのドラマ「エージェント・オブ・シールド」シリーズ(2013年~2020年)で知りました。あの頃は50代でも若く見えてアクションが凄いと思いましたが、今回はアクションを披露する場面はありません。既に61歳ですが、まだアクションできるんじゃないですかね。
IMDb6.3、メタスコア51点、ロッテントマト58%。
▼観客3人(公開4日目の午後)1時間34分。
「8番出口」

ホラー演出の気味の悪いシーンもありますが、物語としては真っ当な展開だと思います。監督集団「5月」の平瀬謙太朗が共同脚本と監督補を務めています。
▼観客多数(公開6日目の午後)1時間35分。
「冬冬の夏休み」
侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の1984年の作品。日本での初公開は1990年で、キネマ旬報ベストテン4位にランクされています。この年の1位は同じく侯孝賢の「非情城市」でした。小学校を卒業した冬冬(とんとん=ワン・チークァン)が妹のティンティン(リー・ジュジェン)とともに田舎の祖父母の家で夏休みを過ごす物語。兄妹の母親は重い病気で入院していて、祖父母の家に行くのはこのためもあったのでしょう。田舎の村で兄妹は地元の子供たちと一緒に遊んだり、さまざまな体験をすることになります。少年の夏を描いて、これはとてもノスタルジックな作品だと思いました。
物語の設定は撮影時と同じ1980年代だそうですが、田舎の光景は1960年代の日本を思わせます。主人公の年齢は異なるものの、なんとなく、黒木和雄監督「祭りの準備」(1975年)に近い郷愁があるなと思って見ていたら、知的障害のある女性が流産したことで健常者になったと思われる描写が出てきて、なおさらその感を強くしました。
「祭りの準備」では出産によって女性が正気に返るというエピソードがあったんです。調べたら、「祭りの準備」の女性(桂木梨江)は薬物中毒の影響で正気を失っていたという設定でした。出産を機に体調が好転するというのはアジアでは一般的なのか、あるいは侯孝賢監督が「祭りの準備」を見ていたのか。いずれにしても、傑作2作品の面白い類似点だと思います。
IMDb7.6、ロッテントマト100%。
▼観客6人(公開5日目の午後)1時間38分。
2025/09/01(月)「アイム・スティル・ヒア」ほか(8月第5週のレビュー)
好評だったテレビシリーズを再編集して劇場版にすることがよくありますが、「鬼滅の刃」の場合はこの逆を行う方針なのでしょう。テレビ再編集の劇場版が200億も300億もの興収を上げることはありませんので、この逆方式はある意味、利益を最大限にする方法と言えます。
事前にこのやり方が分かっていると、「どうせテレビで完全版をやるから」として興収に影響を与えることが予想されます。となると、テレビ版放映は3章まで全部終わってからになるんじゃないでしょうかね。いや、まだテレビ版が決定しているわけではないのですけど。
「アイム・スティル・ヒア」

軍事政権下のブラジルで元国会議員ルーベンス・パイヴァ(セルトン・メロ)とその妻エウニセ(フェルナンダ・トーレス)は5人の子どもたちとリオデジャネイロで穏やかに暮らしていた。しかしスイス大使誘拐事件を契機に国内の空気は一変。抑圧の波が広がるなか、1971年1月、ルーベンスは軍に逮捕されてしまう。共産主義者と関係があったからだった。翌日、エウニセも軍に拘束され、12日間にわたる過酷な尋問を受けた。極限状況のなか、エウニセは夫の行方を捜し続ける。
軍のトラックが街中を走るなど不穏な光景はあるものの、序盤30分ぐらいをかけて描かれるのは一家の平和な日常のあれこれ。それが夫が逮捕されて一変し、家の中には銃を持った男たちが常駐してエウニセたちを監視するようになります。拘束されたエウニセが受ける尋問も理不尽であり、恐怖でしかありません。平和な日常の脆さを描いて秀逸な展開で、だからこそ権力の一極集中はとんでもない事態を生むと痛感させます。
サスペンスを効果的に盛り込み、主人公の怒りと不安と歓喜を自在に緊密にコントロールするウォルター・サレスの演出は極めて的確です。主演のフェルナンダ・トーレスもそれに応える名演を見せ、アカデミー主演女優賞にノミネートされました。「ANORA アノーラ」(ショーン・ベイカー監督)のマイキー・マディソンよりも受賞にふさわしかったのに、と思います。この映画で描かれることが他人事ですませられないほどアメリカの今の状況は深刻じゃないですかね。
終盤、車椅子で登場する長男のマルセロ(ギレルメ・シルヴェイラ)は20歳の時に第5頸椎を損傷するけがをして四肢麻痺となったそうです。その後、作家となり、この映画の原作を書いています。晩年のエウニセを演じるのはフェルナンダ・トーレスの実際の母親でサレス監督の「セントラル・ステーション」(1998年)に主演したフェルナンダ・モンテネグロ。
IMDb8.2、メタスコア85点、ロッテントマト97%。アカデミー国際長編賞受賞。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午後)2時間17分。
「愛はステロイド」

劇中に挟まれる2つの幻想的シーンが印象的です。一つはステロイドを打ってボディビル大会に出場したジャッキーが口から何かを吐き出し、それがルーだと分かる場面。もう一つはクライマックス、ルーが父親に襲われたと知ったジャッキーが怒りで体を超人ハルクのように膨張させ、巨大化するシーンです。どちらもジャッキーの幻覚を可視化したものと理解すべきで、これはステロイドによる副作用なんでしょうかね。いずれにしてもこの2つの視覚的アクセントはかなり有効に作用していたと思います。
映画は父親に抑圧されて町を出ることもできずに鬱屈していたルーがジャッキーと愛し合うことで抑圧からの開放を果たすというプロット。これに「愛は血を流す」の原題通りに過激な暴力が絡んできます。「テルマ&ルイーズ」(1991年、リドリー・スコット監督)を彷彿させるプロットながら、それに行きそうでいかないB級アクション的な展開も良いです。
クリステン・スチュワートとケイティ・オブライアン、監督のローズ・グラスはいずれもレズビアンであることを公言しているそうです。
オブライアンは女優兼武道家。これまでに「アントマン&ワスプ クアントマニア」(2023年)、「ツイスターズ」(2024年)、「ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング」(2025年)などに出演しているそうですが、僕は顔と名前が一致していませんでした。「ミッション…」ではビリングの21番目なので、主要キャストではなかったようです。あの筋肉モリモリの体はもう忘れません。
A24製作の映画はパンフレットを買うと、専用のビニール袋が付いてきます。僕はこれが2個目でした。パンフが1150円の半端な価格なのは袋代50円が入ってるからかな?
IMDb6.6、メタスコア77点、ロッテントマト94%。
▼観客2人(公開初日の午後)1時間44分。
「鯨が消えた入り江」

その文通というのが過去と現在でやり取りしているらしく、「イルマーレ」(2000年、イ・ヒョンスン監督)を思わせる設定ですが、作りが雑で著しく説得力を欠きます。これに対して男同士の愛に近いティエンユーとアシャンの関係は丁寧に描かれています。女性監督のエンジェル・テンは過去にもLGBTQ作品を撮っていて、ファンタジーよりもこちらに関心が高いのかもしれません。
IMDb6.7(アメリカでは映画祭での上映)
▼観客10人ぐらい(公開6日目の午後)1時間41分。
「雪風 YUKIKAZE」

雪風の艦長役に竹野内豊、先任伍長役に玉木宏、新人乗組員に奥平大兼、玉木宏の妹役に當真あみ。
雪風に関しては戦後19年の段階で「駆逐艦雪風」(1964年、山田達雄監督)という映画が作られています。出演は長門勇、菅原文太、岩下志麻などですが、なんと海自の護衛艦「ゆきかぜ」を「雪風」に見立てるという無茶な撮り方をしていて時代色がほとんどないお手軽な映画でした(U-NEXTが配信してます)。雪風、映画に関しては幸運に恵まれていないようです。監督はこれが第一作の山田敏久。
▼観客10人ぐらい(公開14日目の午後)2時間。
「九龍ジェネリックロマンス」


第二クーロンの上空に浮かぶ謎の物体ジェネリックテラ(ジェネテラ)は人間の記憶を保存しておく機能がある。不動産会社に勤める鯨井令子(吉岡里帆)は先輩社員の工藤発(水上恒司)が気になる存在。ある日、工藤が自分とそっくりの女性と過去に付き合っていたことを知る。令子には過去の記憶があいまいだった。工藤と愛し合うようになった令子は自分の存在に疑問を持つようになる。ジェネテラを作った蛇沼製薬の蛇沼みゆき(竜星涼)はそんな令子に興味を持つ。
吉岡里帆も水上恒司も原作のイメージから遠くありません。もっと面白くできる題材だと思います。監督は「君は放課後インソムニア」(2023年)の池田千尋、脚本は池田監督と和田清人の共同。
エンドクレジットの後のハッピーな場面は良かったです。でもこれ、クレジット前に入れた方が良いでしょう。エンドロールが始まったら席を立つ観客も一定数いますから。その観客はホントの結末を知らずに帰ることになります。
▼観客6人(公開初日の午前)1時間57分。
2025/08/24(日)「私たちが光と想うすべて」ほか(8月第4週のレビュー)
「ウルフズ」や「M3GAN ミーガン 2.0」など最近、こういうケースが続いてます。「ミーガン2.0」はまだ配信予定も発表されてません。IMDb6.1、メタスコア54点、ロッテントマト59%で、ここまで低評価だと劇場未公開もしょうがないかなと思います。「ファイナル…」はIMDb6.8、メタスコア73点、ロッテントマト92%と、まずまずの評価です。
「私たちが光と想うすべて」

インドのムンバイが舞台。看護師のプラバ(カニ・クスルティ)と年下の同僚アヌ(ディヴィヤ・プラバ)はルームメイトとして一緒に暮らしている。プラバは職場と自宅を往復するだけの真面目な性格。何事も楽しみたい陽気なアヌとの間には少し距離がある。プラバは親が決めた相手と結婚したが、夫はドイツで仕事を見つけ、ずっと連絡がない。インドで多数派のヒンドゥー教徒であるアヌはイスラム教徒のシアーズ(リドゥ・ハールーン)と密かに付き合っているが、異教徒との交際を親が認めるわけがないことは分かっていた。病院の食堂で働くパルヴァディ(チャヤ・カダム)が高層ビル建設のためにアパートの立ち退きを迫られ、故郷の海辺の村へ帰ることになる。プラバとアヌは失意のパルヴァディの励ましも兼ねて村まで一緒に送っていくことにする。
インドに詳しくない自分に理解しにくいのは言語のこと。プラバが働く病院の医師マノージ(アジーズ・ネドゥマンガード)はムンバイの公用語であるヒンディー語をうまく話せない設定ですが、じゃあ、この医師が話しているのは何語なんだと思うわけです。プラバと会話できるのはいったい何語で話しているからなのだろう?
パンフレットによると、プラバたちが話しているのはマラヤーラム語です。プラバとアヌはインド南西部のケーララ州出身で、この州の公用語がマラーヤラム語であり、主要登場人物5人を演じる役者のうち、チャヤ・カダムを除く4人は実際にケーララ州出身とのこと。映画で交わされる会話の8割がマラーヤラム語であり、この映画はマラーヤラム語映画と言えるのだそうです。ちなみにケーララ州出身の看護師は優秀な人が多く、「マラーヤラリー・ナース」として一目置かれる存在なのだとか。
ドキュメンタリー映画「何も知らない夜」(2021年)で注目を集めたパヤル・カパーリヤーの劇映画監督デビュー作。この映画もドキュメンタリーの手法を取り入れることを意識して撮ったそうです。冒頭の場面といい、確かにそんな感じです。カパーリヤー監督はムンバイ出身で、マラーヤラム語は話せないそうです。
IMDb7.3、メタスコア93点、ロッテントマト100%。
▼観客11人(公開2日目の午後)1時間58分。
「バレリーナ The World of John Wick」

幼い頃に父親を殺されたイヴ(アナ・デ・アルマス)がロシア系犯罪組織“ルスカ・ロマ”で殺しの腕を磨き、父の復讐に立ち上がるという物語。なぜタイトルが「バレリーナ」というと、ルスカ・ロマでは殺しの技術と同時にバレエも教えているからです。
アルマスはスタエルスキが共同設立したアクションデザイン会社87elevenでトレーニングを積み、ハードなアクションを見せています。危険なアクション場面ではダブルがいたそうですが、これは吹き替えではないだろうと思えるワンカットのアクションもあって、シャーリーズ・セロンを受け継ぐ美形のアクション女優という感じでした。アルマスは「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」(2021年、キャリー・ジョージ・フクナガ監督)で華麗なアクションをこなしていました。あれがこの役に繋がったのでしょうね。もっとアルマスのアクションを見たいです。
「バレリーナ」というタイトルを聞いてNetflixのアクション映画「バレリーナ」(2023年、イ・チュンヒョン監督)を思い浮かべましたが、内容は全く関係ありませんでした。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)2時間5分。
「桐島です」

クリスマスツリー爆弾事件の犯人を父親に持つ梶原阿貴はそれを見込まれて高橋監督から脚本を依頼されたそうです。「5日で初稿あげてこい」という監督の要求は無茶ですが、既に桐島の記事をスクラップしていた梶原阿貴はそれに応えました。自伝的エッセイの「爆弾犯の娘」(ブックマン社)もそうなのですが、梶原阿貴の文章にはユーモアが滲み出ていて好ましいです。劇中、桐島が安倍首相の言動に怒ってコーヒーカップを投げつけて画面を割るテレビは梶原阿貴が私物を提供したそうです。
ラスト、アラブ地方と思える場所にいる女性を高橋恵子が演じています。超法規的措置で海外に逃亡した「東アジア反日武装戦線」のメンバーのうち、国際手配され、まだ逃走中の女性は大道寺あや子(大道寺将司の妻)です。エンドクレジットを確認したら、高橋恵子の役名はAYAとなっていました。
▼観客8人(公開5日目の午後)1時間29分。
「ChaO」

内容的にはともかく興行的に失敗した原因は誰もが言うようにキャラクターデザインがかわいくないからでしょう。「人は見た目が9割」というベストセラーがありましたが、アニメ映画もキャラデザインがかなり重要なのです。映画を見たいかどうかはそれで決まる要素が大きいです。
これに関連して、主人公のChaO(チャオ)が水の中では人魚、陸に上がると魚の形態なのも計算違いの気がします。「スプラッシュ」(1984年、ロン・ハワード監督)のダリル・ハンナは陸に上がると人間、水に入ると人魚の姿でした(これが普通)。ChaOは本当に愛し合ってる人の前では陸上でも人魚の姿になるという設定で、これはルッキズムの観点から言うと好ましくはないでしょう。
舞台が上海なのもよく分かりません。中国での公開を考えたんでしょうか? ストーリー的にも同じ「人魚姫」モチーフの「リトル・マーメイド」(1989年、ジョン・マスカー、ロン・クレメンツ監督)の素直な展開に負けてます。アニメの技術ではかなり頑張っているのに惜しいです。
▼観客1人(公開6日目の午前)1時間45分。
2025/08/17(日)「黒川の女たち」ほか(8月第3週のレビュー)
「エイリアン」(1979年、リドリー・スコット監督)の2年前、2120年の地球が舞台。プロディジー社の天才創業者兼CEO若き天才CEOカヴァリエ(サミュエル・ブレンキン)は“ネバーランド・リサーチ・アイランド”で不老不死に関する実験を行っていた。実験を重ねる中、12歳の少女ウェンディは自身の意識を成人女性形態のアンドロイドに移され、世界初の<ハイブリッド>として生み出される。ある日、プロディジーシティにウェイランド・ユタニ社の宇宙船「マギノット号」が墜落する。宇宙船の中に格納されていたモノを回収するべく派遣されたのは、ウェンディ(シドニー・チャンドラー)を中心とした人間の身体能力をはるかに凌駕する<ハイブリッド>たち。船内は荒れ果てた廃墟のようになっていた。この宇宙船、宇宙の深淵から5種の生命体を回収し、それらが逃げ出したらしい。
というわけで、おなじみのエイリアン“ゼノモーフ”だけでなく、大小の異なるエイリアンが登場します。これに対抗するのが、ウェンディたちハイブリッド、という展開。主演のシドニー・チャンドラーは29歳ですが、ティーンを演じて違和感はありません。監督はノア・ホーリー。製作は「SHOGUN 将軍」を大成功させたFX。全8話の予定です。
IMDb8.1、ロッテントマト87%、フィルマークス4.0。
「黒川の女たち」

黒川開拓団は岐阜県黒川村(現在の白川町)の農民で組織した開拓団。貧しい農民が多かったとされています。満蒙開拓は1931年の満州事変以降、日本が国策として推進し、中国の人たちから家と農地を安く買いたたいて開拓団に提供しました。黒川村からは600人以上が加わったそうです。
映画の中で高校の先生が授業で話しますが、開拓団には中国への加害と被害の両方の側面があります。敗戦後に現地の人たちから迫害を受けたのは戦時中の恨みを買っていたからです。それ回避するため、黒川開拓団が考えたのは侵攻してきたソ連軍に守ってもらうこと。どちらから言い出したのかは分かりませんが、その引き換えに18歳以上の未婚女性15人が性接待をさせられることになりました。
年老いた女性たちが語る言葉が重いです。「私たちがどれほど辛く悲しい思いをしたか、私らの犠牲で帰ってこれたということは覚えていて欲しい」「次に生まれるその時は平和の国に産まれたい。愛を育て慈しみ花咲く青春綴りたい」。松原文枝監督のインタビューによると、そうした女性たちは性接待の事実を世間に明らかにしたことで笑顔が出るなど大きな変化があったそうです。もちろん、自身の若い頃の性被害を告白することには相当な勇気が必要だっただろうと思います。
2018年11月、性接待の事実を刻んだ「乙女の碑」の碑文が完成。その除幕式のあいさつで黒川開拓団遺族会会長の藤井宏之さんは女性たちへの謝罪の言葉を述べました。藤井さんの父親は開拓団に参加し、性接待の呼び出し係をしていたそうですが、当時生まれてもいなかった藤井さん自身には何の責任もありません。それでも碑文を書き、謝罪し、女性たちのために尽力する姿には頭が下がります。
松原監督は「ハマのドン」(2023年)に続いて監督2作目。テレビ朝日の記者、報道ステーションディレクターなどを経て現在はビジネスプロデュース局の部長。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午後)1時間39分。
「この夏の星を見る」

コロナ禍で部活動が制限された2020年、茨城の高校2年生・溪本亜紗(桜田ひより)はオンラインでのスターキャッチ・コンテストを思いつく。賛同したのは東京の中学校と高校、長崎県五島の高校で計4校の生徒たちが手作りの望遠鏡で競うことになる。同時に映画はコロナ禍のさまざまなドラマを取り入れ、悩み苦しむ生徒たちがコンテストに向かうことで希望を見いだしていく姿を描いています。
クライマックス、12月のISS(国際宇宙ステーション)観測会で、厚い雲に覆われていた茨城の夜空が奇跡のように晴れてくる場面は原作にはありません。いや、前日譚で本編の1年前を描く短編「薄明の流れ星」の中にあるんですが、それをうまく取り入れてドラマティックな効果を上げています。森野マッシュの脚本はそうしたアレンジにうまさを感じました。
森野マッシュと同様、山元環監督もこれが商業映画デビューですが、正攻法の演出に加えて画面構成のうまさが光っていると思いました。原作ではピンとこなかったオンライン・スターキャッチ・コンテストのやり方は映画ではよく分かりました。夜空へ天体望遠鏡を向ける素早い動き自体が形になってます。
映画を見た辻村深月は「私が小説で書いた風景や迷いながら選び取った場面が言語化を超えた映像になっていて、魔法を目撃したような気持ち」と高く評価しています。
▼観客多数(公開初日の午後)2時間6分。
「顔を捨てた男」

この映画に登場するのは「ウィリアム・ウィルソン」のようなドッペルゲンガーではなく、主人公エドワード(セバスチャン・スタン)と同じ神経線維腫で顔が「エレファントマン」のように変形したオズワルド(アダム・ピアソン)。性格はうつむきがちなエドワードとは正反対の明るさです。実験的な治療で新しい顔を得たエドワードは新しい人生に踏み出し、恋人と仕事を得ますが、そこにオズワルドが現れてエドワードから恋人も仕事も奪っていくという展開。オズワルドには悪意があるわけではないのがエドワードにとって痛いところでしょう。アダム・ピアソンは実際の神経線維腫の患者だそうです。
映画は前半が特に面白いんですが、結末に向かって意外性があまりないのが少し残念。恋人役を演じるのは「わたしは最悪。」のレナーテ・レインスヴェ。監督のアーロン・シンバーグは長編3作目ですが、日本公開は初めて。口唇口蓋裂の治療を受けた経験があるそうです。
IMDb6.9、メタスコア78点、ロッテントマト93%。
▼観客6人(公開7日目の午後)1時間52分。
「脱走」

非武装地帯を警備する主人公ギュナム軍曹にイ・ジェフン、幼なじみの保衛部少佐ヒョンサンをク・ギョファンが演じています。監督は「サムジンカンパニー1995」のイ・ジョンピル。
IMDb6.4、ロッテントマト71%(アメリカでは映画祭での上映のみ)
▼観客9人(公開6日目の午後)1時間34分。