2005/12/01(木)「東京タワー」

 「東京タワーチラシ」「大停電の夜に」の源孝志監督作品じゃなかったら、見ないところだ。映画が始まって40分ぐらいまでのもうどうしようもない黒木瞳と岡田准一のシーンで、途中で見るのをやめようかと思ったのだが、そこをじっと我慢すれば、映画は面白くなる。中盤から終盤にかけての寺島しのぶ&松本潤と黒木瞳&岡田准一のそれぞれの修羅場のシーンが面白く、見終わってみれば、まずまずの作品じゃないかという感想を持った。

 この映画、黒木瞳のシーンをすべて取っ払ったら、もっと良かったのにと思う。黒木瞳は20代の女のような演技をするべきではない。20歳も年下の若い男を好きになってしまった40代のずるさと打算としたたかさを演じるべきだった。その点、寺島しのぶはうまいなと思う。役柄は35歳の主婦だが、大地に根を張ったたくましさと夫から「今夜は酢豚だな」と言われる侮蔑的な日常と若い男に溺れてしまって安定した暮らしを少し踏み外した後悔とを微妙に織り込んで演じている。感情もシチュエーションもリアリティゼロでバカバカしい序盤の黒木瞳のパートに比べて寺島しのぶのパートには既婚女性のせっぱ詰まったリアリティがあり、それが映画を救う結果になったのだと思う。

 「恋はするものじゃなく、落ちるものだ」というこれまた分かった風なことを言っているコピーにも腹が立つのだが、映画はそれに対抗するように黒木瞳の夫役の岸谷五朗に「恋は落ちればいいっていうもんじゃねえんだよ」というセリフを用意している。ここで岸谷五朗は岡田准一を飛び込み台からプールに落とすのだ。

 序盤のどうしようもなさは映画デビューだった源孝志の計算違いによるものなのだろう。加えて脚本の出来にもよるのだろう。「大停電の夜に」に比べてセリフのリアリティがまるでないところがダメで、これにも相沢友子をかかわらせていたら、もっと面白くなっていたのにと思う。

 この映画、終盤のパリの場面を撮るまで撮影の中断があり、その間に岡田准一は「フライ,ダディ,フライ」を撮影したそうだ。岡田准一も黒木瞳とのパートではダメだが、それ以外は悪くなかった。