2023/04/30(日)「劇場版TOKYO MER 走る緊急救命室」ほか(4月第5週のレビュー)

 「劇場版TOKYO MER 走る緊急救命室」は、設定ぐらいは知っておいた方が良いだろうと思い、事前にテレビドラマの第1話だけを見ておきました。ドラマ版の重要な箇所は回想シーンで補ってあり、一切見なくても大丈夫な作りでした。厚労大臣のキャラが類型的な悪役すぎるとか、放火犯の設定が簡単すぎるとか、主人公の家庭描写がイマイチとか細部に改善した方が良いと思えるところはありますが、救命シーンのリアルな緊迫感とエモーションの高め方に文句はなく、ドラマの劇場版としては近年になく成功したエンタメ作品になっています。

 冒頭、炎上する航空機事故現場での救命シーンから緊迫感が横溢。家庭をほったらかしにしてMER業務に打ち込む主人公の医師・喜多見(鈴木亮平)に愛想を尽かして妻の千晶(仲里依紗)が横浜の実家に帰るシーンを挿んだ後、その横浜にそびえ立つランドマークタワーが放火で爆発・炎上し、地上70階の展望フロアに千晶とMER看護師の夏梅(菜々緒)を含む193人が取り残されるというメインの事件に突入していきます。

 短いカットを積み重ねることでテンポと緊迫感を生み出し、劇伴が分かりやすくその緊迫感を高めています。この作りはドラマ版と同じで、松木彩監督の得意とするところなのでしょう(ただしそんなに演出の引き出しは多くないようです)。完璧なセリフ回しと熱い演技の鈴木亮平をはじめ、賀来賢人、菜々緒、中条あやみ、小手伸也、佐野勇斗、要潤、石田ゆり子らドラマ版の主要メンバーに加えて、東京都主導の東京MERに対抗するため厚労省主導で新設された横浜MERのチーフ医師役を杏が演じています。

 「待っているだけじゃ、助けられない命がある」。ドラマ版によると、喜多見がこの信念を持つことになったのは子供の頃、アメリカで銃乱射事件に巻き込まれ、瀕死の重傷を負った両親のために必死に助けを呼んだのに誰も来なかった体験があるからです。さらにMERの信条は死者を1人も出さないことであるにもかかわらず、喜多見の妹・涼香(佐藤栞里)は懸命な救命措置の甲斐なく、MER初の死者となってしまいます。今回は喜多見の妊娠9カ月の妻が命の危機に陥ります。主人公の見内ばかりが危険にさらされることには、またかとの思いもありますが、エモーションを最高に高める手段でもあるでしょう。

 超高層ビル火災を描いた「タワーリング・インフェルノ」(1974年)や「ダイ・ハード」(1988年)の傑出した出来を思えば、犯人とその手口にもう少し知的な動機と設定が欲しいところ。ただ、これはパニック映画でも刑事アクションでもないので、そうした部分に凝ることを控えたのかもしれません。

 興収30億円は固いとみられているそうですが、公開初日の観客の多さと反応の良さを見ると、もっといけそうな感じではありました。脚本はドラマ版と同じ黒岩勉。松木彩監督はTBSテレビのディレクターで「半沢直樹」(2020年)、「天国と地獄 サイコな2人」(2021年)などの演出を経て「TOKYO MER」(2021年)でチーフディレクター。劇場映画はこれが初監督作品となりました。2時間8分。
▼観客多数(公開初日の午後)

「トリとロキタ」

 ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟の監督作品。アフリカからベルギーに向かう船の中で出会い、姉弟と偽って暮らしている17歳の少女ロキタ(ジョエリー・ムブンドゥ)と12歳の少年トリ(パブロ・シルズ)の過酷な日常を描いています。

 2人が姉弟として振る舞うのはどちらも1人では生きていけないから。故郷で迫害を受けたトリにはビザが下りたのにロキタには下りません。このためまともな職業には就けず、ドラッグの運び屋をやることになります。弱みを持つ人々を助けるどころか徹底的に搾取する姿には腹が立ちますが、日本の現状も同じようなものでしょう。

 パンフレットによると、ダルデンヌ兄弟がこの題材を映画化したのは数百人単位の移民の子供たちがヨーロッパで行方不明となったという記事を読んだのがきっかけだそうです。カンヌ国際映画祭75周年記念大賞。1時間29分。
IMDb7.1、メタスコア78点、ロッテントマト89%。
▼観客7人(公開4日目の午後)

「せかいのおきく」

 阪本順治監督によるモノクロ、スタンダードサイズの時代劇で、江戸末期を舞台に人々の糞尿を回収・販売する汚穢屋の青年2人(池松壮亮、寛一郎)と武家育ちで今は父親(佐藤浩市)と貧乏長屋に住む娘おきく(黒木華)の物語です。汚穢屋の仕事をこんなに詳細に描いた作品は恐らく初めてではないかと思いますが、それだけでなく、おきくと青年の恋を絡めた青春映画として成立しています。

 序章「江戸のうんこは、いずこへ」から終章「おきくのせかい」まで全9章で構成。当初は短編として企画され、まず第7章「せかいのおきく」を撮り、次に第6章「そして舟はゆく」を撮ったところで長編化のめどが付いたそうです。

 長屋の描写は「人情紙風船」(1937年、山中貞雄監督)を参考にしたそうですが、あの傑作同様にユーモアを交えた人々の描写が心地良く、阪本監督にはまたこうした時代劇を撮ってほしいものだと思いました。1時間29分。
▼観客9人(公開初日の午前)

「ヴィレッジ」

 巨大なゴミの最終処分場がある霞門村(かもんむら)を舞台にした藤井道人監督のサスペンス。かつて処分場の建設に反対して殺人を犯し、自殺した父親を持つ青年を主人公にした物語です。

 横浜流星、黒木華の演技は悪くありませんが、話が新鮮味に欠けるのが難点。不当な差別・偏見・嫌がらせにさらされている主人公が村を出て行かない理由も分かりません。藤井監督の演出は真っ当ですが、脚本に説得力が足りませんでした。一ノ瀬ワタルの役柄は「宮本から君へ」(2019年、真利子哲也監督)の悪役を思わせますね。2時間。
▼観客2人(公開5日目の午後)

2023/04/23(日)「名探偵コナン 黒鉄の魚影」ほか(4月第4週のレビュー)

 「名探偵コナン 黒鉄の魚影」は劇場版第26作。八丈島近海に建設され、世界中の防犯カメラを繋ぐ海洋施設パシフィック・ブイを舞台に、それを狙う黒ずくめの組織とコナンたちの闘いを描いています。単純に面白さの点では昨年の「ハロウィンの花嫁」(満仲勧監督、大倉崇裕脚本)に負けていると思いましたが、女性キャラで最も人気のある灰原哀をフィーチャーしたこともあってシリーズ初の興収100億円突破が有力だそうです。

 本格稼働を控えたパシフィック・ブイに世界各国のエンジニアが集結する。その頃、コナンたち少年探偵団一行は八丈島にホエールウォッチングに来ていた。コナンのもとへFBIの赤井秀一から電話が入る。ユーロポールの職員がドイツで黒ずくめの組織のジンに殺害されたのだ。コナンはパシフィック・ブイの警備に向かっていた警視庁関係者が乗る警備艇に忍び込み、施設内に潜入。施設内で女性エンジニアが黒ずくめの組織に誘拐され、彼女が持っていたある情報を記録したUSBが組織の手に渡る。八丈島に宿泊していた灰原哀にも組織の手が忍び寄っていた。

 パシフィック・ブイの老若認証システムで灰原哀の正体が死んだはずの宮野志保であることが黒ずくめの組織に分かってしまう、というのが中心となる話。劇場版のコナンはほぼスパイアクションなので、今回も007シリーズのような海洋アクションとスケール感で描かれますが、話の密度がやや薄く感じられました。

 コナンと灰原のキュンキュンなシーンがあるほか、赤井秀一と安室透という人気キャラも出ているので、ファンの満足度は高いのでしょう。エンドクレジットの後の場面を見ると、来年は今回出番がなかった怪盗キッドが登場するようです。1時間49分。
▼観客35人ぐらい(公開4日目の午後)

「いつかの君にもわかること」

 余命わずかなシングルファーザーが4歳の息子のために里親を探す物語。「おみおくりの作法」(2013年)のウベルト・パゾリーニ監督作品で、事実を基にした物語だそうです。

 窓拭き清掃員として働く33歳のジョン(ジェームズ・ノートン)は息子マイケル(ダニエル・ラモント)と二人暮らしだが、自分が不治の病で余命わずかであることを知る。ロシア人の妻はジョンの仕事に満足せず、マイケルを生んで間もなくロシアに帰ってしまっていた。自分が死んだ後のマイケルの生活を心配するジョンはソーシャルワーカーのショーナ(アイリーン・オヒギンズ)とともに里親を探し始める。何組もの家族と面会するが、なかなか息子をまかせられる家庭は見つからなかった。

 パゾリーニ監督の描写は「おみおくりの作法」同様に今回も淡々として、ジョンの病気の詳細さえ明らかにしていませんが、深い情感がこめられて胸を打ちます。家庭の裕福さよりも愛情深さを元に里親を決めたジョンの選択は納得できるものでした。1時間35分。
IMDb7.4、ロッテントマト100%(アメリカでは映画祭での上映のみのようです)。
▼観客13人(公開5日目の午後)

「東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 運命」

 恋人の死を回避するために過去に戻るという前作(2020年)と同じ趣向であることに伴う「またかよ感」に目をつむれば、悪い出来ではありませんが、「話の途中で終わった感」は拭いきれず、6月公開の後編「血のハロウィン編 決戦」を見ないことには評価のしようがありません。

 普通のタイムリープものではどんなに過去を変えても現在の事象は変えられないという結論に達するものも多いですが、あんなにかわいいヒナ(今田美桜)を救うためなら、タケミチ(北村匠海)が何度でも過去に戻りたくなる気持ちも分かりますね。監督・脚本は前作と同じ英勉と高橋泉のコンビ。1時間30分。
▼観客多数(公開初日の午前)

「レンタル×ファミリー」

 オンラインで観賞。実際の人間貸し出しサービスを営むファミリーロマンス社代表の石井裕一著「人間レンタル屋」を塩谷瞬主演で阪本武仁監督が映画化した作品です。6月10日に劇場公開予定。

 amazonの紹介を見ると、原作は事例集のようなものなのでしょう。映画は「パパにあいたい」「人間レンタル」「喜びも悲しみも」の3つのエピソードにまとめてあります。人間レンタルという題材自体には興味深いものがありますが、端的に言って脚本の出来が良くありません。特に二番目の「人間レンタル」のエピソードは結婚式の出席代行、父親レンタルに依存する話、レンタル子供・孫、レンタル彼氏などをモキュメンタリー形式で描き、原作は恐らくこんな感じなのでしょうが、ドラマの作りが弱く、他の二つのエピソードに比べて違和感があります。

 三番目の「喜びも悲しみも」はレンタル父親を何年も続けたシングルマザー家庭の母親が死んでしまう話。娘は月に1回帰ってくる父親がレンタルであることを知らなかったという設定です。これが残念なのは人間レンタルが後景に退き、シングルマザーの家庭で母親が死んだらどうなるかという話に重点が移ること。高校生の娘役の白石優愛と、バイト先のでんでんの演技がしっかりしているので、3つのエピソードの中では最も良い出来ですが、この展開では人間レンタルがなくても成立してしまいます。

 ファミリーロマンス社のサイトにある利用者の声を読むと、人間レンタル利用の動機には孤独や見栄、ついてしまった嘘をごまかすため、秘密を隠し通すためなどさまざまなものがあるようです。映画はそれをうまくドラマ化できていません。構成も含めて脚本をもっと練り上げる必要があったのだと思います。1時間47分。

 こうしたオンライン観賞は動画共有サイトVimeoで行われることが多いんですが、Vimeoはamazon FireTV Sticへの対応を辞めてしまったのが残念です。昨年11月、「の方へ、流れる」(竹馬靖具監督、唐田えりか主演)の時はまだ対応してましたが、やめた理由は何なんですかね?

2023/04/16(日)「仕掛人・藤枝梅安2」ほか(4月第3週のレビュー)

 「仕掛人・藤枝梅安2」はシリーズ第2作。短編集「殺しの四人 仕掛人・藤枝梅安(一) 」から「殺しの四人」と「秋風二人旅(しゅうふうににんたび)」を組み合わせて映画化しています。2月に公開された第1作も良い出来でしたが、今回も期待を裏切らない仕上がりになっています。監督は前作に続いて河毛俊作。

 前作での仕掛けの後、藤枝梅安(豊川悦司)と彦次郎(片岡愛之助)は江戸から京への旅に出る。途中、彦次郎は20年前、妻子を死に追いやった男(椎名桔平)を見かけ、仇を討とうと後を追う。梅安にはその男が非道を働くようには見えず、違和感を覚える。男は松平甲斐守の家臣・峯山又十郎と分かる。梅安の師・津山悦堂(小林薫)の墓前で、又十郎と話した梅安はこの男が仇ではないと確信。その夜、殺しの依頼を仲介する白子屋菊右衛門(石橋蓮司)と再会した梅安は店の外で浪人とすれ違う。男は井上半十郎(佐藤浩市)。梅安に妻(篠原ゆき子)を殺された過去があった。

 豊川悦司と片岡愛之助のコンビが今回も良く、特に片岡愛之助はこのシリーズで実力を見せつけた感じがします。2人のそれぞれに哀しい過去を絡めた脚本(大森寿美男)も良い出来です。

 エンドクレジットの後に長谷川という名前の武士が登場しますが、これは来年5月公開予定の「鬼平犯科帳」の主人公・長谷川平蔵(松本幸四郎)のようです。監督はドラマ「北の国から」や映画「優駿 ORACION」(1988年)「最後の忠臣蔵」(2010年)などで知られる杉田成道。個人的には引き続き河毛監督で見たかった気もします。1時間59分。
▼観客8人(公開4日目の午後)

「search #サーチ2」

 原題は「missing」。恋人とコロンビアへ旅行に出かけて行方不明となった母親(ニア・ロング)を、娘(ストーム・リード)がスマホとパソコンを駆使して探すというミステリー。「search サーチ」(2018年)と同じくスマホ、パソコンなどの画面だけで構成されるので、この邦題になったのでしょうが、内容的には関係ありません。ただ、原案は「サーチ」の監督アニーシュ・チャガンティで、それをウィル・メリック、ニック・ジョンソンが共同で脚本化し、監督しています。2人はチャガンティ監督の「RUN ラン」(2020年)で編集を務めたとのこと。

 全体的によく出来たミステリーと思いますが、前半が少しモタモタした印象。ここは伏線を張っているので仕方がない面もあります。ラストもスパッと格好良く終わりたいところ。二転三転するストーリーなので「驚愕の」と書いたレビューがありましたが、大げさです。

 感心したのはSiriの使い方。Googleアシスタントでもアレクサでもなく、やっぱりSiriの方がポピュラーなんでしょうね。1時間51分。
IMDb7.1、メタスコア67点、ロッテントマト88%。
▼観客3人(公開初日の午前)

「ザ・ホエール」

 過食で体重272キロに肥満したゲイの男と不仲の娘を描くダーレン・アロノフスキー監督作品。ニューズウィークのデーナ・スティーブンズはアロノフスキー作品が嫌いなのか、酷評していましたが、それは少数派の意見。元が舞台劇なので他のアロノフスキー作品と同列に論じることには疑問があります。舞台劇らしい緊密な展開で、これでカムバックを果たしたフレイザーの演技を見るだけでも価値があると思いました。

 ボーイフレンドのアランを亡くして以来、現実逃避から過食状態になり272キロに太ったチャーリーは看護師リズ(ホン・チャウ)の助けを受けながら、オンライン授業で大学の講師を務めている。自分の死期が近いと悟った彼は、8年前、アランと暮らすため家庭を捨てて以来別れたままだった娘エリー(セイディー・シンク)に再び会おうと決意。絆を取り戻そうとするが、エリーは学校生活や家庭に多くの問題を抱えていた。

 タイトルはチャーリーの太った外見を表すほか、劇中でハーマン・メルヴィル「白鯨」に関する部分があるため。序盤で具合が悪くなったチャーリーは「白鯨」に関する文章を読んでもらって落ち着きを取り戻します。この文章が何なのかは終盤で分かり、チャーリーの痛切な思いを表すことになります。

 一方でチャーリーは「エレファントマン」(1980年)のような異形の存在であることも確か。考えてみると、「レクイエム・フォー・ドリーム」(2000年)のエレン・バースティンは過剰なドラッグで壊れていきましたし、「ブラック・スワン」(2010年)や「ノア 約束の舟」(2014年)の主人公も常軌を逸した存在でした。アロノフスキーはそうしたどこか壊れた人間が興味の対象なのでしょう。

 特殊メイクで熱演したフレイザーはアカデミー主演男優賞を受賞。作品はメイク・ヘアスタイリング賞を受賞しました。脚色は舞台の脚本を手がけたサミュエル・D・ハンター。娘のエリーを演じたセイディー・シンクは大ヒットシリーズ「ストレンジャー・シングス 未知の世界」(Netflix)で注目された女優です。1時間57分。
IMDb7.7、メタスコア60点、ロッテントマト64%。
▼観客8人(公開5日目の午後)

「ノック 終末の訪問者」

 ポール・トレンブレイの原作「終末の訪問者」(「The Cabin at the End of the World」、邦訳は竹書房文庫)をM・ナイト・シャマラン監督が映画化したサスペンス。

 人里離れた山小屋でゲイカップルのアンドリュー(ベン・オルドリッジ)とエリック(ジョナサン・グロフ)、養女ウェン(クリステン・キュイ)のもとに武装した男女4人が訪れ、家族は囚われの身となる。謎の男女は家族に「世界の終末を防ぐためには君たち家族3人で、家族の1人を選んで殺さなくてはならない」と告げる。

 原作はホラーに分類され、ローカス賞とブラム・ストーカー賞を受賞。スティーブン・キングが絶賛したそうですが、キングはよく絶賛します。「ヨハネの黙示録」が下敷きで、訪れる4人は四騎士に当たるそうです。

 なぜこの家族が世界の終わりを救うことができるのか、映画からは分かりません。4人の行動によって黙示録に呼応した終末への事象が現実化していくのを見せ、家族が信じざるを得なくなるという展開。シャマランの撮り方は悪くないんですが、キリスト教の考え方だけで世界の終わりを提示されてもなあという思いが抜けず、仏教徒やイスラム教徒やヒンズー教徒には関係ない話に思えます。まして無宗教の人間には。

 4人のリーダー格の教師を演じるのは「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のデイヴ・バウティスタ。1時間40分。
IMDb6.1、メタスコア63点、ロッテントマト67%。
▼観客7人(公開7日目の午前)

「推しの子 Mother and Children」

 Filmarksによると、今春スタートのアニメは全部で70本。その中で最も評価が高いのは今のところ、「推しの子」です。原作コミックの作者は「かぐや様は告らせたい」の赤坂アカ。第1話は90分拡大版(実質82分)で4月12日にTOKYO MXやBS11で放送され、Netflixなどで配信されています。

 地方の病院で働く産婦人科医ゴローのところに、推しのアイドル「B 小町」のアイが訪れる。彼女は16歳だが、妊娠していてゴローの病院で極秘出産することになる。出産間近の夜、ゴローは何者かに襲われて転落死する。気がつくと、アイの双子の子供の1人として生まれ変わっていた、という出だし。

 赤ん坊がしゃべるのでドラマ「ブラッシュアップライフ」のようなコメディかと思っていたら、終盤に怒濤の展開があり、激しく感情を揺さぶられることに。人気を集めるのがよく分かる出来でした。この第1話は放送に先立って「推しの子 Mother and Children」のタイトルで3月17日から劇場公開され、KINENOTE76.5点、Yahoo!映画4.5点、Filmarks4.4点、IMDb9.6点の高評価を得ています。

2023/04/09(日)「AIR エア」ほか(4月第2週のレビュー)

 「AIR エア」はナイキのバスケットシューズ、“エア ジョーダン”の開発を巡るドラマ。といっても、靴の製造過程ではなく、マイケル・ジョーダンとどう契約にこぎ着けるかが焦点となります。ベン・アフレック監督、マット・デイモン主演コンビの作品。

 1984年当時のバスケシューズのシェアはコンバース54%、アディダス29%に対してナイキは14%と低迷していた。ソニー・ヴァッカロ(デイモン)はCEOのフィル(アフレック)からバスケットボール部門の立て直しを命じられる。ソニーが目をつけたのは、まだNBAデビュー前のマイケル・ジョーダン。しかしジョーダンはアディダスとの契約に傾いていた。状況を打開するため、ソニーはある秘策を持ちかける。

 日本だったら、池井戸潤が書きそうな題材で、池井戸作品のように開発そのものを描いた内容ではないものの、困難を乗り越え、最終的に勝利につながっていく過程には同様の感動があります。それをユーモアを交えて描くアフレック演出は手慣れたもの。ジョーダンの母親役でヴィオラ・デイビスが貫録の演技を見せています。

 「ビバリーヒルズ・コップ」のテーマ「アクセル・F」(ハロルド・フォルターメイヤー)や「ストリート・オブ・ファイヤー」の「あなたを夢みて」(ダン・ハートマン)、シンディ・ローパー「タイム・アフター・タイム」、そしてブルース・スプリングスティーン「ボーン・イン・ザ・USA」など、かつてよく聴いていた80年代のヒット曲が多数流れ、サントラが欲しくなりました。1時間52分。
IMDb7.8、メタスコア77点、ロッテントマト95%。
▼観客7人(公開初日の午前)

「ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り」

 有名なRPGを映画化した冒険ファンタジー。ゲームを基にした作品と聞いてイメージする以上の出来になっています。

 さまざまな種族やモンスターが生息する世界“フォーゴトン・レルム”が舞台。盗賊のエドガン(クリス・パイン)と相棒の戦士ホルガ(ミシェル・ロドリゲス)は、闇の組織に仕える者たちに殺されたエドガンの妻を蘇らせ、さらわれた娘を助けるために冒険に旅立つ、という物語。

 大味なところはあるものの、いつものようにパインがユーモアを滲ませて好演し、屈強なロドリゲスがサポート。名家出身の魔法使いサイモン(ジャスティス・スミス)と自然の化身ドリック(ソフィア・リリス)の若手俳優たちも悪くありません。VFXも申し分ない出来でした。監督のジョン・フランシス・デイリーとジョナサン・ゴールドスタインは「スパイダーマン ホームカミング」の脚本家コンビで、共同監督は3作目。

 Wikipediaに「同名映画シリーズをリブート」とあったので過去の作品を調べてみたら、2000年に映画化され、その後はテレビムービーで2本作られていました。1作目(コートニー・ソロモン監督)はIMDb3.6、メタスコア14点、ロッテントマト10%と物凄く低い評価。まったく無視してかまわない作品のようです。2時間14分。
IMDb7.6、メタスコア72点、ロッテントマト91%。
▼観客12人(公開5日目の午前)

「ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー」

 殺し屋女子コンビの活躍を描いた「ベイビーわるきゅーれ」(2021年、阪元裕吾監督)の続編。前作より緩い笑いのパートが増え、アクション場面は前作より落ちると思いましたが、前作と同じことをやるのを避けたという指摘もあり、好みの問題でもあるのでしょう。

 殺し屋協会アルバイトのゆうり(丞威=岩永ジョーイ)とまこと(濱田龍臣)兄弟が正規の殺し屋になるため、ちさと(髙石あかり)とまひろ(伊澤彩織)を殺して後釜になろうとする話。この本筋に、同居しているちさととまひろのダラダラした日常、銀行強盗に出くわすエピソードなどを盛り込んでいます。

 バイト対正社員の戦いなわけですが、殺し屋兄弟がちさととまひろに一瞬で倒される場面があるなど、あまり強くないので今一つ盛り上がりません。前作は本宮泰風の貫録のあるヤクザの親分がコミカルな味を出して演技面をリードしていましたし、クライマックスに対決する三元雅芸は明らかに素手の格闘では伊澤彩織より上回っていました。だから、伊澤彩織は最後、隙を突いて拳銃を拾い、決着をつけたわけです。敵は強力な方が面白くなります。

 アクション監督は前作に続いて園村健介。今年1月に公開された園村監督作品「BAD CITY」(小沢仁志主演)は警察とヤクザと政財界を絡めたストーリー展開が激しいアクションにマッチして面白く仕上がっていました。「ベイビーわるきゅーれ」も3作目はああいう路線で行ってくれると嬉しいです。

 髙石あかりは口跡が悪いのかと思えるほどセリフが聞き取りにくいですが、「わたしの幸せな結婚」では普通に聞き取れましたし、地上波初主演となった毎日放送の深夜ドラマ「墜落JKと廃人教師」でも普通です。映画のセリフ回しは阪元監督の好みなのでしょう。

 「少女は卒業しない」の中井友望が死体処理業者の役で出演。演技は主演の2人よりしっかりしていると思いました。1時間41分。
▼観客7人(公開初日の午後)

「逆転のトライアングル」

 昨年のカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したリューベン・オストルンド監督作品。オストルンドのパルムドール受賞は「ザ・スクエア 思いやりの聖域」に続いて2作連続で、史上3人目だそうです。

 インフルエンサーのヤヤ(チャールビ・ディーン)と男性モデルのカール(ハリス・ディキンソン)は豪華客船の旅に招待される。乗客はロシアの大富豪、英国の武器商人、アル中の船長(ウディ・ハレルソン)、高額チップ目当ての客室乗務員など。ある夜、嵐に巻き込まれ、海賊の襲撃も受けて船が沈没。乗客ら8人が無人島に流れ着く。

 ヤヤとカールが客船に乗るまでに30分、客船内のゴタゴタが1時間あり、逆転するのは終盤の1時間ぐらいという配分。逆転まで長いなと思ってしまいますが、原題は「Triangle of Sadness」(悲しみの三角形)で、眉と眉の間のしわを指しているそうです。劇中にそれに絡んだセリフが出てきます。

 そのタイトルが表すように「ザ・スクエア」同様、意地が悪く、シニカルでブラックな笑いに満ちています。パルムドールを取るほどではないなと思いますが、映画祭の場合は審査員の好みも強く反映されるのでこういうこともあるのでしょう(審査委員長はフランスの俳優ヴァンサン・ランドン)。2時間27分。
IMDb7.4、メタスコア63点、ロッテントマト71%。
▼観客5人(公開11日目の午後)

2023/04/02(日)「少女は卒業しない」ほか(4月第1週のレビュー)

 「少女は卒業しない」は卒業式の前日と当日を舞台に、卒業する4人の女子高生の姿を叙情的に描いた作品。朝井リョウの原作は連作短編集で、収録された7編のうち、映画は4編を取り出し、シャッフルして再構成しています。取り出したのは「エンドロールが始まる」「寺田の足の甲はキャベツ」「四拍子をもう一度」「夜明けの中心」の4つ。この再構成が非常にうまくいっており、それぞれの物語の脚色も設定だけを借りて独自の展開にしたり、エピソードを付け加えたり、かなり考えてあります。

 中川駿監督はこれが商業長編映画デビュー作。その意気込みと努力が結実した脚本だと思います(映画のメイキングの中で主演の河合優実は監督に対して「上から目線になりますが、脚本がすごく上手で」と話していました)。

 この優れた脚本で映画の成功はほぼ決まったようなものですが、さらに中井友望、小野莉奈、小宮山莉渚、河合優実がそれぞれに好演しています。一昨年から絶好調の河合優実の初主演作と銘打っていますが、それほど比重が大きいわけではありません。「アルプススタンドのはしの方」から着実にステップアップしている小野莉奈は明るさが光り、リアル高校生の小宮山莉渚(「ヤクザと家族 The Family」)と、うれいを含んだ役柄の中井友望(「かそけきサンカヨウ」)も今後有望と思える演技を見せています。

 脚本で唯一疑問を感じたのは、河合優実のエピソードの中で重要な出来事の詳細が描かれず、事故なのかどうかが分からないこと。原作の最後に収録された「夜明けの中心」を読んで分かりましたが、ここを詳しく描くと、全体のバランスを崩すという判断なのかもしれません。

 中川監督は高校でのLGBT問題を描いた短編「カランコエの花」(2016年、今田美桜主演)で注目され、この映画の監督依頼につながったそうです。この2本を見ると、脚本の技術の高さとともに、登場人物の繊細な感情をすくい上げ、叙情的に撮るのが美点のように感じました。今後が期待されます。主題歌「夢でも」を歌っているのは宮崎在住のシンガーソングライターみゆな。2時間。
▼観客4人(公開4日目の午後)

「生きる LIVING」

 黒澤明監督の名作をカズオ・イシグロ脚本でリメイク。はっきり言って前半はオリジナルの勝ちで、赤ん坊を背負った菅井きんらのおばちゃんたちが市役所の各課をたらい回しにされるシーンは3人の上品なレディーに置き換えられ、笑いが減じています。1952年の東京を1953年のロンドンに移し替えただけの映画のように見えますし(同じ時代でもロンドンは随分洗練されているなあとは思います)、医師から癌を宣告された(オリジナルでは察知した)主人公(志村喬、ビル・ナイ)が絶望し、貯金を下ろして歓楽街をさまようシーンや役所の部下だった若い女性(小田切みき、エイミー・ルー・ウッド)に執着する場面などはオリジナルと同様の展開になっています。

 違うのは主人公が再生を決意するシーン。志村喬は間もなく死ぬ自分に比べて、小田切みきの生き生きとした生命の輝きに引かれるわけですが、今はおもちゃ工場に勤める彼女から「こんなものでも作っていると楽しいわよ」とぴょんぴょん跳ねるうさぎのおもちゃを見せられ、「課長さんも何か作ってみれば」と言われます。そこで主人公はおばちゃんたちから陳情があった公園をつくることを思いつくわけです。

 今回のビル・ナイは自分に付けられた「ゾンビ」というあだ名(オリジナルでは「ミイラ」)についてエイミー・ルー・ウッドに話しているうちに、「公園で元気に遊び回っている子供たちは母親が迎えに来るのを待っていたりなんかしない」と気づき、生き生きと生きることと公園が結びついてきます。

 ここは本当に感動的な良いシーンでビル・ナイがアカデミー主演男優賞候補となったのもここでの演技が大きかったのではないかと思いました。

 カズオ・イシグロはかなりの映画ファンでこの映画の企画も自ら発案したそうです。監督は南アフリカ出身のオリヴァー・ハーマナス。1時間43分。
IMDb7.3、メタスコア81点、ロッテントマト96%。
▼観客6人(公開初日の午前)

「ベネデッタ」

 17世紀のイタリア、同性愛で告発された実在の修道女ベネデッタ・カルリーニを描くポール・ヴァーホーベン監督作品。日本ではR18+ですが、アメリカではR15+。「セクシャル・サスペンス」なので、それなりのシーンはあるものの、成人映画にするほどではなく、日本のレーティングは厳しすぎる気がします。

 物語の基になったのはジュディス・C・ブラウンの著書「ルネサンス修道女物語 聖と性のミクロストリア」(ミネルヴァ書房、絶版)。ヴァーホーベン監督は原作にはない暴動シーンをラストに加えて、「宗教、セクシュアリティー、教会の政治的駆け引きを見事なバランスで」(パンフレットより)描いています。

 ヴァーホーベンは今年85歳。若い頃の作品ほどエネルギッシュではありませんが、それでも年齢を感じさせない仕上がりでした。主役のベネデッタを演じるのはベルギー出身のヴィルジニー・エフィラ、相手役のダフネ・パタキアもベルギー出身だそうです。2時間11分。

 ベネデッタに取って代わられる修道院長役でシャーロット・ランプリングが出演しています。ランプリングと言えば、U-NEXTで「愛の嵐」(1974年、リリアナ・カヴァーニ監督)の配信が3月31日までとなっていたので、急ぎ見ました。まともに見たことがなかったんです。映画はキネマ旬報ベストテン2位にランクされ、公開当時は高い評価でしたが、今の評価を見ると、KINENOTEで70.7点、Filmarks3.6点と普通。海外ではIMDb6.6、ロッテントマト67%と全然良くありません。日本で評価が高かったのはにっかつロマンポルノにありそうなシチュエーションであることも影響したのかなと思いました。僕は面白く見ました。
IMDb6.7、メタスコア73点、ロッテントマト84%。
▼観客3人(公開5日目の午後)

「コンパートメントNo.6」

 カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作。ロシアで寝台列車の個室(6番コンパートメント)に男女が乗り合わせる。女(セイディ・ハーラ)はフィンランド人の留学生で、男(ユーリー・ボリソフ)は丸坊主の粗野な労働者。女からしたら外見を見ただけで近づかないようなタイプの男で、実際にセクハラまがいの行為を受けるが、強制的に同じ個室で過ごすことで徐々に距離を縮めていく、という話。

 なんてことはない展開ですが、微妙に面白いです。カセットテープが出てきたり、古い型のビデオカメラが出てくるのでいつの話だと思ったら、1990年代が舞台とのこと。この時代に設定した理由は何かあるんですかね? ユホ・クオスマネン監督、1時間47分。
IMDb7.2、メタスコア80点、ロッテントマト93%。
▼観客6人(公開14日目の午後)