2004/06/15(火)「深呼吸の必要」

 「お医者さんなんでしょっ。助けてあげてっ」と、ひなみ(香里奈)に言われた池永(谷原章介)が意を決して、足に大けがをした田所(大森南朋)の治療に当たる場面でなんだか涙がにじんだ。池永はその後、ひなみに自分が小児外科医で死んでいく子供を見送ることが耐えられずに宮古島に来たことを打ち明ける。子供が好きで小児科医になったのに、それ以上に子供の死ぬ姿を見なくてはいけないつらさ。それがサトウキビ刈りのバイト(きび刈り隊)に参加した理由だった。

 東京からきび刈り隊に参加した5人と全国の農家を渡り歩く田所と宮古島出身で帰郷した美鈴(久遠さやか)の7人の男女の物語。7人の男女はそれぞれ何かから逃げてきたらしい。池永と手首に傷のある無口な加奈子(長澤まさみ)とニヒルな大学生の西村(成宮寛貴)のエピソードがそれを物語るけれど、この映画で描かれるのは7人がただただキビを刈り、次第に交流を深めていく姿である。

 35日間で7万本のキビを刈る。広大なサトウキビ畑を前にして到底無理と思えたことが、自発的に1時間早起きして遅くまで作業することで達成されていく。最初は自分のために参加した7人が、人の良いおじい(北村三郎)とおばあ(吉田妙子)のために期限内に刈り終えようと変わっていく姿には胸を打たれる。

 映画はドラマティックなものをことさら強調せず、きび刈り隊に参加した男女の成長を描くとか、そういう部分も希薄である。7人の間にはロマンスさえ生まれない。なのに見ていてとても心地よく、感動的だ。メチャクチャ気持ちのよくなる映画である。

 映画の元になったのは長田弘の詩集「深呼吸の必要」だが、物語はもちろんオリジナルである。篠原哲雄監督はこの映画の脚本について、こう語っている。

「脚本は、あの島にやってくる7人7様の物語を、最大限語るという方法からスタートし、そこから映画的にどのように削ぎ落とし、省略し、簡潔に語るかという方向性をずっと試行錯誤して決定稿に近づいて、というやり方でした」(キネマ旬報2004年6月上旬号)

 きちんと背景を作った上で、それを削除していく作業。画面には直接描かれなくても、それは画面からにじみ出ることになる。そういう作業を経ているからこそ、この映画は洗練されているのだ。泥臭い感動の押し売りではなく、さわやかに人の心を動かすことはなかなか難しいことなのである。

 「朝は来るんだなあ。…いっぱい働いて、たくさん食べて寝れば、必ず朝は来るんだなあ」。それまで何も話さなかった加奈子が終盤そう言うあたりに監督の主張はさりげなく込められているのだろう。

 7人の俳優たちがいい。だれか一人だけいいというのではなく、全体としていい。6日目であまりの重労働に音を上げて、きび刈り隊を脱けようとする悦子(金子さやか)を含めて全員が素直な演技なので好感が持てた。

2004/06/08(火)「21グラム」

 それぞれの場面をシャッフルした後に再構成したように時間軸を前後に動かして物語を語っている。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の前作「アモーレス・ペロス」を僕は未見だが、これも同じ構成という。この構成にどんな意味があるのかよく分からない。例えば、クリストファー・ノーラン「メメント」やクエンティン・タランティーノ「パルプ・フィクション」には時間軸を動かすこと自体に意味があったが、この映画の題材の場合、普通に語っても何ら構わないはずである。主演3人の演技を含めてかなりの力作であり、寂寥感漂う厳しさを備えた映画ではあると思うが、この構成は気になった。

 交通事故で夫と娘2人を亡くしたクリスティーナ(ナオミ・ワッツ)と、その事故を起こしたジャック(ベニチオ・デル・トロ)と、クリスティーナの夫の心臓を移植されたポール(ショーン・ペン)の物語。クリスティーナは薬物中毒を乗り越えて幸せな生活をしていた矢先に家族を失う。ジャックは前科のある生活から足を洗い、真面目に信仰心篤く暮らしていた時に事故を起こす。ポールは余命1カ月と宣告されていた時に心臓移植を受けるが、その心臓も拒絶反応を起こしていたことが分かる。3人それぞれに不幸と孤独に苛まれている。クリスティーナは家族を亡くしたから孤独なのだが、あとの2人は妻がいても妻子がいても基本的に分かり合えないものがあって、孤独なのだ。「それでも、人生は続く」“Life is just going”というセリフを3人とも慰めの言葉としてかけられるけれど、そんな言葉ではどうしようもないほど3人の絶望は深い。

 その3人が出会った時に何が起きるのか、というのが映画のクライマックスとなる。ただし、映画は最初の方で3人に何が起きたかをワンカットだけ見せる。それはミステリ的な興味を観客に持たせる意味合いはあるにしても、物語の悲劇性や観客のショックを薄める効果としても作用してしまう。題材と手法が合わない。本格の題材を変格で語っている。この手法に観客の目をくらませる以上の意味はない。端的に僕はそう思う。物語をどう語るかに腐心することは大事なことだけれど、それを余計に感じる題材というものもあるのだ。

 孤独を共有しているからこそ、クリスティーナとポールは惹かれ合う。2人が惹かれ合うのは恋愛感情のためではなく、仲間意識みたいなものだろう。そしてこれとは対照的にクリスティーナが幸せを奪ったジャックに憎しみを抱くのは当然のことだ。「右のほほを打たれたら、左のほほを出せ」という聖書の教えを忠実に守るジャックはクライマックスでもその教えを守ることになる。ただ、僕はこのクライマックスも突然、21グラム云々のナレーションが流れるラストの処理にも物足りなさを感じた。イニャリトゥ監督は構成に凝るより、物語をもっと突き詰めることに時間を割いた方が良かったと思う。

 ナオミ・ワッツが分かりやすい熱演なのに対して、デル・トロとペンの演技は奥が深く、見応えがある。観客が感動するのは題材よりも細部なので、この3人の繊細な演技が映画を支えているのだと思う。

2004/06/08(火)「デイ・アフター・トゥモロー」

 SPFXという懐かしい表記もあったが、映画のクレジットに流れるビジュアル・エフェクトスタッフの数の多さに驚く。これだけのスタッフを動員して、リアルな竜巻や津波、吹雪、氷の世界を描き出したわけであり、ビジュアルだけが眼目としか思えないほどストーリーは恐ろしく簡単なものである。

 地球温暖化の影響で極地の氷が溶け、海水に流入したことで、海流の流れが変わり、それが異常気象を引き起こして、結果的に氷河期が訪れる。ローランド・エメリッヒ監督はこのプロットに、事態を予見した古代気象学者の主人公(デニス・クエイド)がニューヨークの氷の世界に閉じこめられた息子(ジェイク・ギレンホール)を救出しようとする姿を加えて、映画を構成している。ちょうど昨年の今ごろ公開された「ザ・コア」では科学者たちが止まってしまった地球の核の流れを動かそうとする姿を描いて失笑するしかない内容に終わっていたが、さすがにエメリッヒはそんなバカではない。もう最初から最後までビジュアルに徹している。

 水を使ったVFXが難しいと言われたのは昔の話のようで、この映画で描かれるニューヨークを襲う巨大な津波のシーンは見事なものである。氷の世界となったニューヨークの風景も面白い。しかし、そうしたビジュアル面に感心しながらも、やはりこんなにストーリーが簡単では、映画としての深みには欠けてくると思わざるを得ない。大統領が最後に取って付けたように温暖化問題啓発の演説をするけれども、京都議定書の批准さえしなかった国であるから説得力を著しく欠く。人に言う前にまず自分で実行しろ、と思えてくるのだ。

 そう、本来ならば登場するはずの悪役がこの映画に一人も見あたらないのは温暖化問題の真の悪役がアメリカ政府であり、企業であるからにほかならないだろう。メジャーの映画であるため、最初から批判の姿勢は封じ込められており、なんとなく映画に勢いが感じられないのはそのためでもある。技術的には一流、話は三流なのである。

 今年24歳のジェイク・ギレンホールが高校生の役を演じるには少し無理がある。そのガールフレンド役エミー・ロッサムにちょっと注目。

2004/06/07(月)「星願 あなたにもういちど」

 「星に願いを。」の元ネタとなった香港映画(1999年製作)。というか、ストーリーもそのまま。僕は評判ほど良いとは思わなかった。いや、もちろんセシリア・チャン(「少林サッカー」に出ていた)の初々しさには参りましたが、リッチー・レンの演技に問題あり。交通事故に遭う前のぴょんぴょん跳びはねる演技とか、何をやっておるのかと思う。

 クライマックスの盛り上がり方などは「星に願いを。」より上だが、部分的に負けているところもある。監督はジングル・マ。やはり、こういうストーリーだと、傑作「天国から来たチャンピオン」と比較してしまいますね。

2004/06/04(金)「ランダウン ロッキング・ザ・アマゾン」

 「ハムナプトラ2 黄金のピラミッド」のスコーピオン・キングことザ・ロック主演のアクション。アマゾンの奥地へ秘宝探しに行ったまま帰らない息子を連れ戻すよう頼まれた賞金稼ぎの主人公が、ジャングルの鉱山で人々を奴隷のように扱う悪玉(クリストファー・ウォーケン)と戦う。よくある設定だが、ザ・ロックのアクションは切れ味がよくて楽しめる。中盤にあるゲリラの小柄な兵隊たちとのアクションは肉弾相打つといった様相と同時にワイヤーも駆使して軽やかだ。こんなに身のこなしがいいとは思わなかった。やはりプロレスラーだから空中戦も得意なのだ。その相手となるゲリラのリーダー・マニート役のアーニー・レイズ・ジュニアは元格闘技チャンピオンという。アクション指導をしたのはスタントマン出身のアンディー・チェン。

 冒頭、ゲスト出演のアーノルド・シュワルツェネッガーとすれ違うシーンがあり、アクション俳優の世代交代を感じさせた。今のところ、この映画がシュワルツェネッガーの最終出演作となるのか?

 主人公のベック(ザ・ロック)は暗黒街の賞金稼ぎ。賭けの5万ドルを支払わないNFL選手の元に押しかけ、ボディガード数人を簡単に倒す。ベックにはレストラン経営の夢があり、借金を帳消しにすることを条件に暗黒街のボスの息子トラビス(ショーン・ウィリアム・スコット)を探しにジャングルの奥地に行く。そこはハッチャー(クリストファー・ウォーケン)という男が支配しており、鉱山で膨大な人々を安い賃金で働かせていた。ベックはマリアナ(ロザリオ・ドーソン)が経営する酒場でトラビスを見つけるが、トラビスが秘宝のありかを探し当てたことを知ったハッチャーが酒場に手下を連れてやってくる。ベックとトラビスはジャングルに逃げ、ハッチャーが執拗に後を追う。最初は反目していた2人が次第にうち解けるバディ・ムービーのような調子で映画は進む。これにハッチャーの支配を脱しようとするゲリラが絡み、映画は終盤のアクションへとなだれ込んでいく。

 CGも使ってあるが、全体的にユーモアを盛り込んだB級アクションとしてそつなくまとまっている。ザ・ロックの現代劇デビュー作としてはまず無難な作品と思う。監督はピーター・バーグ。俳優としての出演作も多いが、劇場用映画は「ベリー・バッド・ウェディング」(1998年)に続いて2作目の監督作品となる。3作目はビリー・ボブ・ソーントン主演の「フライデイ・ナイト・ライツ」。近くアメリカで公開されるらしい。

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