2004/11/28(日) 高橋源一郎の「電車男」評

きょう付けの朝日新聞にある。本質を突いていると思いながらも、これは少し意地が悪い。ちょっと引用しよう。

しかし、この本は掲示板に掲載された最後の日を素知らぬ顔で削除し、その前日までで完結させている。(中略)不可解なミステリーになるはずの「5月17日」を消し去ることで、この作品は、見事に「純愛」の顔つきをすることに成功している。

5月17日に何があったかと言えば、電車男がエルメスと性交寸前の書き込みをして、それを読んでいたスレの住人たちが、「やめろ」と忠告するのである。この部分をアップしたページもネット上にはあり、僕もそれを読んでいる。

問題はそこを削除したからと言って、非難を受ける筋合いはないということだ。批評というのは出来上がったものに対して行うもので、批評の対象が実際にあったことをどう脚色しようがかまわない。もちろん、そこに目配せするのは重要なことだが、素材と完成品とは明確に区別しなければならない。高橋源一郎は人から電車男はフィクションであると聞かされた上で、この批評を書いているのだから、出来上がったものが掲示板の書き込みと違ったところで、目くじらを立てる必要はないだろう。

「素知らぬ顔で削除」とか「『純愛』の顔つき」という意地の悪い言葉は使う人の品性を表すものでしかない。鬼の首でも取ったようなこの表現には気分が悪くなる。

2004/11/14(日) 参観日

 小学校の。PTAのバザーと併せて行われた。朝8時過ぎに学校に行き、昼頃まで。家内はバザーの係なので、僕は長男のクラスに行って、一緒に紙鉄砲作り。用意された筒用の竹を切り、軸となる竹を削って作った。簡単。しかし、ほとんど僕が作ったような気が。良かったのだろうか。紙鉄砲は濡れた紙を詰めて打つやつで、うまくいくと、ポンと音がして飛ぶ。なんだか懐かしい。にしても、立ちっぱなしで疲れた。

 バザーでは焼きそばとお茶と焼き鳥を買って教室で食べた。焼きそばは僕が作った方がおいしいぞ。

2004/11/12(金)志水辰夫の随想〈特別版〉

「ミステリマガジン」12月号の「隔離戦線」に、池上冬樹が「裂けて海峡」のラスト改変問題について書いている。新潮文庫版のラストの1行(というか最後の言葉)のみ変えたそうなのだが、それに読者が抗議して、作者が自分のホームページで釈明しているとのこと。で、見てみた。体言止めをやめて普通の文章にしただけだが、確かに印象的なラストだったから、ファンの気持ちも分からないではない。僕がこれを読んだのはもう随分前だが、それでもこのラストの言葉は覚えていた。

で、この釈明文章の下に2つの映画の感想がある。「美しい夏キリシマ」と「ラスト・サムライ」。さらにその下には「映画のこと」というエッセイもある。シミタツは映画ファンだったのか。

どんな映画ファンなのか、ちょっと引用しておく。

 「明かりのついた部屋でお茶を飲みながら、菓子をつまみながら、ときにはかみさんの相手をしながら見るのでは、感情移入のしようがないではないか。映画は絶対に映画館で見るべきものなのだ」
 「スクリーンは夢のつづきであってもらいたいし、またそういう夢を見させてくれるものでありつづけてもらいたいのだ」
 「いまの自分が若いとき見た映画からどれだけ多くのものを授かっているか、映画というものがなかったらいまのわたしはなかったといってけっして過言ではないのである」

2004/11/07(日)宮崎ロケの「西部警察スペシャル」

 ケーブルテレビで先月31日の放送を見逃した。テレビ宮崎ではきょう放送していたので録画。最初の30分余りしか見ていないが、あまり感心できない出来。渡哲也と舘ひろしを除くとほとんど新人レベルという鳩村軍団の面々では弱い。ま、テレビシリーズになって毎週放送するなら、これでもいいのでしょうがね。

 シーガイアのホテルにテロリストが立てこもる設定だが、立てこもるのは今はホテル営業はしていないシーサイドホテルフェニックス。さすがに43階建てホテル(シェラトン・グランデ・オーシャンリゾート)の方で大騒ぎなロケはできなかったのでしょう。脚本は峯尾基三。監督は村川透。

 渡哲也には「レディ・ジョーカー」での演技を期待したい。

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