2016/01/18(月)「ブリッジ・オブ・スパイ」

 終盤、東ベルリンで再会を果たした弁護士ジェームズ・ドノバン(トム・ハンクス)にソ連のスパイ、ルドルフ・アベル(マーク・ライランス)が言う。「君への贈り物を預けておいた。あとで受け取ってくれ」。「僕には贈れるものが何もない」と答えるドノバンに対してアベルは「This is Your Gift(これが君の贈り物だ)」と繰り返す。ここから物語が終わった後のだめ押しの電車のシーンまで感動に打ち震えながら、感心しまくっていた。スティーブン・スピルバーグ、うますぎる。サスペンスとユーモアと、何よりもヒューマニズムの太い幹に貫かれた作劇と演出は見事と言うほかない。中盤にあるスパイ機U2撃墜のスペクタクルな描写も含めて、もう自由自在にスピルバーグは物語を語っていくのだ。

 ドノバンがスパイの弁護を引き受ける序盤、本人ばかりか家族まで「ソ連の味方をする裏切り者」として民衆から非難を受ける描写は「アラバマ物語」のコピーかと思って眺めていたのだが、ソ連とアメリカが拘束した互いのスパイ交換の話になってぐいぐい面白くなってくる。アメリカ政府からの依頼で交渉役を引き受けたドノバンは東ベルリンへと向かう。そこで東ドイツに拘束された大学生フレデリック・プライヤー(ウィル・ロジャース)の存在を知り、予定の1対1から1対2に変えて捕虜交換を実現するために奔走する。アメリカが東ドイツを国として認めていないためドノバンは国の代表ではなく、民間の立場で交渉に当たる。国境を越えて東ベルリンに入るのも独力で行わなければならない。そうした困難を乗り越えて、人道的見地からドノバンは交渉を進めていくことになる。

 脚本を書いたのはコーエン兄弟だが、この物語展開はスピルバーグがかなり関わったのではないかと思う。コーエン兄弟が監督していたら、まったく違ったタッチの映画になっていただろう。スピルバーグのヒューマニズムがとても好ましい。ドノバンは確かに政府の依頼で交渉に当たるが、政府の意向に反してプライヤーを助けようとする。ドノバンの行動規範は国と国の関係や国家の利益のためではなく、人としてどうあるべきかに依っている。欲を言えば、ドノバンがなぜこうした考え方を持つに至ったかを描いておけば、交渉役をすぐに引き受ける場面の説得力も増しただろうが、無い物ねだりと言うべきか。

 ベルリンの壁が建設される風景や壁を乗り越えようとして射殺される人たち、冷戦下の厳しい現実を織り交ぜていながら、映画の印象はとても温かい。それは誠実さを備えた人間が苦労の末に勝利する物語だからだ。体型は少し違うけれども、トム・ハンクスはフランク・キャプラ映画のジェームズ・スチュアートを思わせる理想的なキャラクターを演じきっている。