2023/07/16(日)「君たちはどう生きるか」ほか(7月第3週のレビュー)

 「君たちはどう生きるか」は宮崎駿監督10年ぶりの作品。公開まで内容等が一切伏せられていましたが、そこまで秘密にしなくてはいけないようなストーリーではありませんし、質から見ても宮崎監督作品の中では低位の出来だと思いました。引退宣言を撤回して作ったのに、とても残念です。

 物語が明快ではないことが作品の弱さの一番の原因と思います。時代は1944年、主人公の牧眞人(まき・まひと)は入院中だった母親を空襲による火災で亡くし、父親とともに田舎へ疎開する。そこには母親の妹ナツコがいて父親はナツコと再婚するという。既にナツコは父の子供を妊娠していた。ナツコが住む古い屋敷の敷地内には廃墟の塔があり、言葉をしゃべる不思議なアオサギに導かれて、眞人は塔に入ろうとするが、塔の入り口は埋められて中に入れなかった。ある日、ナツコが森に行ったまま帰らなくなる。目撃していた眞人はナツコを救うため森に入り、不思議な世界に迷い込む。

 設定は「となりのトトロ」や「千と千尋の神隠し」を思わせますし、至る所に宮崎監督の過去の作品が反響しています(集大成などという手垢の付きまくった安易な表現でこの作品を評価するのは語彙不足な上に愚かしいです)。問題は主人公が対峙する敵の正体も目的もあいまいなことで、見終わってモヤモヤの残る結果になっています。これは作る前に脚本を徹底的に検討・修正すれば、回避できた失敗要因ですが、宮崎駿の脚本に意見できる人がいなかったのでしょう。

 宮崎映画の主人公は一途な思いを持つ元気いっぱいの少年少女であることが多かったのですが、眞人はおとなしくナイーブな少年。中盤以降に出てくるある少女にかつての宮崎映画のヒロインの面影がありました。吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」(1937年発行)にインスパイアされたことが製作の出発点だそうですが、この大上段に振りかぶったタイトルに沿う内容でもありません。全米公開時の英語タイトルは「THE BOY AND THE HERON」(少年とサギ)になるそうで、この方が内容に近いです。

 巨匠と言われる監督の最後の作品が精神的・肉体的に充実したキャリアの最盛期を上回る傑作になることは稀です。ヒッチコックも黒澤明も最後の作品は過去作の残照的なものでした。もちろん、最後の作品が芳しくない出来であっても、最盛期の傑作群まで否定されるわけではありません。ただ、老境の監督が優れた作品を生むには優れたスタッフのサポートが不可欠なのだと思います。2時間4分。
▼観客多数(公開初日の午前)

「カード・カウンター」

 宮崎駿監督は今年82歳ですが、本作の監督ポール・シュレイダーは今月22日で77歳。やはり最盛期には及ばないにしても、本作はそれに近い出来だと思います。

 主人公のウィリアム・テル(オスカー・アイザック)は配られたカードから残りのカードを推測するカード・カウンティングで勝率を上げているギャンブラー。「小さく賭けて小さく勝つ」がモットーで、勝ち続けてもカジノで目立たないようにしている。ある日、ギャンブル・ブローカーのリンダ(ティファニー・ハディッシュ)からポーカーの世界大会への出場を誘われる。いったんは断るが、過去の体験が出場を決断させる。

 普通のギャンブル映画になっていないのは主人公の過去の悲惨な体験が現在に影響しているからです。主人公はイラクのアブグレイブ刑務所での捕虜虐待に加わったことで有罪となり、軍刑務所に8年間服役しました。しかし、虐待を指揮した上官(ウィレム・デフォー)は罪に問われず、のうのうと暮らしています。非人間的な虐待行為は実行した主人公のトラウマとなっており、同じような境遇で自殺した父親を持つ若者カーク(タイ・シェリダン)と知り合ったことで過去に決着を付けることになります。

 映画の構造はポール・シュレイダーがキャリアの初期に脚本を手掛けた「ローリング・サンダー」(1977年、ジョン・フリン監督)などとよく似ています。「ローリング・サンダー」の場合、主人公はベトナム戦争の後遺症に苦しんでいました。そうしたシュレイダーの一貫した姿勢がよく表れた作品だと思います。1時間52分。
IMDb6.2、メタスコア77点、ロッテントマト87%。
▼観客3人(公開10日目の午後)

「交換ウソ日記」

 またぞろ高校生のラブストーリーか、と食指はあまり動かなかったのですが、一部で評判が良いので見ました。

 高校2年生の黒田希美(桜田ひより)は机の中に「好きだ」と書かれた手紙を見つける。送り主は女子からモテモテの瀬戸山潤(高橋文哉)。戸惑いつつも、返事を靴箱に入れたことから、2人の交換日記が始まる。実はその手紙、生徒会長の松本江里乃(茅島みずき)に宛てたものだった。本当のことを言い出せないまま、やり取りを続ける希美は次第に瀬戸山に惹かれていく。

 希美が日記を受け取るのは放送室前のボックスに指定したので相手が違っていても続けられるわけですが、無理のある設定ではあります。「君に届け」(2010年、熊澤尚人監督)の多部未華子のように「先輩が、私を好きだったことはありません」と本当のことを告白する流れなのだろうと思っていると、そこはよく考えた展開になっていました。櫻いいよの原作小説を脚色したのは「ハニーレモンソーダ」「私がモテてどうすんだ」などの吉川菜美。

 桜田ひよりと高橋文哉は普通に好演しています。竹村謙太郎監督はTBSスパークル所属で、「トリリオンゲーム」や「インビジブル」「MIU404」など多くのテレビドラマの演出を担当。劇場用映画を監督するのはこれが初めてですが、手堅くまとめています。1時間50分。
▼観客12人(公開5日目の午後)

「ぼくたちの哲学教室」

 北アイルランド・ベルファストにあるホーリークロス男子小学校の哲学の授業を紹介したドキュメンタリー。プロテスタントとカトリックの対立が長く続いた街で、子どもたちは異なる立場の意見に耳を傾けながら、自らの考えを整理し、学ぶことになります。

 暴力には暴力で対抗するよう家で教えられる子供もいますが、そうした子供たちに暴力を否定し、怒りをコントロールする方法をケヴィン校長は哲学を通して教えていきます。これは北アイルランドに限らず、どこの学校でも有効な方法でしょう。興味深い題材ですが、ナレーションも詳しい説明もなく、もう少し親切な作りにしても良かったかなと思いました。ナーサ・ニ・キアナン、デクラン・マッグラ監督、1時間42分。
IMDb7.8、メタスコア78点、ロッテントマト100%。
▼観客9人(公開21日目の午後)