2023/10/01(日)「BAD LANDS バッド・ランズ」ほか(9月第5週のレビュー)

 「BAD LANDS バッド・ランズ」は黒川博行原作のクライムノベル「勁草(けいそう)」を原田眞人監督が映画化。いつものように短いカットを積み重ねてテンポ良く語っていく序盤から快調ですが、中盤のある事件をきっかけにラストに向かって緊張感が増幅し、紛うことのない傑作になっています。原作の主人公は男ですが、原田監督はヒロインに変更して安藤サクラに演じさせ、これが成功の要因になったと思います。

 大阪のドヤ街で暮らす橋岡煉梨(ネリ=安藤サクラ)は血のつながらない弟の矢代穣(ジョー=山田涼介)とともに特殊詐欺グループに加担していた。グループの名簿屋・高城(生瀬勝久)はNPO法人理事長の肩書きを持つが、ドヤ街のホームレスを詐欺の受け子に使い、グループを取り仕切って金を貯め込んでいる。賭場で多額の借金を作ったジョーは仲間とともに殺しの仕事を請け負う。仕事には失敗するが、使った拳銃である事件を起こし大金を手にする。大阪府警の刑事・佐竹(吉原光夫)ら特捜班は詐欺グループの摘発に全力を挙げ、ネリたちは警察とヤクザの双方から追われることになる。

 ネリと母親を苦しめた実の父親との関係や、ネリが支配されていた男(淵上泰史)の執拗な追跡など、ヒロインに変更したことで生まれた設定がキャラクターに深みを与えています。ドヤ街に住む元ヤクザ曼荼羅(宇崎竜童)や詐欺グループの道具屋・天童よしみ、賭場を仕切るサリngROCKら個性が強く、強面の面々がワキをしっかり固めており、ダークな雰囲気は満点。サリngROCKは大阪の劇団「突劇金魚」で脚本・演出を手掛けていて、映像作品に出るのはこれが初めてだそうです。これから出演依頼が増えそうな存在感がありました。

 自分でサイコパスと名乗る山田涼介の役柄は原田監督の前作「ヘルドッグス」(2022年)の坂口健太郎を思わせ、淵上泰史の役柄も同じく「ヘルドッグス」のMIYAVIを思わせます。原田監督には「関ヶ原」(2017年)「燃えよ剣」(2020年)の時代劇もありましたが、こうしたクライムサスペンスが真骨頂なのでしょう。「BAD LANDS」とはネリたちが集うビリヤード場の名前。原作の「勁草」は強風でも倒れない強い草のことで、劇中、ネリの「わたしら勁草にならなあかん」というセリフがあります。
▼観客5人(公開初日の午前)2時間23分。

「コンフィデンシャル 国際共助捜査」

 韓国と北朝鮮の刑事が共同捜査を行うアクション「コンフィデンシャル 共助」(2017年)の続編。今回はアメリカのFBI捜査官も加わって、テロを画策する国際犯罪組織を捜査します。韓国の刑事を演じるユ・ヘジンのユーモアと北朝鮮刑事ヒョンビンのハードなアクションを織り交ぜ、イ・ソクフン監督は手堅くまとめていますが、事件の中身にあまりオリジナリティーを感じられない(よくある話で終わってる)のが難。アクション自体はアメリカ映画に迫る水準なのに惜しいです。

 前作を見た時にヒョンビンのアクションに感心しました。ヒョンビンは「愛の不時着」(2019年)で一躍有名になりましたが、アクション俳優として売った方が良いと思います。ファン・ジョンミンと共演の「極限境界線 救出までの18日間 」が10月20日公開予定です。

 ユ・ヘジンの娘役のパク・ミンハが大きくなっていてびっくり。撮影時、前作は9歳、今回は15歳なので、まあそうなるでしょう。アイドルグループ「少女時代」のユナ(イム・ユナ)も全作に続いてユ・ヘジンの義妹役で出演しています。
IMDb6.6、ロッテントマト(ユーザー)83%(アメリカでは未公開)。
▼観客6人(公開5日目の午後)2時間9分。

 前作の監督はキム・ソンフン。紛らわしいんですが、日本語では「最後まで行く」(2014年)の監督もキム・ソンフンと表記されます。前者はKim Sung-hoon、後者はKim Seong-hunなので、区別を付けた方が良いんじゃないでしょうかね。

「ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック!」

 ミュータントのカメ4兄弟(レオナルド、ラファエロ、ミケランジェロ、ドナテロ)が活躍するCGアニメ。1984年のアメコミ出版以来、実写映画やアニメが多数作られてきた人気シリーズですが、今回はタートルズたちの誕生の経緯から描かれるので、初心者でもまったく問題ありません。質的にも今回が一番良い出来のようです。

 特徴はアメコミの絵をそのままCG化したような作画で、「スパイダーマン スパイダーバース」シリーズと同レベルとまでは言いませんが、作画技術は高いです。悪いミュータントたちと闘う筋立てはきっちりまとまっていますが、大人が見ると少し物足りない部分もありますね。ジェフ・ロウ、カイラー・スピアーズ監督。
IMDb7.3、メタスコア74点、ロッテントマト96%。
▼観客1人(公開7日目の午前)1時間40分。

「星くずの片隅で」

 2020年、コロナ禍の香港を描くドラマ。「少年たちの時代革命」(2021年)で共同監督を務めたラム・サムの単独監督デビュー作です。

 清掃会社ピーターパンクリーニングを1人で経営するザク(ルイス・チョン)はコロナの消毒作業に追われる日々。リウマチを患う母(パトラ・アウ)は結婚しないザクのことを心配している。ある日、若いシングルマザーのキャンディ(アンジェラ・ユン)が職を求めてくる。娘のジュー(トン・オンナー)のために働こうとする彼女をザクは雇うが、親子がコンビニで万引するのを目撃する。さらにキャンディがマスクを客の家から盗んだことが発覚し、ザクは顧客を失ってしまう。心を入れ替え仕事に打ち込むキャンディにザクは惹かれてゆくが、ザクの不在時に、一人で仕事をしていたキャンディはジューが洗剤をこぼしたことから、洗剤を薄めて使用。そのことが会社を窮地に陥らせる。

 コロナ禍のシングルマザーを描いた映画としては日本でも石井裕也監督「茜色に焼かれる」(2021年)がありましたが、あそこまで特殊な展開ではなく、いたって普通のエピソードと描写なのでリアリティがあって良いです。問題はラスト。一般的な観客としてはキャンディとザクの関係が愛情に発展することを期待しますが、映画はそこまでは描いていません。年が少し離れているとはいってもこの2人、結ばれておかしくはない関係なんですけどね。

 いずれにしてもこの映画の魅力の大きな部分はアンジェラ・ユンが占めています。アイドル的に売れるには29歳という年齢では10年遅いと思いますが、29歳でなければ、シングルマザーの役は難しかったでしょう。もっと作品を見たいと思わせる魅力を放っていました。
IMDb7.1(アメリカでは限定公開)
▼観客1人(公開6日目の午後)1時間55分。

「沈黙の艦隊」

 かわぐちかいじの原作コミックは1988年から1996年まで連載。僕も当時読みましたが、内容はほとんど忘れてました。なんせ、30年ぐらい前ですからね。なぜこの原作を今ごろ映画化するのか疑問で、主人公海江田四郎の言っていることが時代にそぐわないように思えました。現在の国際情勢を入れてアップデートしたかったところです。

 見どころが少ない前半に比べると、後半のアメリカ海軍との戦いは良いですが、話の入り口で終わった観があります。続編を作るにはヒットしないと難しそうです。さてどうなるのでしょう。監督は「ハケンアニメ!」(2022年)の吉野耕平。
▼観客多数(公開2日目の午前)1時間53分。