2023/10/15(日)「月」ほか(10月第2週のレビュー)

 「月」は19人を刺殺、26人に重軽傷を負わせた相模原障害者施設殺傷事件(2016年)をモデルにした辺見庸の同名小説を石井裕也監督が映画化。といっても、原作を大幅に脚色しています。原作は重度障害者で意思疎通ができない寝たきりの「きーちゃん」という女性の視点で描かれているそうです。映画は心臓に障害を持って生まれた子供を3歳で亡くした夫婦を中心に据えています。原作には登場しないこの夫婦の存在が「障害者の命」という映画のテーマを深化させ、深い感銘をもたらす要因になっていて見事な脚色と言えるでしょう。森達也監督「福田村事件」とともに今年の一、二を争う傑作だと思います。

 この夫婦の子供は3歳になっても寝たきりで意思の疎通もできませんでした。子供を亡くした2人は打ちひしがれ、未だに引きずっています。妻の堂島洋子(宮沢りえ)は作家で、東日本大震災を題材にした第1作が注目を集めましたが、その後は小説が書けない状態。生活のために障害者施設に非正規社員として勤め、監禁や暴行など施設のひどい実態を見ることになります。

 夫の昌平(オダギリジョー)は趣味で人形アニメーション映画を作りながら、アルバイトしています。昌平は穏やかな性格ですが、それにつけ込んでのことなのか、バイト先の年下の先輩は昌平をお前呼ばわりし、アニメーションの題材をバカにします。洋子は入所者への虐待とも思える仕打ちを施設の上司に伝えますが、上司は職員をかばい、洋子に解雇をちらつかせます。洋子は妊娠していることが分かり、また障害を持つ子供だったらと思い、生むかどうか悩んでいます。

 障害者施設で働く青年さとくん(磯村勇斗)が「役に立たない障害者、周囲に迷惑をかける障害者は社会のために殺した方がいい」という極端な考えに至ったことと、弱い立場にいる人を見下し、悪意と侮蔑を向ける人の距離は遠くありません。さとくんは入所者のために「花咲かじいさん」の紙芝居を手作りして演じる善意の人物でしたが、同僚から紙芝居を迷惑がられ、バカにされたこともあって、次第に考え方を変えていきます。いじわるじいさんが腐ったゴミを掘り当てた犬のシロを「役に立たない」と怒って殺したように障害者の殺害を計画するわけです。

 凡庸な監督なら、原作通りに「きーちゃん」を主人公にして映画を作るでしょう。その場合でも「ジョニーは戦場に行った」(1971年、ダルトン・トランボ監督)のような傑作になる可能性はあります。しかし、映画の終盤、夫婦に訪れたささやかな希望と喜びの場面のような熱い感動をもたらす場面を作ることは難しいでしょう。世間的にはささやかかもしれませんが、夫婦にとってはとても大きな喜び。その歓喜の場面と並行して、映画はさとくんが返り血を浴びながら計画を実行に移す姿を描いています。

 石井裕也監督は多くの障害者施設を訪ね、話を聞いてエピソードを書いたそうです。実際の障害者に役を演じてもらうことができたのは、そうした取材の過程で信頼を得たからなのでしょう。石井監督は元々、うまい人ですが、今回はさらに腕を上げた感があり、加えてこうした取材を重ねたのですから映画に厚みが出てくるのは当然です。

 宮沢りえとオダギリジョーはともに奥行きのあるリアルな演技。きーちゃんの母親を演じた高畑淳子の慟哭も胸を打ちました。必見。
▼観客10人(公開初日の午前)

「イコライザー THE FINAL」

 元CIAのエージェントでシチリアに滞在していたロバート・マッコール(デンゼル・ワシントン)が町の人たちを苦しめるマフィアを一掃するシリーズ3作目。アメリカでの評価が芳しくないのであまり期待していませんでしたが、まずまず真っ当な作りでした。監督はアントワーン・フークア。

 基本は「シェーン」(1953年)や高倉健主演の任侠映画を思わせるプロットで悪くありません。問題は描写がスラッシャー映画のように残虐過ぎることで、アメリカで評価が伸びないのはそのためでしょう。クライマックスはマフィアの屋敷にジェイソン(もちろん「13日の金曜日」の)が殴り込んだような描写の連続となります。

 マッコールがなぜシチリアにいたのか、CIAの担当者エマ・コリンズ(ダコタ・ファニング)になぜ直接連絡したのかは終盤に分かります(後者は1、2作目を見ていれば)。ワシントンとファニングが共演するのはファニングが10歳だった頃に出演した「マイ・ボディガード」(2004年、トニー・スコット監督)以来とのこと。
IMDb7.0、メタスコア58点、ロッテントマト75%。
▼観客多数(公開5日目の午後)1時間49分。

「アナログ」

 ビートたけしの原作をタカハタ秀太監督(「鳩の撃退法」)が映画化。脚本は港岳彦。主人公(二宮和也)は自分が設計した喫茶店で携帯電話を持っていない女性(波瑠)に出会い、毎週木曜日に喫茶店で会って愛を深めていきます。しかし、女性はなぜか来なくなった、という予告編をさんざん見せられたので、こちらの興味はなぜ来なくなったのかにしかなく、2人が愛を深める前半の描写がまどろっこしく感じました。

 結婚を決意するぐらいの交際ならば、相手の素性ぐらい分かっているのが普通。スマホを持っていなくても、1人暮らしではないのですから家に電話ぐらいあるでしょうし、会社に勤めている以上、連絡手段がないのは不自然です。携帯電話を持たなくなった理由もあいまい。このあたりの不備は原作起因のものでしょうが、前半と後半の比重も少し考えた方が良かったと思います。特に後半は説得力を欠く描写が多かったです。

 波瑠はいつものことながら情感が不足していますし、演技の面でもまったく進歩がありません。終盤ののっぺりした工夫のない演技などは監督の指示も不十分なのでしょうけど、もっと自分で勉強した方が良いです。二宮和也はそれなりの好演。友人役の桐谷健太と浜野謙太がおかしくて良かったです。
▼観客多数(公開7日目の午後)2時間。

「アンダーカレント」

 豊田徹也の同名コミックを今泉力哉が映画化。水にたゆたうようなゆったりしたテンポなので上映時間が2時間23分もあり、個人的にはセリフ回しをもっと早くしてはどうかと思うんですが、このゆったりさが良いという人もいるでしょう。「アナログ」に比べると、演出・演技のうまさが際立ちますが、上映時間の長さに対して話の分量が足りていない感じです。

 家業の銭湯を継いだかなえ(真木よう子)の夫・悟(永山瑛太)が失踪する。かなえは働き手がなかったこともあって銭湯を一時休業していたが、叔母(中村久美)とともに再開。そんな時、銭湯組合から紹介された男・堀(井浦新)が「就職したい」とやってくる。

 主演の真木よう子、井浦新は悪くありません。探偵役のリリー・フランキーも演じどころがなかった「アナログ」の喫茶店主役とは違って個性を発揮しています。
▼観客10人(公開6日目の午後)2時間23分。