2024/01/14(日)「枯れ葉」ほか(1月第2週のレビュー)

 荒井晴彦監督の「花腐し」の終盤に「Wの悲劇」(1984年、澤井信一郎監督、荒井晴彦脚本)の薬師丸ひろ子のセリフが出てきます。「顔、ぶたないで。私、女優なんだから」というセリフ。昨年秋発行の季刊「映画芸術」485号によると、このセリフは中野太の脚本にはなく、荒井監督が付け加えたそうです。なぜ付け加えたのかの説明はありませんが、ヒロインがどちらも売れない女優の設定なので、連想したのでしょうかね。

 「映画芸術」はほとんど買ったことがなかったんですが、キネマ旬報が月2回発行から月1回に減って物足りなくなったので「映画芸術」も定期購読することにしました。といっても、年間4冊ですが。

「枯れ葉」

 フィンランドのアキ・カウリスマキ監督6年ぶりの作品。首都ヘルシンキのスーパーで働くアンサ(アルマ・ポウスティ)と工事現場で働き、アル中気味のホラッパ(ユッシ・ヴァタネン)がカラオケバーで出会い、お互いの名前も知らないまま惹かれ合う、というラブストーリー。

 カウリスマキの作品はじわっとしたユーモアやとぼけた味わいが特徴的でしたが、この作品はそうした笑いの部分を少し抑えた印象。代わりにアンサの部屋のラジオからはロシアのウクライナへの攻撃のニュースが何度も流れます。フィンランドはロシアと国境を接していますから、この戦争は他人事ではないはず。前作「希望のかなた」(2017年)の後に引退宣言をしたにもかかわらず、カウリスマキが映画を作ったのはそういう思いがあったからと思います。パンフレットの最初のページにあるカウリスマキの言葉を引用しておきます。
 無意味でバカげた犯罪である戦争に嫌気がさして、ついに人類に未来をもたらすかもしれないテーマ、すなわち愛を求める心、連帯、希望、そして他人や自然といった全ての生きるものと死んだものへの敬意、そんなことを物語として描くことにしました。それこそが語るに足るものだという前提で。
 そうした主張を過不足なく盛り込んだコンパクトな作品になっています。パンフレットを読んで思い出しましたが、カウリスマキは「マッチ工場の少女」(1990年)でも天安門事件のニュースを流していたのでした。「映画ではニュースが永遠のものとして記録される」からなのだそうです。

 序盤、疲れた表情だったアルマ・ポウスティはだんだんきれいに見えてきます。アンサとホラッパが映画館で見るゾンビ映画はジム・ジャームッシュ監督の「デッド・ドント・ダイ」(2019年)でした。
IMDb7.6、メタスコア86点、ロッテントマト99%(ただし、観客スコアは53%)。カンヌ国際映画祭審査員賞。
▼観客多数(公開2日目の午後)1時間21分。

「市子」

 プロポーズの翌日に失踪した女性・市子(杉咲花)を巡るドラマで、劇団チーズtheaterの舞台「川辺市子のために」を同劇団の戸田彬弘監督自身で映画化。失踪した市子を婚約者(若葉竜也)が関係者を訪ね歩いて探すという構成で、関係者の話を聞くにつれて断片が積み重なり、市子の人物像が明らかになっていきます。

 この構成、僕は宮部みゆき「火車」を思い出しましたが、そのほかにも同じ構成のミステリーはいろいろとあるでしょう。それならミステリーそのものかというと、そういうわけでもありません。市子の身の上が国内に1万人いると言われる不運な境遇であり、明らかに不当と思える社会的なテーマをはらんでいるからです。戸田監督はパンフレットのインタビューでこう語っています。
 社会的なメッセージを出したかったわけではないんです。ひとりの厳しい環境下に置かれた女性の人生をとにかく描きたかったという思いで作ったので……。ただ、自分の作品を作るときには社会的な問題を背景にすることが多くて、社会の中で生き辛さを抱える人の正義みたいなことを描きたい、『現代社会を生きている人間としてその人をどう捉えるんですか?』と自問もふくめて投げかけることは、いつも大事にしています。
 戸田監督は映画化するために舞台の脚本から24稿を重ねたそうです。映画の作りは緊密ですし、杉咲花は力演していて、ラスト近くの幸福な市子の姿を描いたシーンには涙する人もいるでしょう。ただ、この主人公を全面的には支持できない気分が残ります。監督の言う「厳しい環境」に置かれているとはいえ、市子は正当化できない行為をしてしまっているからです。

 そこを映画化に当たって、なんとか変えられなかったのかという思いがあります。市子の行動の根本原因である、改革でき得る問題を強く訴えるにはそうしたことを考えても良かったのではないかと思います。
▼観客16人(公開初日の午後)2時間6分。

「ティル」

 1955年8月、人種差別の激しいミシシッピー州マネーで起きたエメット・ティル殺害事件を描いた作品。

 シカゴに住む14歳の少年エメット(ジェイリン・ホール)はミシシッピー州の親戚宅に滞在中、食料品店の白人女性キャロリン(ヘイリー・ベネット)に向けて口笛を吹いたことから、白人の男たちの怒りを買い、壮絶なリンチの末に殺され、川に流される。エメットの母メイミー(ダニエル・デッドワイラー)は変わり果てた息子の遺体をマスコミと葬儀に参列した人たちに公開し、強く抗議していく。

 タイトルの「ティル」はエメットとメイミーの両方を指しています。映画は事件の経過とメイミーの行動はよく分かりますし、真正直に作られた重要な作品ではありますが、事実を知らしめる以上の作品にはなっていないと思いました。

 シノニエ・チュクウ監督はナイジェリア出身の38歳。プロデューサーを兼ねたウーピー・ゴールドバーグはエメットの祖母役で出演していますが、僕は気づきませんでした。
IMDb7.2、メタスコア78点、ロッテントマト96%。
▼観客7人(公開6日目の午後)

「ある閉ざされた雪の山荘で」

 東野圭吾の原作を飯塚健監督が映画化。新作舞台の主演を決める合宿形式の最終選考に集まった7人の役者たちが“大雪で閉ざされた山荘で起きる連続殺人事件”を演じることになる。山荘に例えた別荘にはアガサ・クリスティー「そして誰もいなくなった」の文庫本が人数分置いてあった。その夜から7人は1人1人消えていく。

 7人を演じるのは重岡大毅、中条あやみ、岡山天音、西野七瀬、堀田真由、戸塚純貴、間宮祥太朗。これに事件の要因に関係していると見られる役で森川葵。若手俳優8人だけのキャスティングはうまく行っていて好感を持ちました。出演者をまったく知らずに見たので、贔屓の堀田真由と西野七瀬がいるのが嬉しかったですが、この2人、最初の方で……。

 原作通りなのかどうか知りませんが、前半の面白さに対して後半は腰砕けになった感があります。殺人の動機も弱く、事件の真相にも物足りなさが残りました。

 原作は1992年に発行され、推理作家協会賞の候補になったそうですが、「このミステリーがすごい!」のベストテンには入っていません。東野圭吾が「このミス」の常連になったのは1997年の「名探偵の掟」以降で、キャリアの助走に位置する作品のようです。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)1時間49分。

「私がやりました」

 1930年代のパリを舞台にしたフランソワ・オゾン監督のコメディー。

 映画プロデューサーの男が自宅で殺害され、新人女優マドレーヌ(ナディア・テレスキウィッツ)に殺人の容疑がかけられた。親友で駆け出しの弁護士ポーリーヌ(レベッカ・マルデール)はマドレーヌに台本を用意し、正当防衛を主張するよう指示する。ポーリーヌは台本通りの陳述で裁判官や大衆の心をつかみ、無罪を勝ち取る。マドレーヌは一躍時の人となってスターへの階段を駆け上がっていくが、往年の大女優オデット(イザベル・ユペール)が2人の前に現れ、プロデューサー殺しの犯人は自分であり、マドレーヌたちが手に入れた富も名声も自分のものだと主張する。

 オゾンは女優を撮るのがうまく、今回も主演の2人が魅力的ですが、笑いの方は大したことありません。ユペールが出てくる後半が面白かったです。
IMDb6.5、メタスコア72点、ロッテントマト97%。
▼観客8人(公開19日目の午前)1時間43分。

「TALK TO ME トーク・トゥ・ミー」

 母親を亡くした高校生ミア(ソフィー・ワイルド)はSNSで話題の「憑依チャレンジ」に参加する。呪物の手を握り、「トーク・トゥ・ミー、レット・ミー・イン」と唱えると、霊が憑依する。制限時間は90秒。それを超えると、大変なことが起きるとされる。ミアたちは憑依チャレンジを繰り返していくが、仲間の1人にミアの母の霊が憑依する。

 若者たちの死に絡む無謀な行為は「フラットライナーズ」(1990年、ジョエル・シュマッカー監督)を思わせました。オチは短編小説によくあるパターン。長編向きには少し考えたかったところです。監督は双子のダニー&マイケルのフィリッポウ兄弟。
IMDb7.1、メタスコア76点、ロッテントマト94%。
▼観客8人(公開6日目の午後)1時間35分。

「劇場版SPY×FAMILY CODE:White」

 人気コミック・テレビアニメの劇場版。諜報員ロイド、超能力を持つ娘アーニャ、殺し屋ヨル、未来予知犬ボンドから成るフォージャー家は全員で家族旅行へ出発するが、世界平和を揺るがす事態に巻き込まれてしまう。

 家族で「おでけけ(お出かけ)」するエピソードはテレビアニメにもあり、そちらの方が良い出来でした。下ネタ(ウンコネタ)は子供向けを意識したのでしょうねえ。片桐崇監督。
▼観客20人ぐらい(公開5日目の午後)1時間50分。