2024/03/03(日)「マダム・ウェブ」ほか(3月第1週のレビュー)

 コロナ禍で配信スルーになっていたディズニー&ピクサーのアニメーション3本が来月にかけて劇場公開されます。「私ときどきレッサーパンダ」(15日公開)「あの夏のルカ」(29日公開)「ソウルフル・ワールド」(4月12日公開)で、いずれもアカデミー長編アニメ映画賞の候補になり、「ソウルフル…」は受賞しました。劇場公開を見越していたためか、ディズニープラス以外の配信サイトでは見放題・レンタルはなく、購入(2000円ぐらい)だけのようです。数人で見るなら、購入した方が安いですけどね。というか、ディズニープラスに加入して見るのが一番安いです。

「マダム・ウェブ」

 アメリカでの評価はIMDb3.8、メタスコア26点、ロッテントマト12%。さんざんな酷評を聞いていたので期待値0で見たら、意外に悪くありませんでした。という意見は多く、ネットニュースにもなってました。

 2003年のニューヨーク。救命士のカサンドラ(キャシー)・ウェブ(ダコタ・ジョンソン)は活動中に生死を彷徨う事故に遭ったことがきっかけで予知能力を発現する。ある日、キャシーは偶然出会った3人の少女が黒いマスクとスーツに身を包んだ謎の男エゼキエル(タハール・ラヒム)に殺害される未来を見て、少女たちの命を救う。少女たちは将来、スパイダーウーマン、スパイダーガールになる存在だった。蜘蛛の研究者でキャシーを妊娠中だったキャシーの母親は1973年、ペルーで重傷を負い、現地人から蜘蛛の能力を授けられていた。母親は死ぬが、能力はキャシーに受け継がれていたらしい。エゼキエルは母親に同行していた男だった。

 原作のマダム・ウェブはスパイダーマンを補佐する盲目の老婦人で、生まれつきの重症筋無力症だそうです。映画とは設定が異なりますが、映画のキャシーもラストで同じような境遇となります。「X-MEN」で言えば、エグザヴィア教授のような存在であり、マダム・ウェブが主人公としてシリーズ化されるとは考えにくいです。というか、アメリカでは興行的にも惨敗なのでシリーズ化はないでしょう。

 「ヴェノム」(2018年、ルーベン・フライシャー監督)に始まる「ソニーズ・スパイダーマン・ユニバース」(SSU)の1本ですが、どうもSSUは質的に信頼のおけない作品が多くて残念です。
▼観客8人(公開6日目の午後)1時間56分。

「犯罪都市 NO WAY OUT」

 マ・ドンソク主演のアクションシリーズ第3作。マ・ソクト刑事(マ・ドンソク)はソウル広域捜査隊に異動し、転落死事件の捜査を担当する。事件の背後に新種の合成麻薬と日本のヤクザが関わっているらしい。ヤクザのボス一条(國村隼)は麻薬を盗んだ組織員たちを処理するため極悪非道なリキ(青木崇高)を密かにソウルに送り込む。消えた麻薬を奪おうと目論む刑事チュ・ソンチョル(イ・ジュニョク)も加わり、事件は三つ巴の様相を呈する。

 マ・ドンソクの腕力だけを頼りにしたアクション映画で、面白いんですけど、さすがにほかのパターンも見たくなりました。前作はベトナム、今回は日本ですが、この調子でアジアのいろいろな国が絡む事件を解決していくんでしょうかね。
IMDb6.6、ロッテントマト100%(アメリカでは限定公開)。
▼観客13人(公開5日目の午後)1時間45分。

「コットンテール」

 日英合作映画で、キネマ旬報の分類では外国映画になってます。主人公の兼三郎(リリー・フランキー)は死んだ妻・明子(木村多江)が「遺骨をイギリスのウィンダミア湖に撒いてほしい」という遺言を残していたことを知る。疎遠となっていた一人息子慧(トシ)(錦戸亮)の家族とともに英国へ行くが、些細なことで息子と喧嘩した兼三郎は一人でウィンダミア湖に向かうことになる。その過程で兼三郎は若い頃の自分たち夫婦のことを回想する。

 演出も演技も悪くありませんが、話が今一つ響いてきません。リリー・フランキーが独り善がりに見えてしまう場面があるのは脚本の仕上げに少し難があるためでしょう。若い時の木村多江を演じる恒松祐里が良いです。

 監督のパトリック・ディキンソンはオックスフォード大と早稲田大で日本映画を学び、故ドナルド・リチーに師事。脚本家兼監督として短編映画を撮った後、BBCやNetflixでプロデューサーを務めたそうです。これが長編映画デビュー作。リリー・フランキーと木村多江が夫婦を演じた「ぐるりのこと。」(2008年、橋口亮輔監督)も当然見ているそうです。
▼観客2人(公開初日の午前)1時間34分。

「アメリカン・フィクション」

 アカデミー作品、主演男優、助演男優、脚色賞など5部門にノミネートされた作品。アメリカでは劇場公開されましたが、日本を含む多くの国ではamazonプライムビデオで配信されています

 講義中の差別用語を批判されて休職した大学講師で作家のモンク(ジェフリー・ライト)は母親が認知症となり、施設に入れる費用に困っていた。作品に「黒人らしさが足りない」と評されて自棄になってペンネームで書いたギャング主人公の黒人エンタメ小説は皮肉なことにベストセラーとなる。文学賞も受賞して世間の関心が高まり、匿名のままではいられなくなる。というストーリーで、出版業界や黒人作家の作品の扱われ方を風刺的に描いたコメディです。

 監督はテレビシリーズ「ウォッチメン」などの脚本を書き、これが監督デビューのコード・ジェファーソン。原作はパーシバル・エベレット。中絶医の妹の病院に行った主人公が入り口で金属探知機で検査される場面があり、意味が分からなかったんですが、町山智浩さんの解説によると、アメリカでは中絶医は保守派から命を狙われることがあるんだそうです。

IMDb7.6、メタスコア81点、ロッテントマト94%。1時間58分。

「禁書のイロハ」

 アカデミー短編ドキュメンタリー賞候補。子供向けの本が排除されたり、制限されたりする現状を追った内容。そういう扱いを受けているのは人種差別やLGBTQを扱った本で、「アンネの日記」やカート・ヴォネガット「スローターハウス5」まで排除されていることに驚きます。シエラ・ネヴィンス、トリッシュ・アドレジック、Nazenet Habtezghi監督。27分。IMDb6.3。WOWOWオンデマンドで配信中。

「ラスト・リペア・ショップ」

 これもアカデミー賞短編ドキュメンタリー賞候補。ロサンゼルス市が提供している公立学校対象の楽器無償修理サービスを行う職人たちを取り上げた内容。職人の一人はゲイ、もう一人はメキシコ移民のシングルマザーで、それぞれに差別や貧困の体験を語り、同時に楽器が生徒たちにもたらす夢や希望を描いています。胸を打つ場面がある深い内容で、これは受賞してもおかしくないと思えました。ベン・プラウドフット、クリス・パワーズ監督。40分。IMDb7.3。ディズニープラスで配信中。

2024/02/18(日)「ボーはおそれている」ほか(2月第3週のレビュー)

 朝ドラ「ブギウギ」の中で、主人公の福来スズ子(趣里)が「ジャングル・ブギー」を歌う場面がありました。この歌、映画ファンには黒澤明「酔いどれ天使」(1948年)の劇中歌として知られているでしょう。笠置シズ子はホール歌手として出てきます。作詞が黒澤明ということを今回初めて知りました。

「ボーはおそれている」

 「ヘレディタリー 継承」(2018年)、「ミッドサマー」(2019年)のアリ・アスター監督作品。母親が怪死したことを知った息子ボー(ホアキン・フェニックス)が実家に帰ろうとしてさまざまな障害に遭う奇妙な味わいのコメディ。序盤はマーティン・スコセッシのシュールな傑作「アフター・アワーズ」(1985年)を連想しましたが、退屈な中盤を経て、母親の影響の大きさが描かれる終盤まで約3時間は長すぎると感じました。中盤の1時間をカットして2時間にしてよい映画だと思います。

 序盤、ボーの住むアパートの外がまるで地獄のような惨状なのは大いに笑えます。ボーは刺されたり、車にはねられたりのあまりにも酷い目に遭う不条理な展開ですが、その後はストーリー的にも演出的にもピリッとしません。

 実家に飾られた過去の写真を見ると、どうやらボーは発達障害で、だから今もカウンセリングに通っているのでしょう。現実なのか夢なのか判然としない場面が多いのも病気のためと理解できます。それにしても長すぎるのが敗因であることは間違いないでしょう。
IMDb6.7、メタスコア63点、ロッテントマト67%。
▼観客4人(公開初日の午前)2時間59分。

「宝くじの不時着 1等当選くじが飛んでいきました」

 国境警備の韓国軍兵士が57億ウォンの当選くじを拾うが、風に飛ばされて軍事境界線を越え、北朝鮮兵士に拾われてしまう。韓国と北朝鮮の兵士たちは賞金を山分けすることに合意、協力して秘密作戦に乗り出す。

 2022年の映画なので57億ウォンは600万ドルとされていますが、現在のレートでは430万ドル弱となります。両国の兵士が集う共同給水区域は略称JSA。パク・チャヌク監督の「JSA」(2000年、こちらは共同警備区域の意味)を意識しているのでしょう。

 南北兵士の相互理解を絡めたコメディとしてよく出来ていると思いますが、それだけに終わって物足りなさも感じました。パク・ギュテ監督。
IMDb7.0(アメリカでは未公開)
▼観客6人(公開5日目の午後)1時間53分。

「VORTEX ヴォルテックス」

 エンドロールから始まり、スパッと終わる構成。老夫婦をスプリットスクリーンで見つめ続ける手法も斬新ですが、描かれるのはどこの国にも共通する老後の不安な姿です。ギャスパー・ノエ監督はある意味、悪夢のような描写も入れながら、老後の実際を描いています。

 パンフレットのインタビューでノエは「すべての観客へ向けた初めての映画だ」と話しています。「多くの人が経験している、または今後、経験していくであろう普遍的なシチュエーションであるが故に、最もつらい映画であると言われている」。夫は心臓に病気を抱え、妻は認知症が進行しています。この2人だけでアパートで暮らす毎日は困難に満ちていて、ドラッグの売買をやっているらしい息子がもう少ししっかりしていればとか、行政の施策で介護はなんとかならないのか、などと思ってしまいます。

 夫を演じるのが「サスペリア」(1977年)などの監督ダリオ・アルジェント。妻はフランソワーズ・ルブラン。特にルブランの認知症演技がリアルで感心させられました。
IMDb7.4、メタスコア82点、ロッテントマト93%。
▼観客4人(公開7日目の午後)2時間28分。

「17歳は止まらない」

 農業高校の2年生、瑠璃(池田朱那)が教師の森(渡辺歩)に猛アタックする話(だから「止まらない」というタイトルなわけです)。一方で、瑠璃は他校の男子生徒マサル(青山凱)からひと目ぼれされ、猛アタックをかけられる。「大事な話があるんです」と言い寄ってくる瑠璃を森はまるで相手にしなかったが…。

 なんせ、渡辺歩なので、終盤にやっぱりか、という展開になります。池田朱那はビジュアル的には良いんですが、演技はあと一息、という感じ。農業高校で畜産を学んでいるので、乳牛の乳搾りをしたり、ニワトリを捌いたりするシーンがあって物珍しかったですが、舞台を農業高校に設定する意味があまりないのが難と言えば難でしょう。

 脚本も書いた北村美幸監督(男性です)は1963年生まれの61歳。アダルトビデオ業界で約20年間、監督と製作の経験を積んだそうです。演出が手慣れているのはその経験が生きているためでしょう。1時間36分。
Kinenote76.8、映画.com3.6、Filmarks3.9

「神回」

 これも17歳の高校生が主人公。文化祭の実行委員となった同じクラスの沖芝樹(青木柚)と加藤恵那(坂ノ上茜)は教室で待ち合わせていた。午後1時から打ち合わせを始めるが、樹は5分たつと何度も1時に戻ってしまう。ループは際限なく繰り返される。樹はループから抜け出すためにさまざまなことを試すが、脱出はできない。

 昨年公開の「リバー、流れないでよ」(山口淳太監督)は2分間のループで、その2分の中身がかなり濃密でした。「神回」の場合、主な登場人物は2人なので画面的には少し寂しいんですが、ループの理由はSFの短編小説にありそうなアイデアで悪くないと思いました。70分ぐらいにギュッとまとめると、もっと切れ味が鋭くなったんじゃないかと思います。

 昨年、「BAD CITY」(園村健介監督)でアクションを見せた坂ノ上茜は今回もアクションを少しだけ披露します。中村貴一朗監督はテレビCMや企業のブランディング映像などの演出を務め、2015年にはユネスコ世界遺産委員会で長崎県の端島(軍艦島)のプレゼンテーション映像を演出したそうです。1時間28分。
Kinenote67.4、映画.com3.2、Filmarks3.6

 以上の2本は昨年、クラウドファンディングにちょっとだけ協力しました。どちらも東映ビデオ製作で、新進クリエイターの発掘プロジェクトTOEI VIDEO NEW CINEMA FACTORY」の第1回作品。有料配信がU-NEXTで始まったので見ました。

 どちらもキネ旬ベストテンには入っていませんが、映画芸術のベストテンでは「17歳は止まらない」が23位(投票者3人)、「神回」は46位(同1人)でした。東映ビデオ製作なら一定以上の完成度が期待できることが分かったので、今後もクラファンがあれば、ごくごく微力ながら協力したいと思ってます。

2024/02/11(日)「夜明けのすべて」ほか(2月第2週のレビュー)

「夜明けのすべて」

 PMS(月経前症候群)の女性と、同僚でパニック障害の男性をめぐる物語。瀬尾まいこの原作(文庫で270ページほど)を100ページ足らず読んだところで映画を見ました。前半はエピソードをギュッとまとめた脚色(三宅唱監督と和田清人)のうまさに感心しましたが、後半は用意した材料をテーマに生かし切れていないきらいがあります。それでも全体的には良い出来の映画だと思います。

 藤沢さん(上白石萌音)と山添くん(松村北斗)はどちらも病気のために前の会社を辞めて、今の小さな会社「栗田科学」に再就職した経緯があります。2人が自分の意思ではどうしようもない状態(些細なことで怒りの感情が暴走したり、発作を起こしたり)に陥る辛さを映画は詳細に描いています。社長の栗田(光石研)と山添くんの前の会社の上司・辻本(渋川清彦)もともに肉親を亡くしたことで心に疵を負っています。映画が描いているのは苦しみを抱えて生きる人たちの姿であり、同時に栗田科学の穏やかな社員たちからは必要以上に頑張らなくていいこと、他人を思いやることの大切さを訴えているように思えます。

 映画を見終わって原作を読了しました。映画の後半部分は原作とは異なります。原作では藤沢さんが虫垂炎で入院しますが、映画では倒れた母親(りょう)の介護のために実家の近くへ転職を検討するエピソードに変わっています。

 入院のエピソードは「身体が病気にかかっても回復は意外に早い」ということを藤沢さんと山添くんに実感させ、それが精神面で苦しむ彼らにとって回復への希望のようなものになります。「夕日は必ず朝日になることを、今の俺は知っている」という原作ラストの山添くんの言葉を挙げるまでもなく、苦しい時期の終わり、夜明けの近さを暗示させる分かりやすい内容です。映画のエピソードが悪いわけではありませんが、原作のストレートさに比べて分かりにくくなっていることは否めないでしょう。

 それを補強するために映画は「夜明け前が一番暗い」という直接的な言い回し(元はイギリスのことわざ)をラストで引用しています。

 予告編からは藤沢さんと山添くんのラブストーリーなのかなと思えましたが、そういう関係にはなりません。藤沢さんが転職しない原作では山添くんが「(自分のことは嫌いだけれども)藤沢さんを好きになることはできます」と言い、藤沢さんも「私も同じだ。山添君のことを好きになりそうではなく、好きになれる。そんな気がする」と考えます。「好きになれる」は「恋愛対象になる」と同じ意味でしょう。お互いを十分に理解する若い男女が職場で机を並べていれば、恋愛感情が生まれてもおかしくはありません。映画がそれを避けたのは主題を矮小化しないためなのかもしれません。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)1時間59分。

「ヤジと民主主義 劇場拡大版」

 2019年7月15日、札幌で行われた安倍晋三首相(当時)の参院選応援演説で起きたヤジ排除問題を追ったHBC北海道放送のドキュメンタリー「ヤジと民主主義 警察が排除するもの」の劇場版。「安倍辞めろ」と叫んだ若い男女(2人は仲間ではなく、別々に行動)を私服警官が取り囲み、現場から排除する。年金や老後の不安を訴えたプラカードを持った老婦人たちの前に立ち、安倍首相から見えなくする。そうした表現の自由を侵害する警察の在り方を追及しています。めっぽう面白い内容で、最近のドキュメンタリーでは出色の出来と言って良いと思います。

 劇場版は2種類あり、昨年3月に公開された「劇場版」が78分、今回の「劇場拡大版」が100分。男女2人は警察の行為は違法だったとして謝罪を求めて提訴し、札幌地裁では勝訴しました。劇場拡大版は昨年6月の札幌高裁判決(原告が一部敗訴)までを盛り込んでいます。今後、最高裁でも争われる予定で、現在進行形のドキュメンタリーとなっています。

 警察は男性がヤジによって、他の聴衆から暴力を受ける危険な状態になっていたことが排除の理由と裁判で主張しましたが、現場で記録された映像では「他の人の迷惑になるから」と警官たちは男性に何度も言っています。高裁で警察が公開した映像には確かに男性が自民党支持者から2度押される(たたかれる?)シーンが記録されていますが、それなら押した方に注意する方が理にかなっているでしょう。

 希望あふれる当然の判決を出した地裁の裁判長と違って、高裁判決の裁判長がそのあたりを考慮したとはとても思えません。徹底的に思慮が足りないか、政権べったりの人間だったのでしょう。見ていて怒りと絶望と時に(あきれ果てて)笑いが起こってくる映画で、今この段階で止めておかないと、日本は言論の不自由な中国やロシアや北朝鮮のようになってしまうと思えてきます。とりあえず、どんな些細なことであっても権力側の横暴を目にした時は映像を記録しておかないといけないと痛感しました。

 かなり面白い作品なのでキネ旬の文化映画ベストテンに入っているかと思ったら、まったくないですね。映画芸術のベストテンでも投票者なし。公開が12月で小規模だったためもあるのでしょうか?

 山崎裕侍監督はテレビ朝日「ニュースステーション」「報道ステーション」でディレクターを務め、死刑制度や犯罪被害者、少年事件などを取材。2006年、北海道放送に中途入社し、現在はHBCコンテンツ制作センター報道部デスク。
▼観客9人(公開7日目の午後)1時間40分。

「カラーパープル」

 アリス・ウォーカーの原作をミュージカル化した舞台の映画化。同じ原作はスティーブン・スピルバーグが1985年に映画化し、当時は「アカデミー賞狙い」とさんざん批判されました。そのため僕は劇場では見逃し、後にビデオで見た際にスピルバーグの映画的技術に感嘆しました。主人公の少女セリーが大人に変わる場面のジャンプショットが最も感心した場面で、今回の映画でも描かれていますが、39年前のスピルバーグの優れて独創的な見せ方には到底及びません。

 今回の映画は冗長さが少し目に付きますが、セリー(ファンテイジア・バリーノ)が艱難辛苦を越え、恩讐の彼方で到達する幸福感あるラストに歌と踊りでダメ押しの高揚感を付け加えられたのはミュージカル化のメリットでしょう。

 アカデミー賞ではソフィア役のダニエル・ブルックスが助演女優賞にノミネート、セリーの粗暴な夫ミスター役のコールドマン・ドミンゴは「ラスティン:ワシントンの『あの日』を作った男」(Netflix)で主演男優賞にノミネートされています。ブリッツ・バザウレ監督は1982年生まれ。長編映画は3作目で日本公開はこの映画が初めてです。
IMDb7.1、メタスコア72点、ロッテントマト83%。
スピルバーグ版はIMDb7.7、メタスコア78点、ロッテントマト73%。
▼観客5人(公開2日目の午前)2時間21分。

「ラスティン:ワシントンの『あの日』を作った男」

 1963年のワシントン大行進を主導した活動家バイヤード・ラスティン(1912年-1987年)を描くNetflixオリジナル作品。ワシントン大行進には25万人が参加し、公民権法の成立に大きな影響を及ぼしたとされています。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが「I have a dream」のあの演説を行ったことでも有名です。

 ラスティンは大行進の準備の中心になって活動しましたが、直前に当時違法だった同性愛での過去の逮捕歴が暴露されます。ここでキング牧師(アムル・アミーン)が擁護のためにおこなった演説シーンが感動的でした。ラスティンを演じるコールドマン・ドミンゴの演技はまずまずで、「カラーパープル」との合わせ技での主演男優賞ノミネートなのではないかと思います。エグゼクティブ・プロデューサーの一人はバラク・オバマ元大統領。オバマは2013年にラスティンに大統領自由勲章を授与しています。

 監督は「マ・レイニーのブラックボトム」(2020年、Netflix)のジョージ・C・ウルフ。
IMDb6.5、メタスコア68点、ロッテントマト85%。

2024/01/28(日)「哀れなるものたち」ほか(1月第4週のレビュー)

 26日に始まった宮藤官九郎脚本のドラマ「不適切にもほどがある!」(TBS系)は最初から爆笑しました。1986年と現代(昭和と令和)を結ぶ“意識低い系タイムスリップ・コメディ”で、コンプライアンスもハラスメントも知らない86年の風俗は今見ると、乱暴すぎて笑えます。

 職員室はもちろん、教室でもバスの中でもタバコをスパスパ吸う描写があり(僕は喫煙者でしたが、さすがにバスの中では吸いませんでした)、ブスだのハゲだの不適切用語も頻出するため、おことわりが二度出ました。主人公の体育教師役に阿部サダヲ。もう引退してしまうのかと思ってた河合優実がそのスケバン娘役で出ています。このほか、仲里依紗、磯村勇斗、吉田羊、中島歩など。途中でミュージカル風になる展開も面白く、視聴者サービスは意識高い系です。今期のドラマの本命はこれでしょう。

「哀れなるものたち」

 アカデミー賞11部門ノミネートのヨルゴス・ランティモス監督作品。原作はアラスター・グレイのゴシック小説。死んだ妊婦が自分の胎児の脳を移植されて蘇り、屋敷の外の世界に旅立つという物語。フランケンシュタインからイメージしたような前半に対して、性を通じて人間社会の真実を知るという後半は手塚治虫のコミックにもありそうな展開です。

 美術賞は確実と思える美しいセットや衣装の絢爛さはフェリーニ映画を思わせました。一方で「籠の中の乙女」(2009年)、「ロブスター」(2015年)などランティモス作品に特徴的なグロテスクさもあります。ただ、過去作に比べれば、抑制の効いた表現になっていて、全体的に芸術的な完成度が高くなった印象。このあたりは前作「女王陛下のお気に入り」(2018年)と共通するところです。

 天才外科医のゴッドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)は飛び降り自殺した妊婦女性の胎児の脳を女性に移植し、蘇った女性にベラ(エマ・ストーン)と名づけて世話をする。大人の体に赤ちゃんの脳を持つベラは急速に知識を吸収。自慰を覚えてゴッドウィンから親離れし、弁護士のダンカン・ウェダバーン(マーク・ラファロ)とともにヨーロッパ横断の旅に出る。

 ゴッドウィンの屋敷には犬の体にアヒルの頭を移植された生き物がいたりして、いかにもランティモス作品だなと思いますが、これがラストへの伏線にもなっています。プロデューサーも兼ねたエマ・ストーンはよちよち歩きを表現したぎこちない歩き方で幼児の動きを表現。セックス三昧のシーンも多数ある映画を牽引する演技を見せています。個人的にあまりセクシーさを感じなかったのはベラの在り方が無垢で好奇心丸出しだからでしょう。ストーンは「ラ・ラ・ランド」(2016年、デイミアン・チャゼル監督)に続く二度目の主演女優賞の可能性もあるかなと思いました。

IMDb8.4、メタスコア87点、ロッテントマト93%。ヴェネチア国際映画祭金獅子賞。
▼観客10人(公開初日の午前)2時間22分。

「きっと、それは愛じゃない」

 ドキュメンタリー映画監督のゾーイ(リリー・ジェームズ)は隣家のパキスタン人で幼なじみの医師カズ(シャザド・ラティフ)が見合い結婚すると知って驚く。興味を持ったゾーイはカズの結婚までを撮影することにする。ゾーイ自身は男を見る目がなく、クズ男ばかりと付き合っていた。カズはオンラインでお見合いをして、結婚が決まる。そうなって初めてゾーイはカズへの思いに気づく。「人生は短いけど、悔やんで生きるには長すぎる」と結婚直前のカズに訴えるが、既に遅かった。

 先は読めるんですが、英国ワーキングタイトルの映画なので終盤の展開に工夫がありました。パキスタンの伝統や移民差別への言及もあり、悪くない出来と思います。監督は「エリザベス」(1998年)、「ニューヨーク、アイラブユー」(2008年)などのシェーカル・カプール。

IMDb6.3、メタスコア59点、ロッテントマト71%。
▼観客6人(公開12日目の午後)1時間49分。

「笑いのカイブツ」

 作家・構成作家のツチヤタカユキの私小説を映画化。主人公は笑いのネタを作ることに全集中し、テレビの大喜利番組や深夜ラジオに笑いのネタを投稿します。才能を認められてお笑い劇場の作家見習いになりますが、人間関係が不得意なキャラクターでバイトも長続きせず、生きづらい日々を送ることになります。実際のツチヤタカユキがどうかは分かりませんが、映画で岡山天音が演じたツチヤタカユキは発達障害、特にアスペルガー症候群のように見えました。

 こういう主人公を描いた映画があったっけと考えて、「シャイン」(1995年、スコット・ヒックス監督)を思い出しましたが、「シャイン」の主人公デイヴィッド・ヘルフゴット(演じたのはジェフリー・ラッシュ=アカデミー主演男優賞)は統合失調感情障害だったとのこと。ただ、発達障害が精神的な病気を併発することは知られていて、ヘルフゴットも発達障害だったのかもしれません。

 岡山天音はそうした主人公を実にリアルに演じています。主人公の周辺の松本穂香、菅田将暉、仲野太賀、片岡礼子もそれぞれに好演。ただ、重くて鬱な展開が続くので、それが評価の分かれ目になっているようです。実話に近い内容らしいので難しいんですが、控えめに再起を描いたラストは明確な希望を提示した方が良かったのではないかと思いました。

 滝本憲吾監督はこれが商業映画デビュー。脚本は滝本監督のほか、足立紳ら3人がクレジットされています。ツチヤの才能を認める漫才師(仲野太賀)のモデルはオードリーの若林正恭とのこと。
▼観客5人(公開6日目の午後)1時間56分。

「マエストロ その音楽と愛と」

 Netflixオリジナル作品。「ウエスト・サイド物語」などの作曲家・指揮者レナード・バーンスタインと妻フェリシアを描き、アカデミー作品賞など7部門にノミネートされました。ブラッドリー・クーパーが監督・主演を務め、フェリシア役をキャリー・マリガンが演じてともに主演賞ノミネート。バーンスタインの音楽よりも夫婦の愛を描いていて、浮気相手の若い男を家に連れてくるバーンスタインへの複雑な感情をキャリー・マリガンが繊細に演じています。終盤、ガンにかかったフェリシアの苦悩もリアルな表現をしていて主演女優賞ノミネートも納得です。

 バーンスタインの娘役でマヤ・ホーク(イーサン・ホークとユマ・サーマンの娘)が出ています。マヤは母親譲りの美貌で、「ストレンジャー・シングス」(Netflix)のシーズン3(2019年)からレギュラー、映画では昨年の「アステロイド・シティ」(ウェス・アンダーソン監督)などに出ていますが、主演級の作品もそろそろほしいところですね。
IMDb6.7、メタスコア77点、ロッテントマト80%。2時間9分。

「彼方に」

 アカデミー短編実写映画賞ノミネート。始まって数分であっけにとられるシーンあり。これは何も知らないで見た方が良いでしょう。ある出来事で失意のどん底にたたき落とされた男のその後(原題“The After”)を描いています。描写の丁寧さが良いです。ミサン・ハリマン監督はナイジェリア生まれのイギリス人写真家、起業家、社会活動家で映像作品の監督は初めて。
IMDb6.2。18分。

2024/01/21(日)「ゴールデンカムイ」ほか(1月第3週のレビュー)

 テレ東のドラマ「SHUT UP」の第6話「一夜の真実と性的同意」は実にタイムリーな内容でした。何がタイムリーかって、松本人志の性加害疑惑の根底に通じるからです。このドラマ、同じ大学寮に住む4人の貧しい女子大生の1人が妊娠し、中絶費用を稼ぐために3人がパパ活をしたことから悪意と不運の連鎖で危機に陥る物語。

 妊娠した女子大生は「自分が男のアパートに付いていったから」という負い目を感じていますが、性暴力を考える団体の代表と話し、「そうじゃない、性行為の同意なんてしていなかった」ことに気づきます。つまり、「ホテルのスイートで開く飲み会なんだから、そういうつもりで参加してるんだろ」という勝手な論理を振りかざす松本擁護者たちがいかに単細胞的考えなのかが分かるんですね。

 仁村紗和、片山友希、莉子、渡邉美穂の貧しい4人に加えて裕福な女子大生役で芋生悠。このキャスティングだけでも見る価値あると思いましたが、性暴力の本質を突くこのドラマの価値はそれ以上だと思います。
オープニングの「春に涙」↓

「ゴールデンカムイ」

 野田サトルのコミックの映画化。全31巻の原作のうち、今回映画化されたのは4巻の途中まで。このペースでいくと、あと7、8本作らないと終わりませんね。

 かなり忠実な映像化で、原作通り日露戦争の二〇三高地の苛烈な戦闘場面から幕を開け、北海道でアイヌの金塊をめぐる争奪戦を描いていきます。全体的にもう少し描写を引き締め、構成を緊密化した方が良いですが、悪くない映画化だと思いました。

 主人公の“不死身の杉元”(山崎賢人)は日露戦争後、北海道で砂金採りをしていた時に網走監獄の元囚人(マキタスポーツ)から金塊の話を聞きます。金塊はアイヌが密かに貯めた20貫(約80億円)で、その地図は脱走した囚人24人の体に暗号の刺青で彫られているとのこと。杉元は地図を求め、金塊に絡んで父親を殺されたアイヌの娘アシリパ(山田杏奈)とともに行動を開始します。これに鶴見中尉(玉木宏)配下の帝国陸軍第七師団、戊辰戦争で戦死したはずの新撰組の“鬼の副長”土方歳三(舘ひろし)の一味も加わり、三つ巴の争奪戦となります。

 原作のアシリパは13~14歳ぐらいに見える少女なので、山田杏奈では10歳ぐらい年長ですが、イメージを損なってはいません。玉木宏や舘ひろしの面構えも原作以上の貫録と凶悪さを感じさせて良いです。

 脚本の構成で原作と異なるのは杉元が金塊を狙う理由を最後に持って来たこと。これはうまいアレンジだと思いました。残念なのはCG(実写?)を組み合わせたにしても着ぐるみ感が目立つヒグマとの戦いで、「レヴェナント 蘇りし者」(2015年、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督)ぐらいの迫力が欲しかったところです。

 監督は「HiGH & LOW」シリーズの久保茂昭(「ハイロー」シリーズは2作目がアクションに見応えのある傑作でした)。アクション監督は「キングダム」シリーズなどの下村勇二。冒頭の二〇三高地の場面をはじめ、アクションシーンは原作より膨らませています。脚本は「キングダム」シリーズやドラマ「東京MER」などの黒岩勉。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)2時間8分。

「カラオケ行こ!」

 中学3年生の合唱部部長・岡聡実(齋藤潤)はヤクザの成田狂児(綾野剛)から歌のレッスンを頼まれる。狂児の所属する暴力団・祭林組ではカラオケ大会で最下位になると、組長(北村一輝)から“恐ろしい”罰を与えられるため、上達してビリを回避する必要があったのだ。狂児の持ち歌はX JAPANの「紅」。ビビっていた聡実はカラオケを通じて狂児と少しずつ交流を深めていく。

 和山やまのコミックを山下敦弘監督、野木亜紀子脚本で映画化。おかしくて何度も笑いましたし、よくまとまった映画と思います。ただ、終盤に意外にドラマティックな展開があるにしても、なんとなく物足りない思いが残りました。綾野剛は「花腐し」のボソボソしゃべる話し方より、こういう役柄の方が似合った感じがします。合唱部顧問の教師役・芳根京子はホントにピアノ弾いているのに感心。ピアノは特技とのこと。

 エンディングに流れるリトグリの合唱コラボの「紅」がとっても良くて、繰り返し聴いてます。「くーれなーいーに染ーまーった、こーのおーれーをー…」

▼観客10人(公開4日目の午後)1時間47分。

「ポトフ 美食家と料理人」

 「青いパパイヤの香り」(1993年)「第三夫人と髪飾り」(2018年)のトラン・アン・ユン監督作品。

 美食家ドダン(ブノワ・マジメル)と料理人ウージェニー(ジュリエット・ビノシュ)は愛し合っていたが、自由を尊ぶウージェニーはドダンの求婚を断り続けていた。ユーラシア皇太子から晩餐会に招待されたドダンは豪華なだけでテーマもない大量の料理にうんざりする。食の真髄を示すべく、最もシンプルな料理ポトフで皇太子をもてなすとウージェニーに打ち明けるが、ウージェニーは病に倒れてしまう。

 序盤はずーっと、料理を作っているシーンで、ああこうやって料理人が作って美食家が食べて終わりの映画かと思いそうになりましたが、上記のようなストーリーがあります。映像の叙情性は良いんですが、個人的にはあまり興味を持てない内容でした。ビノシュは何歳なんだろうと思わず調べてしまうようなシーンあり(59歳でした)。
IMDb7.5、メタスコア83点、ロッテントマト99%(観客スコアは27%)。カンヌ国際映画祭監督賞。
▼観客11人(公開5日目の午後)2時間16分。

「コンクリート・ユートピア」

 大地震で壊滅したソウルで唯一崩落を逃れたマンションを舞台にしたドラマ。マンションには周辺の生存者たちが押し寄せ、殺傷、放火が起こり始める。住人たちはリーダーを決め、住人以外を遮断することにする。リーダーに選ばれたのは902号室のヨンタク(イ・ビョンホン)。マンションが安全で平和な“ユートピア”と化していくにつれ、ヨンタクは権勢を振るうようになる。

 ユートピアと言いつつ、ディストピア化するのは容易に予想できます。大災害に見舞われたのに行政の救出活動が一切ないのは不自然で、災害の規模も明確ではありません。狭い範囲での災害シミュレーションなのでしょうが、従来のドラマや映画で描かれた人間の醜さが繰り返されるだけで新味がないのがつらいところです。オム・テファ監督。
IMDb6.7、メタスコア73点、ロッテントマト100%。
▼観客10人(公開14日目の午後)2時間10分。