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2016年07月31日の記事

2016/07/31(日)「シン・ゴジラ」 日本映画の総力戦

「シン・ゴジラ」パンフレット

 総監督を務めた庵野秀明の代表作は言うまでもなく「新世紀エヴァンゲリオン」だが、「エヴァ」はこの映画を作るための習作だったのではないかとさえ思えてくる。「シン・ゴジラ」はそれぐらいの傑作だ。第3新東京市に使徒が攻めてくる「エヴァ」に対して、「シン・ゴジラ」では現実の東京をゴジラが襲う。現実の東京にはエヴァのような兵器もNERV(ネルフ)という特務機関もないから、自衛隊と新設された巨大不明生物特設災害対策本部(略称:巨災対)が人知を尽くしてゴジラに対抗することになる。その過程を映画は緊張感たっぷりに描いていく。

 鷺巣詩郎の音楽をはじめとして「エヴァ」との類似点・共通点は随所に見られるが、映画を見ながらもう一つ思い浮かべたのは押井守「機動警察パトレイバー2」。“TOKYOウォーズ”がキーワードだったあの傑作にはテロ対策のために警察庁の面々が議論する場面があった。この映画の序盤も内閣の対策会議が中心になる。首都東京壊滅の危機をどう救うのか。早口の大量のセリフと短いカット割りが映画のテンポを速め、緊張感を高めていく。この政府と避難民の描写は巷間よく言われるようにゴジラによる災厄を3.11のような巨大災害になぞらえているのだが、しかし、それ以上に重要なのはゴジラという存在を定義し直したことだ。

 庵野秀明は核兵器や放射能というゴジラとは切っても切れない基本ポイントと外見をほぼ受け継ぎながらも、まったく新しいゴジラを定義した。「ゴジラ」第1作のゴジラは水爆実験によって生まれた怪獣だが、「シン・ゴジラ」では放射性廃棄物を食らって誕生した設定になっている。迫り来る核兵器の時代と核エネルギーの時代の違いを踏まえて、これは小さいようで大きな変更点だ。ゴジラに対して通常兵器ではまったく歯が立たないことに加え、その生態を調べた巨災対によって、ゴジラが単為生殖で増殖する可能性があることが分かる。東京という一地域および日本だけの問題ではなく、これは地球全体にとって未曾有の危機だ。怪獣が一地域に被害をもたらしているという単純な状況ではないのである。

 だから、後半、ゴジラ殲滅のために国連による核兵器使用のカウントダウンという大きな危機を迎えることになる。「核兵器使用を許せば、廃墟からの復興に各国の支援が得られる」との思惑を持つ政府上層部に対して、「日本で3度目の核兵器を使わせるな」と懸命に作業を進める巨災対メンバー。その思いは声高ではないからこそ、こちらの胸に響く。

 中盤にあるゴジラが初めて光線を吐くシーンは見事と言うほかない。「ガメラ2 レギオン襲来」で草体の爆発が仙台市を消滅させたように東京の3区が一瞬にして消滅する。ゴジラの吐く光線のとんでもない破壊力は樋口真嗣が特技監督を務めた平成ガメラ3部作を明らかに継承して発展させたものだ。ギャレス・エドワーズ版「Godzilla ゴジラ」はその平成ガメラの設定を無断借用した映画としか思えず、怪獣映画・SF映画ファンの目から見て新しい部分などほとんどなかった。過去の作品を寄せ集めて攪拌し、VFXで見栄えを良くしただけの作品だった。「シン・ゴジラ」の作りの新しさは今後、怪獣映画に求められる水準を数段階押し上げることになるだろう。

 長谷川博己や竹野内豊、石原さとみなどの主要キャストのほかに、多くの名のある俳優たちがセリフを一言吐いてさっと消えてゆく。300人以上に及ぶというキャストの豪華さにも驚く。「シン・ゴジラ」は庵野秀明という一人の作家の創造力だけに依って建つ作品では決してない。日本映画の伝統と現在の技術を結集させた総力戦の結果生まれた作品なのだ。