メッセージ

2023年08月20日の記事

2023/08/20(日)「季節のない街」ほか(8月第3週のレビュー)

 山本周五郎原作の「季節のない街」を宮藤官九郎がドラマ化し、ディズニープラスが今月9日から配信しています。原作の15編の連作短編から9編(「街へいく電車」「親おもい」「半助と猫」「牧歌調」「僕のワイフ」「プールのある家」「がんもどき」「たんばさん」「とうちゃん」)をピックアップ、1話30分の10話にまとめています(「がんもどき」のみ前後編)。

 「季節のない街」は言うまでもなく、黒澤明「どですかでん」(1970年、キネ旬ベストテン3位)の原作ですが、宮藤官九郎はこの映画が黒澤作品の中では一番好きで、原作に20歳で出会ったことが演劇の道に進んだきっかけとなったのだそうです。長年の念願がかなったドラマ化なのでしょう。

 原作と「どですかでん」は貧しい人たちの住む街が舞台でしたが、ドラマは“あの大災害”から12年後の仮設住宅を舞台にしています。濱田岳が演じる“電車バカの六ちゃん”が登場する第1話「街へいく電車」はまずまずの出来にとどまりますが、次の「親おもい」は傑作。ヤクザな兄とまじめな弟の話で、たまに帰ってきて母親から金をせびるだけの兄に対して、母親と弟たちのために必死に働く弟。なのに、母親は兄の方が自分のことを思ってくれる良い息子だと考えている、という誤解とすれ違いの物語。弟役の仲野太賀がホントにうまくて、泣かせます。

 「親おもい」は「どですかでん」にはないエピソードで、逆に「枯れた木」はドラマにありません。このほか「どですかでん」→「季節のない街」のキャストと比較すると、
「僕のワイフ」伴淳三郎→藤井隆
「とうちゃん」三波伸介→塚地武雅
「プールのある家」三谷昇、川瀬裕之→又吉直樹、大沢一菜
「がんもどき」山崎知子、亀谷雅彦→三浦透子、渡辺大知
「たんばさん」渡辺篤→ベンガル
 などとなっています。もう塚地武雅がぴったりの配役ですね。主人公は作家の半助を演じる池松壮亮。半助の目から街の人たちが描かれていきます。監督は宮藤官九郎のほか、横浜聡子、渡辺直樹。音楽は「あまちゃん」の大友良英。Fillmarksの採点は4.2、IMDbはまだ24人の投票ですが、8.8とどちらも高評価になっています。

「SAND LAND」

 鳥山明原作のコミックのアニメ化。砂漠の世界サンドランドは国王が水を高額で販売し、庶民は苦しんでいた。幻の泉の存在を信じるラオ保安官は悪魔の王子ベゼルブブ、魔物シーフと泉の場所を探して旅をすることになる。

 舞台設定は「デューン 砂の惑星」を思わせますが、敵となるゼウ大将軍の造形も「デューン」のハルコンネン男爵によく似ています。原作が1巻だけなのでまとまりは良く、水準以上の仕上がりになっています。

 日経電子版は★4個を付けていましたが、僕は★3個半ぐらいと思いました。横嶋俊久監督、1時間45分。
▼観客多数(公開初日の午前)

「マイ・エレメント」

 ニューズウィーク日本版は「ピクサー史上最悪の映画」と厳しい評価をしていました。確かに脚本は「トイ・ストーリー」(1995年)などと比べると、随分劣るんですが、そんなに酷評するほど、ひどくはありません。

 火・水・土・風のエレメント(元素)たちが暮らす街エレメント・シティを舞台に、火の女の子エンバーが水の青年ウエイドと知り合い、次第に恋心を抱く。水と火が触れ合うことはできないと信じられていて、エンバーの両親は交際に大反対、2人の恋には大きな障害が立ちはだかる。

 水がWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)に例えられていることはよく分かるんですが、火は移民であることは分かってもどこの移民か明確ではありません。メキシコかプエルト・リコ系だろうと思ったんですが、ニューズウィークによると、「移民であるエンバーの家族は東欧なまりの英語を話し、ユダヤ系であることを示唆しているように見える」とのこと。ただ、ラストの挨拶の仕方はイスラムかアジア系かなとも思えます。監督のピーター・ソーンは韓国系です。特定の国の移民ではなく、移民全般を指しているのかもしれません。

 日本語吹き替え版は川口春奈、玉森裕太らが担当していて悪くありませんでした。1時間41分。
IMDb7.0、メタスコア58点、ロッテントマト74%。
▼観客30人ぐらい(公開14日目の午前)

「バービー」

 グレタ・ガーウィグ監督のインタビューによると、映画の企画はプロデューサーを兼ねた主演のマーゴット・ロビーがガーウィグとノア・バームバックに依頼したそうです。ガーウィグは「自分たちに依頼するということは、マーゴットは変な映画を作ろうとしているのだろう」と思ったとのこと。普通のコメディではなく、男性優位社会を風刺した堅い面を併せ持つ作品になったのは、だから当然なのでしょう。

 ピンクに彩られた夢のような世界“バービーランド”で、人気者のバービー(マーゴット・ロビー)は、ボーイフレンドのケン(ライアン・ゴズリング)や仲間たちに囲まれて楽しい日々を送っていた。ある日、彼女の身体に異変が起こり始める。空は飛べなくなり、シャワーからは冷たい水。いつもハイヒールを履くバービーの足は床にべったり。世界の秘密を知る変わり者のバービー(ケイト・マッキノン)の助言で、ケンと共にリアルワールド(人間世界)へ行くことになる。そこは男性優位の驚くべき世界だった。

 リアルワールドに影響されたケンはバービーランドも男性優位に変えようとする。バービーたちはその阻止を図る、という展開。スタイル抜群のマーゴット・ロビーはとてもキュートですが、映画全体としてはコメディと堅さの配分が今一つかなと思えました。

 日本ではバービーよりもリカちゃん人形(タカラトミー)の方が一般的なので、映画もそれほどのヒットにはなっていないようです。Wikipediaによると、バービー人形は当初、日本で生産されていたとのこと。1時間54分。
IMDb7.4、メタスコア80点、ロッテントマト88%。
▼観客13人(公開5日目の午前)

「高野豆腐店の春」

 アルタミラピクチャーズなどが製作、東京テアトル配給ですが、公開劇場は松竹系のピカデリー、MOVIXが中心で、松竹カラーに違和感がない作品です。

 尾道の小さな豆腐店を舞台にしたドラマ。父・辰雄(藤竜也)と娘・春(麻生久美子)はこだわりの大豆からおいしい豆腐を毎日二人三脚で作っている。心臓の具合が良くないことを医師から告げられた辰雄は出戻りの春のことを心配し、再婚相手を探そうと仲間たちに相談する。選ばれたのはイタリアンシェフの村上(小林且弥)。しかし、春にはほかに交際中の男性がいた。そんな中、辰雄はスーパーの清掃員・ふみえ(中村久美)と言葉を交わすようになる。

 脚本は三原光尋監督のオリジナル。かつての松竹映画を思わせるようなタッチの父と娘の物語です。そのためか、話にも作りにもあまり新しさはないんですが、メインとなる客層の年配客が満足するならそれでもいいかという気にもなります。藤竜也、麻生久美子、中村久美はいずれも好演。三原監督と藤のコンビはこれで3本目とのこと。2時間。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午前)