2023/08/27(日)「春に散る」ほか(8月第4週のレビュー)

 「春に散る」は沢木耕太郎原作の小説を瀬々敬久監督が映画化。文庫で上下2巻900ページを超える原作の序章を読んだところで映画を見て、その後で原作を読み進めました。300ページ読んでも横浜流星が演じた翔吾は出てきません。400ページ読んでも出てきません。出てきたのは上巻の最後。第10章「いつかどこかで」の終わりの方で450ページを過ぎたあたりでした。

 それまでに描かれるのは40年ぶりに日本に帰ってきた主人公・広岡仁一(映画では佐藤浩市)がかつてボクシングジムの合宿所で寝起きを共にしてジムの四天王と呼ばれた仲間と再び共同生活を送るようになる過程です(映画では四天王ではなく、佐藤浩市のほか、片岡鶴太郎、哀川翔の3人になってます)。全員が60代後半なので、これは「老人小説か」と思ったのですが、読み進めると、どうやらこれは再生の物語であることが分かってきます。アメリカでボクシングではチャンピオンになれなかったものの、不動産の仕事でそれなりの成功を収めた広岡が帰国して他の3人を訪ねると、いずれも不遇の生活を送っていて、広岡が大きな家を借りての共同生活を提案することになります。

 訪ねてきた広岡に対して佐瀬(映画では片岡鶴太郎)はこう言います。

 「俺にとっては、あのジムでの日々がすべてなんだ。夢は世界チャンピオンになること。その目標に向かって、おまえたちと一緒にトレーニングしをしていた。どんなに苦しいトレーニングでもつらいと思ったことは一度もなかった。夢に向かって一歩一歩進んでいるように思えたからだ」
 四人の中で、佐瀬ほどトレーニングをした者はいない。耐えていたというより、むしろ好きだったのではないかと思えるほど熱中していた。
 「夢は叶わなくても、そんな日々が一度でもあったんだから、それでいいと思うんだが……」
 広岡には、佐瀬のその言葉の持つどこかもの悲しい響きが痛ましく感じられた。

 かつての共同生活を再び送るようになった4人は自分たちが果たせなかった世界チャンピオンへの夢を翔吾に託すことになるわけです。不遇な生活から再生し、再び心に灯をともす男たちを描いた小説だと思います。同様に沢木耕太郎にとっても、プロボクサーのカシアス内藤を描いた「クレイになれなかった男」「一瞬の夏」に違う形での決着を付けたい気持ちがあったのではないかと思えてきます。

 映画は原作の後半部分を中心に映像化しています。橋本環奈の役柄は大分に住む広岡の姪となっていますが、原作では広岡に家を紹介する不動産会社で働く社員です。長い原作のすべてを描けるわけではありませんから前半部分を簡略化したこの脚色は間違っていないと思いますが、描写不足で気になったところはありました。

 翔吾が母親に暴力を振るった男を暴行して警察沙汰になり、試合中止の危機だったのに、いつの間にか解決していること。それと、佳菜子(橋本環奈)がなぜか大分から東京に出てきて、広岡の家に同居し、いつの間にか翔吾と仲良くなっていること。どちらも描写の省略なのでしょうが、重要な部分なので省かず描いた方が良かったと思います。

 これを除けば、近年の瀬々敬久監督作品の中では上位に位置する出来だと思います。佐藤浩市と横浜流星はどちらも演技賞候補でしょう。広岡の必殺技がクロスカウンターであったり、翔吾の所属するジムでは子供たちが練習していたり、どこか「あしたのジョー」を思わせる設定があります。瀬々監督は沢木作品とともに「あしたのジョー」の愛読者でもあったのだそうです。2時間13分。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)

「遠いところ」

 沖縄のコザで暮らす17歳の母親の苦境を描く物語。工藤将亮(まさあき)監督が沖縄で取材して実際の出来事を基にしているそうです。

 2歳の息子・健吾を持つアオイ(花瀬琴音)は夫のマサヤ(佐久間祥朗)との3人暮らし。健吾をおばあ(吉田妙子)に預け、キャバクラで朝まで働く。マサヤは建築現場を解雇された後は仕事もせず、アオイの収入に頼る。ある日、未成年者を働かせているキャバクラを警察が摘発。アオイは仕事を失う。サヤはアオイに暴力を振るった上、アオイの貯金を持って家を出る。アオイは昼の仕事を探すが、時給795円で月に8万円にしかならない。おまけにマサヤは暴力事件で逮捕され、示談金が必要になる。父親(宇野祥平)に助けを求めるが、わずかなお金を渡しただけで追い返される。

 マサヤがクズなら父親もクズ。アオイの不幸の原因は周囲にクズな男しかいないからです。警察の摘発はアオイたちの生活手段を奪うことにしかならず、その後の行政の支援が一切ない(あったにしてもアオイには届いていない)のが絶望的です。未成年保護を目的とした摘発が未成年者をより苦しめることになる現実。この現状をどうすればいいのか、映画は描いていません。パンフレットによると、沖縄の母子世帯の貧困率は50%を超え、男性の働く場所は少ないそうです。貧困の連鎖が止まらず、男がクズなのはそうした背景も一因でしょう。

 大半の観客はアオイの苦境の原因を映画のほかに求めることはしないでしょうから、そうしたことまで映画の中で描いた方が良かったと思います。現状を伝えることはもちろん重要ですが、わずかな希望と問題解決への手がかりが少しでも示されれば、より広範な観客の支持を得られるでしょうし、映画の意義はもっと高まるはずです。2時間8分。
▼観客12人(公開2日目の午後)

「裸足になって」

 アルジェリアでバレエダンサーになることを夢見るフーリアはある夜、男に階段から突き落とされて大怪我を負い、踊ることも声を出すこともできなくなってしまう。失意の中、リハビリ施設で出会ったのはそれぞれ心に傷を抱えたろう者の女性たちだった。「ダンスを教えて」と頼まれたフーリアは生きる情熱を取り戻していく。

 ムニア・メドゥール監督は「パピチャ 未来へのランウェイ」(2019年)に続いて、リナ・クードリを主演に迎えて女性の再起を描いていますがやや物足りなさが残りました。1時間39分。
IMDb6.4(アメリカでは映画祭での公開のみ)
▼観客4人(公開5日目の午後)

「リボルバー・リリー」

 長浦京の同名小説を行定勲監督が映画化。綾瀬はるかと長谷川博己の「はい、泳げません」(2022年)のコンビで描くハードボイルドアクションです。

 綾瀬はるかが“幣原機関の最高傑作”にはとても見えないのが致命的にダメです。アクション監督のクレジットはないようですが、スタントコーディネーターは「シン・仮面ライダー」でアクション監督を務めた田渕景也。

 アクションができなくてもハードボイルドな雰囲気の醸成でなんとか様になることもあるんですが、行定監督はそうした部分も得意ではないようです。こういう題材なら原田眞人監督が適任ではないかと思います。2時間18分。
▼観客30人ぐらい(公開11日目の午後)